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先に

 目の前で生えているように立っている男たちは各々力を抜いて姿勢に本音を混ぜ込ませてはジェードルの口から疑問を引き出してしまう。

「あいつ等、クラゲに襲われていない」

 紅と黒の服は世界の主役だと主張するような色合いで、空の蒼を無視したデザイン或いは空をも引き立て役の衣として扱っているのだろうか。どちらにしても空の汚れのように小さな彼らが誇りと隣り合って歩く姿はあまりにも派手に思えた。

「交換資料を渡せ」

 促されるままにジェードルは歩み寄り、カバンを開くかのように思えた。しかしながら次の一言がすぐ後ろでクラゲを叩き続けているユークの顔を引き攣らせた。

「命令する前に自分たちがやるべきじゃないか」

 それはユークに驚愕を与え、目の前の赤と黒で構成された男たちに苛立ちを与える。彼らが襲われない理由は如何ほどのものだろう。ジェードルは目を閉じて彼らを見つめていくものの、原因を感じ取る事が出来なかった。

「偉そうにしてるけど、俺たちと身分はあまり変わらないんだろ」

 立っている男たちの後ろから突然笑い声が湧いて来る。目を開けよく観察してみると背の低い男が立っていて、男たちがこの男の頭を撫でるシーンが容易に脳裏を巡る。

「確かに変わりはないが……お前らは変わっているな」

「ああ、メンバーは変わったな」

「ジェードル、普通に手渡せ。駆け引きは意味がない。互いに仕事でやっている」

 変わっているという言葉の意味のすり替えがあの短い言葉の中で行なわれている事にまるで気が付いていないジェードルに指摘する余裕もないのであろうか、後ろを覗くように振り返ると素早く斧を振り回すユークの姿をその目に収めることが出来た。

 ジェードルは改めて他所の都市の外出調査員の方へと向き直り、鞄から紙の束を取り出しすぐさま手渡す。

 受け取った小さな男は報告書を手早く捲って目を通し、鞄を開いて中の紙の束と交換して。ジェードルの手に渡った文書は風に靡いて軽く捲れる。その文字に偽りはないか、内容まで確かめる事は叶わなかったものの、見下ろすように目をやりそのまま鞄へと仕舞い込む。

 その時の事だった。ジェードルの背後で空気を切るような音が響いて迫って来ている事を悟ったその瞬間。ジェードルが振り返る間もなく目の前の男がマグマの如き紅に染められた斧を片手に飛びつくように隣へと寄って斧を振り上げる。

「そちらの都市では衣類に電気信号や磁場を隠す機能は備えていないようだな」

 男の呟きに続けて目の前の紅と黒の服を纏った集団の中から金髪と褐色の肌を持つ男が灰色の瞳を力なく細めて言葉を奏でる。

「俺たちがいる中央都市の他にそんな金の余裕のあるところなんてないだろ」

 低くて濁りの少ない声が更に言葉を内から引き出して一つに結ばれた音となって紡がれた。

「その加工が施された服など中央ですら外出調査員にしか支給してないぞ」

 鉱物生命体は磁場や電波に生物の身体に流れる微細な電気信号までを読み取って動いているようで、あの男たちには一切襲い掛かる気配が無い。人の目に映る透明人間と呼ぶに相応しい。矛盾しているように思える言葉があまりにも似合い過ぎている。

「この世で最も派手な透明って事か」

「そういうことだ」

 やり取りを終えると共にジェードルの隣に立っていた男は引き下がり、斧を背に仕舞おうとしたもののジェードルは一つの疑問を放り込んで動きを阻む。

「斧の観察をさせてくれないか」

 男は沈黙を生み、周りの男たちと顔を見合わせる。そんな時間が長く感じられるジェードルをしばらく置き去りにした後に力強く頷いた。

「いいだろう、ただし代わりにお前の斧を見せろ」

 紅く色付いた斧を見つめ、ジェードルは先ほどの攻撃による歪みが一切発生していない事を見て取る。

 一方で他所の外出調査員たちは観察している斧に生じた歪みや刃の微かな潰れの数々を見抜いてジェードルに視線を向ける。

「これはどの金属を混ぜたものだ」

「銅だな」

 途端に男が身近なクラゲに向けて斧を振って叩く。紅と黒の二つの色を持った残像が男の背後の景色を彩る一方で蒼黒い扇を思わせる跡は雑に描かれていく。力任せに叩いただけだからだろうか、クラゲに微かなヒビが入るに留まっていた。

 同じクラゲをジェードルはいつもの調子で叩こうと斧を持ち上げ腕にかかる力の違いを知った。大きくかかる重みは腕を振り回す勢いを持っていたものの、すぐさま重さを理解してクラゲの傘に一撃を素早く叩き込んでみせる。

 透明な傘は見事に半分程度のサイズの二つ分、歪な傘へと変わり果てた。

「重いな。これは何を合わせている」

 互いに斧を取り換えて元通り。男は斧を背負って紐を結びながら眉一つ動かすことなく落ち着き払った声で答える。

「お前らのところとそう変わりはない、銅と亜鉛にチェムドニウムの合金だ」

 つまるところ真鍮の素材と掛け合わせただけの事。しかしながらジェードルの住む都市で採用されない事を鑑みるに加工の手間や費用は言葉の響き以上なのだろうと窺えた。

「敵を駆除するために投入する金の量が違うんだ」

 男たちは恐ろしく金の掛けられた装備を見せつけてはジェードルの心の底から嫉妬を引き出そうとしているのが丸分かりだった。都市へ誘うわけでもなければ道具の一つや二つを分け与えるわけでもなく、ある種の娯楽として振る舞い、遊んでいるだけの事。

