第ニ話2021年9月8日西部戦線~姫路撤退戦その2~
日本三土総人口及び推定総動員兵力・推定死傷者・推定兵器保有数比較(2021年9月時点。以下国名は略称とし、千の位以下は省略する)
西日本:2784万人 動員兵数:785万人(義勇軍130万含む) 死傷者82万人(うち一般人14万)
中日本:8020万人 動員兵数:1237万人(義勇軍80万含む) 死傷者91万人(うち一般人6万)
東北日本:1310万人 動員兵数:551万人(義勇軍200万含む) 死傷者101万人(うち一般人11万)
【推定兵器保有数】
【大日本国(中日本)】
・主力戦車 (MBT):1,100両(損壊:310両)
・装甲戦闘車 (AFV/APC):1,000両(損壊:190両)
・自走砲/多連装ロケット:800門(損壊:90門)
・作戦機 (戦闘機・攻撃機):320機(損壊:72機)
・水上戦闘艦:22隻(損壊:9隻)
・潜水艦:10隻(損壊:2隻)
【日本共和国(西日本)】
・主力戦車 (MBT):800両(損壊:210両)
・装甲戦闘車 (AFV/APC):920両(損壊:270両)
・自走砲/多連装ロケット:450門(損壊:290両)
・作戦機 (戦闘機・攻撃機):160機(損壊:49機)
・水上戦闘艦 :19隻(損壊:8隻)
・潜水艦:5隻(損壊:3隻)
【扶桑人民連邦(東北日本)】
・主力戦車 (MBT):900両(損壊:400両)
・装甲戦闘車 (AFV/APC):1,100両(損壊:420両)
・自走砲/多連装ロケット:700門(損壊:230門)
・作戦機 (戦闘機・攻撃機):110機(損壊:32機)
・水上戦闘艦:8隻(損壊:4隻)
・潜水艦:3隻(損壊:1隻)
なお、これらの数値は今後、国内での生産や海外からの輸入によりさらに増大することが予想される。
山崎が扉を開けようとした瞬間、何かを思い出したかのように慌てた表情をし、9階まで戻る。
「すまん、神谷、広坂!少し戻ってきてくれ!」
階段から山崎が、2人を大声で呼び戻す。
「わっ!?なんすか班長?」
部屋の扉を蹴り破ろうとしていた神谷が驚いたように答え、2人は9階の廊下の奥からこちらに振り向く。
「IFVの中で渡すべきだったんだが、すっかり忘れててな…」
そう言うと山崎は、バックパックの中から緑の物体を人数分取り出す。
「あー…あれか、アームバンドか」
一番下で止まっている山口が思い出しかのように言う。
「あぁそうだ。訓練でも使ったろ?ちゃんとしたものを上から貰ってたんだ。」
そう言いながら5人に投げ渡していく。
「えー俺たち緑かよ…」
山口が嫌そうに言う。
「別に嫌だったら付けなくてもいいぞ?その代わりこっちからもお前を撃たせてもらうから」
「付けます」
そして全員が黙々と腕にアームバンドを巻き付けていく。
「よし、総員付け終わったな?」
各々が腕をパンパンと叩いたり、アームバンドを眺めたりしている。山口は左腕に巻き付けたアームバンドの締め付けに不快感を感じながらも文句は言わなかった。続けて山崎が皆に言う。
「もちろん忘れていないと思うが念のため。私たち自衛軍のアームバンドは2種類、青か緑だ。私たちの班は緑だが、青を着けてるとこもある。共和国軍、つまり敵も2種類あって、白か灰色のアームバンドを着用している。陣営の識別は絶対に誤認しないようにしろ」
訓練時、嫌というほど聞かされた識別規則を再び叩き込まれ、それに全員が頷き同意する。そして、山崎が全員に目配せすると、全員が山崎の方へ向き直る。山崎は深く息をつき、話し始める。
