ひととせ
彼女の頬はなにかで濡れていた
僕はそれを雫と名付けたかった
詩人に為りたいと思って
僕は手帳を首からぶら下げ歩いた
誰かを抱きしめたくなる春は
膝の上で眠ってしまいそう
無駄に大きなバス停で
地面のひび割れに沈む水たまりを
見ていたら
思い出した
瞳とよく似ている
水色に墨を一滴落としたような濁りと
次に満月が来るという期待が淡く浮かぶ小望月に
映るそれは僕
色が形を呼んだ
綺麗さを秘めている
あの時も
彼女の頬はなにかで濡れていた
全てを忘れて置き去りにしたい夏は
光る特別を求め汗で濡れる
水分が足りない
乾いた喉が唸り
つぶやく
暑さでやられた
ひしゃげた花が至るところに
落ちて踏まれて花弁をなくす
それはまるで押し花の一生を見ているようだ
彼女が知ったら悲しむかな
またきっと頬は濡れてしまう
僕はそれを盗み見る
秋は予報とは
違う葉の色付きを眺める
気持ちが呼吸している
そう感じるぐらい
僕の胸は大きく膨らむ
今すぐ彼女に会いたいが募る
落葉の隙間から零れ落ちる陽が
背を焦がす
冬はどこまでも
膨らむ温かさを夢見て
白く染まる息をかぞえる
巡り巡って
探している
頬に流れる雫の意味を
泣かせてしまった理由と一緒に
そして春が戻る頃
一輪の花を拾って
彼女に渡した
君はそれを笑顔と呼んだ
少しだけ僕は泣きそうになる
咲いたばかりの桜が
僕らの沈黙を飾る
彼女の頬はなにかで濡れていた
僕はそれを雫と名付けた
言葉より先に頬を滑った雫は
季節に染まる瞳から出た
永い、探しものだった