01 視線
薄暗がりに地下へと続く狭い階段。
黒尽くめの男二人が降りていく。
壁にはB5サイズのポスターが何枚も千切れ、重なり合い、ところ狭しと貼られている。
扉を開けると爆音。
「ああ。もう始まってるな」
一人がバーカウンターへ移動する。
「あれ? 晴臣さん。どうかしましたか?」
カウンター内の従業員が声をかけたのは、橘晴臣。
年齢不詳で通っているが、おそらく三十代前半。
黒いロングジャケット、黒革のパンツにブーツ、腰まで伸ばした金髪。
海外も含めインディーズのCDやカセットテープ、ソノシートなどの音源の委託販売、中古ギターや音楽関係に拘らないグッズ類を並べたショップを経営している。
その傍らインディーズレーベルを立ち上げ、自らもステージに立つ。
仲間内では『インディーズ界の相談役』と呼ばれている。
「ああ、セデューサー観に来た。あいつと」
晴臣は、後からやって来た男を指さす。
明るくブリーチした髪、黒のライダースジャケットにブラックジーンズ。
食い入るようにステージを見ている。
「え、ルアードの?」驚く従業員に手を上げ、晴臣はビールを二つ手に連れの元へ向かった。
チリチリと引っ掻くようなギター。ギリギリ合っているリズム。
不協和音の中でマイクスタンドに手を掛け、歌う。
「あれがそう?」
「そう。セデューサー。で、あれがアキ⋯⋯清水暁人だ」
恐怖心を煽って自分の領域に引き摺り込む。
毒々しさを伴い、狂気をはらみ虚空を睨みつける瞳。
能代秀之の視線の先で、ステージ上のアキは笑った。
秀之の背筋に寒気が走った。
──なんだ? あれ。
「それで、どう? 使えそうか?」
晴臣が声をかけた時、ステージを捌けるアキはおもむろに手を開き、マイクを落とす。
落ちたマイクを見て、アキは唇を吊り上げた。
「──なんて目だ」
秀之は呟く。
客席の照明が点けられ、周りの観客たちがにわかに騒ぎ始めた。
彼らの視線の先には土屋良介と瀬川竜二。どうやら目的は秀之たちと同じようだ。
秀之は軽く二人に手を振る。気付いた良介は出口に視線を送り、竜二と揃ってライブハウスから出ていった。
そっと晴臣と二人を追った。
「付き合わせてしまってすみませんね、晴臣さん」
良介は自宅マンションに三人を招き入れた。
途中で調達した酒とつまみを並べる。各々好きに手を伸ばし、煙草をくゆらす。
「かまわないよ。今夜はコイツと呑む予定だったしね」
秀之を指差し微笑む。
「では、遠慮なく」
良介は晴臣にセデューサーの現状と、清水暁人についての見解を求めた。
晴臣は言葉を選びながら、出来るだけ公平な立場で話し始めた。
バンドの始まりは学生時代。
この一年はアキとジェイの間に意見の相違が出てきている。
もともとリズム隊が流動的で、いつ解散してもおかしくはない。
だが、すでにセデューサーの顔であるアキのステージパフォーマンスを、ジェイが手放せないでいる。
「アキの言い分は?」良介問う。
「⋯⋯俺はアキとは、あまり親しくないから」晴臣は言い淀む。「ジェイが言うには辞めたい素振りはあるらしいが、口には出していないようだ」
「⋯⋯晴臣さんは、アキがルアードに合うと思いますか?」
良介の問いに晴臣は、「部外者だから何とも言えないが、使えるとは思う」そう答えた。
おそらくルアードとアキのやりたい方向性は同じ。
アキを京也と同等、もしくはそれ以上と思えるのなら、君達が決めるといい。
そう話を続けた。
「俺は⋯⋯、悪くないと思う」秀之は口にした。「なあ、良介。ずっと聞きたかったんだけど、お前どこからアキの事を聞いた?」
「俺は前から知ってるぞ。何度か会ってる。お前だって会ってる」
「え、うそ。いつ?」
「ええと、十年前? 京ちゃんの家で。あの二人、いとこ同士なんだよ」
「悪いねえ、徹夜で付き合わせて」
「いいよ、良介君の家に行った時点で泊まりになるだろうと思ってたからね」
早朝に似合わない黒ずくめの男二人が駅に向かって歩く。
幾分酒が抜けていない身体が重い。
「仲介まで頼んじゃって悪いかなーって。でも、ジェイに恨まれないかな?」
「橋渡しは慣れてるからいいよ。それにジェイもこれ以上続けられないのはわかってるようだし」
「そうか。なら改めてお願いしますよ。インディーズ界の相談役殿」
帰宅後、ドサリとソファに身を沈める。
秀之は思い出した。
十年前にアキに京也の家で会った事を。
アキは京也を見た。
夕べと同じ、ゾッとするような目で。
睨んだのではない。目を見開き、憎しみの隠せない視線。
ふいに秀之に気付き目が合った瞬間に、それは消え去り薄く微笑んだ。
自分は怖いものなしな性格だと思っていたが、あれは本気で恐怖した。
電話で良介に話す。
「反対か?」と聞かれたが、そんなことはなかった。
実力もルックスも何も問題がない。
むしろ上手くすれば京也を超えられるだろうとさえ思った。
「それに京ちゃんの推薦だしね」
良介は言った。
──成る程、そこまで強く願っていたのか。
「離れる前に、秀之にお願いがあるんだ」
京也から電話で告げられた。
秀之にも京也はアキが継ぐ事を願った。
今まで何も要求しなかった京也の願い事だ。
できれば叶えたい。
ただ、簡単な話ではないような、そんな気がした。
主に秀之の視点からのアキ獲得への道。
ラフ画は橘晴臣。
この登場人物の中で一番折れそうな程痩せていて、年上。




