琥珀の涙は悲しい涙~クライペダ
地球には太古の中生代からの恵みとさまざまなメッセージが届く。
琥珀は太古からのタイムカプセル
大自然からのありがたき授かりもの
海底深く眠る人魚姫の悲しい涙
きらびやかなる琥珀の悲しき嘆き
装飾品のひとつ琥珀
太古の中世紀(ジュラ紀/白亜紀)に形作られた松ヤニである。
海辺の松の木が地殻の変動により地中深く500メーターも埋もれ琥珀に生まれ変わっていく。
中世代は人類史にはない古代地球。地平の至るところ原始的シダ類が生い茂り恐竜が走り回る。
映画ジュラシックパークそのものが古代地球に全盛となっていた時代である。
年代から琥珀たちは中生代に生存をしたアイドル・恐竜と共に生きていたことになる。
琥珀は古代ロマンの香り
じっくりと琥珀を眺めてみればさまざまなメッセージが籠められている。
欧州にあるバルト海。
紀元前より住む先住民たるバルト族は近隣で見つかる琥珀に魅了されている。
バルト沿岸はどこでもキラキラ光り輝く琥珀が打ち上げられ転がっていた。
荒々しい波打ち際には貝殻や魚と共に石ころと仲良く琥珀が転がる。
宝石の山。海辺にある琥珀の塊がズバリそれであった。
バルトの民は太古から海辺を生活の基点とし琥珀を拾うことは貝殻やきれいな小石を拾うと同じこと。
ごく自然にありふれた太古からの贈り物。琥珀は海辺にあり漁業民に特別なことではなかった。
「お父さん見てみて。キラキラさんがあるわ」
波打ち際で漁をする父親の横に幼い娘が遊ぶ。
「うん。どれかな。ああっキラキラか。良かったなあかわいい琥珀だよ」
娘は冷たい海に手を入れキラキラ輝く宝石を眺めた。
太陽の光に翳して見る。宝石のきらびやかな中になぜか人の影をみてしまう。
「お父さんちょっとちょっと」
キラキラに人がいる
娘は目をパチクリさせて驚きである。
琥珀はバルトの人魚姫の悲しい涙。
人は見間違えであるのか
古代から生きている人魚姫の悲しげな涙なのか
中世12世紀にハンザ同盟は繁栄しバルト海洋の漁村から商都になり都市としての形を整えていく。
バルト海にある繁栄港はタリン(エストニア)でありリガ(ラトビア)やクライペダ(プロシア)であった。
バルトの商都は距離を置いて点在し様々に都市化を進めていく。
中でもクライペダの港は傑出した繁栄をした。当時の賑わいから大都市の顔を持つことになる。
現在のドイツ・ベルリンの街ではハンザ同盟の基地都市クライペダの繁栄が噂となり憧れる都市となりつつあった。
「聞けばクライペダは他の港街より活気がある。商人が元気で繁栄していると言うじゃあないか」
当時のドイツ商人は経済の活発化を知りさっそく足を向けた。
「幾多かのハンザ同盟の港街でも一番の繁栄かもしれない。なにが秘密か知りたい」
ドイツ提督官邸では新しく東プロイセン(プロシア)に赴任してきたベルリン=ドイツの若手提督は側近に尋ねた。
クライペダ生まれのバルト族の側近は直立不動のまま答える。
はっ!
