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ゴミ置き場

 手の震えと唸るような息遣いに忙しなく左右に動き続ける目はとめどなくアルコール依存症を訴えていた。

 かつては戦場を共にした男の哀れな末路を目にして本日何度目になるのか指を折る事すら面倒なため息をついてそんな自分の心象にすらため息をつきたいといった衝動に襲われるも、ぐっと堪えてそのまま引っ込めた。

「初めて顔を合わせた時からすっかりと変わり果てたものね」

 代わりに吐き出した言葉に感情が移って同じ色を帯びる。不満や嫌味と言った埃っぽい感情の色は綺麗とは言い難く、反省を無言のまま内側に響かせて外には決して聞かせない、彼は己の付け入る隙など認めないといったところか。

 シーケスはしばらく黙ったままメリーの顔を覗き込み、やがて口を大きく動かし始めた。

「メリーか、メリーじゃないか。俺の居場所を作り上げてはもらえないだろうか」

 両手を合わせて擦る仕草といい、困り果てて弱った声の姿と言い。頼み込む姿勢だけは完ぺきな姿をしていてメリーは唖然としてしまった。

 答えを探すことの出来ないまま固まるメリーに代わってジェードルが言葉を差し込む。

「居場所を失ったのはお前自身の責任だろこの飲んだくれ」

 ケンカを売りさばく達人なのだろうか。必要性のない部分に職人技が織り込まれてシーケスの顔はみるみるうちに険しくなって行く。

「黙れ、俺の何が分かるっていうんだ」

「アルコール依存症ってことくらいだな」

 即答だった。あまりにも清々しい言葉と余裕を残した佇まいにシーケスの眉はしっかりと釣り上がっていた。

「甘えるなよ、お前が戦闘員から追い出された理由も居場所が無い理由もお前自身だろ」

 もはや救うつもりはない。完全に見捨てた様な姿勢にシーケスの怒りは沸点を軽く超えて行き、反省点の見えない態度は遂に崩れる事が無かった。



 ジェードルはため息をつき、辺りを見回す。鉄くずの山、民間人が積み込んだ様々なごみによって作り上げられた色とりどりの丘の数々はまさにゴミの芸術。次に活かされる事無く積み込まれたゴミは這いまわるゴキブリや野良猫の餌となって無理やり活かされる。

「結局こんなところにまで来てしまった」

 鼻をつまみ、そんな独り言を口にするジェードルにリニは重々しく頷きゴミの山に凭れ掛かるシーケスの姿を指す。

「あいつ、家も無い仕事のやる気もないらしく遂には民間から追い出されたんだろうな」

 あのケガ人との境遇の差は本人が作り上げたもの。人生そのものが高く積まれたゴミの山のように崩れやすいものでしかない。それはジェードルやリニも例外ではないという事を青い輝きに包まれたゴミを前にして強く心に刻み込む。

「ところで今いるのはどの区画だ」

 四つの区域の輪郭をなぞりそれぞれに名を振っただけの図を見せながらリニの口はジェードルの頭に知識を叩き込む。

「ここはごみ処理区だな」

 辺りにまばらにちらほらと、人が住み着いている様を確認し、彼らに目を付けられていない事を確認しながらメリーが答える。

「どうやら行き場のない人が住むスラムみたいな機能を果たしているみたい」

 国からすれば存外な結果だろう。誰もが最大限の要員として最低限の働きをこなす前提で想定された国。そこでごみ処理をしている車は電気を食いながら動きを続け、運転手は恐らくこの怠け者たる貧民たちの事など視界に入れた事も無いのだろう。或いは知っていて口を閉ざしているのかも知れなかった。

「どこまで行ってもどこまでも落ちた人っているものだな」

 リニの言葉に理解の頷きを添えてジェードルは改めて車の動きに目を当てる。ごみを掬い上げてはそれをどこかへと運び込む。ごみは焼却されるのだろうか。資源となるごみは果たしてどのような扱いを受けるのだろうか。専門の業者以外には分かる事のない領域との境界線がゴミの山の波景色として目に焼き付いている。

