到着
舟は宇宙空間を突き破る勢いで進んで行く。一つの膜を、目には映らないが視界に違和感をもたらすそれを破って進み、やがてこの宇宙の中にも大いなる輝きを目にした。
「輝きの星が近付いて来たな」
「この光を、輝きの惑星に変えて」
ジェードルの言葉に続くようにかけられたメリーの声は日頃のものとは大きく異なった無機質な響きを持っている。それに対してどのような感情を抱けばいいのだろうか、一瞬だけ迷いに足を踏み入れてしまったものの次の瞬間には顔を引き締めているジェードルがそこにいた。
その感情に言葉を乗せるユークはあまりにも自分勝手だった。
「それが本当ならラックカイガラムシが生きている世界にしてくれ」
「レコード盤だったら塩化ビニルが安価で大量生産できる世界を望めばいいじゃんね」
なけなしの歴史の知識を引っ張り出して呆れ混じりの語りを広げるリニにユークのため息が捧げられるものの、構うことなくリニの理想も語られる。
「またジェードルと出会えるような、そんな世界がいいな」
「これは寄せ書きみたいなものなのか」
楓の素朴な問いかけにリニはいつもの大輪の太陽を思わせるあの黄色の花のような笑顔を浮かべてみせる。
「楓も欲しい物言っちゃって」
「俺は平和への導き手を担ってるつもりで実はランプの精霊になってたらしいな」
ジェードルが挟み込んだ言葉にもかかわらず、楓もまた同じように色素の薄い唇を動かして願いを音にする。
「少しでも涼しい世界がいい」
「それは地域を選んでくれ」
しかしながら楓は首を左右に振り、リスのような魔物にユークとタルス、続いてリニとジェードルといった順番で視線を移して次の願いを述べる。
「みんなが近くにいる場所で頼む。孤独がどれ程虚しいか散々教えられたからな」
そこにタルスの分かりやすい同意の言葉とリスのような魔物の楓に甘える態度が重ねられ、一人の意見ではないのだと、みんな一緒にいたいのだと伝えられた。
ユークが赤みのかかったクリーム色の毛に覆われた獣を撫でながら共にじゃれ合い、顎に手を乗せた後に一瞬の沈黙と静止を置いて口を動かす。
「みーちゃんが程よく動ける森が欲しい」
何人の願いを背負った事だろうか。ジェードルの背は耐え切れるだろうか、絶えて事切れるだろうか。腕で抱き締めることの出来る大きさだろうか。責任がのしかかって来る。
そのような状況でもジェードルに許された選択はただ一つ。
「分かった」
仕事をこなす事。それ以外には許されないのだと確かめ準備に取り掛かる。
「マルクおじさんやメリーに紅の都市のコンビも帰って来るのかな」
思い返すリニ、それに対してジェードルもまた熱い意志で頷き同意だと示してみせた。
宇宙服を着たまま、この場所から持ち出すのは蒼黒い斧ただ一つ。簡素にも程のある装備は頼りなく、しかしながらそれ以上のものは決して持ち出そうとしない。
「色々あったしちゃんと思ってるとはいえ結局リニと付き合ったよな」
「私は可愛さとかよりもしっかり刺さるもの持ってたからな、ジェードルを落とす才能」
陽気な声を演じて見せるもののどこか影を感じさせるのはどこかに不満を抱いている証だろうか。理解など曖昧ではあったものの言葉を返していた。
「リニは話す度に可愛くなっていくからな」
「何言ってんだよ、最初からだろ、嘘でもいいから」
取り戻した明るみの中にちょっとした寂しさを感じてしまうのは正しいことなのだろう。ジェードルはいつになく緩やかな笑顔を浮かべて、本心からの願いを短い言葉として、強さを持った誓いとして伝える。
「絶対また会えるから」
「おう、会おう」
強い意志は二人の未来を結びつける。ドアに手を掛けてジェードルは動きを止めて宙を仰ぎ、リニを見つめ直して思い出したように言葉を引き出す。
「フリュリニーナ、行って来るよ」
「こ、ここで本名か」
顔を赤くして瞳を揺らす彼女の態度に大きなかわいらしさを見ながらジェードルは宇宙空間へと飛び出した。




