32話 蛇の悩み事
今日の予定は、午前中に収穫祭の成果を確認して、それが終わったら孤児院で兄と合流する予定となっている。
お爺さん──名前はトックと言うらしいが、今更なので呼称は現状維持だ──の言う信頼できる人とはラザル様の事だったようで、今後は作業のペースが上がるだろうとの事だった。
一国の魔術師長がそんなに長く外出をしていて大丈夫なのかは気になるが、当の本人が何も問題は無いという振る舞いなのだから、俺が心配する事でもないだろう。ラザル様は用件を聞くと、設計図と思われる紙を眺め、色々とお爺さんに質問を投げ掛けていた。
成果の確認も出来たことだし、ここに来てから時間はあまり経っていないが、今日は帰ることにしよう。これ以上この場に居ても2人の邪魔になるだけだろうし。
「それでは、まだ早いですけど失礼しますね」
「おぉ、大したもてなしもせずにすまんのぅ。また今度、遊びに来てくれ」
「いつかはここだけでなく、ぜひ王宮の方も訪ねてくれ。リーシアなら、いつでも大歓迎だよ」
「はい、それではまたー」
王宮にはきっと色々な魔術があるのだろうから、いつか行ってみたいな。もっとも、そんな遠くまで1人で行くのは、まだ早いのかもしれないけれど。
・・・・・・
魔具細工屋を出たのが早かったので、思っていたよりも早く孤児院まで着いてしまった。孤児院の正面には誰も見当たらない。きっとこの時間なら裏庭にいるだろう。
裏庭までは建物の中を抜ければ早いのだが、誰もいないのに入り込むのは若干抵抗があるので、柵を辿って裏庭の方に行くと、子供達の元気良い掛け声が聞こえてきた。この掛け声も聞き慣れたもので、皆が剣術の訓練をしているのだと察しがつく。
クラースさんは以前、軍で働いていた事があって剣の扱いには長けているらしく、その経験を生かして子供達に剣術を手解きしている。木製の剣で素振りを繰り返している子供達の中には兄の姿もあり、他の子達と一緒に訓練に精を出しているようだ。やっぱり剣に憧れるのは男子の性なのだろうか、この訓練に参加しているのは男の子ばかりだ。
試合をするための剣術ではなく戦うための剣術ということで、その響きには枯れ掛けた俺の男心をもくすぐる何かがある。
そんなわけで、普段は俺も訓練に参加している──体力を付けるにも丁度良いし──が、俺も参加すると言ったときには皆に意外だと言わんばかりの反応をされた。参加している子を見れば、ある程度予想通りの反応ではあったが。
以前1度だけ、刃引きした鉄製の剣を持たせて貰った事があるのだが、重たすぎて持ち上げるのがやっとで、到底振り回せる代物ではなかった。フォル君は種族的に力が強いのか単に成長が早いのかは分からないが、多少振り回される感じはあっても、それを振り回せていたのが印象的だった。そんなフォル君の姿を見た後で、ズルをして魔術で軽くしたものを振り回してみたりもしたが、それはちょっとしたご愛嬌である。訓練を繰り返していれば、俺もいつか魔術無しで振り回せるようになるのだろうか?
