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輝きの未来

 黒々とした空間が広がる。宇宙という川には星々という蛍がそれぞれの光を放っていて。ジェードルの目には届くもののその手でつかむ事など叶わない。人と言う生き物の枠に収まる程度の存在ではなかった。

――この空間に俺が一人

 それは周囲に広がる世界。大地と言う環境に収まっていては決して届くことのない程の高みまでを見通しているという事実に、宇宙のスケールの大きさに身震いしていた。

――リニにも見せてみたい

 感じる事はここで区切り、ジェードルは向かうべき場所へと目を向けて舟を蹴る。直進だけ、この空間に蔓延る力の在り方の違いの広大な事。並行世界という言葉すら生温い体感は初めてのもので。

 滑るように進む。同じ速度で星へと近付いていることは間違いないものの、星の大きさは距離感を惑わして大きな不安をもたらす。

 自分で進む速度も方向も変えることの出来ない今、泳いでいるようにも感じるものの妙な浮遊感はそれを否定する。この眩しさを前に目が潰れてしまわないのはメリーの努力だろうか。

 やがて飲み込まれる。視界に入るものは輝き一色となって、方向感覚は完全に失われてしまう。これまでの人生の中で磨いて来たものが扱えなくなっていったジェードルは視点を鉱物生命体のものへと切り替えて。一つに集う大きなエネルギーの塊は既にその感覚も同じように扱えないのだと語っていた。

――じゃあどうしろって

 何も分からないまま、法則に流されるまま大きな力の塊へと否応なしの接近を果たしてしまう。

 それから突然の出来事だった。真っ白な空間は輝きで視界が塗られたためのものであるはずだと目を疑うものの、それは確実に今そこにあった。

 ジェードルの目の前には一つの緑の帯が纏められ作り上げられた球体と人の影の姿が映る。緑の帯は種類を選ばずに並べられた文字や記号で築き上げられており、それらが中心へと向かう形で回転しながら球体を成している、新しい天体の核となっている事にプログラムという言葉を思い浮かべてしまう。それを取り囲む人々の影はやがてジェードルに正体を現すように色付いていく。右手を伸ばして老いた男と繋ぎ、左手を伸ばして黒い髪を伸ばした細くありつつも肉感を主張した腕と繋ぐ。ルウの隣には透き通った青の身体があり、更にその隣に配置された美しさの見本の如き金髪の女と向かい合い、ジェードルは声にする。

「メリーだけじゃなくてマルクのおじいまでそこにいたのか」

 宇宙空間であるにもかかわらず言葉は通じたのだろうか。マルクは一度頷きメリーはジェードルに控えめに微笑みかける。

 途端に緑の帯は回転を速め、人々の動きに乱れが生じる。存在そのものへのノイズがグリッチを巻き起こし、マルクの息遣いは荒くなったように見えるもその実速度を増しているだけ。メリーはジェードルと等速でルウたちは人間を感じさせない程にゆっくりとした速度で動いている。止まっているようにすら見えた。それらの全てが動きの速度の幅を変え、時に巻き戻り、時に動きを止めてしまう。全員の挙動が正常に見えなくなり、それでも球体を作り上げる文字列は速度を増し続け、やがて残像すら塗り潰されて緑一色に染め上げられた。

 そんな中でジェードルは一つの変化が体を蝕んでいる事に気が付いてしまった。ルウと繋いでいる腕は透き通った青の結晶へと質感を変えて竜の鱗に覆われたものへと置き換えられていた。顔の右半分は鉱物の竜の姿を取り、瞳もまた同じ色へと変わり果てている。驚くと共に尾が揺れている事に気が付き、微かな動きに合わせて翼がはためき自分が普通ではいられないという事を見事に語っていた。

「どうなってる」

 メリーの額からは長い角が伸び、背からはコウモリを思わせる翼が生える。右腕は鱗に覆われて。尾を軽く揺らす彼女の姿はどこかの本に綴られていたマリーそのものだった。

「ジェードル、自分の姿を保って」

 メリーに言われてジェードルは意識を研ぎ澄ませて身体を蝕む鉱物を否定してみせた。存在の座標を逸らして、そこでようやく気が付いた。

 二人を除いた人物の身体が粒子となって崩れ始めているという事に。緑の球体へと吸い込まれようとしている事に。

「ダメだ」

 ジェードルは意識を向けて三人の存在の座標を微かに動かし元の姿を強引に取り戻す。しかしながら幾度も入るノイズが素直にジェードルに従うとはとても思えなかった。

「やらせない、どうすれば」

 視点を切り替えて正面を見つめ、五人の全てが緑の球体とリンクしている事を認識する。その目は見開かれるものの、感情の動きになど意を返す事のない球体は構うことなく回転を続けているようだった。

 感覚が告げている。ジェードルたちとリンクしている理由など単純。鉱物生命体であるからに過ぎない。

「好きになんかさせない」

 意志も感情も持たない球へと向けて放った言葉の後、ジェードルは球体を構成する文字列へと意識を向けて強引な世界構築の意志を書き込む。続いて魔法の向きを変えて叫びを上げる。

「みんな人間だ、ごく普通の、当然のように生きる人間だ」

 ジェードルの目の前の四人は球体との繋がりから切り離されていく。続いてジェードルも同じように切り離され、五人の身体は球体の中心へと吸い寄せられる。球体が広がり文字列が広がっているような錯覚を受けた。

