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発見

 すぐにでも行かせようと発車準備の無線が飛んで来る。急かされるように席について次の指示を待ち、その場に座る。重力の感触はなくなってしまうのだろうか。仮にそうだとすると見知らぬ世界が広がっているのだろうか。

 ふと隣を見つめるとそこには灰色の髪と紫の瞳、その下に特徴的なくまの刻まれた女が座っていた。

「楓も罪人なのか」

 ジェードルの問いに頷いてみせる。動きを経て急速に口は開かれ低くあり心臓の底にまで染み渡る声を奏でて行く。

「私が解き放たれた目的は実験生物だったからな。公から逃げた時点で大罪人」

 どこか微笑んで見えるのは気のせいだろうか。とてもそうとは思えず目を見開いていた。むき出しの感情を見つめて楓は更に軽く笑ってみせる。

「それよりジェードルはどんな罪を犯したんだ」

「冤罪っていう罪だ」

「ご愁傷様」

 そんなやり取りを耳にした男は軽く笑ってみせる。まるで旧日本語を理解しているような反応にジェードルは困惑していた。

「あの言葉が分かるのか」

「ドラマというものが面白くて覚えた」

 教材の事だろう。蒼の都市の他所でも同じようなものを使って教育を進めているという事実に驚きを隠せない。

「空中へ上がる。シートベルトの装着確認を」

 スピーカーから流れて来る音は鮮明でありながらも聞こえが悪い。音質の悪辣な事、ジェードルは呆れを抱かずにはいられない。

「安価な設計だな」

「通信系統には出来る限り費用を投資した方がいい、後々己の首を絞めるのみ」

 突然飛んできた賛同の言葉に目を見開き、運転席の方へと目を向ける。間違いなく緑のブレザーを纏った男の発言だった。

「驚いたか、ジェードル。ついでに俺の事はノースとでも呼んでくれ」

 スピーカーの向こう側の人々の何割が発音を正しく聞き取っているだろう。更にその中のどれだけの割合の人物が意味を理解しているだろう。

「ノースって普通に本名だな」

 楓の言葉に頷き、ノースは己の内に潜む話題を、自分の事を振りかざして会話を繋げてみせる。

「名前からよく北がどうとか言われていたけれど、お前らはそう呼んでくれそうにもないよ」

 正解だった。沈黙が生まれている間にどこか聞こえの悪い男性の音声による案内が始まる。

「出発五秒前」

 辺りに緊張が走る。このまま始まる旅に付き纏う危険は計り知れない。

「四」

 心臓の鼓動の高鳴りを楓は感じている。ジェードルには心臓がないという。彼の緊張の感覚は手に汗が滲むだけだろうか。実感が湧かない。

「三」

 ノースは機器のスイッチを次々と指で弾き、必要な機能を展開していく。手際の良さは果たして幾つの訓練で身に着けたものだろう。

「二」

 機体に加わる力の形が変わった事が手に取るように分かった。明らかに流れが変わっているのだと感覚でつかんでみせた。

「一」

 途端に荒々しい足音が機体中に響き渡る。ジェードルは思わず振り返り、驚きを声にせずにはいられなかった。

「なんで。どうしてここにいるんだ」

「出発、健闘を祈る」

 床が浮く。足がつかんでいる感触がそう告げている。ジェードルの疑問にも答えることなく本来そこにいてはいけない人物は後ろの席に座り、早急にシートベルトを締める。

「ついてきたんだ。愛のなせる力って素敵じゃんね」

 ジェードルは大きなため息をつきながら後ろの赤毛の少女へと呆れの言葉を贈呈する。

「そんなお話俺は知らない」

「映像コレクション日本編の第四巻収録のドラマだな」

 ノースの言葉にリニは目を輝かせ、前の座席に座るジェードルに告げる。

「緑の都市でも二巻以降って見れるんだな」

 蒼の都市では映像コレクションを扱う全ての科目において必要な分は二巻までと定められている。欲しい者が続きを頼むという形を取っている。

「緑の都市では一巻しか扱わない」

 つまるところ本人の強い希望があってようやく蒼の都市の勉学の進行度に並ぶ事が出来るという事。反面、数学は強いのだろう。機器の操作などにも精通しているかもしれない。どこまでも勉強に特化した教育だった。

