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夕空の終点

 進む毎に荒れ地の姿は潜み、森林が生きている空間に出た。木々の中に薄青い結晶に置き換えられているものがぽつぽつとあり、無事と呼べる代物の中にも葉の大部分が結晶に覆われているものもあり。

 リニは自然が世界の外側の金属によって浸食されている姿を見渡して立ち止まり、ぽつりと呟く。

「まるで芸術作品のようだな、タイトルは技術の罪とか」

 誰にも響かないだろうか。ユークは地下都市働きの身分でしかない戦闘員の女による感想に乾燥した声を放り込む。

「人類の技術などではないが」

 まさにその通り、誰もが知っている事、リニも例外ではないはずだがそれでも口にしたくなった言葉なのだろう。

「アンタらにゲイジュツを見る目は無いな。その目は現実しか見えないのか」

 リニの言葉が響き、二度、三度と重なり合いながら響いていく。木々に当たっては跳ね返り、木霊として繰り返される音にユークは顔を顰めた。

「芸術を見る目が無いだと……俺に言っているのか」

 刻み慣れていない皴が目立った面から絞り出された言葉は今までの冷静な感情を欠いていた。

「当然。悔しかったら目の前の景色を見てみろ」

「音楽好きをなめるな」

 ジェードルは呆れ返っていた。外出調査員とは様々な危機を冷静に分析しながら乗り越えて来た優秀な人材ではなかったのだろうか。

 このやり取りはジェードルの中のプロフェッショナルの印象と比較してあまりにも人間を貫き過ぎていた。

「破滅の雨は冷たくて、世界、文明を凍り付かせる。まるで氷のようだ」

「詩みたいだな、流石音楽好き」

 そんな優秀な人材への高評価の言葉とは裏腹にリニの顔は称賛の情を宿してはいなかった。

「芸術の方向性が合わないみたいだな」

「ん、同感。私の女の子感性には届かないね、おっさん」

「まだ二十八だ」

 リニが語った感性の姿に性別など付き纏わない、ついつい声に出てしまいそうになった言葉をジェードルは必死の形相で仕舞い込む。身体中の芯に残された痛みを必死に感じ取りながら沈黙を刻み込む。

 木々の群れに紛れ始めて五分程度は経過しただろうか。タルスは結晶の木の枝に括り付けられた赤い紐を手に取り揺らす。その先に付けられた小さなベルがカランコロンと乾いた音を鳴らし、無駄な口を叩き合っている二人に知らせるように響き渡った。

「無駄話をしている間に近づいて来たな」

 それからも止まることなく歩みを進めようとしたものの、突然ユークは歩みを止めて辺りを見回し始めた。

 ジェードルは木々に、緑の飾りたちに覆われ視界が不安定なその場所で安定した気配を感じずにはいられなかった。

 顔の変化に気が付いたのか、ユークは軽く眉を動かしながら訊ねる。

「この環境で動物が生きていられると思うか」

 可能性は否定できない。しかしながらあの愛しい姿を持った彼らが活発に動き回れる場所だとは到底思えない。

「だよな、もう少し平和なゾーンであればいるだろうが」

 ユークが口を動かしている間にもタルスは手足を動かしていた。共に太く逞しい筋肉を保持した腕と脚。力強い躍動で地面に傷跡を残しながら突撃した先、斧を振り下ろした先ですっかりと耳に馴染んだ金属を打ち合う音が響き始める。

