静かな教室で
朝の静けさが好きだった。
だけど、あの日の教室にはもう一つの“音”があった。
第2話は、ヒロイン・日菜の視点で綴る物語です。
彼女がなぜ彼の音に惹かれたのか。
そして、出会いの瞬間に何を感じたのか――。
まだ「好き」と言葉にはしない想いが、少しずつ音を通して溶けていきます。
高校2年生の春。
私は静かな教室へと向かう。
朝早く来るのに特別な理由なんてないけど、私は1人で過ごす静かな教室が好きだった。
けれど、今日は教室から心地の良い優しいギターの音色が聴こえてくる。
『この音....』
私はその音色に懐かしさ感じた。
教室の扉に近づき教室の中を覗くと中には
ーー凪砂光くんの姿があった。
私はそっと扉を開け教室の中へと入る。
彼の視線がこちらを向く。
「ごめん、邪魔しちゃった?」
私は申し訳ない気持ちで聞く。
「.....いや、大丈夫」
彼がギターを下ろし答える。
「ギター上手だね。凪砂光くんだっけ?」
私は彼と2年生で初めて一緒のクラスになった。
けれど、彼の音色を聴いたのはこれが初めてじゃなかった。
「あ、うん...ありがとう」
彼は恥ずかしそうに答える。
「いいな〜、私も弾けるようになってみたいな」
私は1年生の春からずっとそう思っていた。
「.....弾いてみる?」
思いがけない彼の言葉に私は驚いた。
けれど、ずっと弾きたかったギターを弾けることに私は嬉しく感じた。
「えっ、いいの?」
私は嬉しさを隠しきれず聞く。
「うん、簡単なコードでいいなら僕が教えるから」
そう言って彼はギターを渡してくれた。
優しい彼のその言葉に私は胸が高鳴る。
「.....難しいね、ギターって」
私は笑いながらそう言う。
ギターを弾ける嬉しさもあったけど、なにより彼とこうして2人でいれるのが楽しかったから。
「そういえば私弾き語りに興味あったんだよね」
私はこの音色に自分の声を重ねたかった。
「してみてもいい?コード、一音だけでもいいから」
私は目を閉じ深呼吸をする。
少し緊張はするけど彼の前なら歌える気がする。
「え、弾き語り?」
彼の驚いた声に小さく頷き、私はギターを鳴らし最近流行りのアーティストの曲を口ずさんだ。
私の声が静かな教室に、柔らかい音と、私の声が溶けていく。
そして歌いながら改めてこう感じた。
『やっぱりこの音だった』
やはり私はこの音色は初めてじゃなかった。
1年生の春のあの日、私はこの音色に出会ってた。
「どう?できてた?」
私は目を開け彼に聞いてみた。
「すごい、綺麗な歌声」
彼が真剣な顔でそう言うから私はドキッとした。
もともと歌には少し自信があった。
特別上手いって思ってたわけではないけれど、このギターの音色を聴いた時から、私はいつかこの音色に私の声をのせることを願って歌っていた。
私は素直に褒められて赤らめた頬を隠す。
『バレてないかな.....』
胸がさらに激しく高鳴る。
その後、彼にギターを教えてもらっていると少しずつ他のクラスメイトも登校してきた。
私は彼に感謝を伝え、自分の席へと戻る。
『凪砂光くん...やっと会えた』
ずっと探してた音色に再び会えたこと、そして彼にやっと会えたこと。
1年生の春私を救ってくれたあの音にもう一度出会えた喜びで私はまた胸が高鳴る。
私はこの日1日中嬉しさでいっぱいだった。
『また、一緒に弾きたいな....』
あの日を思い出しながらそう考える....
最初は、ただの「優しい音」だった。
でも、心に残っていたのは偶然じゃなかった。
日菜にとっての春は、憧れと再会の季節。
第3話では、彼女が1年前に出会った“音”の記憶へと遡ります。
誰にも言えなかった「ありがとう」を、いつか伝えられるように。
あの春の朝が、静かに動き出します。