 斧の観察を終えて彼らに別れの言葉を告げようとしたその時、男たちは言葉を向ける事すらなく立ち去ろうと振り返っていた。

「無事を祈ってる」

 それでもと陽光を思わせる明るさを持った言葉を注いでみると斧を見せてくれた男が立ち止まり、背中を向けたままぼそりと告げる。

「心配は己に向けているべきだ」

 そうして再び歩き出す。ジェードルに差し込んだ静寂は、戦いによって生じる騒音を一切合切無視して作り上げられた心情由来のもの。

 ジェードルがしばらく立ち尽くしている事を確認してユークは斧を何度も振り回して言葉を振り回す。

「ジェードル、戻って来い」

 痙攣のような一瞬の大きな震えを見せて戻って即座に斧を構え始める。振り回し、クラゲを叩いてはヒビを入れて命を沈めて駆け出す。

「あいつらの装備、高額なんだとか」

「知っている。どうせまた自慢だろ」

 ユークは何度被害に遭って来たのだろう。形無き被害に掛けられる金は、自慢に対するユークの被害額は果たして幾つの数字を指すだろう。何度遭ってもゼロである事に変わりないものの、時間を消費しているという考えから金を取ってもいいのではないだろうかと考えつつジェードルは改めてクラゲたちを見つめ始める。

 その瞬間、ジェードルは二つの傘の間に生じた微かな隙間の中に奇怪な現象を目にした。微量な電気信号が走っている。不規則に走る電気信号たちは空気を雷色に染める勢いで発生し、クラゲたちは動きを止めて電気信号のやり取りを続ける。

――あのクラゲたち

 やり取りから彼らの考えが垣間見えた一瞬の中にジェードルは痺れる優越感と凍えてしまう不快感を同時に抱いた。

――ただ仲間だから襲わないだけか

 彼らの中に走るものは人間にとってはあまりにも単純な意味合い。彼らの中にはやはり感情に相当するものは見当たらない。しかしながらジェードルは更に観察を進めていく。

 電気信号の破片をかき集めていく事僅かな時間。しかしながらそれはあまりにも膨大な時間に見えてしまう。別の生き物を分解しようとしてみる事がこれ程までに大変だという事を学んでいる。

 突然ジェードルは肩を引かれた。意識が引き戻され、目と鼻の先にあったのは風に弄ばれて乱れる灰色の髪と真っ直ぐ惹かれて空気を通しても衰える事を知らなかったクルミ色の鋭い視線。

「戦場だ、気を抜くな」

 ユークの言葉に頷きという形で返して斧を握る手に力を込める。それから空気に弾ける電気信号、クラゲの傘から尾を引く気配たちに意識を奪われそうになりつつも目を逸らして一撃を入れる。内側に生じて広がるヒビが濁りを作り、電気信号を阻んで身を落とす。

 途端にジェードルの視界が青一色の世界に染め上げられる。青の大地から空を見上げる。黒の空に浮かぶ球は月なのだろう。青の水が稲のような姿を取って海藻のごとく揺れる。

 揺れる草に包まれるように寝転がる人物の姿を瞳に収め、ジェードルは駆け寄ろうとするも縛られているのだろうか、足を動かそうにも寸の動きすら現実に出来ない。

 青い草に埋もれている青く透き通った人物が伸ばしているのは左手だろうか。分厚く肉を感じさせる短い指としっかりと伸ばされた腕はどこか見覚えがあった。

 更に青く透き通った人物が駆けて来て。身体とランニングフォーム、足の踏み出し方から推察するに男だろう。その人物の顔の殆どが殆ど欠け落ちている事を見て取ってはジェードルの中に震えて竦む感情が湧いて沁みる。

 彼に顔は無くとも果たして生きて行けるのだろうか。

 透き通る身体の内、左肩に歪みを見て目を凝らす。そこに色付く違和感は同じ色を重ねたためだろう。視線でなぞって見つけた形は複雑な姿を取っていて、どのような機能を持っているものか判別がつかない。

 男は青い稲を被って擦り付ける。そんな動きに従うように青は染み込み行き渡り、やがて首から上に一つの球体を作って行く。左肩の中に収まる複雑な形をした曖昧な球体は動き出し、首もとで詰まっては細長く形を変えてゆっくりと上っていく。やがて頭を模した球体の上の方で止まり、浮かび続ける。続くように頭の球体は一部が萎んだり尖ってみせたりといった変化を起こして行く。

――人の姿

 ジェードルの口は力なく開いて止まらない。あの星、地球から見たもう一つの月、青の天体から生まれ出たものは海に住まう生き物だけでなく人類と同じものまでという事。

 先ほどまで青の穂に埋もれていた女が身体を起こして辺りを見回しながら口を開いた。

「他の人物も完成でありましょうか」

 男は頷く。こうした行動の間にも女は地求人の肌の色を持ち、空を舞うクジラに手招きをして地上に降ろし、身体を開く。

「行きましょう、別の青き天体へ」

「水に満たされし惑星、地球へ」

 女は未だ青く透き通っている男に向けて仲間を呼ぶように伝え、一度その目を閉じた。

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