29話 薬茶とチラシの裏
「薬茶ミルクと紅茶ですね、それではお会計が450Eです」
「じゃあ、これでお願い」
「500Eお預かりして、50Eのお返しです」
俺は2人のお客さんから硬貨を受け取り、それとは違う硬貨を渡した。最初に受け取ったのは半金貨──くすんだ真鍮のような色なので、材質は金ではないだろう──で、価値は500Eだ。それに対して俺が返したのが半銀貨──これも、銀ではなく鉄だと思われる──で、50Eの価値がある。
半金貨と半銀貨は"半"なんて言葉が付いているが、金貨や銀貨より一回り小さいくらいの大きさでしかない。また、表面には金額が刻印されているだけで、実際に硬貨が半分になっているわけではない。もっとも、そんな奇抜な硬貨があるのなら見てみたいものではあるが。しかし、貨幣価値は金貨が1,000Eで銀貨が100Eなので、半金貨と半銀貨は言葉の通り半分の価値である。
また、余談だがこれよりも高い硬貨になると、精霊貨なんていう物がある。これは貨幣価値としてよりも、金属そのものに価値があるようだ。金属に精霊の魔力が宿っているために魔術的な価値が高いのだが、その価値を鑑定できる人も限られており、一般の取引で使われることは稀だ。もちろん、俺もまだ見たことはない。
すっかり話が逸れてしまったので、元に戻そう。先程のやりとりは、薬茶ミルクと紅茶の注文に対する会計である。薬茶ミルクは、魔具細工屋で思い付いたのを実際に作り、試飲して貰ったら好評だったので今回の販売商品に加えることにした物である。
「ティムお兄ちゃん、紅茶の準備をお願いします」
紅茶は冷蔵庫から取り出して注ぐだけでいいので、ティム君に準備を任せることにして、俺は薬茶ミルクの準備に取り掛かった。煮詰めた薬茶の原液とミルクを程良い配分で混ぜないといけないので、こっちは俺が作るようにしている。
紅茶に限らず、グラスに注いで提供するだけでいい飲み物は皆に任せて、俺は味の調整が必要なメニューの対応と会計を受け持った。会計は──単純な計算とは言え──もちろんお金を使う作業なので、主にクラースさんと俺が担当をしている。最初はクラースさんが1人でやる予定だったようだけれど、会計に立っている方がお客さんと接する機会が多いのでやらせてくれるように頼んだ結果、俺もこうして会計をする事が出来た。最初はクラースさんに計算が出来るか心配されたが、横について何度か俺の接客を見ている内に、問題はないと判断してくれたらしい。
「薬茶ミルクと紅茶、お待たせしましたー」
背の高い男性客は紅茶を、それと比較すると頭1つ分は背の低い女性客は薬茶ミルクを頼んでいた。2人は自分の頼んだ物を受け取ると、不思議そうな顔をしている。受け取ったグラスが冷たくて、それに対する反応だという事は、今までに対応したお客さんの反応からも容易に予測が出来る。
「この冷たさが、当店の売りなんです」
2人の疑問を解消するため──だけではなく、もちろん宣伝のためでもあるが──に、冷蔵庫について一通りの説明をした。
「へぇ……もうすぐ終わるとは言え、今みたいな暑い時期にこれはいいな」
グラスの中身を飲みながら、そう感想を漏らしてる。これはどうやら、興味を示してくれているようだ。
「この魔具があれば、自宅でも自由に味わうことが出来ますよ。詳細はこちらに書いてありますので、興味がありましたら1枚どうぞ」
「それじゃあ、1枚貰おうかな。ん、飲まないの?」
俺からチラシを受け取りながら女性客の方を振り向き、声を掛けていた。
「どんな飲み物か気になったから頼んでみたんだけどね……?」
「けど?」
「何か変わった色だから、ちょっと飲むのに勇気がいるなぁって」
薬茶を煮詰めた原液とミルクを混ぜたそれは、薄い緑の乳白色をしている。俺には抹茶ミルクの色として、極めて馴染みのあった色だ。しかしこの世界では見かけなかった色なので、それを前知識もなく飲めと言われれば戸惑うのかもしれない。
家族や孤児院の皆に試飲して貰った時は、俺が作りながら味見をする光景を見ていたからなのか、誰も見た目を気にせずに飲んでくれた。だから色合いについては何も疑問を感じることがなく商品化してしまったのだが。これから試作品を作る場合は、見た目にもこだわった方が良いかもしれないと、ちょっとだけ考えさせられる。
「味は保証しますから、騙されたと思って飲んでみて下さい」
「ほら、この子もこう言ってるんだし、飲んでみろって」
俺と男性客に言われて意を決したのか、恐る恐るといった感じでグラスに口を付けている。
「あら……これ、美味しいわ?」
今までに試飲した人は美味しいと言ってくれているので、味には自信がある。それに"薬茶"の文字が示す通り、本来は健康を気にしている人が飲むことも多いお茶なので、健康に良くて美味しいという一石二鳥の代物である。
「薬茶っていうから、てっきり苦いのかと思ってたんだけど、優しい甘さなのね」
俺はお辞儀をしながら、女性客に店員としての口上を述べた。
「当店の独自開発メニュー、ご満足いただけたようで何よりです」
女性客は、何か考えるような仕草をすると、俺に質問を投げ掛けてきた。
「これって、誰が考えたんですか?」
考案者は俺なので、俺が考えて作ったと答えると、
「すごく美味しかったから自分でも作ってみたいんですけど、作り方を教えて頂けないかと思って」
よほどお気に召したのだろう、レシピを聞かれてしまった。原液の作り方と分量を覚えてしまえば作れるものだから、教えるのは何も問題ない。これは個人的な趣向だが、せいぜい冷たいミルクで割るのが重要なくらいだろうか。いや……もちろんホットも捨て難いが、それは冬場の話だ。そんなことを考えていると拒絶の意味と捉えられたのか、言葉を足してきた。
「あっ!もちろん無理にとは言いませんので、ダメならそれでいいんです!」
秘密にする程の大層なことをしているつもりもないので、教えることにしたが、口頭で伝えるだけだと分量を覚えられないかもしれないから、チラシを1枚取って裏にレシピを書き込み、女性客に渡すと大変喜んでくれた。
「ありがとう、帰ったら試してみるね!」
お礼を言いながら、屈んで俺の手を強く握ってくる……なんか、最初より距離が近いよ!
とりあえず、冷蔵庫の宣伝も兼ねて俺の好みを伝えておこう。
「個人的な好みになりますけど、ミルクは常温よりも冷えたもので割った方が美味しくなりますよ」
「うん、私もこれは冷たい方が美味しいと思うわ。ここに書いてある魔具があれば冷たいものが作れるのね」
薬茶ミルクの人気で魔具の宣伝を忘れては本末転倒だから、しっかりと伝えておかないといけない。
「ごちそうさまでした。作り方を教えてくれて、本当にありがとうね」
「いえ、秘密にするようなものでもありませんから」
「友達にも美味しいものが飲める、可愛い子がやってる屋台があるって伝えておくよ!」
一部伝えなくてもいい情報が入っている気はしたが、口伝てに広まってくれるのは願ってもないことなので、そこには目を瞑ることにしよう。