クライペダは琥珀という宝石がございます。
「クライペダには琥珀があるだと。バルト海沿岸に打ち上げられる宝石の琥珀あるというのか」
残念ながらドイツ提督は宝石など女子供騙しな装飾品に興味はなかった。
興味あるのは軍隊の激しい交戦と敵陣を支配することである。
少し興味があったのは宝石と言われる琥珀が高値で取り引きをされていることである。クライペダでは貴重な交易品である。
クライペダ港交易では最高値で取引される琥珀が浜辺にコロコロ転がっている。
クライペダは夢のような港街であると改めてバルトより報告を受ける。
「浜に転がっているだと。琥珀という宝石はいとも簡単に手に入るものなのか」
とても信じられない話である。貴重な交易の品物宝石が浜辺で転がり拾うこともできる。
それでは浜辺に普通にある貝殻や石ころではないか。
若い提督に到底理解の出来ぬ話である。
「浜辺に転がる琥珀とはなにか。クライペダ交易の重要品が浜にごろごろ転がっているとはなにごとか」
短絡的に考える。海辺に転がれば稀少価値など皆無。
交易の最重要品目の琥珀は商品価値など皆無ではないか。
浜にあるのなら貝殻や石ころと同じである。誰かれも好きに拾ったら意味がない。
交易商人が聞きつけたらクライペダ市場を通さず直接浜辺に拾いに行けばことは足りる。
琥珀を報告する側近は真っ赤な顔をし提督閣下に緊張する。
「クライペダの琥珀は太古から地下深くに眠っおります。それがなんらかの気紛れに浜辺に顔を見せてございます。ごろごろは嘘っぱち。私などほとんど見たことありません」
提督に再三浜辺の琥珀の説明を求められる。
あくまでも浜辺に打ち上げられた琥珀は稀なもの。10年に一度あるかないかっでございますと繰り返す。
説明はあれども子供のような話を繰り返しただけである。
インテリ提督はあまりの幼稚な不説明に苛立ちを見せる。
「わかったわかった。説明はよくわかった。さがってよい」
バルト族の琥珀説明は説得力に欠如し提督は焦れた。
海底に琥珀は眠る。
気紛れに浜辺に打ち上げられる。
その説明はわからぬ。
どんな事情で浜辺に宝石があるのか見てみたい。
「秘書を呼べ。私のスケジュールを調整してくれ。クライペダ浜に偵察に行きたい」
提督はクライペダ支庁を出て海岸に視察に行こうと考えた。
拙い説明だけでは当然にして提督には理解が出来ぬ。
宝石が浜辺に転がるとはなんたることか。
「バルトの浜辺に秘宝という琥珀があるという理不尽さはわけがわからぬ。クライペダ最重要交易品目が浜辺に落ちているとは。まあよいとにかく視察に参るぞ」
提督は軍服の襟をただし防寒コートを羽織る。
若い提督はベルリンからクライペダに赴任して間がない。クライペダに対する使命感もあった。
提督がクライペダに赴任してくる前のベルリンの宮中。
提督は東プロイセンの大自然は素晴らしいと聞いていた。
「ネリンガ砂丘やバルト浜を視察してみようぞ。大自然を偵察すれば秘宝の琥珀もわかることであろう」
都会派の提督はクライペダ支庁の狭い窓から外を眺めた。
鈍より曇りがちな空とクライペダの広場が見えた。
執務室で事務をこなす秘書にそれとなく語りかけた。
「ベルリンで聞くところでネリンガは景勝地らしい。大自然のバルト海が目の前に広がる。美しい自然を眺めれば気持ちも変わるであろう」
執務をする秘書は提督に丁寧に答えた。
秘書はプロシア=ドイツ出身である。
「提督殿。ネリンガの砂浜は大自然そのものでございます。私は子供の頃よくこのネリンガの砂丘で遊びました。喜んでご案内さしあげます」
プロシア=バルトの秘書も防寒具を装備して出かける。
クライペダ支庁には単身赴任の身分の提督であった。
ベルリン郊外の自宅に二人の娘を置いてきた。
「東プロイセン(クライペダ)の業務が落ち着けば女房子供をベルリンから呼び寄せてやりたいものだ」
提督の二人娘のうち次女は悲しいかな喘息持ちであった。
医者からは環境のよい転地療養を勧められており空気のきれいな土地を探していた。
大自然と聞けば提督は父親の顔となり娘を気遣う。
多忙を極める提督のスケジュール。ネリンガへの偵察は忙しい時間をなんとか工面をして作り出された。
支庁先に軍部の馬車を従えるとバルト海岸へ向かう。
クライペダ出身秘書の誘い通りにネリンガ砂丘に向かう。
ネリンガの砂丘に続くバルトの浜は鈍よりと曇っていた。今にも天気は崩れそうである。
「申し上げます提督殿。御覧になられている浜辺がネリンガでございます」
