潜入②
ガチャッ!
勢いよく扉が開き、揃いの革鎧を着たガルド商会の護衛三人が飛び込んでくる。先頭の二人はすでに剣を手にし、最後の一人もすぐ後ろに続いている。
「誰だ!」
室内にいるレインとリシェルを見つけ、先頭の護衛が声を張り上げる。
「侵入者だ!」
その声とほぼ同時に、レインが動く。
「――っ!」
先頭の護衛との距離を一気に詰めるレイン。
護衛が剣を振り下ろそうと腕を上げるが、それより早くレインが剣を持つ手首を掴む。
ぐいっ。
その手首を軽くひねる。
「ぐっ!?」
痛みに顔を歪め、護衛の体勢が崩れる。
レインは掴んだ腕をそのまま引き、男の体を横へ流す。
「うわっ!」
よろめいた男が隣の護衛へぶつかる。
ドッ!
二人が互いにぶつかり、もつれるようによろめく。
その脇で、三人目の護衛が剣を抜く。
シャキンッ!
「この野郎!」
レインへ向けて剣を横薙ぎに振るう。
「レイン!」
リシェルが思わず声を上げる。
レインは慌てる様子もなく、上半身をわずかに反らす。
ヒュンッ!
剣先が鼻先をかすめるように通り過ぎる。
振り切った護衛の腕を、レインがすぐに掴む。
ぐるっ。
相手の勢いを止めず、そのまま体の向きを崩して壁のほうへ流す。
「なっ――」
ドンッ!
護衛の背中が壁にぶつかる。
衝撃で手が開き、剣が床へ落ちる。
カランッ。
レインは落ちた剣を足で蹴り、護衛たちから離れた場所へ滑らせる。
ほんの数秒。
三人の護衛が床や壁際で倒れ込み、呻いている。
「…………」
リシェルは目を見開いたまま固まっている。
その前で、レインだけは息一つ乱していない。倒れた三人を気にする様子もなく、さっさと出口へ向かう。
「行くぞ」
「…………」
返事がない。
レインが振り返る。
「リシェ?」
「……はい?」
「何してる。来い」
「あ、はい」
反射的に返事をして歩きかけたリシェルが、ふと止まる。
すっ……。
レインを見る目が細くなる。
「……ちょっと待ってください」
「何だよ」
「今のは何です?」
「何って?」
レインは本気で質問の意味が分からない様子。
リシェルは床に転がる三人の護衛をビシッと指さす。
「この三人です!」
「三人がどうした?」
「どうして、あなた一人であっという間に倒しているのですか!」
「運がよかった」
「三人相手に無傷で勝っておいて、運がよかったで済ませないでください!」
リシェルが詰め寄る。
「昼間もそうでしたけれど、あなた、本当に普通の冒険者なのですか?」
「…………」
レインが少しだけ考える。
「今日は調子がいい」
「…………」
リシェルの目が、じとーっと細くなる。
「……普通の冒険者?」
「今日は調子がいい」
「その『調子がいい』で、どこまで誤魔化すおつもりです?」
「できれば最後まで」
「でしたら、もう少しましな言い訳を考えてください!」
リシェルの声が、廊下まで響いた。
その直後、少し離れたところから複数の足音が近づいてくる。
ダダダダッ!
「いたぞ!」
「資料室だ!」
レインが無言でリシェルを見る。
「ほら」
「何です?」
「また目立った」
「今のはあなたのせいでしょう!」
「俺?」
「あなたが変な言い訳をするからです!」
「そこ?」
「そこです!」
「今は言い争ってる場合じゃないだろ」
「誰のせいだと――」
「走るぞ」
言い終わる前に、レインが資料室を飛び出す。
「あっ、待ってください!」
リシェルも慌てて後を追う。
廊下へ出ると、正面から二人の護衛が駆けてくる。
「止まれ!」
シャキンッ!
二人が剣を抜き、並んで進路を塞ぐ。
リシェルの足がわずかに鈍る。
「レイン、前に――」
「そのまま走れ」
レインは速度を落とさない。
「え?」
「ちょっと、何を――」
護衛の一人が剣を振り上げる。
「止まれと言っている!」
レインがさらに加速する。
「――っ!」
ブンッ!
振り下ろされた剣をかわし、そのまま護衛との距離を詰める。
剣を持つ手首を掴み、一気に引く。
ぐいっ!
「うおっ!?」
前につんのめった男を、隣の護衛へぶつける。
ドッ!
