表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/3

第1章 無能の烙印

春の陽光が、石造りの廊下に柔らかく差し込んでいた。


王立アルカディア魔術学院。

この国で最も格式ある魔術師の養成機関。


その中央講堂に、重苦しい空気が満ちている。


「――ルクス・エルディア」


名を呼ばれた少年は、静かに一歩前へ出た。


淡い灰色の髪。整った顔立ち。

だがその瞳には、どこか諦めにも似た静けさが宿っている。


壇上に立つ教師――学院長代理、ガルド・レイヴンは冷ややかな視線を向けた。


「本日をもって、お前を本学院から追放する」


その言葉は、あまりにもあっさりと告げられた。


ざわ……と、場が揺れる。


だがそれは驚きではない。

むしろ「やっぱりか」という空気だった。


「理由は明白だ」


ガルドは手元の書類を軽く叩く。


「お前の魔法は、戦闘においても、生活においても、一切の有用性が認められない」


くすり、と誰かが笑った。


「“無能魔術師”だもんな」

「今までよく在籍できてたよな」


小さな嘲笑が、波のように広がる。


ルクスはそれを、ただ静かに受け止めていた。


(……まあ、知ってたけどな)


彼の魔法は、特異だった。


炎も出ない。

氷も操れない。

回復もできない。


ただ一つ。


「対象の“定義”を書き換える」


それだけ。


だが、それを理解できる者は――誰一人いなかった。


「何か反論はあるか?」


ガルドが問う。


ルクスは一瞬だけ考え――首を横に振った。


「ありません」


その一言で、処分は確定した。


「よろしい。では本日中に学院を去れ」


――その時だった。


「待ってください!」


凛とした声が、講堂に響いた。


振り返るまでもない。


「彼を追放なんて、おかしいです!」


白銀の髪を揺らしながら、少女が駆け込んでくる。


エリシア・ヴァルテリア。


王国でも数少ない“聖女候補”。

そして――ルクスの幼なじみ。


「彼は努力していました!誰よりも……!」


息を切らしながら、彼女は必死に訴える。


その姿に、一部の生徒は驚き、他は呆れたようにため息をついた。


「エリシア嬢」


ガルドは静かに告げる。


「努力は評価の対象ではない。“結果”がすべてだ」


「でも……!」


「彼の魔法は“何も生み出していない”」


その断言は、冷酷だった。


エリシアの唇が震える。


言い返したい。だが――言葉が出ない。


彼女自身も、心のどこかで理解していたからだ。


ルクスの魔法が、誰にも役立っていないという事実を。


「……もういいよ、エリシア」


その沈黙を破ったのは、ルクスだった。


「ルクス……?」


「ありがとう。でも――」


彼は、少しだけ笑った。


「ここにいる理由、もうないからさ」


その笑顔は、どこか吹っ切れたようで。


同時に――ひどく遠く感じられた。


「……っ」


エリシアは、何も言えなかった。


ルクスは踵を返し、ゆっくりと歩き出す。


ざわめきの中を、まっすぐに。


誰も引き止めない。


誰も振り返らない。


ただ一人を除いて。


「ルクス……待って……」


その声は、小さく、届かない。


講堂の扉に手をかけた瞬間――


ルクスは、ほんのわずかにだけ立ち止まった。


そして。


誰にも聞こえないほどの声で、呟く。


「――“評価”の定義を書き換える」


次の瞬間。


彼の足元の影が、わずかに揺らいだ。


まるで世界そのものが、歪んだかのように。


だが、それに気づいた者は――いない。


誰一人として。


こうして、“無能”は追放された。


だがそれは――


世界が書き換わる、最初の一歩だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