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探すべき場所

 ふんわりとした印象の生き物たちが歩き続ける。茶色の身体を抱き締めてリニは満面の笑み、満点の満天を煌めかせて狸たちの目指す先を想像しながら進んで行く。

「なあなあどこ目指してんの」

「ついてきなさい」

 ただそれだけの言葉は冷たく思える形をしているものの声と表情に柔らかさが見られる。進み続けた先、森の緑の影が蔓延る中に一つの建物を見つけた。

「こんなところに建物が」

 狸たちの住処なのだろう。推測するに人と獣の間のような生活態度をしているのだろう。壁には蔦が絡みついており、屋根との境目には苔が生えている。少しだけ黒ずんで見えるそこは築何年だろうと訊ねたくなったものの不安が勝って言葉にならない。ドアが開かれリニは丁寧な素振りで招かれる。

「王はこちらへ」

 入ってすぐ迎え入れたのは壁際に並んだベッドにテーブル、椅子といった人間の生活に必要とされる家具たち。その全てが周辺の木々や土といった自然から作り上げられているのだと思うだけで驚きを隠す事が出来ない。

「器用だなみんな」

 食器棚から取り出されたカップは木を削って作られたもので、自然が生きている、自然と生きているといった実感が体の中を強く流れて行く。

 紅茶を注ぐ彼らの姿に癒されている内に他の狸が分厚い本の真ん中あたりのページを開いて差し出す。

「読んで読んで」

 リニは本に書かれた文字を見て困惑に支配されてしまう。そこに綴られた記号はまるで紙の上で踊るような姿をして、リニは首を傾け本を回して見つめるも理解に至らないという事の理解へと至った。

 リニにはこの星の文字が分からない事に、この世界の文化に触れるだけの力が無いという事に気が付いた瞬間だった。

「私には読めない、ごめんな」

 王は別の姿をしているだけに文字を理解していない。その程度の事は予想していたようでリニがずっと抱えている狸が初めて声を響かせた。

「ここには一つの伝説が書かれてるよ」

 それから狸は書に刻まれた一つの話を伝え始めた。

 この世界には大きな遺跡があるのだという。誰が作ったのか、誰が言い始めたのか、誰が見つけたのか分からない。ただ、この森の中にあるのだという事だけが伝えられてきた。

 遺跡の中には誰もが目を見開き驚くような古代の兵器があり、技術の力は落ちたのだと思い知らされては首を垂れる事しか出来なくなるのだという。

「どうしてそこにあるのか分からない。どのような戦いがあったのかも何も」

 しかしながら遺跡にある事だけは確実だという。遺跡についてもあるという事だけが確実、時を経て噂話へと格が落ちても信じる者もいるのだと知らされた。

「なるほど、どこかにあるんだろうけど忘れたって話か」

「そう。だからって遺跡が壊れたなんて話は書かれてないし」

 そんな言葉がリニの心を大きく動かした。目は輝き狸を撫でているだけだった手は抱き締めたまま揉み始め、辺りに毛を散らしてしまう。

「王様さっきから私の事触りすぎ」

「可愛い子は触りたくなるのはどこの世でも同じ事だから」

 軽い肉感と毛に覆われた柔らかな身体にそこから伸びる手、首から顎にかけて、隅から隅まで触り続ける彼女の想いはあまりに単純すぎた。

「いろいろ触りすぎてごめんな、んでありがとう」

「別にいいよ」

 狸の目は優しさを帯びており、癒されたように緩やかに細められる。和んだ彼女の顔を見つめるリニの中から欲望の塊が顔を出してしまう。

「その内さ、別の星を調査しなきゃいけないんだけど連れて行きたいな」

 それはきっと叶わない話。リニの欲望で世界が回っているわけではない事など分かっていた。既に他の世界の生き物を持ち込んでしまっている楓は何も言わないとしても他の人々はあまり良い顔をしないだろう。何よりそれ以前の話、狸たちにも狸の事情がある。彼らの生活を崩す事など到底許されることではない。

 狸は照れたような声でリニに対して笑いを交えて曖昧な返事を送りつつ本を捲り始めた。

「他にももう一つ、恐ろしい遺跡の話もあるよ」

 それは幾分か昔の話。ある一族が一柱の神を信仰していた。その信仰心を示すべく作り上げた祭壇に祀られた神は次第に力を増し辺りの緑は色とりどりの輝きを放っていたのだという。始まりこそはただ豊かな自然を作り上げるだけの森の神だと誰もが歓迎していたものの、ある時を境に状況が変わり果てた。空から舞い降りた何者か、毛の少ない者たちが森へと足を踏み入れて様々な調査を行ない始めたのだ。

――それって私たちの住む星以外にも宇宙人が

 金髪の女と黒い髪の女、透き通る青の身体を持つ人型は他の二名と同じ色へと変化させて男の姿を取ったのだという。

――まさか、メリーたち

 リニの想像は新たな一つの疑問を産み落とす。数十年もの時が経過しているのはおかしな話ではないだろうか。しかし疑問はすぐさま自らの記憶により打ち砕かれた。モニターに走った一瞬のブレ。そこにあれだけの会話が詰まっており、時間が乱れている様子が見て取れたものだ。