「なっ――!」
二人の動きが止まったところで、レインが一人の肩を押し、もう一人の腕を引く。
ぐらっ。
二人の体が左右へ流れ、廊下の中央に人一人分の隙間ができる。
「今!」
「えっ?」
「走れ!」
リシェルも意図を察する。
「分かりました!」
二人の間を一気に駆け抜けるリシェル。
それを確認してからレインも護衛を放し、すぐ後を追う。
「待ちやがれ!」
背後から護衛の怒鳴り声。
走りながらリシェルがちらりと振り返る。
レインはすでに自分のすぐ隣まで追いついている。
「……今の」
「何だよ」
「わたくしが通れるようにしたのですか?」
「置いていったら捕まるだろ」
「それは、そうですけれど……」
リシェルが少しだけ言葉に詰まり、レインを見る。
自分一人なら、わざわざ道を作らなくても簡単に突破できたはずのレイン。
それでも先にリシェルを通し、自分は最後まで護衛の動きを止めていた。
「何だ?」
「……いえ」
リシェルは前へ向き直る。
「少しくらいは、気が利くのですね」
「置いていけばよかったか?」
「前言撤回します!」
「早いな」
「誰のせいですか!」
二人はそのまま階段へ。
レインが一段飛ばしで駆け下り、リシェルも遅れまいと続く。
タタタタッ!
「地下はどちらですの!?」
「知らん!」
「知らないのですか!?」
「今探してる!」
「堂々と言わないでください!」
一階へ下りてもレインは足を止めない。
床や壁、積まれた荷物、行き交う商会員へ次々と視線を向ける。
その目が、通路の奥で止まる。
大きな木箱を抱えた二人の商会員が、地下へ続く階段へ急いでいる。
箱の隙間から何冊もの帳簿が覗いている。
レインの目がすっと細くなる。
「あった」
「え?」
「あれだ」
リシェルも木箱に気づく。
「帳簿……!」
「ああ」
二人がすぐに追う。
商会員たちも接近する二人に気づく。
「侵入者だ!」
一人が木箱をドンッと床へ置き、腰の剣へ手を伸ばす。
だが、抜き切るより先にレインが手首を押さえる。
「なっ!」
ぐいっ。
腕をひねり、そのまま男を横へ押し退ける。
同時に、もう一人の商会員がリシェルへ向かう。
「嬢ちゃん、止まれ!」
伸ばされた手を、リシェルがさっとかわす。
そのまま相手の腕を取る。
「失礼します!」
「な――」
くるっ。
相手が前へ出た勢いを利用し、その体勢を一気に崩す。
ドサッ!
男が床へ転がる。
「…………」
今度はレインが少しだけ目を見開く。
倒れた男とリシェルを交互に見る。
「お前も十分おかしいだろ」
「護身術です」
リシェルは何事もなかったように服を整える。
「護身術で大人一人投げるのか?」
「必要な場合もあります」
「どんな場合だよ」
「今です!」
リシェルが地下への階段を指さす。
「急ぐのでしょう!」
「それもそうだな」
二人が地下へ下りる。
階段を下りるにつれ、空気がひんやりと冷たくなる。
石造りの通路。壁には一定間隔で魔導灯が取りつけられ、青白い光を放っている。
リシェルが思わず足を止める。
「……ずいぶん広いですわね」
「ああ」
地上の商会からは想像できないほど広い地下空間。
奥では何人もの商会員が慌ただしく行き来し、木箱や書類の束を運び出している。
バタバタバタ……。
「急げ!」
「今夜中に全部移せ!」
「旦那の命令だ!」
レインとリシェルは物陰へ身を寄せ、声を抑える。
「帳簿だけではありませんわね」
リシェルが小声で呟く。
運ばれているのは木箱だけではない。
巻物、封印された袋、金属製の小箱。種類の違う荷物が次々と運ばれていく。
レインがさらに奥へ目を向ける。
そこには重厚な鉄扉。
その前には二人の護衛が立っている。
「保管庫でしょうか」
「たぶんな」
「また、たぶんですか」
「じゃあお前は分かるのか?」
「……たぶんです」
「同じじゃないか」
「今はいいでしょう!」
リシェルが声を潜めたまま言い返す。
そのとき、奥にいる商会員たちの声が耳に入る。
「南区の土地関係は全部こっちだ!」
「地下調査の資料もか?」
「ああ! それも全部だ!」
「地下調査……?」
レインとリシェルの表情が同時に変わる。
二人とも鉄扉へ目を向ける。
「やっぱり土地の下に何かあるみたいだな」
「ええ」
リシェルも真剣な顔で頷く。
孤児院だけではない。
ガルド商会が集めようとしている南区一帯の土地と、その地下を調べた資料。
これまでばらばらだった情報が、ひとつにつながり始める。
「中を確認する必要がありますわね」
「ああ」
「ですが……」
リシェルが鉄扉までの通路を確認する。
途中に商会員が六人。
さらに鉄扉の前に護衛が二人。
合計八人が行く手を塞いでいる。
「どうします?」
レインはすぐには答えず、商会員たちの動きや積まれた荷物、周囲の通路を順に確認する。
最後にリシェルを見る。
「…………」
「何です?」
