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紅の都市

 きらめく大地に別れを告げて、固い紺のブレザーコートに身を包む人々は対照的な印象を受ける色合いを持つ紅の線が入った黒のブレザーに身を包む男の後ろにて横向きの列を作る。歩き続ける彼らの姿それぞれに性格や与えられた役割の質が表れている。ユークは辺りを見回しながらもその目に宿る感情に冷静を塗り、タルスとマルクは感情の一つを片手で弄ぶことすらない。メリーの美しさにかけられた艶っぽい微笑みは余裕の表れだろうか。ジェードルはどうかと問われれば敵への脅威よりもリニが視界に入ることに動揺を覚えているようだ。

「私は襲わないよ、敵じゃないっての」

 飛び跳ねるように歩みを刻むリニ。彼女の頭の中で人々を観察する練習が行なわれている事に気が付いた人はどれ程いるだろう。

「分かってる、俺の問題なんだ」

 顔を逸らしつつも時折優しい目を向ける。赤みに染められた頬はリニに対する想いを無言で語る、明確に示している。

 意識した途端に恥じらいは感染し、内側に熱がこもり始めてはジェードルを直視できなくなるといった甘い呪いをかけられてしまう。

――私まで恥ずかしくなるって

 そんな感情を置き去りにするべく周囲の観察を再開した。太陽は輝きおびただしい量の光と薄っすらとした熱を注ぎ込み、辺りは乾ききった大地。地面に撒かれたままの透き通る金属の欠片、破滅の雨の雫の後味が太陽の輝きを跳ね返しては熱を放出する。空が涼しく感じられ、乾燥した熱の海を歩く心地は最悪。人々の顔に滲んだ汗は空気中にはじけてそのまま消えゆく。

 続いて残りの人物、紅の都市の戦闘員用支給服を纏う男の方へと目を向け追い付くべく半ば走るようなステップを踏む。

「ところでさ、そっちの都市の生活は快適か」

「他の都市を知らないから答えられない」

 淡々と言葉をなびかせる男は顔色一つ変えることなく、ただ己の中で決めていた言葉を選んでいるように見受けられた。

「そっちでも完全栄養ショートブレッドとかライスにかける液状レーションとかあるのかな」

「栄養風呂に入って皮膚から摂る者もいれば注射を打つ者もいるが噛む事で体や脳の健康を保てるため似たような食生活を取り入れている」

 質問に答える男はやはり声に感情が宿っていない。音の揺れが微塵にも見られない。表情の作り方は模範的で美しさすら感じさせるものの却って不自然に思えて仕方がなかった。

――どんな人生を辿ってきたのか、想像するんだ、私

 思考を巡らせる。どのような苦しみの傷跡なのだろう。それとも無味無臭な人生の成果なのか。或いは脳の作りによるものなのか。

――わかんねえよ

 考えるほどに浮かび上がる可能性の数々はリニの思考の配線を絡めて脳の内部を上方で散らかしてしまう。今のままでは情報が足りない、そう結論付けて更に口を開く。

「なあなあ、紅の都市の人々の生活とか教育方針ってどんなものなんだ」

「余計なことを知ってどうするつもりだ」

 冷たい声はそのまま。態度は変わらず感情の変化も現れることなくただリニの意見だけが色を持つ。

「文化とか教育の質の違い一つで話すのにつまずく可能性あるかもじゃん」

 男は歩みを緩めることすらなく、先ほどと同じ調子で口を開く。

「公と民間の分け方は諸君らの住まう都市と同じ。明かりは自然光に近付け、教育は無駄を省いたもの」

 的確な言葉を当て嵌めた説明と目に宿る無の感情はシステムと会話しているような錯覚を与えてしまう。思わず後ろを振り返ったリニの視界に映ったジェードルは親指を立てて口角を上げていた。



 赤い壁が初めに目に映ってからどれ程の時間が経過したことだろう。懐中時計を手に取り時間の進みを確認するものの、都市を発ってから時間を確認していなかったがために手掛かりとなり得ない。

 赤い建物からは想像も付かせない自然光の如き輝きは既にリニの住まう都市との違いをうんざりするほどに物語っていた。

「完全にこっちの方が贅沢じゃんね」

「青の落ち着きと違って自然な感じだよな」

 ジェードルの返答を自身の発言の正しさを示す旗として脳裏に打ち立て引き続き環境の観察を行なうも、理解するよりも先にユークが答えを口にしていた。

「リノリウムの床に壁は白」

 窓の存在は見られないものの、蒼の都市よりも確実に飾りのない自然な雰囲気を醸し出していた。

「まるでドラマコレクションに収録されてた病院ものみたいだな」

 ジェードルの言葉によってリニの中に形成され結びつけられた印象。まさに人々に不安を与えないための設計。

 薄緑の階段を下りて廊下を歩き、突き当りのドアをノックする。そんな彼の仕草は生活の中で完成されているよう。

 ドアが開くとともに男は最後尾に立つマルクの背を押し総員を部屋へと納める。目の前に置かれたこげ茶のテーブルと背筋を伸ばして座る黒髪の女が人々を紅い瞳に収める。

「ようこそ、紅の都市へ」

 呼び出した本人。リニやジェードルと大きな年齢差が見られない彼女が紅の都市の戦闘員の上級役職なのだろうか。

「私は公の組織の戦闘員及び研究室の管理責任者のルウ」

 ルウと名乗るその唇は艶やかで動きは滑らか。リニは自分の渇いた唇に指を当てては心に蒼の影をかけてしまう。気が付けば彼女の瑞々しさに嫉妬を覚えて心に見えない口紅を塗っていた。

