21話 司書への証明
孤児院での昼食を終えて子供達と少し遊んでから、俺は図書館のある方に向かって歩き始めた。
街に来るようになってから数年経つのだが、よく考えてみると孤児院と商店街以外の場所はほとんど出歩いたことがなかった。普段は見慣れた街でも、道を少し外れるだけで知らない顔が見えてくるものだと改めて感じられる。
今更ながら、俺の行動範囲はあまり広くなかったんだなと実感させられた。もっとも、その原因ははっきりとしており、今までは必要に迫られていなかったのと、中身はともかく幼児の一人歩きはどうなのか……という観点から自粛してたのもある。
見慣れない場所なので地図を頼りに歩いていると、遠くに石造りの図書館が見えてきた。遠目にも目的の建物だと分かった理由は、建物の上部に"イチハ図書館"と書かれた看板が掲げられていたからだ。
木造の建物が周囲には多いのに、その中に孤立するように石造りというのは、それだけでも異質に見える。しかし、立ち止まって眺めているだけでは来た意味が無い、早速中に入ろう。
図書館に入ると、受付を中心にして右と左に部屋が分かれている。まずは身元を証明する必要があるだろうから、俺は受付に向かった。
「いらっしゃいませ、身元を示す物はございますか? 一般図書であれば、入場料でのご利用も可能です」
一連の定型文を聞いた後、俺は鞄の中から父の書いてくれた身元証明書を取り出し、司書のお兄さんに手渡した。
しばらくその紙を眺めてから、返してくれた。
「確認できました。では、こちらの部屋にある本はご自由にご覧下さい」
俺から見て右の部屋に手を掲げながら、そう言った。
部屋の中は日差しが入り込まないようになっており、外の見える窓が存在しない。その代わりの明かりとして、魔具の照明が所々についている。本が日焼けしないための対策だろうか。
さすがに前世のような検索用端末は置いていないが、カテゴリ毎に看板が掛かっているので、目的の本を探すのは難しくなさそうだ。
俺がまず調べたいのはウツワ草についてなので、それに関連していそうなカテゴリを探してみた。"歴史"、"文化"、"動物"と並んで"植物"の看板が目に付いたので、植物の列を探してみる。
高いところの本を取るために、ある程度の間隔で踏み台が置かれている。背が高い人に合わせずに考えられているのは、非常に好感を持てた。しかし、そこはあくまで一般的な範疇の背が高くない人仕様なのだろう。俺では踏み台を使っても一番上の段には手が届かないので、いざとなったら司書さんに頼んで取って貰おう。
・・・・・・
幸いにも、目的の本は自力で取れる場所にあった。"野に生える植物"、"植物図鑑"、"冒険者と植物"、低級クエストの依頼にもなっている位なので、きっとそれに関係した本であれば載っている程度の知名度はあるだろうし、これくらい探せば見つかるかな。
3冊の本を閲覧スペースに持っていき、ウツワ草の情報があるか確認してみる。
ウツワ草:
土の性質を問わず生えるため、比較的どこでも見ることのできる植物。葉の表面には特徴的な横縞の発光が観測される。
発光色は生える場所によって異なり、大体は以下の条件で区分けされている。
青:川や湖等の水辺
赤:火山地帯や火を使う場所付近で育ったもの
緑:風の強い崖際等、風の強く吹き荒れる場所
茶:上記以外の土地全般
このどれにも属さないものとして、魔術師が魔力を込めたものは白く発光することが観測されている。
挿し絵と共に、ウツワ草についてが書かれていた。一般的な植物の本では、魔具の材料としての使い方は一切触れられていないようだ。魔具細工屋のおじいさんが必要とするウツワ草は、緑に発光するものだから、風の強く吹く場所にしか生えないということになる。そしてきっと、街の付近では騒風の崖がもっとも近く安全で、緑に発光するウツワ草の生える場所なのだろう。
しかし、育つ場所によって色が変わる草か、これだけではいまいち情報が足りないな。魔具細工に関したウツワ草の本も調べてみよう。
・・・・・・
無い!魔具細工に関連した本がさっぱり見つからない!せいぜい魔具に関連していたのは、冒険者に便利な魔具とか日常生活に便利な魔具の紹介をする本くらいだった。
いくら探しても見当たらない以上、司書さんに聞くのが一番だということで、受付の方まで戻り、聞いてみることにした。
「魔具細工に関する本ですか。それでしたら、魔術関連の本となりますね」
「なるほど……魔具細工は魔術関連になるのですね」
言われてみれば、制作過程で魔術が関わっている以上は、魔術関連とすぐに分かっても良かったはずだ。照明やガスコンロ等、家電っぽいイメージしか頭になかったせいで、完全に失念していた。
「魔術図書をご覧になりたいのでしたら、一般図書とは違う証明が必要となります」
「証明は、これで良いでしょうか?」
父から事前に聞いていたので、もちろん予想通りだ。持ってて良かった転ばぬ先の杖──ではなくて王宮魔術師長の杖──ということで、杖を司書さんの方に差し出した。
「これは…………」
司書さんは杖を受け取り、子細に眺めた後で何かを訝しむように俺と杖を見比べていた。杖だけじゃダメだったんだろうか?
不安になりながらも待ち続けていると、司書さんから突然声を掛けられた。
「印が刻まれていますし、確かに証明としては十分過ぎる程なのですが……」
何とも言い辛そうに、言葉を選んでいるようだ。
「この杖は、ご両親やご兄弟の物ではなく、リーシア様の所持品なのですよね?」
俺にも疑いたくなる気持ちは分かるから、責めようという気は起こらない。
「えぇ、確かに私の杖です──といっても、王宮魔術師様からの頂き物ですし、信用できないのも分かります。簡単な魔術でもお見せしたら信用して頂けますか?」
「信用できないというわけでは……いえ、そうですね。それでは、お願い致します」
俺は手を差し出し、掌を上に向けて魔術を放った。証明さえできれば十分なので、小さな光を発生させる魔術にした。
司書のお兄さんは照明を見ると驚いたような顔をしたが、少しすると気を取り直したようである。
「疑うような真似をしてしまい、申し訳ありませんでした。確認はできましたので、どうぞこちらの部屋にある本も、ご自由にご覧になって下さい」
今度は、俺から見て左の部屋を指し示している。魔術関連の本は、既に入り口から分けられていたようだ。
魔術図書も探した結果、ウツワ草について追加で分かったことは2つだけだった。
1つは色の違いによって、草の持つ魔力が各属性に分かれていること。もう1つは、各色の草が生えている場所は、主に精霊の力が強い場所と推測されていることである。
ウツワ草について調べられることは調べ終えたが、それで今度は気になることができたので、現物を入手しに行くために入り口に向かう。
すると、突然後ろから呼び止められたので何事かと思い振り向いてみると、先程受付にいた司書さんが1枚の皮製の紙を渡してきた。
「これは、なんでしょうか?」
「魔術図書利用の証明書です。よろしければ、次回以降の来館時にはご利用下さい」
なぜだろうと思いつつ首を傾げていると、理由を説明してくれた。
「私が受付の時であれば、もちろん今後は問題はありませんが、他の者では同じようなやりとりが必要になってしまうかもしれませんからね」
紙の右下を指差して、私の署名があるのでこれならば大丈夫ですと、補足してくれた。
確かに、同じ図書館の職員が保証していれば大丈夫だろう。最初は疑われこそしたが、今後の対応までしてくれるなんて良い人じゃないか。