「入り口近く、電波や電磁波は遮断できていなかったか」

 そんな言葉と共に振り上げた斧。それと共に地面に転がり落ちるクラゲの透き通った頭は改めて金属である事に疑いを抱いてしまう。

 ジェードルは辺りを見回し、木々の隙間に幾つもの浮遊する透き通った頭を目にした。

 観察をしている間にも金属同士が打ち合うような音は立て続けに響いていく。

「戦えないお前らは早く施設に入れ、俺は少し時間を稼ぐ」

 明るみは残されていたものの既に日は傾き、彼らの予報によれば破滅の雨が注がれるのは時間の問題。

 ジェードルは思考する。誰もが早く施設に潜り込むには、大勢の敵を掻い潜るにはどのような動きを取る事が最適解か。

 リニの背には気を失ったケガ人、その姿勢を取るために日頃は背負っている斧が今は腰の辺り。

 ジェードルはリニの斧を抜き取り自分の斧を代わりに収める。

「借りるからな」

 リニの表情も言葉も受け取らずに駆け出してタルスに加勢する。

 勢いよく振り回した斧、その残像の扇が開戦の合図を告げているように見受けられた。

「時間稼ぎなら二人でだ」

「恩に着る」

 ジェードルは足に走る痛みを、身体中に痺れに近い感触で噛み付いて来る行動の残骸に一瞬表情を乱すもすぐさま斧を握る手に力を込めて意識を絞る。

 振り回し、振り上げて振り下ろす。浮遊を続けていたクラゲたちは二つの脅威の存在に気が付いたのか音も立てずにゆっくりと接近を始める。

 それから勢いよく放つ触手を斧の腹でタルスが受け止めてジェードルは頭を叩く。連携による攻撃、そんな知恵はクラゲの頭には宿っていないようで彼らは単純な攻撃を繰り返していくのみ。

 そんな攻撃の残像をジェードルが目にした途端、タルスは短い悲鳴を上げる。抑え付けられた声、しかし表情の崩れは目に見えていた。

「大丈夫か」

 少しの間を支配する沈黙が答えの代わり。強がりを声にした彼を象徴する表情はすぐさま無を取り繕うとするものの歪みを隠し切れておらず、ジェードルは見下ろした先の光景に目を見開いてしまう。

 斧に巻き付いた数本の触手と真っ直ぐ通り抜けてわき腹に突き刺さる残り。赤い液体がぬめりと照りを持ちながら触手を濡らして一滴二滴と垂れては地面に沁み込んで赤の気配を残さない。

 痛々しさに時間が止まってしまう錯覚を与えられ、固まった身体を支配する意識だけが時の加速を実感していた。

 クラゲが刺したものはただの身体ではない。思い出もこれからの人生も、全てを奪い去ろうと触手を更に深く突き刺そうと斧から離した触手を構える。

「この程度で」

 タルスは斧を握る手を震わせながら大きく振り上げジェードルに叫びを向ける。

「止まってるんじゃないぞ」

 ジェードルの身は刹那に大きな身震いを見せ、斧を握る手を動かし始める。そうした動きに合わせるようにタルスもまた、斧を振り下ろすべく腕に力を込めていく。

「生き残るんだ、絶対にな」

 クラゲの頭へと斧を振り下ろす。同時にジェードルは横薙ぎに振り、二つの方向から迫る衝撃に耐えきれずクラゲの頭は不規則なヒビを入れながら砕けて活動を停止する。

 二人が戦っている間にもユークは斧を振り回し、花のようにただそこにあるクラゲたちに一撃目のとどめを加えながらリニとシーケスを導き休憩施設を目指していく。

「ジェードルは無事だろうな」

 リニの言葉など環境音に変えてしまっているのだろうか。ジェードルの耳ではユークが答えを返す音を受け取る事が叶わなかった。

 そうして施設へと向かって行く三人の姿を見送ると同時に追いかけながらクラゲの頭に的確な一撃を加えて行く。

「感情は要らない、だったな」

 深呼吸を一度。斧を持つ腕を上げて一瞬の時を蒼黒い刃の角度を整えるために調整し、振り下ろす。

 そこから更に刃を空気に寝かせるように横を向けて振り回してクラゲたちを意思のない金属へと変えて行く。

 敵を狩るための所作の一つ一つが機会を感じさせる無機質。まさに地下都市の軍が語り続ける理想、戦いにおける無感情の維持の権化。

「良い戦いっぷりじゃねえか」

 そんなジェードルに負けないよう張り合っているつもりなのか、タルスは斧を振る速度を上げる。

 クラゲの数は増え続ける一方。何を感じ取って現れているのか、ジェードルには想像も付かない。

「クソが、頭が眩んできやがった」

 暗がりが空を支配し始めているこの状況下で視界が曖昧に、意識が遠退き始めている先輩の姿を目の当たりにして不安が脳の中で破裂してしまいそうなまでに膨らみ警鐘を鳴らし続ける。