鈍よりとした空模様は心配をされた。
「この一体がご指摘の海岸でございます。この地に琥珀が。そうですねコロコロと波打されるのでございます。クライペダの漁村民は琥珀を拾い集めてございます」
提督は地元出身の秘書に説明を受ける。秘書の従兄弟は漁師をしていた。
提督は目を凝らした。どこまでも長いだけの浜辺を眺める。
何も変哲のない浜辺が延々と広がっているだけであった。
この浜辺なのか。
琥珀という秘宝がある。
クライペダの宝石と呼ばれる琥珀が採掘されるというのはここなのか。
提督は浜辺を仔細に見たがハンザ同盟の重商人が目の色を変えて欲しがる宝石がコロがる魔法の浜には到底見えない。
提督は防寒コートの襟を立ててネリンガ砂丘を歩き見渡す。
一面に広がる砂浜にある松の木は倒れていたり枯れていた。均等に植えられたわけでなくまばら。哀れなものである。美的景観を考えると情けない。
「松の手入れをやらねばならぬ。砂妨に松を役立てねばならぬな。琥珀がどうだこうだの前に砂丘の取り扱いをしっかりやらねばならぬ」
提督はメモを取り出すとサラサラと松の絵を描き出す。写真のない時代。ちょっとしたスケッチでも重要な通達手段となる。
ネリンガを眺めながら秘書は提督に琥珀を説明する。
琥珀がなぜ産出するのかを彼女なりの知識で教えた。
提督は寒さに堪えながら黙って話を聞く。
「なるほど琥珀とは松のヤニが固まったものなのか。あそこに見える松の脂が成分になるというのか」
宝石には疎い男の提督である。松がどうして宝石に化けるのか。
いつまでも琥珀というものは疑問である。
クライペダのニダ地区にあるネリンガ砂丘は風向きによって砂荒しを生じる。風に吹かれた砂は農作物に多大な損害を与えている。提督は自然の成せるわざになんとか対抗をしたいと思う。
「砂防林として。松の力でなんとかなることもないだろうが。しかしやらなければ農家の被害は増すばかりだ」
松の林を増やせば将来的に松の脂が増え琥珀の採掘量にも影響をするのではないかと提督は思う。
砂丘の風害はニダの農民をことの外苦しめていた。農家として砂防政策は常に願うことである。
提督は参謀に伝達する。
「わかりました提督殿。農林部署に伝えます。松の移植・増植林をするように致します」
提督は早くにやるようにと参謀に念を押した。
「ところであのネリンガという砂丘の山。かなりの砂の山があるようだ。距離はどのくらいなのだ」
提督としては疑問に思うことはひとつひとつ秘書に尋ねる。
有能な秘書は手元の資料をくくる。
「距離はどのくらいかでございますね」
子供時代に遊んだネリンガは約10キロだと答えた。
提督は腕組みした。
大自然ではないか。
「あれだけの砂丘を荒れ放題にしておくとは知恵がない。そのままにしておく手はないぞ。なんとかネリンガの砂をこの景観の自然を利用することは赴任してきた私に取っての課題であろうか」
提督のネリンガ偵察はまずまずの成果を挙げる。様々に改善の余地があることがわかる。
ネリンガの大自然に触れた提督。防寒コートの襟を離しすっかり魅了されてしまう。
「歴代の提督も同じ悩みを抱えたのであろう。美しい砂浜はネリンガというのか」
横に追随する秘書はニッコリと微笑む。
ベルリンから赴任した若き提督に尊敬の念を感じていた。
提督はニダの偵察を終え軍の馬車でクライペダ支庁に戻ることにする。
「このバルトの風景は素晴らしい。私の次女は体が弱い。静養を兼ねてこの大自然を見せてやりたくなった」
提督はバルトの大自然の素晴らしいことを秘書に言い残す。好印象を受けたと強調した。
秘書は内心喜びである。有能な提督が赴任をして良かった。
「さあクライペダ支庁に戻るか」
ニダ村の小娘たちが数人ネリンガ砂丘に遊びにきた。
彼女たちは幼さがあどけない少女である。重々しき軍の提督の視察隊などまったく気にしない素振りである。
クライペダがさまざまな民族に軍事支配を受けて時代に翻弄されたことなど知らないのである。
田舎の娘たちは浜辺に出る際に小さなバスケットを小脇に抱えていた。
浜辺に打ち上げられた小さな貝殻や色とりどりな綺麗な小石を探している様子である。
娘たちは仲間同士好きな貝殻を見つけたらキャアキャア喜んでいた。
帰宅をしようとする提督はフイッと振り返る。
「あの小娘たちは何者だ」
遠目に見える幼い女の子たちを提督は側近に尋ねた。
小娘たちが遊ぶ波打ち際はザバァ~ザバァ~と波音を立てた。
