25話 新たな魔具を導入
遮蔽物の存在しない空を飛ぶということは、日差しが全く遮られない場所にいると言うことである。紫外線の問題は無いのだが、暑いものは暑い。
もちろん、風を起こして空を飛んでいるので多少は涼しいのだが、それでも空気の温度自体は火の月だと高いので、早く日陰に入りたくなる。
暑さに負けそうになりながらも、空の旅を終えて家に辿り着いたのでまずは光学迷彩を解除した。すると、今までぼやけていた視界が途端に晴れていく。光学迷彩を施して飛行しても眼下に広がる景色を堪能することは出来ず、ただの移動手段にしか使えないので改良の余地はあるように思う。
しかし、今は光学迷彩の改良よりも優先してやるべき事がある。
冷蔵庫を家族にお披露目して、この素晴らしさを皆で共有したい。そのための準備として、1本の空き瓶に紅茶の作り置きをした。昔は紅茶なんてティーバッグ以外で淹れたことはなかったが、今はもう特訓済みなので出来映えに関しては心配する必要がない。ただ、冷却の過程があるため淹れ立てのものはどうしても提供できず、折角の風味が飛んでしまうだろうと予想は付くが、それはやむを得ない。
またそれとは別に、甘くさっぱりとした飲み物が欲しい場合には、事前に買ってあるリンプの果実ジュースもある。
最近は段々と日差しが強くなり、夜になっても昼間の余熱で暑い日がある。そこで、この世界で今の時季には見かけない、冷えた飲み物で仕事帰りの父を労う、完璧じゃないだろうか?
・・・・・・
窓から外を覗くと日差しが傾いている、もうすぐ父が帰宅する時間だ。帰ってきたらすぐに飲み物を注げるように、居間の上にグラスの準備をしておこう。
俺が玄関の方に行くと、丁度家に入ってくる父の姿があった。
「お父様、お帰りなさいませ」
「あぁ、ただいま。1人でもちゃんと帰れたみたいだね」
いやいや、子供じゃないんだから……まぁ、それは良いとしておこう。
「それで、熱心に作っていたものが何か、そろそろ聞かせてくれるのかな?」
「えぇ、準備はできていますので、居間の方に来て下さい」
母とタニアさんは台所にいるだろうから、呼びに行くことにしよう。台所に行く途中で居間をのぞき込むと兄が居て、記石に何かを描いて遊んでいた。最近は少し目を離しても危ないことはあまりしなくなっている。
「お母様、タニアさん、見せたい物がありますので、少しの間だけ居間の方に良いでしょうか?」
料理を作っているのは分かっているので、手が放せない状況じゃなければと思い確認をしてみると、
「あら、何かしら。やっと、最近何をしていたのか教えてくれるのね? それじゃタニアちゃん、行きましょ」
「あの、でも、お料理の方は……?」
「丁度中断できるところだから、後で大丈夫よ。さぁさぁ」
母に背中を押されるように、居間に連れて行かれるタニアさん。普段もこうして、母に振り回されているのだろうか?
これで、全員が居間に集まった。そして、グラスも人数分の用意が出来ている。
「さてと、お集まり頂けたようですので、まずは説明より現物を味わって貰うのが良いでしょう」
俺は箱から果実ジュースと紅茶を取り出した。俺は瓶から手に伝わる温度だけで、既にこの箱が当初の目的とする機能を有していることが分かった。これはもうただの"箱"ではなく、れっきとした"冷蔵庫"となったわけだ。
用意したグラスに紅茶を2杯と果実ジュース3杯を注いで、父と母には紅茶を、タニアさんと兄には果実ジュースを配った。もう1本は自分用──体が子供だからか、甘い物の方が好きなので──だ。タニアさんも、紅茶ではなく果実ジュースを選ぶ辺り、甘い物が好きなのかもしれない。
皆はグラスを手にして怪訝な顔をしている。俺は手元のジュースを飲みながら他の皆を促した。
「さぁ、怪しい物は入っていませんから、どうぞお飲み下さい」
一口飲んでみて、兄以外は一様に驚いたような表情をしている。兄だけは疑問を感じないのか、美味しそうにグラスの中身を飲み干していた。もちろん俺は、この感覚に懐かしさこそ感じても、そこに驚きはない。
「この箱は、中に入れた物を一定の温度まで下げるための魔具なんです」
「今の時季にこんな冷たい物が飲めるなんて、思わなかったよ」
冷蔵庫の便利さと言えば、これを忘れてはいけない。
「それと、低温を保てますので、この中に入れておけば食べ物や飲み物が日持ちするようになります」
「あら、冷たい物が飲めるだけじゃないのね」
「例えばミルクとか、この時季だとすぐ使わなきゃいけない物を、買い置くことが出来ます」
兄が2杯目を飲みたそうにしていたので、注いであげた。兄のグラスは小さいのを選んで持ってきているので、2杯くらいなら問題ないだろう。
「お兄様、あんまり飲み過ぎるとお腹を壊しますから、気をつけて下さいね」
聞いているのかいないのか、美味しそうに飲みながら頷いている。しかし、あれだけ美味しそうに飲んでくれれば、ここ数日の調査や実験も甲斐があったというものだ。
「私も、もう1杯頂いてもよろしいでしょうか?」
タニアさんから、ちょっと意外な言葉が投げ掛けられた。
「えぇ、もちろんです。気に入って頂けましたか?」
聞きながら、タニアさんのグラスにも果実ジュースを注ぐ。
「火の月に冷たい物を飲むなんて、生まれて初めてです!」
冷蔵庫のお披露目は、概ね好評だったようだ。