「本来なら長話している余裕はない。が、これだけはもう一度言わせてくれ。愛知から出る前にも言ったが…私たちはスナイパーだ。人を殺すためのマシーンだ。私たちの任務は全員が持っているその銃で敵を撃ち抜くことだ。そのスコープに写った物体が敵兵であると分かった以上、老人であろうが子供であろうが友人であろうが殺さなければならない。いいか?私たちに必要なのは勇敢でも果断でもない。泰然自若と敵を殺し続ける心だ。相手が投降しているなら話は別だが、そいつに明確な敵意がある場合、決して躊躇うな。スコープに写った顔を見てそいつの家族や生活、日課、好物、青春、過去、未来、人生…なにも思慮するな。慈しみも哀れみもすべて捨てろ。我々は兵士だ。自衛軍の兵士だ」
全員が息を呑む。同時に全員が抱いていた鏖殺への抵抗感が薄れていくのを感じる。重苦しくも気は楽という矛盾した心情の中、越前が言う。
「あの…やっぱり私たちって…地獄に行くんでしょうか…」
「バカ!行くわけないでしょ!」
越前の言葉に広坂が返す。
「…行かないさ。多分。私たちは国に携えられているモノ…いわば道具だからな。全責任はお偉いさんがたさ」
山崎も答える。
「なら、もうこれで心置きなく戦えるな!」
神谷が腕を出し、剛気な身体を見せつける。
「…ふっ」
寡黙で一切笑わない桜前も、この場の雰囲気の差から思わず少し笑いが漏れる。黒いフェイスマスクをしていて顔は目元しか見えないが、少しにやけているのがわかる。
「おい!鼻で笑うなよ!」
神谷が言う。
「…笑ってないし…」
「桜前さんって笑うんだな」
「確かに笑ってるとこ見たことないですもんね!」
「あ?」
山口と越前の言葉に桜前がフェイスマスクの隙間から睨みをきかせ、2人は強大な恐怖から逃れるに階段の少し下へ降りる。
「あんたらほんとバカだねぇ。桜前さんがこの班―いや、連隊の中で一番怒ると怖いんだから」
「おい…」
広坂の言葉に桜前がムッとしつつも、半ば諦めの溜息をつく。山崎も階段の少し上の方からこのやり取りを眺め、戦場とは思えない会話を繰り広げるバカな班員達に、思わず笑みが溢れる。呆れた顔をしながら静かに呟く。
「まったく…こいつらときたら…IFVの中じゃ静かに寝てたくせに、降りた途端騒がしくなりやがって…まぁいいか…」
数秒経ってから気を取り直して再び班員全員に目配せする。
「よしっ、お前たち、心の準備はもういいだろう。総員、行くぞ」
「了解」
山口はヘルメットを調整し、左手で右肩に提げているM24のスリングを丁度良い位置に直す。静かに山崎が口角を上げて言う。
「地獄に行くときは…私たちも一緒だ」
「………はい!」
越前が笑顔で答える。
神谷と広坂が9階の一室に入り、山口達も屋上に向かう。その時の山口の足取りは下階を登っている時とは違い、心なしか軽く感じた。ヘルメットを揺らして軽快に階段を登っていく。だが、心の奥底ではもう引き返せない所に来ていると気付いていた。あの訳の分からないほど中身のない会話がいつまでも続けばいいのに、とも思った。しかし、無情にも足は筋肉と関節を使い、階段を登り続けた。汗がマルチカムの迷彩服にシミを作り、ポロポロと顎から床に落ちていく。山口がそれを拭おうとした時、一番先を歩いていた山崎が扉を開ける。
念のため山口と桜前がホルスターに手を伸ばし、ブラックのGlock17を取り出して構える。しかし、スポッターの2人はこの2人と違った。山崎はサプレッサーとホロサイト、フォアグリップがカスタマイズされたタンカラーのHK416A5を、越前は山崎とほぼ同じカスタマイズのブラックのSIG MCXを構える。スポッターはスナイパーのサポートだけでなく、スナイパーだけではカバーしきれない所までカバーするのも仕事の一つであり、近距離や接近戦を担当する。そのためスポッターはアサルトライフルを主に使用する。屋上のクリアリング等もスポッターが率先して行う。そのまま屋上を越前、山崎を先頭に同時に階段から顔を出して素早くクリアリングし、周囲を見渡す。
「ライトクリア!」
山崎が3人に聞こえる声で叫び、越前も答える。
「レフトクリア、屋上は異常なしです」
「総員配置につけ。各自判断で狙撃しろ」