これから夕方にかけてバルト海は荒れる予兆である。
雲はもくもくと空いっぱいに広がってくる。
「申し上げます。あの娘どもはこのネリンガのニダの村の者のようであります。言葉を聞けばプロシア=バルトでございます」
遠目に見える小娘らは提督に自分の娘とダブって見えた。
無邪気に浜辺で遊ぶ姿は微笑ましく見え提督は軍事の最高司令官ではなく父親の目をした。
「私の次女もかように元気になってくれればよいものだが」
提督は馬車の中で腕組みをした。ベルリンにいる喘息持ちの次女の娘を思った。
「娘はクライペダに呼び寄せてやるか。あんなに元気になれるかもしれない」
毎日ネリンガの砂丘を散歩させたら喘息など完治する。
空気がきれいだから治るのではないか。
提督はニダの小娘をもう少し見ていたくなる。
ニダの小娘たちはネリンガの浜を歩き回るとある程度の拾いものをしたようである。
手にしたバスケットには重みがあった。そろそろ家に帰りましょうかと思う。
「よく集めました。綺麗な貝殻もたくさんになりました」
他の娘も頷いた。
バスケットを覗くと満足。
先頭に立つ女の子を中心にしてゾロゾロと浜を後にする。
提督たちの前にやってきた。遊ぶことに夢中でその時に軍人がそこにいると気がついた。
小娘たちは怖い顔をした兵隊に脅威である。娘の父親らを軍事支配する兵隊だと知ったからだ。
幾多かの兵隊の中。馬車の上から提督は目の前を通る小娘たちを止めた。
「そちはバルトの村人であるか」
クライペダの娘であるかとドイツ語で尋ねた。
小娘らはプロシア=ドイツ民族でドイツの言葉はわかった。
えっ
軍隊が小娘たちを睨みつけたから怯えてしまう。娘らは互いに寄り合い抱きついた。
提督の言い方は高圧的で威圧である。バルト民などものの数に入らない。
軍隊の一兵が娘の顔を睨みつけた。
「小娘らよ。浜で何を拾ったのだ。そのバスケット。なにが入るのだ。見せよ」
言い終わらずにいきなり兵士はバスケットを取り上げた。
娘らはキャーと悲鳴を挙げると恐怖からその場にへたりこむ。
取り上げたバスケットは逆さに振られ勢いよく中身が落ちた。
ザァ~
ザァ~
貝殻と小石が砂浜に散らばった。きれいな貝殻がザァザァ~と音を立てて散らばる。
小娘たちは怯え切り泣きながら抱きしめ合う。
私たちは何か悪いことをしたのか。
兵士は足で浜に散らばった小物を均してみる。ガラクタのような貝殻の中にキラキラ輝くモノがある。
兵士は膝を折り小物を検分する。
「こっこれは!あっうん」
手で貝殻と小石を選り分けて"それを"発見してしまう。
兵士はサッと顔いろを変えた。
「提督どの。これに琥珀がございます」
馬車にいる提督は一瞬にして顔がキッとなる。かわいい女の子らをそのまま帰すわけにいかなくなった。
「なにっ琥珀だと。このものらはクライペダの秘宝を」
提督はこごえて泣く小娘たちをジロッと睨む。自分の娘と同じ歳である。
「せっかく小娘たちが集めたものだ。さっ拾え。勝手なことをして悪かったな。さあ拾え」
怯えきる小娘たちは恐怖から泣き声をあげバスケットに小物を拾い集めた。
拾い上げるのは貝殻・小石・松の枝・琥珀である。
ワアッ
ワアッ
泣きながら集めた。
「全部拾い集めたか。そうかそうか」
提督は小娘にバスケットの中を見せてみよと命じた。
泣き声は止まないのである。恐怖は増長されていく。
「よいか娘たち。その中身に」
提督は琥珀はあるか。
クライペダの宝石amberはあるかと尋ねた。
泣きじゃくる小娘はバスケットの中身をゴソゴソとやり琥珀を取り上げた。
キラキラと光輝く小物を探し出した。
「これが琥珀でございます」
小娘はバスケットから琥珀をひとつ取り出した。
命令口調の提督は睨みを利かせた。
小娘は細い右手をサッと出し琥珀を取り上げた。
「ほらっこれです。これが琥珀です」
泣き晴らす顔もクライペダの宝石を示し誇らしげであった。
バルトの小娘にとって琥珀はバルトからの贈り物である。大好きなバルト海からの素敵なプレゼントであった。
馬車から提督は降りた。防寒コートをまさぐり右手をサーベルの束に伸ばす。グッと剣の感触を確かめ束を握り直す。
この小娘は私の娘と同じ年齢であろう。親は私ぐらいの世代となるであろうか
小娘の家庭を想う。幸せに育てられた娘は今後さぞかし美しい女となるのではないか。
提督は小娘が差し出す琥珀を見た。小娘に向かいサーベルをサァーと抜く。
右手を差し出す小娘は目を腫らしながら提督を見た。次の刹那!
