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ジェードルは

 青く色付いた床や天井、絞られているように見受けられる照明の質感はリニにおかえりなさいと告げているようにすら感じていた。

 そんな充分とは言えない明るさに包まれてリニの隣で灰色髪の女が文字を読んでいた。目の下に刻まれたくまは取れる事など無いのだろうか。疑問を覚えつつも全て無視してリニは文字の読み書きを教えていた。

「そうそう、そんな感じ」

 楓の知る言葉と知り得なかった文字を織り交ぜ説明することで文字を知っているものへと変えて行った。

「つまり、この真昼って人が里香ってことか」

「そうだよ。楓がいなくなってからも頑張ってるだろ」

 もはや別人を扱うような感覚で教えているリニと別人だとしか思えないまま読み進めている楓。文字の読み書きはどれ程出来るようになっているのだろう。

 コーヒーと紅茶を用意して一息つき、リニは楓に一つ、どこかで拾った情報をそのまま流してみせた。

「楓がいたあの、ゴミがいっぱいのところにおじいちゃんいたじゃん」

「ああ、私の恩人のことだな」

 楓はリニから少しだけ逸れた視線で何を見つめているのだろう。いつもよりも少しだけ力の抜けた目の形、そこにて静かに色づく紫色の瞳はまつ毛が覆い被さってもよく目立つ。

「あの人、読み書きできるからってタルスがこっちに迎え入れたんだってさ」

 会話から得た数少ない情報から彼の行く末という想像を掻き立てられる。こうした想像こそが人間に許された一つの特権だった。

 更に物語を読み進め、楓の静かな顔に活き活きとした情が宿っていた。そんな姿を目にして満足感を得ながらリニは今日の授業は終わりだと示して一冊の本を手に取り立ち上がる。

 歩き出した先に待つのはどのような世界だろう。相も変わらず青いままの照明に紅の都市から移り住んだ数少ない人々の態度は不満を描いている。

 更に歩き続け、リニは一つのドアを、大好きな部屋への入り口を見つけて何度か叩く。わずか数秒の沈黙を青に刻んだのち、ドアは静かに開き始めた。出来上がった隙間から覗き込むように映された顔にリニの目は潤いを得て行く。

「こんばんは、だね。ジェードル」

 目の前の若者は素早い瞬きを数回繰り返し、ドアをしっかりと開いてリニを招き入れてすぐさまドアを閉じた。

「リニ、よく来たな」

「フリュリニーナって呼んでくれないのかよ」

 そんな会話の懐かしさにジェードルは思わず柔らかな笑いを零し、リニが手にしている一冊の本へと指を向けて口を開いた。

「デュアルソウルマジックってタイトルだっけ」

「そう。確かこの辺のページに」

 言葉と共に開かれたページに書かれた文章は見当違い。何度か十数ページを捲ってようやく迎えたページに書かれた二つの名を指す。

「これがジェードルとメリーに生まれ変わる前の姿なんだってな」

 ジェロードとマリー、恋に落ち、共に生きて一つの星、恐らく今この地球に破滅の雨を降らせ、二つ目の月と呼ばれている代物だろう。そんな星に飲み込まれて生まれ変わった二人。

 ジェードルはリニの細い指先に、心をそそる艶の入った爪の先にある名前を凝視して、やがてリニに顔を向けた。

「つまりメリーが俺を好きなのは当然だったんだろうな」

 その顔に宿った弱々しさにも見える感情は罪悪感だろうか。リニの手がジェードルの頬に添えられ、彼の顔に仄かな赤と温もりをつける。

「でも、ジェードルは無理に向こうに行こうとしなくていいんだ」

 鉱物生命体として生まれ変わっても尚、前世の想いに囚われ続けているメリーとその想いを忘れ去っているジェードル。時を経て好きな人が好きでなくなっているような、そんな錯覚をその手で掬ってしまう。

「俺さ、やっぱりメリーを好きになる事が正しいのかな」

 そんな問いかけにリニの首は左右に振られ、彼女なりの答えはそこに宿って言葉に変わる。

「別にいいんじゃないか、今のままで」

 隣の彼女との両想いは今の彼女にとって都合のいいものである事は間違いない。ただ都合のいい言葉にも聞こえてしまうかも知れない。しかしながらそれだけでは言葉は終わらなかった。

「そもそもジェロードはジェロードだしジェードルはジェードルだ、私はフリュリニーナだけど」

「リニでいいだろ、かわいいあだ名と思う」

 頬を膨らませつつもリニは頭の中にある考えを纏めて行く。芽生えた感情は思考の邪魔者だったものの、跳ね退けることなく浸りながら言葉を巡らせ続けた。

「なんていうかさ、生まれ変わる前とか言ってももう別人だし」

 言葉を切り、ジェードルをひまわり模様の笑顔で包み込む。瞳に注ぎ込まれた優しさがこの上なく温かい。

「今のジェードルの想いに素直に生きていいと思う。別人の言う事になんか惑わされずにさ」

 それが彼女の出した結論だった。目の前の彼が何を思うのか、そして告げるのか。リニの凝視に気圧され言葉に躓きながらも奏でる。

「じゃあいいか、俺はリニが好きだな。この前戦場で抱き合ったくらいの仲だもんな」

「そんな言い方やめろよな」

 リニの顔に熱が蔓延り、瞳は揺れる。顔を赤くしたリニはジェードルとお揃いの色をしている事に気が付き明るい微笑みを零して可愛らしく顔を傾け笑顔を強めた。

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