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第一話2021年9月西部戦線~姫路撤退戦その1~

 神戸中央区の高層ビルの一室で、無線機から声が聞こえる。

 「第3...狙……………報告…せよ……どの………………状況…………か?繰り返………」

 刹那、無線機が何者かに踏まれ壊される。

 部屋には幾つかの死体が転がっていた。

 すこし寂れた滋賀の小さな商店街。そこを通る国道の上で、前線に向かう自衛軍の長い車列ができている。その車列の最後方の歩兵戦闘車の中、6人の兵士が蒸し暑そうにぎゅうぎゅう詰めになって乗っている。山口たち第3狙撃班はこの6人だけ。しかも山口以外皆女性だ。なんてったってこの世界では人口の大半が女性であり、男性は少数。そのため、基本的に男性は後方勤務をして安全に過ごすことになっている。ただでさえ男性の比率が少ないのに、前線に出てアホみたいに死なれたら人口減少に繋がりかねない。

 「班長、兵庫ってこんな遠いんですか…長く座りすぎて腰がひん曲がりますよ」

 「山口、そんなにつらいなら銃床で治してやろうか?」

 「いえ」

 高速道路は封鎖、もしくは敵の爆撃により破壊され、愛知から滋賀まで凹凸だらけの下道を半日かけて移動した。しかも避難民や物資輸送のトラックで大渋滞が起き、早朝に出発したはずなのに腕時計を見ると既に17時であった。

 「今、どの辺りっすかね」

 「最前列の報告によると、そろそろ京都に入るそうですよ!」

 第3狙撃班の最年少である越前がパッと顔を上げ、目を輝やかせて言う。彼女はこの班の通信も担当していて、山口とペアを組む相手でもある。

 「やっとか…京都で休むんですか?班長」

 「休む?何言ってんだ、兵庫まで行ってそのまま前線の部隊と合流し戦闘区域に入る。だからさっさとここで寝とけ。無駄な体力を使うな」

 山口が車内を見渡すと山崎、越前以外皆銃を担いだまま眠っている。山口が車両右側の後部ハッチ側に座り、その反対に山崎が座っている。山口の真横に越前が座っている。

 「えー…班長、こん中暑いし痛いし寝れないっすよ!」

 「山口さん!それ言ったらあれが―」

 「お前はこれでも使っとけ!」

 「ガハッ!」

 山崎の愛用するカッチカチクッションを山口の顔面に投げつけられる。

 「まぁ…ありがたく使わせていただきます…」

 クッションの硬さじゃねえだろ…と思いながらそれを受け取り、車内の側壁に寄りかかる。冷たい感触が装備越しに伝わってくる。それが妙に心地良い。目を閉じ、一度ちらりと辺りを見渡す。山崎と越前も目を閉じている。しかし、越前からは確かな不安と恐怖が伝わってくる。当たり前だ。今から戦地に赴くのだ。山口も少し冗談を交えて恐怖を和らげようとしていてたが、背中には脂汗が滴っていた。

 少しばかり気になって、皆の装備を眺めてみることにした。

 服装は緑や黒、灰色や茶色が混じったマルチカム迷彩で統一されている。頭にはタンカラーのファストヘルメット、胴体には重厚なタンカラーのボディアーマーとマガジンやレーション、予備弾薬を詰め込んだチェストリグを装備。足元は、黒やタンカラーのタクティカルブーツが向かい合う膝の隙間にひしめき合っている。

 その足元に押し込まれたパンパンのバックパックには、ギリースーツやサーマルスコープ、はたまた食料や寝袋など狙撃手の必需品が詰まっている。

 基本装備は共通だが、皆独自の装備品を持ってきている。ゴーグルを額に上げた者、眼鏡の者、あるいはポケットに薬や家族の写真を忍ばせている者。特に通信担当の越前は、耳にインカム付きのヘッドセット、背には大型の通信機を背負っており、見るからにえげつない総重量を支えていた。

 そして何より、彼女たちが抱く相棒――

 M24やM700、M110など挙げればキリがないが、どれもが高倍率スコープやサプレッサー、バイポッドなどで原型を留めないほどにカスタマイズされている。山口の相棒も、使い込まれたM24だ。カモフラージュするために緑の布をサプレッサーやスコープ、そして銃全体に巻き、内側はオリーブドラブ(国防色)にペイントされてある。

