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この星でも

 リスのような魔物に追加で生えたリスの耳の外側を優しくなぞりながら楓は肩に寝そべる魔物に軽い表情を見せて語り掛ける。

「どちらが追加の耳か分からない感じだな」

 そんな言葉に反応するように魔物は長い耳を揺らして楓の頬を叩くように撫でる。恐らくこの魔物には完全とは言えないものの言葉が通じているのだろう。

「大丈夫、実際は分かってる。例えの一つ」

 魔物が眠そうに細めた目は安らぎを帯びているようにも見えた。

「可愛いな」

 その会話を他所にジェードルは狸の耳を忙しなく動かすリニを見つめて軽い笑いを浮かべてしまう。

「何やってんだよ」

 小刻みに耳を動かしながら首を微かに動かし、それを何度も続ける姿は野生動物そのものといっても過言ではない。

「動物のこういう動きって可愛いよな、ジェードルももっと私に惚れてくれ」

「そういうところが」

 言いかけて言葉を止める。息を飲まれるような感覚は確実にジェードルについて来た。リニの明るい笑顔と小動物を思わせる動き、それをただ楽しみながら行なうだけの彼女の姿から目が離れない。

――無自覚であざといって

 しかし、リニの行動はジェードルが思っている以上の意味を持っていたようだ。リニは少しずつ歩み、更に周囲を見回しては動いて。ジェードルが思わず大きく息を吸って吐くと共に振り返って口を尖らせた。

「あんまり音立てないで欲しいな。これ周囲の音がよく聞こえるんだ」

 つまるところ、動物たちの真似をしているわけでなく新しく生えて来た耳を生かした結果なるべくしてなった、そういう事だろう。

「確かにな」

 楓もまたオオカミの耳に意識を澄まして歩き始める。ジェードルの頭に乗っかる垂れ耳はそんな楓の肌と布が擦れる音まで耳に捉えてしまう。

――待ってくれ、これはちょっと気まずい

 リニの傍へと寄り、彼女の息遣いにいつものペース、肌と服が忙しなく断続的に擦れる音を耳にしてようやく落ち着きを取り戻す。

――これだけ音立ててるものだと全然色っぽくないな助かる

 心臓に悪い音。どこか申し訳なさをもたらしてしまうそれを聞かずに済むのだからリニと行動を共にする事を選ばない理由など無いように思えて仕方がない。

 木々を見上げてその目に映した事すらない赤紫の果実を見てはジェードルの木登りによる接近が始まる。迫り来る感覚、木を徒に揺らされる感覚は果実にとってどのような心地をしているのだろう。まるで生きているような捉え方に半ば呆れつつも果実に迫り触れては驚きに目を見開く。

「これ、繊維状か」

 毛を連想させる触り心地が手を侵食し、微かな冷たさが身を浸す。木から切り離して抱えながら下りて行く。

――ココナッツみたいだな

 見たいどころかそのものだと確信を持って触り心地を味わいながら地に立ったその瞬間、リニもまたその実に触れる。

「これ、どこかで触ったことあるよな」

 それから十秒以上もの時を経たものの、リニが答えに行き着かなかったがためにジェードルが答えてみせる。

「ココナッツだ」

「ああ、やっぱり知ってる感じだよな」

 納得する彼女の顔までもが輝かしく、芯に根付いた魅力を見てしまう。これこそが真の好み、恋とは感情の瞳を曇らせしかしながら晴れやかな気持ちをもたらすのだと思い知らされていた。

「食べてみよう、ああそれがいいってジェードルも言ってる」

「まだ何も言ってないが」

 しかしながら味に対する好奇心が湧き出ている事もまた事実。想いを必死に抑え込みながら木の実とも果実とも確認していないそれを持ち帰って機械の測定にかけ、無毒である事を、成分が人類の食用の基準値に収まる事を確認して外へと持ち出し斧を構える。

「行くぞ」

「行くぞう」

 リニの同調を得て斧は勢いよく振り下ろされる。一撃を受けて実は斧に噛みつくように挟み込み、両断までに中々行き着かない。

「固そうだ」

 楓は涼しい表情で見つめ、しかしながら心の底では食を希望している事が見て取れるほどに拳が震えていた。

 そのやり取りを見つめてノースはただ鼻で笑い、奥へと探索を進めていく。意見の異なる人物を無理に止めようなどと思えず楓は視線だけで軽く見送りを済ませてしまう。紫色の瞳は彼の中にどのような印象を生んでしまうのだろう。

「恐怖さえ抱かせなければなんでもいいな」

 呟くように放った言葉は誰にも届かず澄んだ空気に薄れて消えてしまう。彼の姿も森林の緑に溶け込み視界から失せていた。

 皮の繊維の絡みに苦悩を抱えつつもその想いさえも一撃の重みに加えることでようやく二つに分かれた実、両断する際に零れ落ちた果汁が木に染みて仄かに鼻に残る芳醇な香りを広げている。その香りの中にわずかながら油分を感じさせる事を楓は見て一度頷いた。

「言いたいことは分かるな、私だっておいしそうって思った」

 実の中心は空洞、開かれる前には果汁と暗闇を溜め込んでいたのだろう。暗黒は陽に消えて、僅かに残された果汁は三人で分けて飲むこととした。

「これ、砂糖入れたらいいじゃんね」

 リニの反応を他所にジェードルは風景に一瞬だけ黒い歪を見た。楓の方へと視線を傾けると彼女の紫の瞳はくまに加えて影が入りより一層強い暗がりを作り上げている。そんな彼女がただ一度細かな頷きを示して意識を加える。

