メリーの動き
空は不自然なまでに自然な色に塗られ、地下とは思えない道路が広がる都市の中でメリーは一人の男との会話を行なっていた。
「あなたの方にもいるのかしら、監視役」
訊ねられてクルミ色の瞳に鋭い輝きを差し込みながら後ろを振り返る。動きに合わせるように灰色の髪は震えるように揺れてしかしながらそのまま主の体の一部であり続ける。
「クソほどうざいだろあれ。何がしたい」
訊ねられても答えを持ち合わせていないメリーには返す言葉を見つけることなど出来なかった。それは永遠の謎となってしまうものだろうか。紅の都市の住民の思想や行動の流れなど理解できない。ユークは恐らくメリーの無言の意味を正しく読み取ったのだろう。メリーの言葉を待つことなく口を開いてみせる。
「あいつらは協力者になってくれないらしいぜ」
もしかすると多少は楓の特徴と一致する人物を目で追ってくれているのかも知れない。しかしながら彼らの目が向いているのはメリーやユーク。
「あいつらの目は補助でしかないな」
メリーは理解してくれるだろうか。そんな願いをメリーは大きなあくび一つで吹き飛ばす。悪い意味で思考力を奪い取る。
「お手伝いだと思えばいいんじゃないかしら」
呆れを抱かせてしまったことだろう。ユークの目は急速に熱を失っていた。
「俺はあの女を見つけたら捕らえるがメリーはどうする」
メリーは大きなため息を挟んで静けさで時間を溶かし、ユークの目を覗き込みながら告げる。
「正しいと思ったことをやるだけよ」
タルスは虚偽の通報を行なったとして札を掛けられ、一日の謹慎処分という言葉によって狭い部屋に閉じ込められている。恐らく解放されてからも通報はおろか、紅の都市の住民の考え方によっては会話の一つでさえも疑われてしまうことだろう。
「俺たちは何を信じられて何が許されているのか、分からないだろ」
初めから信用していないような動きが見られる。しかしながら捕獲は任せている。目的が分からない、見えてこない。
「自分たちで捕まえることも出来ないのか」
「魔法よ、あれが使えるなら異能力者を気配で探せるって考えじゃないかしら」
異能力を扱う以前に保持するだけでも磁場の揺れが生じる。それを気配で探れという指示が黒髪紅目のルウの口から発せられていたことを振り返る。
「つまり、あの女だかバックについている研究者が魔法を使えるのは鉱物生命体だと知ってるの」
リーダーのユーク、魔法を使えるメリーに監視が付いている。恐らくジェードルにも監視役が付いている事だろう。
「でも一つ問題があるわ」
「なんだ」
ユークは気が付いていないのだろうか。今度はメリーが呆れを抱く番だった。歩きながら、楓の気配を探りながら辺りを見回しながら、メリーは会話を繋いでいく。
「私たちはジェードルが魔法を使えることを伏せていたはずよ」
「ああ、確かに伏せていたはずだよな」
周囲の人々が乞う。従うままにバッグを開いて食料を与えて求められるままに修理や補強の手伝いをする。
「別の都市の者でも公についてるって気付かれるものなのね」
ユークは手伝いを中断して紺のブレザーコートの襟に手を添え口を開いて示す。
「こいつが立派すぎるんだろう」
メリーは相も変わらず周囲に意識を向けて研ぎ澄ましながら配管を支える。溶接の作業なのだと気が付いたのは焦げ付いたにおいと黒い煙が辺りを漂い始めた時だった。
捻じれるような軌道を描き、煙は一つの芸術品の姿を見せる。そんな気配の中に一つ、大きな灰色の気配を目にした。
「ユーク、見付けた」
「メリーは磁場なんか読めないんじゃなかったのか」
驚きに目を見開くユークを置き去りに駆け出して、辺りを見回しながら進んだ数秒間。その果てに灰色の髪と深いくまが存在を際立たせる紫の瞳を目にした。
「大人しく捕まってもらうわ」
拳銃を取り出したその時、メリーの足は地をつかむ感覚を失っていた。気が付いた時には突き飛ばされるような勢いを付けて宙を滑り、体の自由が利かない。
「センシズブレイク、コーディネイ」
言葉は背から伝わる衝撃で打ち消された。拳銃が地に落ちる音を耳にしてすぐ後ろに立ちはだかるそれに目をわずかに向けて壁にぶつかったのだと気が付いた時、メリーははっとした。
――いけない、あいつが逃げてしまうわ
先ほどまで楓が立っていたそこに息づく無の空間は彼女の逃走を意味していた。
拳銃を拾い上げてすぐさま立ち上がり、尻に付いた砂埃をはたいてすぐさま駆け出し始める。
――まだ、まだ遠くには行っていないはず
どこへと逃げたのか、はためく灰色のパーカーの端を黄金の目で捉えて角を曲がる。楓を追っているその足は自動で道をなぞっているようにすら感じられていた。
「待ちなさい」
拳銃を再び構え、視線を楓本人から逸らし標的を定めていつもの意識でいつもと異なる言葉を唱える。
「マテリアルブレイク、セイムタイム、コーディネイト、355、375」
