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鉱物都市

 ユークの動きについて行くことなど彼らには不可能だろう。ユークは老いた男相応の不安定な動きを見せるマルクに対していつもの冷気を孕んだ声を飛ばす。

「お前は練習してろ。俺一人で調査に向かう」

 初めからマルクの事など頼りにしていないという事をはっきりと声に滲ませて。ユークは突き進んでいく。

 鉄の山を目指して歩き出す。その間ユークが受けた違和感は世界の形を見抜くことが出来ているだろうか。

――生き物の気配一つ無いな、鋼鉄の塔もあるなら文明は生きているはずだが

 鋼鉄と呼んでいるだけで実はこの星特有の金属の可能性もある。人類の発明品と異なり管理をしなくても無事に立っていられる施設だとすればこの星の生物が滅びても尚その場にあり続けることも可能だろう。

――だとすると大変だな

 鉄の塔の数々が薄暗い空という布に覆われ暗い森のよう。静けさは風が吹いても変わりがなく、ユークが今も生きているという事で待機は完全に毒ではないのだと推定する。この星の生物が絶滅しているのだとすると到底人類が生きていける環境ではない。生き物の存在を祈りつつ目先の目的へと向かって歩き続ける。

 流れる川の水を青く透き通った試験管で汲み取りすぐさま持ち帰る。すぐさまタルスに手渡しユークは再び舟を出ようとする。

「ユーク」

 タルスが突然言葉をかけて来る。立ち止まり振り返る。彼は真剣な眼差しでユークを見つめていた。

「楽しそうだな」

 彼の言葉は嫌味だろうか。長年の友好関係がすぐさま違うと答えを弾き出して一瞬の沈黙を言葉で振り払って。

「そうだな」

 タルスの表情はやわらぐ。クルミ色の瞳は顔に宿る感情を容易く読み取り次に捻り出すべき言葉を的確に放った。

「次は生物か転がっている鉱物があれば持ち帰る」

 それで人の住むことの出来る星であるか否か、結論が顔を出すことだろう。見渡す限りの鋼鉄の景色はそのエリアが無機質なだけか、薄暗い景色はこの星の永遠か。確かめるべきことを頭に書き留めながら進み続ける。時たま力の入れ方を間違えて体が素っ頓狂な挙動を取るものの、差し支えは、障りはほぼ皆無と言って問題ないだろう。戦いがない限りは。

 鋼鉄のエリアの中に転がる石ころを見つけて触れてみるも鋼鉄の心地。金属の種類を調べてもらおうと再び持ち帰ったその時、タルスは画面を指して興奮を顔に表していた。

「この水、人類が飲める範囲だ。地球で常飲される水としてはミネラルが多いが微々たるもの」

「つまり、鉱物成分多めのミネラルウォーターと言ったところか」

 タルスはただ頷き、ユークの手に収まっている鉱物を受け取って測定機材に入れて満足を声に出す。

「鉱物に微生物が付着していれば生活を営むことの出来る可能性も上がるが」

 ユークは嬉々として話すタルスの顔を見つめて思わず笑みをこぼしてしまいそうになり、慌てて冷たさを装った笑みへと形を変える。

「タルスも楽しそうだな」

「その笑みは格好つけているのか」

 それも含まれているだろう。事実を確かめてユークは己の内に新しい発見をした。自分の事すら不明が含まれているのだ。この星の事だけでなく宇宙に他人や地球まで、外の事など何一つ分かっていないのかも知れない。

 鋼鉄の塔を目指して歩みを刻んでいく。誰かに会わなければ情報の一つさえ手に入れることが困難。言語の壁は確実に立ちはだかると想定されるものの、時間をかけて崩していくのみ、ただそれだけ。

 暗がりの空の下を歩き続けてユークの身が一つの違和感をつかみ取った。一歩、二歩、足を踏み出して周りの景色の動きを、己の過去の感覚を見つめて比較して気付きへと至った。

「まさか、いつもより歩幅が広い」

 拳を突き出して、その速度に体は感覚との微かな違いを受け取りユークに声もなく告げている。

「速いな、確かに」

 それから駆け出し、鋼鉄の塔へと入ってはクルミ色の目に映る毛むくじゃらな四足歩行の生き物に触れる。金属製のグローブの心地は如何なものだろうか。獣の表情は特に変わる事無く、ユークの方を数秒見つめては部屋を駆け回り始める。

――知性は地球の獣と変わりないか

 ここで捕まえるという選択肢を取るのもありだと考えつつも行動に移す事が出来ない。仮にこの塔の住民にとっての信仰対象であれば、神の使いなどと崇められている生き物だとすれば。

 宗教が絡む戦争という世にも悍ましい出来事の切っ掛けとなってしまったら。考えるだけでも恐怖は後ろから襟を引っ張って来るものだった。

 先が鋭利な三角形の耳に触れ、常に気怠さを表に出した顔を見つめる。前脚に絡みついた布は明らかに知能の高い生物特有の無駄を感じさせる装飾、体中赤みのかかった黄色の毛に覆われた獣はユークに対してどのような印象を受けているのだろう。