「いや」
再び通路へ目を戻す。
「俺一人なら簡単なんだけどな」
ぴくっ。
リシェルの眉が動く。
「わたくしが邪魔だと?」
「そこまでは言ってない」
「今、ほとんど言いましたわ!」
「だから、どうやって一緒に通るか考えてるんだよ」
「…………」
リシェルが一度だけ瞬く。
レインはその反応を気にせず、周囲を探っている。
自分だけ先へ進むのではなく、最初から二人で突破する方法を探している。
やがて、レインの目が通路脇に積まれた大きな木箱で止まる。
「……よし」
「何か思いつきました?」
「ああ」
レインが木箱を指す。
「まず、あれを倒す」
「はい」
「連中の視線がそっちへ向く」
「はい」
「その間に俺が前の二人をどかす」
「……どかす」
妙な表現に、リシェルが少し引っかかった顔をする。
「お前は、その間に先へ行け」
「あなたは?」
「すぐ追いつく」
あまりにも当然のように答えるレイン。
リシェルがじっとその顔を見る。
「本当に?」
「何だよ」
「また一人で無茶をしようとしていません?」
「してない」
「信用できません」
「お前にだけは言われたくない」
「どういう意味ですか!」
「そのままの意味だよ」
「わたくしは無茶など――」
言いかけたリシェルが固まる。
夜中。
他人の商会。
変装して侵入中。
「…………」
レインが無言でリシェルを見る。
「…………」
リシェルはそっと目を逸らす。
「……今は、その話は置いておきましょう」
「そうだな」
レインが小さく笑う。
だが次の瞬間、その表情から軽さが消える。
「行くぞ」
リシェルも表情を引き締める。
「はい」
レインが床に落ちている小さな金具を拾う。
指先で弾く。
ピンッ。
金具が飛び――
カンッ!
離れた場所の木箱に当たる。
「何だ?」
商会員たちが一斉に音のしたほうを見る。
その瞬間、レインが飛び出す。
「――っ」
その速さに、リシェルが思わず息を呑む。
最初の男が振り返るより先に、レインが腕を取る。
ぐいっ!
男の体勢を崩し、次に動こうとした男の前へ押し出す。
ドッ!
二人がぶつかる。
その一瞬で道が開く。
「リシェ!」
「はい!」
リシェルが駆け出す。
「待て!」
別の男が気づき、リシェルへ手を伸ばす。
その指先が届く寸前――
パシッ!
横からレインが腕を掴む。
「そっちは駄目だ」
「なっ――」
レインが男を引き戻す。
リシェルがその脇を駆け抜ける。
「レイン!」
「先へ!」
リシェルが一瞬だけ振り返る。
レインの周囲には三人の男。
それでもレインの顔に焦りはない。
「……分かりました!」
リシェルは前へ向き直り、鉄扉へ走る。
扉を守っていた二人の護衛が気づく。
「止まれ!」
一人がリシェルへ向かってくる。
「っ!」
リシェルは足を止め、身構える。
自分よりひと回り大きな男。
力で押し返そうとはせず、相手の動きを待つ。
護衛が腕を振り下ろす。
ブンッ!
リシェルがかわす。
空振りした勢いで男の体が前へ流れた瞬間、腕を取る。
腰を入れる。
「はっ!」
ぐるっ――
ドサッ!
相手の勢いを利用し、大柄な護衛を床へ転がす。
だが休む間もなく、もう一人が横から迫る。
リシェルが振り向く。
「――っ!」
間に合わない。
その瞬間。
「よそ見すんなよ」
背後からレインの声。
リシェルへ迫っていた護衛の腕をレインが掴み、ぐっと後ろへ引く。
「ぐっ!?」
リシェルが目を見開く。
「もう追いついたのですか!?」
「言っただろ」
レインが護衛を横へ押し退ける。
「すぐ追いつくって」
「…………」
リシェルはレインを見つめる。
その目が、徐々に疑うようなものへ変わっていく。
あれだけの人数を相手にして、もう追いついている。
息も乱れていない。
周囲を見る余裕まであり、そのうえ自分へ向かった相手まで止めている。
じとーっ。
「何だよ」
「本当に……普通の冒険者?」
「今日は調子がいい」
「また、その『調子がいい』で、どこまで誤魔化すおつもりです?」
「まあ、できれば最後までだな」
「でしたら、もう少しましな言い訳を考えてください!」
レインはリシェルの追及を軽く流し、そのまま鉄扉へ手をかける。
「その話は後だ」
「絶対に忘れませんからね!」
「はいはい」
「返事が軽いです!」
ギィィ……。
重い鉄扉が開いていく。
扉の奥には、棚いっぱいに並べられた大量の帳簿。
巻かれた地図や束ねられた調査報告書も保管されている。
二人の表情から、それまでの軽いやり取りが消える。
机の上に、一冊の資料が置かれている。
表紙には――
『南区第三地区 地下調査報告』
「これ……」
リシェルが小さく息を呑む。
レインが資料を手に取る。
ぱら……。
最初のページを開き、内容へ目を落とす。
わずかな沈黙。
「どうやら」
レインの目つきが鋭くなる。
「当たりみたいだな」




