17歳7日
<17歳7日>
いつも私の隣で笑ってるりっちゃん。
いつも一緒に遊んだりっちゃん。
いつも私の心配をしてくれたりっちゃん。
いつの間にか大人になってたりっちゃん。
だいすきな、りっちゃん。
『りっちゃん、すき、だよ』
にっこり笑うりっちゃん。
**********
けたたましい騒音で目を覚ました。原因である目覚ましを右手で止めて、もぞもぞと布団から這い出ると、鳥の鳴き声と、太陽の光を感じ、まるで漫画か小説みたいなお決まりな朝を迎えた。
『ここは……どこだっけ?』
『自分』の部屋なのに、どこか違和感を感じながらも、自然な動きで部屋を後にする。毎日この部屋にいて、毎日この家で生活しているはずなのに、まるで友達の家に来たような、そんな違和感がある。洗面台も台所もリビングや両親の部屋の場所だって知っている。だけど違和感が拭えないのはなぜなのか。
「凛?どうしたの、ぼーっとしちゃって。」
後ろから声がした。振り替えると、自分を見て不思議そうな顔をした女性が立っている。
誰だっけ?
「凛?早く朝ごはん食べないと学校に遅刻するわよ?」
「うん、分かってる。」
知らないのに、知らないはずなのに、自然と言葉が出て、自然と行動に移している。
「・・・・・・・」
ただぼーっと動く私を目の前の女性は怪訝な顔をして見ている。そしてまた部屋に戻る私を呆れたように、また愛おしそうな表情で見つめた。私はそれにひどく焦った。
どうして?
どうしてそんなに優しい顔で私を見るの?
だって私はあなたを知らないのに。
ひどくのろのろと階段を登り、バタンと音を立てて扉が閉まった時、私の頭の中で何かがパチンと弾けた。
……ううん、違う。私は知ってる。このやり取りも、この人も、この家も、この『世界』も。
私は17歳の女子高生で、名前は凛。
・・・・・・凛?私は凛で良かった?それはあの世界の名前ではなかった?でもこの人は私を凛と呼ぶ。この人は、この人は・・・・・・私の母さん・・・・・・この家は17年間過ごしてきた私の家・・・。
そうだ。
私は凛だ。
あの世界でもこの世界でも私はいつでも『凛』だった。どうして私は『私』を忘れていたんだろう。どうしてこんなにも私を愛してくれる世界を忘れていたのだろう。
戻ってきた。
胎内からやり直してきたあの17年間を過ごしたあの世界から私は自分の世界に戻ってきたのだ。美人の『お母さん』もいなければハンサムな『お父さん』もいない。私の姿も特別整ってはいなくて、声も、髪も全部本当の『私』のもの。
私の本当の世界では1日だって経っていない。私が17年も別の世界で生きていたことなんてもろともしてなくて、いつもどうり時を刻んでる。
あれは夢?
ううん。夢なんかじゃない。絶対に。夢なんかじゃない。『お母さん』のお腹の中にいたことも、こっちの母さんが恋しくて隠れて泣いたことも、小さな子供に混じって遊んだことも、はなちゃんと内緒の話をしたことも、りっちゃんを好きになったことも、全部ぜんぶ、夢なんかじゃない。
りっちゃん。
大好きなりっちゃん。
好きだって言ってないのに帰ってきちゃった。
りっちゃんに大好きだよ、って言ってないのに。
「りっちゃん……」
り、……っちゃ……、好きって、……私、すき、って……りっちゃんに、言ってない。
「うぇ……、っ!ひっく、っ、」
ぽろぽろと流れる涙は地面に落ちる。小さな染みをつくる床を眺めたまま私は泣いた。しゃくりあげる声だけが部屋の中に響く。私の部屋。でも違う部屋。大好きだったアーティストのCDも、大きな羊のぬいぐるみも、猫のストラップも、母さんや父さんだっているけれど、ここにはりっちゃんがいない。りっちゃん、りっちゃん……!
「凛……?」
「……り、っちゃん?」
なんで?どうしてりっちゃんがここにいるの?
「凛?なんで泣いてるの?」
「りっちゃん、りっちゃんりっちゃんりっちゃん!!」
ただひたすら『りっちゃん』と名前をしゃくりあげる私を、りっちゃんは困った顔をしながら見ている。でもどうして?なんで?だってここは違うのに。あの世界と違うのに。
「凛、どうしたの?」
りっちゃんはきれいな形の眉を下げて困ったように笑いながら私の頭を撫でてくれる。
「凛は17歳になっても泣き虫なんだから。僕がいないと駄目だねぇ。小さな凛ちゃん」
りっちゃんはくすくすと笑いながら私の髪を掬い上げる。
うん、駄目なの。りっちゃんがいないと駄目なんだよ。
「ほら、早く顔を拭いて。学校に遅刻しちゃうよ」
「りっちゃん、なんでいるの?」
「んー?毎日迎えに来てるじゃないか。昨日だって来たでしょ?何言ってるの、凛は。可笑しな凛」
りっちゃんは「物忘れするにはまだ早いよ」と可笑しそうに私の頭をコツンとたたく。
毎日?毎日迎えに行ってたのは私だよ?隣の家に『私』がりっちゃんを迎えに行ってたんだよ?
「ほら、早く着替えて。下で待ってるからね」
りっちゃんが出ていった扉をぼんやりとした眼差しで見つめた。
……そうだ。りっちゃんだ。りっちゃんはいつも私の隣にいたんだ。幼馴染みの、りっちゃん。
小さい時から一緒で、泣き虫な私を慰めるのはいつもりっちゃんの役目。毎朝迎えに来てくれて、あっちの世界では私が毎朝迎えに行って、一緒に学校に行って、あっちの世界では毎日一緒に帰って。こっちの世界でも向こうの世界でも私たちはいつも一緒だった。体がぴったりとくっついてるのではなくて、心が接着剤をつけられたみたいにぴたっとくっついて、私たちはいつも繋がっていた。離れていても、一緒にいなくたって私たちは離れてはいなかった。
りっちゃんはいつでも私の隣にいたのに。どうして『私』は忘れてたんだろう。
「りっちゃん!!!」
私は部屋を出るりっちゃんを呼び止めた。
「なぁに?」
「大好き!!」
りっちゃんはきょとんとした顔をしたけれど、すぐに、にっこりと笑った。『私』も、私も大好きな優しい、やさしい笑顔。
「うん。僕もだよ」
さぁ、学校に行こう!!
本当の私で。
大好きなりっちゃんと一緒に。
父さん、母さん、ただいま。
『お父さん』、『お母さん』、行ってきます。
裏話的なことを載せてるので、よかったらあとがきもどうぞ。