 リニはココナッツのような果実に夢中のようで気付きを素振りとしてさえ表わさない。ただ二人だけの秘密のような意識にジェードルは小恥ずかしい気分を受け、頬には熱を与えられてしまう。

 一瞬の気の緩みが生んだ引き金だった。楓は咄嗟に手を突き出し眼を鋭く尖らせる。途端に黒い歪が視界の前に現れるもののその動きは止められた。

 黒い歪の正体は毛むくじゃら、長い爪の生えた右手を振り上げ襲い掛かる真鍮色のオオカミ。衝撃の一つも残すまいと地に叩き付けるように落とし、次の出方を待つ。

「ネイルを見せびらかしに来たならもっとセンスを磨くんだな」

「毛の少ない身体に耳が四つ、もしや王たる資格の持ち主か」

 起き上がりし獣は二足歩行のオオカミ。彼の言葉はなぜ通じてしまうのだろう。楓の疑問を他所にジェードルは言葉を振り絞る。

「襲い掛かりやがって」

 オオカミはジェードルを素早く睨み付け、大きく口を開けて咆哮を放つ。ジェードルにはそのようにしか聞こえない。

「他の種族の王は黙れ、今すぐにでも、と言ってるみたいだ」

 その刹那をかいくぐり襲い掛かるオオカミを楓はテレキネシスにて止める。怒りの収まらないオオカミを一瞥して楓は静かに告げる。

「行け、私は寛大な王だ」

 表情の造りが不自然な事この上なく、声の抑揚もいつもと比べて抑えめ。演技なのだと気が付くまでに寸の時すら必要としなかった。

「サンキュ、この恩は一生忘れないからな」

「次に会う時には演技もうちょっと磨いてる事を期待している」

 それぞれの反応を示しながら去っていく二人を見送り、オオカミの言葉を受ける事で微かに顔を傾けた。

「逃がしてよかったのですか」

「構わない。王同士で争う事は国全体が争う事。利益すら出ない戦いに用など無いだろう」

 楓は人生の道を思い返し、大きなため息を吐いてしまう。これまで出会ってきた人々は言葉であれ体であれ、何かを武器としては無益な戦いに臨む者が多く、辟易してしまう程。そんな感情を汲み取ってか、肩に乗っているリスのような魔物は尻尾を揺らして楓の頬を撫でつける。

「キミはいつだって可愛いな」

 柔らかな心地は温かくてくすぐったく、どこか心地よい。優しさはすぐ傍にあり、人生も捨てたものではないと思わせてくれる存在は果たして何人目か。その全てに支えられていた。

「リスのようだが長い耳が追加。もしかすると文献にはない王なのかもしれません」

 オオカミの言葉に楓はオオカミの特徴をした耳を小刻みに揺らして軽く頷きながら訊ねる。

「私は宇宙から来たものでこの星については勉強不足だ。もしよければ文献を教えてもらえないか」

「はい、喜んで」

 一気に景色が輝きの星にて色付いたような、そんな錯覚を見る。簡単な返事の一つですら希望の灯火のように感じてしまう。それ程までに楓はこの星について知らない。



 緑のカーテン、木々の手が蔓延る中、リニは狸たちの姿に見惚れていた。大きな葉を扇として仰ぐ小さな身体が愛おしくて仕方がなくて。狸たちが口にする言葉の一つ一つが手に取るように分かる。人の言葉のように耳に響いている。

「この星には様々な獣たちがいてね、頑張って自分たちの領土を作って平和に過ごしてたんだよ」

 そう話す狸を抱えて頭を撫で、リニは自分のズボンから延びる帯のようなものを揺らす事でようやく自身が狸の尻尾を持っている事に気が付いた。

「だけど、それを快く思わない犬がいたんだ。それでも平和は続いてたんだけど」

 昔話はもはや物語のような心地で耳に響いてしまう。歴史として心に刻み付ける事が叶わないのは正気か暢気か。

「ある時の事、人に犬の垂れ耳がと尻尾が生えた毛の少ないサルのような生き物、あなたみたいな人が舞い降りたんだ」

 言い伝えにある人物をジェードルの顔で想像してしまい、思わず吹き出してしまう。もしかするとジェードルもまた、身近な人で言い伝えを想像しているのではないかと思うと更に笑いが湧いてしまい、必死に抑え込む。

「それは犬の王と名乗り、犬たちを治め始めた。他の種族は安心したけど、それが悲劇の始まり」

 それから他の種族を制圧すべく動き始めた王は笑いながら武器を手にして笑っていたのだという。他の生き物の耳を持った王も数人いたものの、それらの殆どは犬の王に討たれてしまった。

「もうダメだ、そう思った時に現れた一つの勢力があった」

 それこそがオオカミ。彼らは持ち前の力を発揮して瞬く間に争いを治めてしまったのだという。

「それ以来、オオカミは権力を持った。一部の種族は英雄だと讃えたけど」

「けど、どうしたんだ」

 リニの疑問が入ると共に狸は息を吐き、大きく息を吸ってまたしても息を吐く。体のこわばりは精神の乱れを如実に表している。

「きっと彼らは権力が得られるタイミングを、殆どの王がやられるのを待ったんだ」

 なんと卑怯な存在だろう、狸がため息交じりに告げる言葉に対してリニは大きく頷き同意を示した。

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