表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/82

どちらだろうか

 森の中にまで強く差し込む輝きと根の深い影の二つに彩られモノクロの芸術品のような様を見せている。その二つ以外の詳細があまり見えてこないのは目が捉えることの出来る世界の限界というものだろう。

――酷いな、まともに調査も出来ない

 その輝きの主はメリーであり、仲間であるという事も承知済み。特に影なる人物による実験の玩具にされた後にはひしひしと感じ取る事が出来る。メリーの声が頭の中で何度も反響を繰り返しながら響いているのだ。

――ユーク、早くジェードルのところに向かって

 音の圧は頭の痛みを引き起こしてしまう程のものだがメリーには自覚がない事は明らかだった。

――うるさいぞ、メリー

――メリーって誰

 獣の問いにユークは空を見上げ、遅れて指をさす。獣もまたその眩しさに慄きながらも見つめた。端目に確認しながら口を開いて答え始める。

「あの輝きになった女だ。元は美人だったんだが、星になりやがった」

――死んだみたいに言ってる

 困ったことにユークの脳の中では星になった、以外の言葉を探す事が出来なかった。まさに文字通り、星と呼ぶほかない輝きへと姿を変えてしまったのだから。

 二人は顔を下ろし、再び森を、共に立っている現実を見下ろして。ユークは一つ心に刺さった棘を言葉にして訊ねる。

「さっきの俺、テレパシーと口のどっちで話していた」

 その問いに獣は何度か首を縦に振って高く優しい声できゅるると鳴いてみせる。それが声による会話だという回答だと見抜くまでに五秒ほどの沈黙を置いて、ユークは安堵のため息をつきながら、意識して口を動かしていく。

「よかった。俺は声を失いたくないからな」

 恐らくと呼ぶ程度の確実性の低い話。彼らは心を通わせる手法を確立したことで声に依るコミュニケーションを捨て去り、声帯を退化させてしまったのだろう。元から声など持たない種族である可能性も否定はできないものの。

――人工的にテレパシーを仕込むことが出来るなら技術によって選択した可能性が高いか

――僕が生まれてすぐの頃、昼の星が四十回この星を巡るくらい前には言葉で話してたよ

 つまるところ地球人の数え方で約四十年、それよりもう少し近年だろう。比較的最近までは彼らも声を持っていたという事に他ならない。

――それより僕に名前つけて欲しいな、ユークなりの名前

 獣を見つめる。燃えるようにと呼ぶには優しすぎる色合いの赤を帯びたクリーム色の毛はふさふさとしており、ユークの気に入り。しかしその特徴から名を定める事など選ばない。少しだけ顔を見つめた後にユークは彼の新しい名前を呼んだ。

「みーちゃん」

 みー、それが新しい名前だと喜びはしゃぎ飛び跳ねる獣は宙に浮いたついでといった態度で勢いよく腕を振る。

 ユークが見下ろした先には鋼鉄の照り返しを纏った昆虫の残骸があり、それが蜂であるという事に気が付くまでに二秒程度を費やす。

「よくやった、みーちゃん」

 みーちゃんに続くように斧を構え、視界を塞ぐほどの強さを誇る輝きと影の間で動く光沢の存在を追う。脳が見つけたと判断を言語化するのを待つまでもなく斧を振り、蜂を叩き落して。森を目にも止まらない速度で進み続ける錯覚を纏いながら駆け抜けて。やがてたどり着いた山を前に深呼吸を何度か繰り返して登り始める。

「ここでの調査は鋼鉄の欠片と水源だな、あと出来れば食料になりそうな草と肉が欲しい」

 告げた欲望に対してみーちゃんは大きく頷き返事を伝達する。

――全部あるよ、ユークの星の人に合うなら

 その情報の獲得を以て調査の継続は確定した。ユークはみーちゃんを撫でながら山を登り、さっそく手袋をはめて鋼鉄の欠片を拾い上げては薄青い箱の中にそっと仕舞い込む。

 調査の項目を一つ果たして軽く気を緩めたユークの耳を裂くような鋭い音が響き始めた。それが勢いに任せてユークの元へと迫り来るのを気配で確かめ斧へと手をやるものの既に間に合いそうにもない。

――マズい

 疾風を纏うような勢いで飛びついて来る獣。ユークの命を狩り餌にしてみせようと見事な爪を立てるそれを見ている事しか出来なかった。迫り来るそれを目にして諦める他ない。これこそが狩られる側の感情だと言うのだろうか。

 目を閉じ数秒待つものの、その時は延々と延びているように感じられる。

――遅い

――ユーク、安心して

 声を聞き届け、ユークの目は素早く開かれる。獣の飛び込みの軌道を逸らす赤い横薙ぎが一つ。地へと倒れた黒い獣の姿をクルミ色の目が捉えた途端、獣は両腕を上げながら爪を立て、みーちゃんへと飛びつこうとする。

「させるか」

 ユークの蹴りが入り、やがて構えられた斧は空から降り注ぐ輝きに染まる事を知らず、くすみを見せる小さな濃い青空となる。

 振り下ろし、息の根を止めてその大きさに驚愕することとなった。その獣の体長はユークとほぼ同じだろうか。丸ごと背負って持ち帰るのは不適切な大きさに見受けられるものの、死骸の一部を置いてしまった場合の危険は知っていた。