――ってことは

 気が付いてしまった。一つの事実はリニの頭の中を通り過ぎて、再び現れる。往来を繰り返していても立ってもいられず彼らに訊ねた。

「言い伝えの中におかしな建物か何かに物を運び込んですぐに返したとか書いてないか」

 のそのそと歩く狸の短い手の先に握られた本をリニに抱き締められている狸が受け取り開き始める。

「このページに書いてあるよ、王様」

 静かな音を柔らかな声で破って広がった波紋がリニの平常心をも打ち破る。大きく広げた口から声は現れる事もなくただ静寂で充たされるのみ。一方で狸は書に記された出来事を読み上げる。

「この辺りだね。この星のものを検査して何かを調査してるって事」

 つまるところ彼らには目的は知られていないという事。メリーたちは使命を胸の中に収め続け、言葉を抑えて口を噤んだ。同じ言葉を何度も強調して刻み込むような意志の強さで意思を一つの石とするように黙っていただけの事だった。

「分かった。ありがとう、多分それ私たちの住んでた星と同じところの人だ」

 宇宙から訪れた者。金属の塊を用いて遠い星から飛んできた人々は果たしてどこから来たのだろうかと周囲のざわめきが訴えかけていた。

「私たちの住む星は遠い星から来た人々によって壊され続けてるんだ」

 もしかすると過去に彼女たちも同じような事を告げていたのかも知れない。しかしながら文献には残されていないという。

「そんな、空から降りて来た王様じゃなかったのか」

 真実は言葉にしてはならなかったものだったようでリニの顔は見る見るうちに青ざめて行く。このままではリニたちの信用が、それどころか歴史の色合いが変わり果ててしまうかも知れない。この星の人々から見た地球人はただのホラ吹きだといった形で浸透してしまうかも知れない。

 狸たちは各々すぐ傍にいる仲間と顔を見合わせて言葉を交わし続ける。破片にしるされた音は地球人を認めるものもあれば責め立てるものもあり。まさに彼らが立派な生き物だと主張しているようであった。

「そうだな、でも実際凄い物をいっぱい持ってるわけだし」

 そんな一言が他の狸をも動かしたようだ。流される仲間たち、意見の波は強まり続けて大きなものへと、ある程度の一体感を持ったものへと変わって地に打ち付けられる。

「分かった。私たちは移住を認める」

「ありがとう」

 他の種族も同じ意見を差し出してくれるだろうか。不明の霧は森のひんやりとした空気と入り乱れて瞬く間に得た落ち着きの情に不安を浸透させる。

 リニは遠い空を見上げ、森の木々に刻まれた青をその目に焼き付けながら仲間たちの無事を祈るだけ。



 森が広げる暗がりは小さなスケールの中では無限の闇のよう。その広大な闇は視界を覆いつくしてしまう。地に伏した木の幹を精一杯上る薄茶色の身体。そこから勢いよく飛び降りて目にも止まらぬ速さで四本の足を動かし続ける。

 一つの丸太の上に座る毛玉は同じ種族。ようやく見つけた集会所に集うネズミの数を意識して自分が最後なのだと思い知らされ項垂れた。

「最後の仲間が来たな、どうだった」

 その問いは過去の情報を精一杯に引きずり出す。小さな頭に書き記された出来事は脳だけでなく身体にまで熱を行き渡らせてしまう。

「オオカミ族とリスが同盟を結んだんだ」

「げっ歯類の誇りを捨てたなあいつら」

 影でこそこそと動き回る事が出来るのは小さな身体の恩恵。少ない食べ物で生を繋ぐ事が出来るのもまた同じく。己の体を活かした生き方はげっ歯類だけの仲間意識を生み出していた。

「犬はもしかすると狸と同盟を結ぶかも知れない。毛の少ない者が現れたんだ」

 他のネズミたちの報告を耳にして驚きを隠す事が出来ない。驚きの表情を張り付けたまま声を張り上げていた。

「なんという事だ。毛の少ない者が入って来たら自然のバランスが乱れるんだ」

 彼らの介入によって数十年前、一つの種を中心とした小さな生態系が失われそうになってしまった。彼らの扱う金属の弾を打ち出す奇妙なものがついでにまき散らした毒は植物たちを苦しめて、毒はおろか弾すら出さないものは派手に神を傷付けた。

「そう、毛の少ない者のせいで私たちの信ずる神は長い眠りを続けている」

 幾つも集めた木の実、それをみんなで運んで行く。目指す場所はどこだろう。知っている者は少ないものの、ほんの一握りのネズミが示すままに動く。思考の余地すら与えない情報量を前にただ従う事しか出来なかった。

「それでも今を守るには必要なんだ。神を起こそう」

 目の前には一つの大きな木があり、結びつけられた黒い縄のようなものが微かな光を跳ね返して固く透き通った鱗の感触を露わにしている。

 一頭のネズミの決意は同じ種を大きく動かし続々と供物は捧げられた。並べられた木の実や果実に薬草たちを前に黒い縄のようなものは滑るように動きを取り始め、やがて顔を出す。蛇のような姿をしているものの、首を覆うような柔らかな毛といかつい顔は表情を読ませない蛇とは異なる存在だと主張していた。

「どうか、毛の少ない者の企みを阻止して下さい」

 彼らの心の底からの言葉を受けて黒い蛇のような神獣は頷き、供えられた物を一気に丸呑みして体をくねらせネズミたちの隙間をかいくぐりながら進んで姿を消した。

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