提督のサーベルが高く高く掲げられていくのを眺めた。
小娘は右手を掲げたまま琥珀を見せている。
ニダに生まれニダに育てられた小娘は琥珀というキラキラは自慢のひとつである。
目の前の怖い顔の軍人に見せたら喜んでもらえるのではないか。
恐怖心はあるが琥珀を見せたのである。
シャキーン
曇り空にサーベルは鈍く光ると勢いよく振り下ろされたのである。
ギャア~
小娘の右手をサーベルで手首から斬り落としてしまう。
"二度と琥珀を拾わぬように"提督は斬り捨ててしまう。
「その手があるからいけないのだ。(琥珀を)拾いたくなるのだ」
小娘は腕から血しぶきと同時に叫び声を挙げた。
ネリンガの浜辺に子供たちの絶叫が響きわたる。
小娘は激痛に耐えきれず気絶し倒れる。浜辺には鮮血が滴り落ちていた。
「わからぬか!小娘ども。浜辺の琥珀は拾ってはならぬ。バルトで禁止されておる」
ネリンガの空は暗黒となり雨が降り始めた。サーベルは濡れてはならぬと提督は束を押さえた。
「しからば支庁に戻ろうぞ。雨足も早いぞ。急ぐぞ」
馬車に乗り込むと馭者に行けっと指図する。
浜辺には倒れた子供を痛ましく思い泣き声をワンワンあげる小娘たちがいた。
馬車は浜辺を振り向きもせず走り出す。提督らは何もなかったと平気な顔で馬車に乗った。臣下の兵士たちも同じである。
秘書は女である。斬りつけられて出血をした少女が心配になり何度か後ろを向いた。
提督が馬車に乗り込むと雨がザァ~と降る。一瞬の通り雨である。
馬車に備えつける荷物入れ(トランク)。バルトの女の子が拾った琥珀は無造作にトランクの床に転げ置かれていた。
琥珀は馬車のガタンゴトンの揺れに翻弄される。トランクの中をあっちこっちに転げ回る。浜辺に打ち上げられた苔むした琥珀はその角をコツンと打つ。
トランクの他の荷物とぶつかり琥珀は丸みを帯びてしまう。
コツンコツンと角を打ち琥珀は怒りを爆発させてしまう。
ネリンガから降る雨はクライペダに帰った後も続く。提督の馬車はクライペダ支庁に辿り着いたら慌ただしく裏口の門に入る。
提督は頭からタオルで雨を拭きながら馬車を降りた。
「大変な雨になったものだ。あれだけ晴れていたのに。通り雨のおかげで頭から足までビッショリ濡れてしまった。早く体を乾かさないと風邪をひいてしまう」
提督らは馬を小屋に入れる。自らもずぶ濡れならば馬とて同じ。
軍隊に取って馬は命の次に大切なもの。馬体を乾かし手入れをしてから人間様が支度されるものだった。
提督は馬の毛並みを磨き終えると執務室に戻り濡れた衣服を着替える。
下着を脱ぎ捨てようかとする際にブルっとしてしまう。
「うん風邪をひいたか」
執務室に落ち着くと呼び鈴で秘書を頼む。熱いコーヒーかスープが飲みたくなったのだ。
チリン~チリン~
女性の秘書も馬車の人であった。一過性の通り雨でずぶ濡れである。
男なら簡単に服の着替え程度でスタンバイでよろしいが女性はそうはいかない。
「うん(秘書は)いないか」
呼び鈴に秘書の反応がない。
「彼女は着替えに手間取るのだろう。女は何かと身支度が大変だからな」
提督は椅子から立ち上がる。秘書の控えるダイニング部屋に行こうかとする。
「スープはとにかくコーヒーは私で淹れられる。早く温めなければ風邪をこじらせてしまう」
ブルっとした体を気遣い温めたくなる。
控えの部屋は秘書がすべてを管理する。執務のために来客のために飲物の準備やちょっとしたスナックの調理ができる。
提督はコーヒーミルを見つけると豆を炒る。
「コーヒーは好きだがこれが面倒だな」
ミルにコーヒー豆を入れゴリゴリと回し始める。
控えで提督が何やらゴソゴソしていると秘書が戻ってくる。着替えと化粧に手間取っていた秘書だった。
「すいません遅くなってしまいました。あらっコーヒーでございますか。私がすぐお淹れいまします」
豆は挽いたものがあるようで秘書は提督からミルを取り上げた。
提督はなら頼むと言い残し執務室に戻っていく。
秘書は手際よくお湯を沸かしコーヒーを淹れる。
提督が普段楽しむ味のコーヒーを淹れちょっとしたスナックに洋菓子を添えた。
「御待たせいたしました。大変な雨でございましたわね。お体は大丈夫でございますか」
秘書は提督にサービスをしながら気遣いを示した。
コーヒーの香りを楽しみ提督はゆったりとした気分になる。
「うーん(秘書の)君の淹れるコーヒーが一番うまいよ」
香ばしいコーヒーを楽しみながらミルクを入れスプーンでかき混ぜる。
うん?