――俺が背負っておびき出す分だけならまだしも死骸の周囲の敵まで引き寄せて嗅ぎつけられたらたまったものじゃないな

 そんな彼の思考の伝播や行動から見えて来る意図がみーちゃんの体を動かした。弱々しくもしっかりと靡く鳴き声を鳴らしながら灰色の獣を代わりに背負って。そんな彼の働きにユークは感謝の言葉を述べたのちに一つ、付け加える。

「リニよりはよっぽど優秀だな」

 冗談めいた言葉ではあったものの本気である事はみーちゃんに思考を通じて知らされた。みーちゃんは首を傾げてユークの傍に顔を寄せて訊ねる。

――そんなに働かないの、そのリニって人

――働かないっていうよりは

 一瞬だけ言葉を止めてみーちゃんへと優しい視線を向けて、リニの事を思い浮かべる。彼女の行動や発言がみーちゃんへと流れる事で他人の記憶が自分のものだと錯覚してしまう程の鮮明さと現実感を持って焼き付いた。ユークは軽く微笑んでみーちゃんを撫でる。

「あいつは周りを見ていないところがあるな」

 再び足を進め、ユークが目指していた水源に近い場所にて様々な獣たちが水を飲んでいる姿を目にする。一対の角がハートのような形を描く獣の体は黄緑色で後ろ足が捻じれているように見える。そんな獣が飛び跳ねた瞬間、大地は大きく揺れ、水は周囲に飛び散って不可思議な舞を描くではないか。

「ああ、こいつ、この後ろ足で人蹴ったら普通に殺しそうだな」

 そんな獣は再び飛び跳ねるものの、その体は横へと弾き飛ばされた。倒れた獣に迫り来るのは両手が剣となった獣。腹を地に着いて、短い後ろ足と大きな顎が関心を引くものの、今はそれを気にしている場合ではない。ユークは彼らの争いが幕を開けた事を知って脳裏に蔓延する危機感と焦りの警告を見て取って。

――水源を血で汚される前に汲むぞ

 水が血で汚れてしまっては成分が混ざってしまう。この世界を構成する物質の主成分への理解すら怪しい現状で混合物の成分をそれぞれのものに分ける事など困難な事この上ない。

 獣が二度跳ね三度跳ね。再び三度、ユークの目はハートの角を持つ獣が引き起こす振動の通りの揺れ方をして体は情けないふらつきに引っ張られてしまう。

 そんな中でどうにか歩みを刻み、水源へと近付いて。斧を下ろし、続いて鞄を下ろす。緊急時にすぐさま戦いに臨むことができるように斧を外側に背負うのは賛成だったものの、どうにも不便。不満は別のところへと向けられた。

――ブレザーとパンツ、旧時代の学校みたいなのはやめて欲しいな

 教材の映像の世界からそのままデザインを引き抜いたようなそれは戦闘員及び調査員であるユークにとっては不便な事この上なかった。

――ポケット増やせ、機能性は労働用のカーゴの方が上だろう

 誰にも伝わらなかったはずの愚痴は今ではみーちゃんという受け取り手がいる。困惑の笑みを浮かべる彼の姿はどこか愛おしくあった。

 戦いによって不規則に乱れた地響きが手を震わせる中で薄青い試験管を水の吹き出し口から少し離れたところへと近付ける。仮に地球の中では強すぎる地球外の金属ではあってもそれを溶かす物質が含まれている場合はガラスの試験管にて汲まなければならないという事。

 祈りながら試験管の口をみなもにつける。ほんの少しの時を溶かして様子を見る間にも揺れは大きくなり、戦いの激しさが体を伝って示される。溶けないことを確認して水を汲み、ふたを閉めて鞄へと仕舞ったその時、より一層大きな揺れがユークの体を蝕み、水源近くに黄緑色の薄く細かな毛に覆われた獣。水源近くの地を掘り起こすように突き刺さったハートの角に今更ながらに焦りを覚えた。

――慎重になっていたら水質調査は数日後だったな

 もしかすると常に争っており、いつ訪れても危険と隣り合わせなのかもしれない。落ち着きを得られない大地に慰めの祈りを捧げてみーちゃんと共に山を下りる。影の言葉が本当であるならあの野生動物たちまでもが声を失ってしまったのだろう。

――テレパシーだけとは思えないな、声を失った原因

 もしも原因が他にあるのなら、これから移住した人々にまでリスクが伴うとするなら。そう思うだけで鳥肌が立ってしまう。

――昔、影によってガスがまかれてぼく以外みんな声を失っちゃった

 愛しい獣によって語られる昔話を心に焼き付ける。昔、テレパスを扱って話す影のような薄っぺらな人物がいた。声とテレパシーを併用し、必要に応じて会話を紡いでいたという。そうして独自の文化を築いていた彼らだがある日、ある事に思い至った人がいた。テレパシーだけで話す方が便利だと。そうして一つの会話に集中した結果、声帯が力を失ってしまったという。それだけで終わればただかわいそうな話で完結して仕舞われたことだろう。しかしながら彼らは鳴き声を上げる動物たちに大きな嫉妬心と劣等感を膨らませ、声を失う毒ガスを撒いたのだという。すると野生動物の会話など当然成り立たなくなってしまい、結果的に種の個体数は減ってしまった。みーちゃんも同じように声が弱ってしまった子だという話が挟まれ、ユークは彼らに呆れと怒りを向けながらみーちゃんを撫で、そのまま下山という形を取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