表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/82

対抗

 輝きは森の木々が作り上げる影をも突き抜けて、鱗をギラギラと輝かせる。空気の切り傷を思わせるかも知れない輝きに充ちた空気から下には蛇の姿があり、先ほどよりも色濃く大きくあった。

「龍は不死、蛇もメリーの加護を受けてる」

 ジェードルの中に焦りが生まれる。それは根を広げて張ってみせては心情を支配して恐怖と一体化を始めていた。そのような表情と先ほどの言葉を受けて戦場で懸命に斧を振るっているリニの姿が見苦しくて。無駄な事などして欲しくないと言った思考に叩き落される。

「いったいどうすればいいって言うんだ」

 龍の姿は現在如何なる形を取っているのだろう。どこにいるのだろう。輝きが隠しているという状況ではジェードルの目にはメリーが敵として映ってしまうものだ。

「俺は龍を探す」

 ネズミ、龍が現在この世界で暴れまわるという事態に陥った元凶たちに弱点を訊ねようとしたものの、言葉が通じない限りは叶わない話だと想いを閉じ込める。

――あいつに弱点はあるものか

 きっと真っ直ぐ突き進めばいるはずの龍の姿が見受けられない。未知という状態が現状の中ではどれ程恐ろしいものか、最悪の事態がひしひしと訴えかけて来る。

――だとしたら弱点は

 接近してみる他ない。ただそれだけの事。ジェードルの魔法はあの龍には通じないことが戦闘の中で明かされた。飽くまでも行動の座標を逸らすだけのジェードルの魔法が通じない。つまるところ物理と物量に任せようともあの化け物は物ともしないという事。

「厄介にも程がある」

 ジェードルは勢いに任せて走り出し、輝きに飲み込まれる。きっと周囲からはそう映るか、初めからジェードルの姿など目に入っていないか。どちらかだと想像が容易についている。

 蛇たちはジェードルの方へと一瞬だけ目を向けてすぐさま視線を目の前の戦いへと映す。所詮はその程度の存在だと思われている事など明白だ。

 龍へと近付き、すぐさま振るわれた尻尾を認識した時には全身に痛みが走って背中に追加の痛みが走っていた。微かな動きで視線を背中の痛みの原因にやっては堂々と立って天然の迷宮のパーツの一つとなっている木の幹の存在を軽く睨み付けてしまう。

――あいつ

 声にしようにも出て来ない。空気は楽に吸えても吐き出す時には力なくただ空気が流れてしまうだけ、そんな錯覚がジェードルに寄り添う。

 木に寄り掛かったままジェードルは痛みに顔を歪めつつも龍を睨み付ける。輝き色に染められた体と世界の平穏を消し去ってしまう程の影。そんな相手を前に咳き込みながら視界の切り替えを行なう。

 龍の姿は間違いなく目の前にあるそれそのもので、紛れもなく本物。実体を伴ったそれは独立した存在のようにも見受けられるもののそんな龍の体から延びる形なき紐の姿を見た。龍の体に掛けられた程度のようだが離れる素振りも気配も見せずに固定されているよう。

 ジェードルの目は、鉱物生命体特有の知覚は魔力の流れをも見通して、龍に力を注ぐ何かがあるという事を突き止めた。

――あれは、どこからか力が伸びている

 逆流するように追っていく。何度も従おうと魔力の流れを追って行こうとしてしまうものの、逆走による探知は進められていく。何もない空中へと伸び、そこから飛ぶようにどこへと向かって行くのだろう。どちらかと言うとどこから向かっているのだろう、しかし今のジェードルには言語の正確性などと言ったものに構っている余裕などない。

 やがて大きな魔力の塊へとたどり着き、ジェードルは視界を人間のそれへと戻して。途端に映り込んだ物質に驚きを隠す事が出来なかった。

「神木なのか」

 そこにあったものは古びているのだろうか、所々が欠けているように見える神木。どれ程の年月をその場で歩んだのだろう。ジェードルには想像すら付かない歴史を目の当たりにしてきたに違いない。

 痛む腕に無理やり力を込める。節々の痛みに顔を顰めながらもどうにか立ち上がり、斧を手にして仲間の犬たちの傍へと駆け寄って。脚は何度も激しい熱にも似た感覚を走らせて関節は耐えかねて何度も何度でも折れるように曲がって歩みの妨げとなるものの、それでも歩みは止めない。

 犬たちは戦いにまっしぐら。そこに加わらない手など無いと思う一方で脚を引き摺る体では足を引っ張るだけではと思い、しかしながら弱点を伝える事だけでも必要だと気を引き締め足を進める。

 ナイフや農具、猟銃に拳銃、様々な武器を持ったいぬ科の生き物たちがそれぞれの武器に合わせた動きで蛇を叩き続ける。実体の感触を持ちながらも実体を持たないそれはどれだけの攻撃を受けたところで多少仰け反るだけですぐさま元の形を取る。空しさすら感じさせる猛攻は無駄を積み重ねているに過ぎなかった。

「犬たち」

 毛の少ない者が頭から垂らした耳を軽く揺らしながらすぐ傍に立っていた。彼が口を再び開く時、半分近くの勢力が攻撃の騒音を鎮めて耳を立てていた。

「龍の弱点が分かった」

 その事実は彼らを大いに震わせる。

「本当か」

 戦いの渦中に生まれた希望は犬たちの手を緩めてしまうものの彼らに与えられた言葉はそれ程までに大きなものだという事もまた事実。

「龍を祀っていた神木、あの枯れ木みたいなのと魂がリンクされている」

 つまりは信仰の対象諸共滅びてしまえということ。犬たちは隣にいる互い同士顔を見合わせる。そんな動きに構うことなくタヌキたちは蛇への攻撃の手を緩めることなくただ疲れを溜め続けていた。

