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 草木豊かな大地をしっかりと踏みしめる足、しっかりと伸びる白く細い脚、全体的に薄っぺらな身体に明るい表情。マーガレット、彼女の歩く姿を見つめてジェードルは思わず肩を落とした。

 その様子にすぐさま気付いたようでリニは腰を落としてジェードルの顔を覗き込む。その仕草を目にしては顔を赤くしながらも曇り空を表情に張り付け、リニの言葉をしっかりと聞いてみせる。

「どうしたんだよそんな顔して」

「前世ではマーガレットの事も好きだったんだよなって思い出してな」

 リニの顔を見つめ、己に問いかける。細身の体に愛おしさを感じる心も明るい笑顔に心を躍らせる様も全てがジェロードの好みの一つと同じだったのだろうか。自分の意志とは果たしてどのようなものなのだろう。

「俺だけの特別であって欲しかったな。リニの事」

「どうしたんだ、急に何気持ち悪い事言ってるんだ」

 わざとらしい身振り手振りを交えながら告げるリニの顔は熱っぽくどこか色っぽい。照れを隠す事が彼女にとっていかに難しいものか今ここで教わった、そんな気がした。

「まあ、いいや。ありがと、私の事そんなに好きなんだな」

 本気を真っ直ぐ受け取ってくれたのだろうか。彼女にとってジェードルの声は言葉はどのようなものなのだろう。少し距離を取りながら歩いていたかと思えば急に肩を小突いて少しだけ萎れた笑顔を浮かべたりしてみせるもののいつも以上の輝きを隠す事が出来ていなかった。

――かわいいな、やっぱり俺ってこの明るさが好きなんだよな

 それから数十歩、数分と時を取る事無くたどり着いた建物はレンガをセメントで繋いだように見受けられる。マーガレットは煌めく陽光を帯びた目を細めながら家のドアを開く。

「ここが私の家だから、遠慮せず上がって」

 彼女にとってジェードルとは何者なのだろうか。ジェロードは好きな人だと散々感じさせられたものの、親戚にも絶やさない笑顔はリニと異なる点。

「リニより笑顔を振りまくのが上手だな」

「私は彼女よりダメってか」

 刃物を思わせる鋭さを持った瞳で睨み付けてくるものの、どうにも本気を感じ取る事が出来ず、微笑みを零した。

「そういう事じゃないって。リニは素直だなって」

「嫌味、やめてくれないか。惨めじゃんね」

 彼女に向けた言葉は嫌味として受け取られてしまった。その事実一つで大地の底に叩き落されたように感じられる。心の花瓶、その瓶底から這い上がる事など出来そうにもない。

「私たちも上がろう」

 楓の言葉によりリニの顔は晴れたように思えてしまう。表情の動きがジェードルにはしっかりと見えてしまうものだ。リニの不機嫌程心を削り取る品物を考えられない。

「ジェードルは一旦落ち着け」

 楓の言葉に顔を一瞬だけ歪め、しかしながらすぐさま表情を整える。そんな表情の細かな動きの一つまで、深く刻まれた目のくまをも彩りへと変えてしまうアメジストのような紫色の瞳は捉えていた。

「四六時中リニで興奮するな」

「興奮って。そんな事するか」

 ジェードルの声が響いた途端に生まれ落ちた沈黙は気まずさを生んでしまったようで楓は崩れた表情をそのままに固めてしまった。

「私じゃ興奮出来ない、当然か」

 リニは俯きながら言葉にする。ジェードルが咄嗟に選んでしまった言葉は見た目を否定されたようなもの。あまりにも凶悪な刃がその辺に転がっているような有様に頭を抱える。

「ごめん、リニ」

「そうか」

 楓は二人の肩へと手を回して抱き寄せジェードルとリニを向かい合わせて口を動かし始める。

「二人とも気にしすぎ」

 紫色の瞳に灰色の髪と影がかかる。楓にも思う事があるのだろうか。彼女の目線から二人の姿はどのように見えているのだろう。

「本当は互いに好きなんだろ。正直になって一緒に座ってみればいい」

 テーブルから椅子を二つ引っ張り二人を向かい合わせる形で座らせる。そうして改めて正面から見つめるリニの顔に落ち着きが宿り始めた。

「ごめんな」

「俺の方こそごめん」

 きっとこのまま二人の機嫌は良くなるだろう。それを悟り、安心を抱きながら楓は出かけると一言マーガレットに告げ、外へと足を踏み出した。

 外は自然に覆われており、地球に似た環境を感じていた。舟により空気中の成分の解析はすぐさま済まされ地球人の生きる環境に相応しいものだと知ってすぐさま外の空気を吸った事を思い出す。それ程までに自然が恋しくて、元の地球では殆ど地下都市に潜っているがために拝むことも味わう事も叶わなくて。

「頑張らなきゃな」

 一人で浸っている楓の肩に緩い重みが掛かる。驚きつつも肩を見つめるとそこに居座る茶色の毛玉。丸まっているそれは顔を上げ、楓を見つめながら独特な鳴き声を上げる。

「リス、にしては耳が長いな」

 茶色の背中に黒味のかかった縦線が幾つか入っているためシマリスだろうか。ふさふさと言った擬音語の似合う大きな尻尾は空中に浮いているように見える。全体的に見覚えのある姿をしているものの耳が異様に長く、楓に大きな違和感を与えてしまう。

 リスのような姿をした生き物は楓の頭の上へと登り丸まって眠り始める。頭に乗って呼吸による膨らみと縮みを繰り返す温かな毛玉の存在が愛おしくありつつ慣れない感覚に戸惑うばかり。