 慌てや焦りは攻撃を鈍らせるという事は分かっていたものの、精神の安定は望めない。

 斧の腹でクラゲを殴りながら道を開け、タルスを施設へと進ませる。先程まで踏み出す一歩に込められていた力が嘘のように消え去っている。失われた力はあまりにも大きなものだったのだと、今の己では力不足も甚だしいと思い知らされながら逃げるように進み続ける。

 立ち塞がるように目の前に寄って現れたクラゲの存在に目を見開き無駄な力を込めた手で斧を力の限り振ってみせる。今日の戦いの中でも最大の力を振り絞ったものの、斧の腹ではクラゲを揺らす程度の事しか出来ず、ジェードルのため息を引き出すに留まった。

 もう一度叩こうと構えを取るものの、ジェードルの身体中に稲妻の如き鋭さで痺れが駆け巡る。

「くっ」

 昼間の戦いから休ませていた身体は再び与えられた激しい動きと衝撃に悲鳴を上げている。

 ジェードルの手から斧が滑り落ち、地面に落ちる音を見せるだけ。

 クラゲが迫り来る。ゆっくりと海を浮遊するような心地で漂いながら近寄り、触手を持ち上げた。

 ジェードルは咄嗟にしゃがんで触手の一撃を躱して斧へと手を伸ばすも、用意された猛攻は容易に運命を打ち止めにする威力で今にも繰り出されようとしていた。

 その時、一つの叫び声が響き渡る。

「俺をなめるな」

 途端に鋭い音を立てながらクラゲの頭に入るひび。タルスは左手でわき腹を押さえながら右腕を、握り締めている斧を上に掲げていた。

「タルス」

「もう少しだ」

 ジェードルは斧を拾い上げて立ち上がる。怪我と痺れ、疲弊した二人の歩みはあまりにも遅く、生き残る気合いを感じられない力の抜け具合いをしていた。

 目の前、手を伸ばしていくらか歩めば届きそうな蒼黒い扉を目指す二人。それを阻むようにクラゲの群衆が立ち塞がる。

「まずいな」

 このまま終わってしまうのだろうかと諦めを抱く。絶望が扉への距離を大幅に開いているようにすら感じさせてしまう。

 遠ざかる希望、それが途端に開かれ蒼黒い刃が飛び出す様が目に入る。

「遅かったな」

 言葉と身を同時に飛び出した男、外出調査のリーダーを務めるユークが生み出す幾つもの蒼黒い円盤によって次から次へとクラゲが沈んで行く。

 ジェードルの目が捉えた円盤が斧を振り回した事によって生み出された軌跡なのだと理解するのに数秒かかった。

 無事に合流し、扉の前へとたどり着いたジェードルに向けてユークは告げる。

「向こう、見てみろよ」

 ユークがまっすぐ伸ばした手、人差し指が向ける先には夕刻が過ぎ去った空。本来ならば暗闇を迎え入れるはずの空は薄青い輝きを飾り、夜を拒否しているように見えてしまう。

 そんな空の中、ジェードルは日頃の空との明確な違いを一つ、口にせずにはいられなかった。

「月が……二つ」

 薄青く輝く空に浮かんだ白い月、上に重ねられるように浮かびつつも微かなズレが生じて別の存在だと訴えかける青い球は二つ目の月としか思えなかった。

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