 続いて犬たちはタヌキに、地中参加のオオカミにも伝えて戦いを再開、継続しながらそれぞれの中から神木へと向かうメンバーを決めるべく話し合いをその場に叩き付けていた。

――上手く纏まってくれよ

 ジェードルの願いは心の中で響いて言葉に現れる事もなく、祈りは祈りから姿を変えることもない。この国の動物たちがかつてはあの木と龍を信仰していたようにジェードルはみんなが仲良くなれる世界、そんな理想を信仰していた。

 ジェードルの頭から下がった犬の垂れ耳は一つの種族の言葉を聞き取る事しか出来ずに会話の把握は欠片程度のものしか許してくれない。そのような状態で生まれ出た不安は当然のもので、個人の内で巻き起こった自然現象のようなもの。

――頼む

 柔らかな毛に覆われた会議の経過は分からない。ただ上手く進められている事を願いながら斧を振り回して蛇の攻撃を少しでも緩める事しか出来ずにいた。

――みんな仲良くしていてくれ

 それは押し付けだろうか。関係の強要は非常に面倒なものだと分かっていたがために下手な言葉を発する事が出来ない。口はただ閉ざされ手だけが動かされ。時計の針が進む度に腕を動かし敵を排する振り子となるしかなかった。

 見守っている彼の目に入る情報、それが正しければ話し合いは順調に進んでいるようにも思えるも真実はあまりにも曖昧で霧のよう。すぐ傍にあるにもかかわらず手を伸ばしても触れられないというもどかしさは止める事が叶わない。感情が宿ってしまうと殊更意識というスコープを覗き込んでしまい、意識を研ぎ澄ましてしまう。

 彼らがそれぞれの鳴き声で会話を繋いでいる中で一つ、明確な動きをつかみ取る事が出来た。一度の頷きが挟まれたその瞬間を目にしてジェードルの顔は明るみを帯びるも、空で誇っているメリーの輝きに掻き消されてしまう。

 いつの間の事だろうか、気が付けば先ほどまでひたすら斧を振り回していたリニはジェードルのすぐ隣で細い声に力を入れる事を荒い息が妨げるものの無理やり太めに出してジェードルに現状を聞かせていた。

「タヌキたちはいいって言ってた」

「オオカミもな」

 そんな声と共に飛んで来るように割って入った灰色の髪の女は深いくまの染み込んだ紫の瞳に鋭い意志の光を宿しながら細い木を蛇に向けて飛ばす。生まれ落ちた影が一瞬だけ蛇の体を遮り一部を無へと変えるもののすぐさま姿は元の通り。

 楓の肩に乗る耳の長いリスのような魔物もまた頷きでリスたちの同意を示していた。その動きを褒めるように楓の細い指がリスの魔物を撫でて瞬く間の甘い雰囲気はやはり大きな輝きに紛れて姿を消してしまう。

「満場一致だな」

 ジェードルの言葉を合図にしたかのように集いに変化が起きた。崩れる隊列、爆発のような激しさで起こるそれは新たなる隊列という中性子星を残す超新星爆発だろうか。雪崩のように流れ、輝きによって強化された蛇を倒す事を怠ってしまったようにも見える行動はしかしながらそのようなものではない。

 同じ科に属する異種族たちが入り乱れて進み始め向かう先はかつてのジェードルの口が示していた。

「行くんだな」

 楓の言葉に多くのオオカミが頷いたその時、龍の咆哮が遠くから響いていた。輝きの中に新たな不純物の輝きの姿がちらほら見受けられ、ジェードルは慌てて視界を切り替えて斧を振る。

「あの程度の数なら任せろ」

 隣に立っていた一つの温度が失われた。息遣いなどで示していた気配の消失と一瞬だけもたらされた一定の方向性を持って風によって楓が駆けた、今のジェードルの意識の届く範囲からその存在が欠けた、そんな理解を己に掛けた。

「頼んだ」

 きらきらとした気配は今のジェードルの意識では祝福のように見えてしまうものの実際には新たな脅威を生み出すための呪いに過ぎない。

 漂う細かな輝きのすぐ下に小さな一つの不純物が混ざり、空気を張り付かせるような磁場を広げて存在感を大きくしていく。

――この気配

 ジェードルの視点は人のものへと戻すことなく憶測だけが頼り。不明瞭であれ意識の逸れを戻すわけには行かなかった。

 楓と思しき気配はエネルギーを広げながら、空気を自分の色に塗り潰していく。広範囲へと広がったそれが動きを止めた瞬間を合図に細かな輝きは一つずつ失われて行ってやがてはジェードルの意識の中で煩わしい主張を続ける鱗たちは地面に落ちたのだと悟った。

「楓、やるじゃんね」

 リニの声が傍らで弱くもしっかりと届いたその時だった。突然大地は揺れ、ジェードルはバランスを崩してリニの肩をつかむ。リニの体も頼りなく揺れているようで共に地面へと体を下ろして座り込む形となってしまった。心を揺らされるジェードルだったものの、その意識が奪い去られてしまう勢いを付けて再び大地が揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