 「山口、寝ないのか?」

 …山崎はまだ起きていたようだ。眠そうな顔で山口に尋ねる。

 「なぁ、聞かせてくれよ。なんでお前が軍に入ったのか」

 「それ、今聞きます?」

 「どうせ寝ないなら、喋って気を紛らわせたほうがいいだろ?」

 「まぁ、強いて言うなら戦場に行きたがってるただの変人だから…ですよ」

 「ふっ…言えてるな。男であれば内地でのんびりと好きなだけ女を抱いて生きていけるのに」

 「その顔、まだ他に理由があるだろ?」

 「…いつか言いますよ」

 「そうか…」

 山崎は短く答え、再び目を閉じる。いつもは厳正で容赦ない人なのに、この時だけは別の生き物かと思うくらい美しい顔をしていた。車の揺れが彼女の短い黒髪を揺らしていた。釣られて山口も眠たくなる。

 気がつくと山口の実家にいた。父は何人も妻がいるのに、皆平等に愛し、子供たちの名もすべて覚え愛してくれた。たまに会いに行くと優しく抱きかかえ、本を読ませてくれた。それから本が好きになり、ティーンエイジャーの頃にはさまざまなジャンルの小説、評論、歴史の本について読み漁っていた。特に一番好きだった本は…確か…昔の戦前の――

 「そろそろ着くぞ!」

 運転手の声が響く。皆の目がパッと開き、軽くストレッチを始める。電波腕時計を確認すると既に20時であった。マガジンを確認し、素早く銃の点検、動作確認を行い深く息をする。窓はないが外からは銃声と爆発音、空を飛ぶヘリや戦闘機の音、そして歩兵戦闘車のエンジンの轟音が山口の鼓膜に響く。

 そしてついに車両が停止する。

 「総員降りるぞ、山口手伝え」

 後部ハッチを山崎と山口でこじ開ける。鋭い金切り声をあげる重い金属扉を開ける。

 外は思ったより暗くなかった。姫路市内のビルの炎や空高く打ち上げられた照明弾が姫路を照らしていた。臭いもする。瀬戸内海の潮の香りと火薬と鉄の匂い。それに何かが燃えている焦げ臭さ。血の匂いは感じなかった。

 「ボサッとするな、近くのビルに入るぞ」

 共和国軍は既に姫路市内に侵入。広畑区において北と西から自衛軍を包囲する形だ。山口たち自衛軍は軍を夢前川以東への撤退を援護する作戦となっている。

 ほかの狙撃班と位置が被らないように越前に通信を行わせる。11階建てのそこまで高くないビルから狙撃を行うことになった。

 「よし、総員ペアに分かれろ。越前は連隊本部からの通信がきたら逐一私に報告しろ」

 ビルに入り階段を駆け上っていく。重い装備が肩と背中を痛めつける。

 「私と桜前、山口と越前は屋上から、神谷と広坂は一つ下の階から射界を確保しろ。私と桜前、神谷と広坂は西の敵主力を、山口越前は北の敵挟撃部隊を叩け」

 「了解!」

 5人が返事する。その返事はいつもより力強かった。まるで階段が処刑場へと導いていくかのようだった。

 「行くぞ二人とも!そう緊張するな」

 山口と越前の背中を神谷が叩く。気合いを入れるためのはずが瓦割りと変わらないくらい力が入ってる。

 「いった!」

 「ちょっ…神谷さん痛いですぅ…」

 神谷がヘヘッと笑い、桜前は何も言わず淡々と登っていく。

 「あんたたち神谷さんの激励で痛がってたら実弾で痛い目みるわよ?」

 「広坂の言う通り!お前たち弱っちいなぁー、もっと筋トレしろ!」

 広坂の言葉に神谷が同意する。

 「総員集中しろ!もう上階だ、気持ちを入れ替えろ」

 山崎の言葉に神谷がすんとしながらも、全員で返事をする。

 「了解」

 神谷と広坂が11階に入る。そしてついに屋上の扉が開く。深く息を吸う。唇を噛みしめる。姿勢を低く、足を曲げて一歩ずつ慎重に進む。彼らは生と死の階段を歩いていた。

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