30話 篝火と麦酒
少し早い夕飯として食べたシチューも串焼きも、どっちも美味しかったなぁ……。さっき食べたばかりなのだが、その味を思い出すとまた食べに行きたくなってしまう。
今回の祭りでは開催側なので、そこまで好きに出歩くわけにも行かない。それに、会計や魔具の宣伝をするためにここにいるのだから、あまり屋台から離れなかったのは当然だ。
それでも、ずっと屋台で活動していればお腹は空くので、途中で腹ごなしのために両隣の屋台には一回ずつ行ってきた。どっちの屋台でも、提供された料理はとても美味しく、食べている間は自分が開催側であることを思わず忘れてしまいそうだった。この時間だけは、短い時間ではあっても参加側の気分も味わえたので、今回はこれで我慢しておく──欲を言えば、甘い物が少し食べたかった──ことにしよう。
それと、腹ごなし以外にも会計に必要なお金を両替して貰ったりと、ちょっとした用事で離れることはあったが、それ以外はほぼ自分の屋台で宣伝に勤しんでいた。
昼はクラースさんやフォル君、それにティム君が手伝いにきてくれた。時間の経過と共に人が入れ替わり、他の子達も合間を見ては手伝いにきてくれた。現在はコーニアさんとイサナちゃんが手伝いに来てくれている。俺が勝手にやり始めたことなのに、手伝ってくれる人がこれだけ居るのは素直に嬉しいと思うし、とても助かっている。
俺が想像していたよりも繁盛していたので、多分1人でやっていたら忙しすぎて手が回らなかっただろう。母やタニアさんも手伝うと言ってくれたけれど、折角の祭りを兄には楽しんで欲しかったので、丁重に断っている。
もし事前に忙しくなると分かっていて、誰も手伝いがいなかったら断らなかったかもしれない……いや、多分断ったかな? まぁ、兄思いな俺は断っただろうということにしておく。
広場とそこに繋がる道は、一定の間隔を置いて篝火が焚かれている。まるで賑わいの中心に導く光の道のように、道が照らし出される。前世の無機質な街灯の明かりとは違い、揺らめく炎は見ているだけでも幻想的な気分にさせられる。その明かりに吸い寄せられる様に集まって道を行き交う人々は、互いに何かを語り合い、目に付いた屋台に足を止めては食事をしたりと、夜の祭りを謳歌している。例のリンゴ飴もどきを持って歩く子供達もいた。
そして、祭りはこれからが本番だと言わんばかりに、うちの屋台でもお酒を頼むお客さんが増えてきた。昼間はジュースや紅茶などを頼む人が多く、お酒を頼む人はほとんど居なかった。それが夜になると急に増えているのだから、やっぱりお酒を飲むなら夜の方が良いのだろう。俺は昔もほとんど飲めなかったので、あまり理解のできない感覚ではあるが、きっとそういう事なのだろう。
仮設の椅子とテーブルを設置して、そこでも飲めるようにしたところ、なかなか好評で何杯も飲んでいく人がチラホラと見かけられた。隣の串焼き屋さんで食べ物を調達して、ここで食べている人もいる。
両替に行ったときに、お陰で繁盛していると串焼き屋のおじさんからお礼を言われたりもした。
ふと右隣の串焼き屋さんを見ると、以前冒険者ギルドで見かけたスキンヘッドのおじさんが串焼きにかじり付いている姿が目に留まった。あの独特の強面は、そう忘れるものでもないので間違いはない。困っていた俺を手助けしくれた事からも、きっと良い人なんだろうけれど、強面の印象はやはり変わらない。
一度会ったきりなので、向こうは俺を覚えていないかもしれないが、挨拶とこの前のお礼を改めて言っておこう。
「おじさん、こんばんは」
「ん……? あぁ、ギルドに居た嬢ちゃんか。今日は杖も帽子も持ってないんだな」