「クラースさん、こんにちはー」
「おっ、結構早かったみたいだけど、用事は済んだのか?」
「えぇ、収穫祭の宣伝効果を確認しに行ってたんですけど、皆さんのお陰で大成功でしたよ!」
その成功は、トックお爺さんとラザル様が大忙しになるという形ではっきりと現れているので、今後が楽しみである。
今日は訓練に参加していないので、皆の訓練が終わった後のために手拭いと水を用意しておこう。まずは手拭いの準備だ。
「コーニアさん、こんにちは」
孤児院の中に入り、タンスの置いてある部屋に行くとコーニアさんが居た。
「あら、こんにちは。早かったのね?」
「えぇ、予定より早く着きました」
訓練がもうすぐ終わることと、手拭いを取りに来たことを伝えると、人数分の手拭いを俺に渡してくれた。
「リーサちゃん、わざわざありがとうね」
「いえ、どういたしまして」
さすがに7枚の手拭いは結構かさばるので、手拭いだけ置きにいく事にしよう。
裏庭に置いてある長椅子に手拭いを置いて両手が空いたので、そのまま庭の隅にあるポンプに向かうと、声が聞こえてきた。
『さて、どうしたものかな』
『どうしたのかしら? そんなに考え込んじゃって』
女性的な声が2つ聞こえており、1つは風精霊様のもので、もう1つが水精霊様のものだろう。
『川の上流なんだが、少し支障があってな……洞窟の中の、そなたなら見えるだろう』
『少し、流れが変わってる?』
『うむ、このままでも我が困る訳ではないのだが、街の者が困るだろうと思ってな』
やはり風精霊様と水精霊様が話しているようだ。ポンプの側には緑に光る蝶と、青く光る蛇が──俺にだけなのだろうが──見えている。そして、聞こえてきた話の内容はあまり喜ばしい事とは思えない。
『えっと……水精霊様、今のお話を詳しく聞かせて頂けませんか?』
水精霊様がくるりと向きを変え、俺の方を向いて話しかけてくる。
『あぁ、リーシアか。今のを聞いていたのだな』
盗み聞きをしたようで、若干バツが悪いとも思ったが、聞き捨てられる内容では無かった。
『それならば話は早いのだが、上流にある洞窟で一部に崩落があってな、それで川がせき止められ掛けていてな』
『それで、街まで水が届かなくなりそうなんですか?』
『いや、届かなくなるわけではないのだが、このままにして良いものでもないだろう』
せき止められるとどこまで影響が出るかは分からないが、放っておくには些か問題があるかもしれない。
『えぇ、何か手を打たないといけない状況ですね』
しかし、俺が1人で対処できるような事なのだろうか? とりあえず状況かを確認してみたいので、行くだけ行ってみよう。
『その洞窟は、ここから近いのでしょうか?』
『そなたらの移動手段は詳しく分からないが、あまり近くはないと思う』
精霊様は、存在する場所であればどこでも見ることができるから、距離の感覚が俺たちとは違うのかもしれない。細かいことは後で調べることにして、案内だけは頼んでおこう。
『私ならば、空を飛んで行くことも出来ますので、案内をお願いしてもよろしいでしょうか』
『案内くらいはお安いご用だが、あの辺りまで1人で行くのはあまり感心せんぞ?』
『1日で戻れそうにない場所なら、両親の許可は取ってから行きますよ』
遠出になるのなら、もちろん黙っていくつもりはない。無断外泊なんてしたら心配も掛けるだろうし、しばらくは外出禁止すらされかねない。
『いや、そういう問題ではない。あの辺りは魔物が出るんだ』
魔物について以前読んだ話が本当であれば、穏便に済む事はないだろうなぁ。こちとら根っからの箱入り育ちなんだから、戦闘なんか出来るはずがない。きっと習い始めたばかりの剣術なんか役に立たないだろうし、攻撃魔術も興味本位で使ってみたことはあるが実戦で使ったことはない。
それならば、自分で見に行かずに誰かに話してみるか。ダメだ、精霊様が言っていたなんて誰が信じる? 俺の頭が疑われるか、単に子供の遊びと受け取られるだけだろう。
不特定多数に話すのではなく、まずは俺を信用してくれそうな人に相談するべきだろうな。そうなれば話せる相手は限られてくる。今この街にいる人なら、父かラザル様、それとお爺さんくらいだろう。この中なら、まずはやはり父からだろうから帰りに伝えることにしよう
次に気になるのは影響がでるまでの猶予なので、それについて訪ねてみた。
『そうだな、雨が降らなければ問題はないだろうが、それ以上の保証は出来んな』
雨なんていつ降るかも分からないが、明日や明後日になって降る可能性だってあるわけだ。これは帰りの時間まで待つなんて悠長なことは言えない状況かもしれない、急いで父に伝えなければ!