「偉く人懐っこいんだなこのリス」

 更に辺りを見回して木々を見つめては紅茶を思わせる赤い蝶が横切る際に黒へ、再び赤へと姿を変える様を目にして感心する。

「これは、こんなにきれいな構造色もあったんだな」

 薄水色の針を幾つも背負ったハリネズミに緑のねこ。地球とは明らかに異なる生体を持つ生き物たちに瞳は吸い寄せられてしまう。

「うわっ、楓なに頭に乗せてんの、かわいいな」

 声とすれ違うように振り向いたそこに立つ少女と隣の男を見つめて楓は自分の頭を上から指して問いをかける。

「この子、今何やってるか分からないか」

 リニは顔を近付け、癒しを顔に張り付けて周りへとまき散らしながら細い声に力を込めて太い発音を作りながら答えていった。

「尻尾を抱いて寝てんね、かわいい」

 楓には覚えがあった。尻尾を抱いて眠る習性はまさにリスそのものではないだろうかと思うだけで微笑みが零れ咲き、顔に似合わない貌を見せてしまう。

「そっか、それは良かった。変な事してないなら」

 そのような会話が流れて行く中でジェードルは密閉された袋を取り出し、手頃な川の水を汲もうと試験管を川につける。

 途端にジェードルは目を見開いた。

 川の水を汲み上げるための試験管がこの世界から姿を消してしまった。跡形もなく消えた部分、その断面を視線でなぞり、あまりにも覚えのある現象に驚きを得た。

「これもしかして破滅の水か」

 地球を破滅へと陥れた原因の水、ジェードルが地球に生を受けたのはあの星にジェロードが吸い込まれたからに他ならない。破滅そのものがそこに息づいていた。

――どうしてあの金属が

 過去にリニが語ってみせたあの話を、イマリセツナが小説と称して綴ったらしい魔法の歴史、それを思い出しながら打ち震えた。

――幾つもの並行世界がある内の最悪の相性だ

 恐らくこの世界線は、ジェードルを生むための架け橋となった世界線では破滅の水は破滅として居座るわけではなく、ただ星に存在するだけ。

 楓との会話を終えたのか、ジェードルの隣でリニが目を見開き素っ頓狂な声を上げていた。

「ジェードル何やってるんだよ、試験管壊すなんて悪い子イケナイ子じゃんね」

 そんな言葉はジェードルの底から呆れの笑みを引きずり出してしまう。眉に力が入り、軽く睨み付けながら言葉は紡がれる。

「俺がダメなわけじゃないからな」

 その言葉と共に手を水へと突っ込み、一秒と待たずに引き上げて一部が消失したブレザーの袖を見せつける。

「なんだよそれ」

「例の破滅だ」

 リニは驚きを表情という形でさらけ出していた。地球に住まう間に何度も悩まされたあの水がそこに息づいている。リニにとっての破滅はこの世界にとっての生活用水かも知れないという事。その事実に対する驚きだとジェードルは思い込んでいた。

「ジェードル破滅触って無事なのか、中身溶けてないよな、そういうの嫌だからな」

「今まで地球人として生きて来たから癖で避けてたが俺はこれと同じ材質だからな」

 リニの驚きの対象はある意味至極全う。人間としては正しい方向だっただろう。しかしながらジェードルの前世はその水を平気で飲む人物。現世では破滅の金属の変質によって人の姿と感触に地球の物質と触れ合うことの出来る性質を得た者。

「もしかしたら俺の本来の役目は地球人の生体や生活、技術力をあの星の生き物に伝える事だったのかも知れない」

 つまるところ、破滅側にとって勝利のための最後の一手だった可能性があるという事。しかしながら地球に降り立った彼らは悉く記憶を失っている。もしかすると人間の生活に自然に溶け込むための工夫だったのかも知れない。

「そっか、でも完全に人として生きてたし今もそう」

 リニの言う通り。首を縦に振る事しか出来ないジェードル。口を開かない彼に向けて、リニは言いたい事を衝動的な勢いに任せて言葉にする。

「人間社会の複雑さの勝利じゃんね」

 ジェードルは一瞬目を見開き、沈黙を産み落とす。それからリニのひまわり模様の笑顔を見つめながら微かな微笑みを作り、日にかざした。

「そうだな」

 この星での調査の継続は意味を成さないと判断を下してジェードルはリニと楓を引き連れて舟へと帰っていく。地球人が住むことの出来る星を探しているのに地球人の状況を今へと導いた原因がすぐ傍にある星に留まる理由もない。

 人々の帰還を目にしてノースは一言も声に出すことなく頷いて機器をいじり始める。

「宇宙服を着ろ。宇宙は宇宙だ」

 リニが纏っている宇宙服を楓の紫色の瞳が見つめる。本来であればその服は楓の替えの物。リニの勝手な行動が原因で致命的な失敗に繋がる行動は些細なものでも許されないこととなってしまった。

「楓は何を中に入れている」

 リスのような生き物は楓の首すじに寄り掛かって寝ている。濃い目のくまと微かな暗がりを帯びた紫の目に青白いと言っても差支えの無い色素の薄い肌による雰囲気を和らげる役目を背負ってしまったリスにノースはため息をついた。

「あまり余計なものは持ち帰るな、今回は仕方がないが」

 ノースの口と共に舟のドアが閉じられる。そのまま言葉を扱うことなくただキーボードを素早く叩き、幾つかのスイッチを押す。

「椅子に座れ」

 舟を支配する浮遊感と不安定な揺れにバランスを崩しながら人々は席に着く。舟が青空を目指して突き進んでいく。明るみを目指すその瞬間、太陽に似た惑星の輝きが照らす蒼を視界いっぱいに取り入れたその瞬間をジェードルはその目に焼き付けた。

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