スプーンでコーヒをかき混ぜたら光り輝くものがチラッと見えた。
なんだろうか。
きょう雑物が混ざってしまったか。秘書にコーヒーを急がせてしまったな。何やら混ざってしまったかもしれない。
スプーンでカチャカチャとやればキラキラ"光る正体"を探してみる。
うん!
提督はその場ではっきりとコーヒーカップに"正体"を見た。
コーヒーに琥珀が入っているじゃあないか。
提督の目にはキラキラ輝く琥珀がはっきり見える。
コーヒーに琥珀が混在しては飲めやしないではないか。
スプーンで掬い出してしまおう。
提督はカチャカチャと音を立てて目で見える琥珀を掬い出したい。
しかしどうしたことか手応えはまったくなかった。
キラキラと光り輝き見えるが掬い出せない。
コーヒーをガチャガチャしだした提督。
控えの秘書も提督の様子に気がつく。
「提督殿いかがされましたか。ハッなんでございますか」
これを見よ。
小さな世界に琥珀は幅を利かせて存在をしている。
「琥珀がコーヒーの中に入っているのですか。そんなことがありますか!おかしいですわ」
秘書はそんなバカなと呆れる。琥珀なんかどうしたらコーヒーに混入をするの。
「そう言えばネリンガの琥珀は馬車のトランクの中でしたわ。琥珀がとんでもないところで置き忘れられたと拗ねているかもしれませんわ」
コーヒーはともかく侍従を呼びつけた。馬車に琥珀を取りに行くようにと命じた。
呼ばれて侍従は提督に畏まる。
「馬車でございますか。わかりました。すぐに参ります」
提督に敬礼をすると一目散に馬小屋に走り出した。
勢いある侍従は数分後に戻ってくる。盛んに頭をかしげながら提督に報告をする。
「提督殿。申し上げます。トランクの中を探してみたのですが何もございません」
トランクは空だと報告をした。
提督と秘書は驚きの顔をした。
となると琥珀はどこかに消えかけてしまったのか。
「コーヒーに見えた琥珀はネリンガのそれか」
提督は一言呟いた。
その夜のこと。
提督は発熱して床についた。官舎にはクライペダの医者が呼ばれる。
「雨にたたられての風邪でございましょう。養生しっかりして静養されましょう」
医者の診察である。
呼ばれた医者はプロシア=ドイツ民族である。
提督の診察をする際に医療カバンがキラキラと琥珀の光りが輝くのである。
「温かくして養生してください」
単なる風熱ゆえに。大病には至りますまいに。
翌日はネリンガの浜は燦々と光り輝く晴天であった。
庁舎で高熱で唸る提督は息も絶え絶えな病床を迎えていた。
幾多かの部下の兵士を従える中。大変な苦しみに見舞われもがき苦しみ死んでしまった。
全身を襲う痛みは右手が特に激しかった。
"手首"を鋭利な刃物でもぎ取られたような激痛を覚えてしまう。
ネリンガの琥珀は胸の張り裂ける思いをした。
黒い涙をポトッポトッと落とした。
―琥珀の涙は哀しみと憎しみがある。
提督が絶命をすると琥珀はコーヒーカップからソッと抜け出し姿を消してしまった。
オリンピック陸上種目を遅い順に競歩から並べたら面白いかと思ってみたのですよ。
皇太子さんご苦労様でした
2012年のロンドンオリンピックまで時間があるのでもう一度書き直したい。