「あなたたちを呼んだ目的は分かっているでしょう」

 紅い目は都市の色と結びついてしまう。初めから素早く進める会話は炎の激しさそのものの勢いに操られている。

「ああ、この前の報告書に書かれてたあいつだろ」

 ユークは視線を天井へと向け、沈黙の間に追憶を辿って口を微かに動かす。力の抜けた声は落ち着きをもたらすものの、人々が今求めている感情とは一致しない。

「逃げ出した異能力者、その詳細を教えろ。必要な情報だ」

 ルウの瞳が半月を思わせる笑みを描く。唇の動きが肉感を更に強調してリニに大きな嫌悪感をもたらしていた。

「灰色の髪にアメジストを思わせる紫の瞳、これは消えてるかもしれないけど目のくまが深いわ」

 これは消えない感情だがリニの目に刻まれた不快の情。この女の動きの一つを取ってみても受け入れようとする姿勢を嫌悪感が追い越して主張を繰り広げていく。

「身長は百七十センチ程度の極度の細身、青のジーンズにフードとチャックが付いた灰色のパーカー」

「衣類は逃走時から変えてるだろうからアテにならなそうだな」

 マルクのしわがれた声による指摘にルウは思わず笑顔の歪曲を強める。リニの背筋をなぞる気味の悪い笑顔がそこにはあった。

「その指摘がなかったら即帰らせてたわ」

「回れ右は回避、やったじゃんね」

 偽りの感情を被り、演じて見せる。理由もなくただ湧いて来る嫌悪感そんな思いを抱いてしまう心がリニの本性だというのならなんと悲しい事だろう。

「彼女は四百年も昔の人間、会話には旧日本語を用いていただくわ」

「了解」

 ジェードルとリニはすっかりと耳に馴染んでしまっているその言葉を聞き取りながら顔を見合わせ頷く。文化の強さを改めて思い知らされた。

――例の映画とかドラマの資料でもかなり面白い方だったしな、旧日本国モノ

 ルウはメリーに目を向け、そのままジェードルの方へと視線を移しながら笑みに派手な赤を付ける。

「あなたたち二人がカギよ。魔法使いなら異能の力に気付くかも知れないもの」

 研究室の長も務めているがための発言だろう。魔法を扱える人物の一部に電気信号や地場の揺らぎを感知できる者がいる事を突き止めているのかも知れない。

 納得しかけるリニの心情の流れを遮るようにユークは顔をしかめていた。

「紅の都市の制服を着た人だと疑われるわ」

 捕らえることに失敗した時点で警戒心が強まるのは当然の事。それは都市の色など関係なく、住まいや身分は関係なく、ただ警戒心を強めているのではないだろうか。

「そしてあなたたちはたまに来るだけの人だもの。規則違反の手紙のやり取り、気付いてないとでも思ったのかしら」

「子どもの遊びに付き合ってるだけだ」

 恐らく蒼の都市の演奏パレードの際に知り合ったのだろう。或いはそうして知り合った者たちの子であるのかも知れない。

「規則は規則。感情に振り回されるなんてユークらしくないわ」

「私がやるわと言って勝手にやってるだけよ」

 メリーが声を上げる。事実だけをしっかりと述べて目の前の女と会話を繋いでいく。すでに感情に心を持って行かれているリニには出来ない真似だった。

「別に機密のやり取りの可能性があるからと言って私は止めないわ。結果だけ持ってくればいい」

 そうして彼女が右手で追い払う仕草を見せることでやり取りは終了を告げ、男が外出調査員たちを外へと追い出した。

「紅の者は手を出す予定は無い。各々の方法で調査を進めろ」

 男はそれだけ言い残して廊下を進み、階段を指して告げる。

「ここから下りて民間地区に行け」

 斜め下へと向けられた指、その先にある光景はただの壁。階段はどれ程の踊り場を経由してどれだけの距離を進むよう仕向けているのだろう。

「健闘を祈る」

 外出調査員たちが男のすぐ隣をすり抜けて階段を下り始める。リニはジェードルの顔に一瞬だけ強張った事を確かめつつ、ともに階段を下りていく。

 いくつも下りて踊り場を曲がって更に降りて。闇は深くなるどころか自然光を模したライトによって明るみを主張していた。

 階段を下りる際にも心なしか後ろを気にしているように見受けられるジェードルに訊ねずにはいられなかった。

「何を警戒してんのさ、私にも教えてくれないか」

 しかしながらジェードルは押し黙るだけ。そんな反応を経て数秒後、さわやかな笑顔へと表情の色を変えて言葉を向ける。

「別に警戒じゃないけどあれだ、リニが落とし物してないか心配でな」

「子ども扱いかよ」

 そんな微笑ましいやり取りに隠された嘘にリニは気が付いていた。このタイミングで作った明るい表情はあまりにも不自然で。そこに隠された意図は分からないものの、意図の糸が張られている以上、問い詰めるのは誤りだと悟った。

 遂に階段の道は終わりを告げ、紅の都市の民間地区へと足を踏み込んだ。

「メリー、例の家まで届けに行くんだろ」

 ユークはあくびを交えながらメリーに目的を果たすよう伝えて壁に寄り掛かった。そこにタルスとマルクまでもが残るのだとユークに寄り添った立ち位置が示していた。

「じゃ、届けようかしら」

 告げながら迷いなき足取りで踏み出して慣れた手つきでインターホンを鳴らす。ドアが静かに開いて幼い女の子が顔を出す一方でメリーは奥まで目を通して慣れない目付きを示していた。

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