山口・越前が扉のすぐ目の前の北面側に移動する。いつもはドジな越前だが、任務になると途端に全ての動作が素早くなる。左後ろから山崎・桜前が準備している音が聞こえる。越前はバックパックからグリーン色の超高倍率の距離測定もできるバイポット付き多機能軍用単眼鏡と、軍用のミル付きコンパスを取り出す。
「よいしょっと……あ、山口さんのも」
「おう、サンキュー」
越前は山口にもう一つのコンパスを渡す。屋上には外側にぐるっと一周するように盛り上がっているパラペットがある。2人は膝立ちになり、越前は山口のM24に付いているスコープより遥かに大きいそれを、パラペットの上に置く。同時に山口もスリングからM24を降ろし、バイポットを展開する。バイポットをパラペットに置き、M24のマガジンの弾薬を確認する。
「弾よし…」
弾数確認を済ませ、念のためマガジンポーチにある予備のマガジンと、弾薬ポーチも視認せずに手で触れて確認する。そして越前は邪魔なヘルメットを脱ぎ、単眼鏡を覗き込む。山口もスコープカバーを開けて同じ方向をのぞき込む。しかし、曇りで月明かりもなく、住宅街の炎や照明弾の光だけでは、広畑区の細かい地点を探るのに明るさが足りない。越前は単眼鏡のサーマルモードをオンにする。
「住宅街ばっかですね…」
「あぁ、しかも暗くてよく見えん…あ、やべ!……………なぁ越前、サーマルって持ってたり…」
「そう言うと思ってちゃんと出発前の備品整理のときにバックに入れときました!」
「マジか!お前ってやつは!」
山口と越前は爽快なハイタッチをし、越前がバックパックから大事そうに軍用サーマルスコープを取り出す。
「あいつら何してんだ…」
後ろから山崎が心配そうにちらっとこちらに振り向く。
山口はM24に巻き付けられている緑の布を緩く解き、バックパックからサーマルスコープを取り出す。山口のM24は旧式の初期モデルだが、他の班員と同じくいたるところに改造が施されていて、マウントレールも工具を使わずに、ボタンやレバー操作で素早くスコープの着脱ができるように改造されている。長いマウントレールの上に既に取り付けられている高倍率スコープの前に、山口と越前の給料を出し合って買った大事な大事なサーマルスコープを取り付ける。サーマルのスイッチをオンにし、電池がまだ使えることを確認して両目を開けながらスコープを覗き込む。サーマルを取り付けたときにゼロインが狂うことがあるが、山口の使うサーマルはお高い品物であるため、わざわざゼロインを調整する必要はないのだ。袖をめくり上げ、越前と同じようにヘルメットを脱ぐ。
「続けよう越前」
「了解!」
2人で広畑区の北側を観察していく。しばらくして、―パシッ―このビルから鋭い衝撃をともなう破裂のような銃声が発せられた。他のペアが狙撃を始めたようだ。今さら振り返っている暇は山口たちにはなかった。南と東から橋に向かって撤退する友軍のトラックの不快なエンジン音と大型車両の履帯が地面をえぐる形容しがたい音が幾つも聞こえる。
山口がスコープを覗きながら越前に尋ねる。
「どうだ、敵影見えるか?」
「今のところ家が邪魔でよく見えないですけど、友軍の姿はちょくちょく見えますね…あ!今友軍の10式が通っ――ターゲット確認。4人。11時。距離400。車両なし。電柱右。確認を」
2人の空気が変わる。
「…確認、風を」
「風は下から。影響なし。仰角1.8ミル」
「コピー。照準捉えた」
山口のスコープがサーマルで白く光っている敵を写す。ゼロインを言われた通りに調整し、レティクルを敵の胴体に合わせる。肩にストックを押し当て、グリップを強く握る。滲み出る汗を気にせずに敵を見つめる。心臓の音が越前にまで聞こえるのではないか、と思えるほど身体の中で大きく響く。山口が心臓の辺りを叩く。胸の痛みで気が和らぎ、心地よく感じてきた。
「……山口さん、奴ら動きます。急いで」
「あぁ…」
ふぅっと息を吐き、引き金に指をかける。その一瞬が悠久の時に思えた。山口に残された選択肢は引き金を引く、それだけだった。
――ドシュッ――山口の銃から音が聞こえた。