そういえば、ギルドに行った時は杖を持っていたんだった。特徴のある杖を持っていなくとも、覚えていてくれたようで何よりだ。
もっとも、あの1日以外に杖を持って街を歩いたことはないのだが、その時にしか会っていないので、杖をいつも持っているイメージだったのだろう。
杖とは違い帽子は必ず被っているのだが、今日は作業の邪魔になるだろうと思ったので持ってこなかった。外で帽子を被らないのは久しぶりなので、頭上に軽く違和感を覚えているのだが我慢するしかない。
出掛ける前に、今日は帽子を被らないと言ったら、それなら可愛くしなきゃと目を光らせた母に捕まってしまった。ああでもないこうでもないと髪をいじり回された結果、俺の髪は頭の両側面で耳よりも若干高い位置に、濃い青のリボンで束ねて結わわれている。現在の髪型を簡潔に言ってしまえば、ツインテールの一言で済むのだが。あまりにも幼女幼女していて恥ずかしいのだが、外見はそうなのだから諦めている。
普段は帽子を被る邪魔にならないように、背中の辺りで束ねているだけなので、きっといつもと違う髪型にできるのが楽しかったんだろうなぁ……いじり回される方としては、それだけで少し疲れてしまったが。
杖と帽子の話で、つい脱線しかけてしまった思考を元に戻そう。
「この前は、ありがとうございました」
「いや、大したことじゃないさ。それよりも、こんなところに1人きりで、迷子にでもなったか?」
全く取り乱すこともなく冷静に挨拶をする迷子なんてものがこの世に居たら、見てみたいものだ。この世界では拡声器で呼び掛ける事も出来ないだろうし、もちろん館内放送のような広域に伝える手段もないだろう。俺はならないけど、この会場で迷子になったら、探すのって大変なんじゃないかなぁ。
「いえ、すぐそこで出店しているんですけど、おじさんの姿が見えたので挨拶をしようと思ったんです」
「まぁ、あんな場所に1人で来るような嬢ちゃんだから、迷子はないか。それで、何の店をやってんだ?」
「この時期にとっても美味しい、特別な飲み物のお店です。お酒も扱ってますよ」
「そんじゃ、ちょうど喉も渇いてたし、行ってみるかな」
麦酒が注がれたグラスをおじさんに渡すと、一息に半分くらいを飲んでいた。口の周りには、白い髭が出来ている。そして、グラスを置くとこう言った。
「確かに、これは格別だな!暑さが吹っ飛ぶようだ」
言い終わると、残っていた麦酒を一気に飲み干した。おじさんもお気に召してくれたようで、魔具を作った側としてもこれほど好評されるのは嬉しい限りだ。
「しかし、その魔具は何だ? これでも俺は結構色々な場所に行ってるんだが、こいつは初めて見るな」
やはり、この国には冷蔵庫に類似した代物は無かったのだろう。この街と家しか行動範囲が存在しない俺と違って、様々な場所に出歩いているであろう人でも見たことがないのだから。
「私がこの前ギルドにいたのも、この屋台も、この魔具のためなんですよ」
こんな場所で会えたのも何かの縁だろうから、冷蔵庫についての話を──もちろん、ウツワ草の入手方法など一部は伏せてだが──色々とした。
「こいつがあれば、いつでもこれが味わえるわけか。だが、さすがにこいつを普段から持ち歩くわけには行かねぇな」
まぁ、それはそうだろうな。多分、必要最低限の荷物くらいしか普段は持たないだろうし。
「しかしこの味は捨て難い。ギルドの方に置かないか、勧めてみるかな?」
俺が渡したチラシを見ながら、そう呟いている。
「それじゃ嬢ちゃん、また後であいつらも連れてくるぜ」
「はい、お待ちしてますねー」
分かってはいたが、やはり冒険者家業の相手は、直接の購買層にはなってくれなさそうだ。しかし、ギルドに勧めてくれるかもしれないし、宣伝効果だけなら結構あるのかもしれない。