「餌を知れば地球人の住処になれるか分かるんだが」

 獣を見つめたまま立ち上がり、奥へと進んで行く。背中に括りつけられた斧のひもを緩めて扉の前に立つ。

――敵対はやめろよ面倒だ

 ユークは勢い任せに扉を開き、先の暗い道を歩み始めた。



 メリーは舟の中、ルウと二人で鉱物生命体の男をつついて遊んでいた。初めに訪れた惑星に二日間も滞在して無事を確かめたはずが報告時に向こうは驚きに満ちた顔をしながら速い、などと騒いでいた。話によれば宇宙空間に放り出されてから一分半足らずで安全報告をした人物として扱われていた。

 その上続けて調査した三か所共に数時間で発見したこととなっていた。地球との時間のズレを見つめてメリーはため息をついてしまう。

「ねえ、このままだと地球が一日経過する頃にはハッピーバースデーよ」

「そんなに老けるのが気になる歳かしら」

 ルウは男の二の腕に体を寄せて脂肪をあまり感じさせないにもかかわらず肉付きの良さが見受けられる腕を絡める。鉱物生命体しか乗っていないこの舟の中、宇宙服を身に着ける者など誰一人としていなかった。

「鉱物生命体って酸素が無くても生きていけるのね。じゃあ私たちの呼吸って」

「人間に擬態するための飾り、そうだったんじゃないかしら」

 確認すら取っていないものの、推測だけが蔓延るものの、何故だかそれが真実だと思えて仕方がない。

 更なる星は砂に充ちていた。色とりどりの砂地がかつての地球に広がっていた人工的な土地を思わせる。肌に張り付いた軽い寒気は人が同じ時を過ごすにも丁度よい。酸素濃度も背の高い山の中腹と変わりのないものだと、人が代わりに住まうのに程よいものだと判断を下しつつ奥へ、生き物の姿を見ては生け捕りにして連れ帰る。そうして次から次へと捕まえた動植物を機械のレーダーに当てて成分解析を行なう。

「栄養価はバッチリね」

「しかも解析後のレーダーからも個体数良しと出たわ」

 つまるところ、四つ目の探索を成功させた。巡ってきた星の全てが人類に最適な環境の範囲にあり、確認も容易いという。

 報告を済ませると次は数分間と告げられ、メリーは頬を撫でながら気怠さを全開にした表情で紅い唇を艶めかしく動かした。

「いやね、ずっとこの時間差の旅を続けていたら彼らの一か月間の内にすっかりお婆ちゃんよ」

 心の底では何を思っているのか、ルウには見通す事が出来ない。それ程までにメリーは人間的。ルウは完全栄養ショートブレッドの封を切りながらルウに告げる。

「いいじゃない、あの人たちには数日でも私たちには数週間、それだけよ」

「損した気分よ、次ジェードルに会った時には顔の皺を指摘されそう」

 その言葉を吹き飛ばす勢いで男はキーボードを叩き、次の惑星を目指す事とした。彼の指の動きに先導される舟、青く透き通った体は異形であることを隠す事すら忘れているよう。

 次の星を目指そうと動き、舟は輝きを纏う。

「楽しみね」

「次は失った時間を取り戻せる流れがいいわ」

 舟は光をも追い越す勢いで直進して次元を突き破り次の星を目指すべく動きを緩め始める。

 その時だった。メリーは体の内から膨れるような違和感を抱き始め、慌ててルウに訊ねる。

「私の魔法が暴れようとしているわ」

「ええ、私もよ」

 ルウも同じような症状を感じているようで、不安は言葉を介して広がり続ける。もしも体が破裂してしまったら、もしも醜い姿になってしまうとしたら。もしも命を失ってしまうとしたら。想像は次から次へと陰鬱な心境を呼び起こしてしまう。

「地球と違って魔法を抑える環境条件が、世界の法則が無いの」

「つまり人類云々じゃなくて私たちに合わない環境なのでしょ」

 声は激しさを帯びていく。内側の熱量の上昇に従って彼女たちの息が荒くなり、やがて輝き始める。赤に緑、水色に白と黄色。星々のような輝きが拙い絵画を作り上げ、そこに一つの宇宙を作り上げる。

 彼女たちは次に想いを走らせる暇すら与えられないまま、魔法の暴走の輝きに包まれる。輝きは広がり、途方もない広さを誇り始めた。



 ユークは奥へと進む。そこで待ち受けていたものはユークの目を引いた。黒く薄い影が天井へと伸び、それがユークに向けてその手を伸ばした途端に影ではないのだと気が付いた。

 ユークは思わず驚きの声を上げるものの、それは意味の破片すらつかめない音の集まりとなるだけだった。

「おやおや、未だに口から音を出して会話を行なう種族があの獣以外に生き残っていたとは」

 ユークの中に新しい驚きが差し込まれた。突如低く唸るような声が頭の中で響き始める事でユークの中に想定外の事実を産んだ。彼の発言を理解するならこの惑星では既に声が殆ど喪われているという事となる。

「その姿、サルの進化系統の一種だな。知恵のサル」

 脳内に直接響く音は故郷には存在しなかった。そう思いつつも楓の存在を思い出して可能性を産んだ。

「なるほど、超能力、テレパシー。向こうでは仮想声帯会話をそう呼ぶのか」

 どうやら彼らに全ての情報が筒抜けのようだった。地球という惑星の事もそこで起こった危機も彼らにとっては全てが透明。嬉々として眺めているのだろうか。

「近くの宇宙で何かが起こったようだ」

 影のような薄っぺらな人物がそう告げると共にユークは情報を持ち帰ると述べてエントランスルームに属すると思しき鋼鉄の床に寝そべっている獣を思う存分撫でまわして建物を出た。

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