 窓の向こう側いっぱいに青空が広がる。あの遠かった青をここまで身近に感じたのは初めての事で。歓喜と舟が沈まないかという不安に挟まれている。

「てかリニこのままでいいのか」

「帰ったところで大罪人だし」

 ジェードルの問いに答えたのは他ならぬリニ自身。自身の力で作った罪の重みに沈んでしまわないかと心配を抱いてしまう。

「ジェードルと離れたくなかったんだ」

 黙り込み、楓と顔を合わせて相手が頷くだけだと確認してノースの方へと顔を移す。彼は上機嫌な様を表情に描くのみだった。

「仕方ない、リニも連れて行くしかないな」

「フリュリニーナって呼んでくれよ」

「まだ言ってるのかそれ」

 恐らく彼女の事を本名で呼ぶ事など堅い場に限る事だろう。本名の長さが現場での仕事でも邪魔をするのだから尚更の事。

――でも俺はジェードル以外で呼ばれないな

 或いはそこの、お前といった呼び方か。本名を呼ばれずに寂しい想いをしているところもあるのかも知れない。

「そういえばマルクおじさんいないのか、正直一緒にいなきゃ心細いんだ」

 リニの心細さの真偽は置いて、ジェードルはすぐ隣を飛ぶ戦闘機を思わせる二つの機体に目をやりながら告げる。

「どっちだろうな。いるにはいるんだ」

 そっか、そんな言葉で締めくくるリニの中にどれ程の情が通っているものだろう。考えている間にもキーボードを素早く叩く音が耳に入って来る。

「そろそろあの船たちとも別れ。しっかりと目に焼き付けておけ」

 ノースの声にジェードルは頷きながらどちらかに乗り込んでいるマルクに無言で別れを告げる。

――行って来るよ、また会おう。マルクのおじい

「いるんだったらさ、この度の先でまた会えるじゃんね」

 途端にジェードルは軽く笑いながらリニの方へと振り返って言葉を紡ぎ出す。

「リニはいつもそんな感じだな」

「バカにすんなって」

 ジェードルは表情を緩めながらリニの顔をただ眺め続ける。少し力の入った頬は素直に不満を溜め込んでいるようで。ジェードルにとってはどこか愛おしい。

「ありがとう。おかげで別れの寂しさも吹き飛んだ。また、マルクのおじいに会えるよな」

 それから目線は再びノースの方へと向いた。彼は相変わらずキーボードを叩き続けている。楓に至ってはいつまでも静か。別れの余韻もないのかと見つめては睡眠の世界に入り込んでいる事を確認してノースに告げる。

「どの並行世界に行くか、だよな」

 様々な世界線を渡り、脅威を排除して一つの世界線からはみ出た人物を救い出した女がいるとイマリセツナの小説には綴られていた。恐らくあの世界なら、そう思い提案を掲げた。

「俺たちの故郷の世界なんてどうだ」

 ノースは一度キーボードを動かす手を止め、沈黙を生んで再び、先ほどと比べて控えめな速度でキーボードを叩き始めた。

「こっちだな。とはいえどれがジェードルの故郷の世界線か分からない」

 話によれば幾つもあるのだという。ジェロードとマリーが共に旅立った世界戦が幾つもあり、一つだけマリーでなくマーガレットを選んだ世界線もあり。

「前の生でも元気な女の子好きだったんだ」

 ジェードルの頬に強い熱が走る。全身に籠って外へと出ることなくぼんやりと広がる熱が迸る。その感覚が息苦しくも心地よく、いつまでも浸っていられた。

「私の事を好きになるのって人生超えた好みだったんだね」

「俺は俺だから前世の俺にもリニの事渡す気はないけどな」

 ノースの打ち込みを中途半端で止めるように告げ、ジェードルは目を凝らし始めた。ノースは驚きに目を見開いて口をも開く。

「何をする気だ」

「故郷は、俺が視るし座標も決める」

 言葉の意味を分かっても解らない。やろうとしている事を理解できない、そんな様が表情から見て取れる。

 やがて機体は激しく揺れ、辺りの色は変わり始めた。白と黒、頭を抱えながら認識できない色を人間の目で捉える事の出来るものへと収め、把握できない次元を味わえる次元へと落とし込む。そんな感覚の中、幾つもの星が一つに重なっている感覚を得た。

――座標を見ろ

 ジェードルの視点は鉱物生命体のものに切り替わり、多色の宇宙を目にして星の中から自分のいないものを選んでいく。気配を読み、一つの縄をつかむ、そんな感覚に右手を震わせる。

 途端に舟は激しく揺れながら速度を上げ、幾つもの次元の壁にぶつかりながら震え、やがて一つの星に降り立った。

 リニは咳き込みながら体をよろめかせ、窓の外を見つめる。そこにある景色は地球の自然と比べてみてもあまり変化の見られない場所。

「ここが」

 ジェードルのいた世界。擦り切れて言葉にすらならず。リニの体を押さえるシートベルトを外してドアを開こうとする。

「待て、空気中の成分の解析を待て」

 それから数秒の間を置いて機械が音を告げると共にノースの手によってゴーサインが出される。

 それを目にするとともにリニは外へと降り立ち辺りを見回す。そこで目に入った一人の女が驚きの表情を上げながらリニの方へとゆっくりと歩み寄る。

「大丈夫なのそれ」

 舟を指して告げる彼女の目にはどのような動きを取っていたのだろうか。心配を覚えつつも女を見つめる。目元に元気の跡が残っているように見えるもののそれは抑えつけられているだろうか。薄い茶髪は背中まで伸ばされており、ごく普通の人間にも見えるものの動きは訓練されたものを思わせる程に整っていた。

 リニの隣に人の気配が現れる。ジェードルが立ったその瞬間、女は目を丸くしながら自身の頬を手で包み込む。

「ジェロードなの、もしかして」

「親戚だ」

 肯定は出来ず、代わりに出て来た雑な言葉はリニの頬の力をついつい緩めてしまうものだった。

――そんな噓、もしジェロードの親とあの子が仲良かったら終わりじゃんね

 しかしながら特に疑いをかけられる事無く、女は深々とお辞儀をしながら言葉を一言一句はっきりと口にする。

「私の名前はマーガレット、知ってるかもしれないけどジェロードの元恋人」

 聞いていて悲しみを覚えてしまう、そんな自己紹介だった。ジェードルは辺りを見回し、生えている植物などを確かめながら聞いている様子。

「もし時間があったらゆっくり過ごしてね」

 移住の候補地。特にジェードルにとっては前世の自分が住んでいた場所。安全だという確証が心の殆どを占めつつも、軽い疑惑を晴らすための調査を進めながらマーガレットの世話となる事とした。

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