 文字列は辺りへと散らされて幾つもの塊を作り上げていく。空間に固定され、様々な姿を取って縮こまって密度を上げ。

 やがて目に映り出した一つの時計は同じ速度で時間を刻み、動く度に耳に音を刻んでいた。それがいつしか動きを止めて。進もうとして、否、進んでいるはずなのに同じ位置へと戻ってしまう。進行は妨げられているように思える。

 時計の針は逆向きへと回転を始める。ジェードルは目をぎこちない振り子のような動きで動かしながら張りの動きを追う。

 続いて現れた人々の群れは早送りをするような動きで都会を歩き、目が捉える景色はいつの間にか森林へと変わり果てる。砂漠が映り込んでは吹き荒れる砂嵐と揺れるサボテンの花は混ざって。マグマを噴き出す山、灰色に染まった空には白い雲が煙の心地でかかり、更に視界は捉えるものを変えていく。大地は揺れて首の長く大きな爬虫類が歩いているのだと気が付いた時には再び大きく揺れる。電車は不規則な動きを取りながら進み、激しい乱れと共に視界の外へと消えて行った。海の姿は穏やか。小刻みな波の揺れを潮騒と共に奏でていた。その平和を砕くように一つの揺れが踊り始める。小さな波は乱れ、その中心地からはイルカが飛び出して。まき散らされた飛沫は空へと舞い。瞬く間に青空には分厚い雲が蔓延り先ほどの飛沫は雨へと姿を変えて。続くように雨は激しさを持ちながら注がれ始めた。

 気が付けばジェードルは灰色の地に立っていた。無機質なビル群は平和と文明の均衡が独特な形で保たれた一つの都市のもの。見渡す限り広がるアスファルトの道は幾つもの枝分かれをしていて、全ての道を埋め尽くす黒いスーツを纏った人々の往来はジェードルの目でしっかり捉えるには速すぎる。

 残像を残しながら歩く彼らの姿は余裕を持たない証。黒のアスファルトに引かれた幾つもの白線と幾つも設置された機械。緑と赤、時として黄色の光を灯しながら色とりどりの鉄の塊と人々の往来、雪崩の如き波の交差を整理していた。

 人々が忙しなく動く隙間に顔の整った金髪の女の姿を見た。立ち止まったままの彼女は左手を挙げ、ジェードルの視界を誘導する。振り向いた先には歩道橋があり、同じように残像を残し、時に瞬間を揃えて止まる人々の姿在り。その歩道橋の柵に隔てられながらも姿を見せている黒い髪と赤い目が特徴的な女。ジェードルが目にしてきた中で最も細い脚と肉感を宿した腕は見間違えようもない、ルウだった。

 ルウもまたジェードルの視線を移してみせようと右手を挙げて斜め上を指し、ジェードルはそのまま視線を移動させる。

 無機質なビル群の中でも背の低いものを選んだのだろうか。屋上に立ち、ジェードルとメリーを見下ろしているのは透き通った薄青い身体の持ち主。彼もまたジェードルの視線を動かしたいのか機械的な動きで腕を動かす。

 ジェードルの方を指しているように見えるものの目を凝らせばジェードルの正面の視線とは釣り合わない。少し遠くを指しているのだろう。振り返ったそこに立っているたのはジェードルの記憶によく馴染んだ老人の姿。

「マルクのおじい」

 人の波は素早く動き、ジェードルとその仲間だけが同じ時間を共有しているような気分に陥ってしまう。

 マルクは鋭い笑みを浮かべながら歩みを刻みながら歩道橋の方を指す。振り返ると先ほどの位置にはルウの姿は無く。どこにいるのかと目を動かしていると階段を下りているところだと気が付き、ルウもまたジェードルに真っ直ぐな視線を返してビルの方を指し示す。

 ジェードルが振り返り、ビルを見つめたその時、鉱物生命体はビルから身を落としていた。スロー映像でも見ているのかと問いかけたくなるほどに遅い落下の中で鉱物生命体はメリーの方を指した。

 金髪を揺らしながらゆっくりと歩み寄るメリー、後ろに青い影を見てジェードルは一瞬目を閉じてしまった。先ほどの落下の速度とは辻褄の合わない落下速度から体勢を立て直して歩み始める。

 右へ左へ後ろへ前へ。忙しなく視線を移すジェードルの動きは人々の歩みをその目に捉えるだけ。

 やがてジェードルの横に立つマルク。すれ違いざまに肩に手を置いた彼は恐らくジェードルにも進むようにと示している。

 ジェードルは倣うように歩みを刻み始める。等間隔に引かれた白線へと踏み出し、横断歩道を渡り。

 やがて中心地へと集った五人。ジェードルは彼らの指をさす仕草に何度も翻弄されてきた。これまでも、これからも。

 彼らの示す指の通りに何度もそれぞれの人々へと視線を動かしていく。メリー、ルウ、鉱物生命体、ルウ、マルク、メリー、ルウ、メリー、鉱物生命体、マルク、メリー、マルク、ルウ、メリー、鉱物生命体、マルク、メリー。

 続いてメリーの指が動いた先、それは真っ直ぐ差され誰をと疑問に思うまでもなく理解した。

 ジェードル自身を見ろ。

 どのように見つめるだろう。分からないまま己を見つめる不思議な自身の目。やがて空間は遠ざかり、そこに新たなる星、幾つめになるのかすら分からない地球と同質の青い星が生まれていた。

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