引き金に掛けた指に力を込める。メリーの細かな動きに楓の目が微かに揺らめいた瞬間の事。STOPの文字が描かれた標識の根本から二度の爆発が起こり、そのまま楓へと向かって倒れ込む。風をも巻き込み勢い付いたその攻撃に対して意識を紫色の瞳を向ける。
楓の目の下のくまに影がかかり更に深く刻まれたように見えた。
標識を押し倒す力と衝撃が一瞬だけ動きを止め、標識は微かに跳ねて再び楓の方へと襲い掛かる。
――いったい何を考えているのかしら
メリーには楓の動きが読めずに拳銃を握り締める手に力を込める。
その途端の事だった。
楓の手はメリーの方へと向けられ、目は標識に向けられる。そのまま目を移し、それに従うように標識の頭はメリーの方へと向けられる。
――まさか
理解に思考を巡らせ通している間にも襲い掛かって来る標識。メリーは黄金の目を楓の頭へと向けようとするものの、腰より上は標識に覆い隠されて見通すことが許されない。
――座標が分からない
「コーディネイト、飾ってるわけじゃないんだろ」
数少ない言葉は破片となり散り散りに耳に入るのみ。楓の声は通りが悪く、欠けた部分は理解力が補っただけ。
メリーの足元を、地面だけをえぐり取るように突き刺さった標識はまさにメリーに止まれと告げているよう。
「逃走か闘争か、どちらを通そうか」
「何を言っているの」
拳銃を構えなおして細い棒に遮られるのみの楓の灰色の頭と紫の瞳を目にして座標を定める。
「次は当てる」
楓の言葉を受けてメリーの口が動き始めるまでに一秒たりとも必要とされなかった。
「センシズブレイク、コーディネイト、113」
引き金に掛けた指に力を込めた途端、楓の体は横薙ぎの形で吹き飛び、雑な動きで壁付近の地に落とされた。
「981、303」
二度にわたる攻撃に対しても楓の動きは予測済みと物語るような動きを見せていた。勢いよく壁を蹴り、細かな目の揺れが楓を妨げる物質を払い除けているのだろう。勢い付いて二軒のアパートの隙間を通り姿をくらます。
「待って」
楓が向かった方向へと目を定めつつメリーは腕を後ろへと向け、銃口を地へと定める。
「ロウブレイク、コーディネイト、2479」
引き金を絞り、意識を、そこに付いて来る力を込めて勢いよく地を蹴る。メリーは大きな跳躍を果たした。
風を切る音、残像となって過ぎ去る光景、正面にて向かい合う建物に銃口を向けて再び引き金に掛けた指に力を込めて。
法則を乱す荒技は間違いなく人には不可能な動きを果たしていた。
☆
風景が見たこともない線を引いていた。残像はこれまでの速度とは異なるのだと語っていた。楓はかつて生きていた時代の中でも車のスピードを知らない。家族に遠出を頼めば一度は拝めたのかも知れない。悔いは残るものの、心を抉るその杭の痛みまで含めて人生の味。
――そんな事より
アパートと呼ぶべきかマンションと呼ぶべきか。隣を通りすがる光景を目にしつつ、進んでいる向きに危機感を覚えていた。
――このままだと地面に激突する
アパートを通り過ぎ、固い砂地が目前に広がる。このまま勢いよくぶつかってしまえばその着地点は人生の着地点へと定まってしまう事だろう。
「集めろ」
楓の持つ異能の力が指示に従い砂地をほぐし掘り起こしながら集っていく。作り上げられていく砂と土の山は楓を受け止めるための柔らかさを持ち続け、衝撃に備えている。
空から降るような勢いで落ちていく楓を待ち構える土のクッションは楓の体を見事に受け止め衝撃を空に流し、隅はボロボロと塵となり散る。
やがてクッションは力を失い楓と共に地へと落ちて残されたのは一人。むなしい光景は削れた地が演出しているように見えた。
「逃げなきゃ」
立ち上がり、力なく揺れる腕と力の抜けた脚を震わせ背筋を伸ばす。出来る限り遠くへと、想いと共に動き出そうとしたその瞬間、目前に激しく揺れる影が訪れた。降り注いできた女だと気が付くまでに空白の思考を回し、ようやく脳の回転に追いついた時、銃口が向けられた。
「バランスブレイク」
「させるか」
咄嗟に飛び退いて距離を取るものの、メリーの左腕が電柱に絡められていることを確認して失策だったと悟る。
「コーディネイト、666」
着地したばかりの足を薙ぐように激しい揺れが生まれ、地に倒れ込み、動きの取れない楓は揺れが止むのを待つ他なかった。しかしそれはメリーも同じことのようで楓を捕獲しようと動くこともない。
地に伏せて揺れが少しずつ収まる様を肌で感じながら意識をこの超常現象の動きに合わせて待ち続ける。
――このまま終わりの瞬間を狙って
揺れが収まり即座に立ち上がり、メリーに注意を向けながらも駆け出した。メリーは電柱から手を放して足をふらつかせていた。
――やはり
楓の観察がかかる中でメリーは拳銃を己のこめかみに向ける。
――何を
「バッドブレイク、コーディネイト、00」
引き金を絞った途端、メリーの足はしっかりと地を捉えて真っ直ぐ駆け出し始めた。
「何でもありか」
つい言葉をこぼしつつ、楓は引き続き走り続け、やがて見つけた一軒の建物のドアを開き中へと滑り込んだ。