 咳き込むしわがれ声が幾つか飛び交い、男の老人が多い事に気が付いてジェードルは老人の一人の肩を揉みほぐしながら柔らかな声で言葉を奏でる。

「仕事失ったのか」

 再び咳き込みながら老人は答えてみせた。

「我々にはもう働くのはムリだ」

 力のない瞳には悲しみが乗っているように見受けられた。調子を変えることなく更に話を進める。

「妻にも追い出されてな、働けない男は民間に必要ないのだとな」

 恐らく国が態度でそう語ったのだろう。そんな様が容易に想像出来てしまう。直接口にしなければいいという話ではない。日頃の振る舞いの積み重ねによる印象の断層が波となり、民にまで影響を及ぼす事など今に始まった話ではない。

「そんな扱い酷過ぎるな」

 リニの言葉に同意を示すものの、このまま動く事など出来ないだろう。居ない事にされた人物に下手に手を差し伸べて国に気付かれてしまっては自らの立場まで危うくなってしまう事だろう。

 二人の様子をしばらく後ろで眺めていたメリーが歩み寄り、二人の肩に手を置いた。

「割り切りなさい」

 はっきりとした言葉による切断は彼らと制服を着た人物の間に見えない壁を張ってしまう。

「この世界を生きる上では大事なスキルよ」

 今日の扱いは昨日の扱いでもあり一昨日の扱いであり、更には数週間、数か月、数年遡った先から執り行われて来た事かも知れない。過去だけでなく未来、明日も明後日も更にその先でも同じ扱いだろう。

 悪習とはいえ根付いてしまったものは簡単には変えられない。変革をもたらした人物も日々の積み重ねによって成して来た事だとジェードルは教科書という勉強ガイドの狭い世界の中で認識していた。

「受け入れるしかないのか」

 歴史の中の負の側面を目の当たりにして動き出す事の出来ない己が情けなくて仕方がなかった。

 唇の端を力強く結んで目を震わせ前を見つめては鈍色の世界観を青の中に見ているジェードルの横顔に目を向け、リニが言葉を添える。

「私はジェードルにこんな事しないし、みんなにも夫を大切にって言うよ」

 優しさは今の人々には向けられていない。そんな事で心に暗雲が広がろうとしている己の想いを抑え込み、力の抜けた声で呟くように答えた。

「ありがとうな」

 リニの顔は今にも不満を訴えようとしている様が透けて見えたものの、メリーの鋭い黄金の視線に射抜かれて口を閉ざす。下げられている手の先で落ち着きの無さを露呈させる指の動きが残像を残す。

「リニは落ち着きがないな、それに何を言っても不満を抱いてるの丸分かりな」

「仕方ないだろ、分かってても分からないしなんだろって思うよな」

 リニの視線がジェードルを捕まえる。重苦しい夜の空気が漂い始め、室内に屋外の心地を作り出す。この生々しい空気を与えてくれるリニの存在はジェードルにとってありがたいとも迷惑だともつかないまま、深みだけを増していく。



 階段に足を乗せ、更に上の段へと足を運び。無機質な世界の中にも不思議と異なる雰囲気は在るのだと思い知らされたジェードルの中で固い足音が響いて思考に振動を起こす。

「二人とも無事は確かめたわ。次はシーケスだけでいいかも知れない」

 メリーが告げた事が本来の目的。二人は見誤って民間の手伝いをこなしていた事を思い返してメリーに頭を下げる。目的だけを遂行すれば一時間以内に終わったはずの事だったのだから。

「いいわ、頭なんか下げなくて」

 メリーは天井に視点を定めて沈黙の一瞬を置いてそのまま言葉を見せる。

「あなたたちのおかげで保てた民間からの信用もあるはずだから」

 声の底に音の歪みと苦しい言い訳にも似た情を見てしまったものの、見ないふりをしてリニが答える。

「流石私たちってことだ」

 恐らくジェードルから何も告げる事は無い。というよりは腰に手を当て胸を張るリニの大きな態度に落ち潰されているようであった。口を開こうにも呆れが閉じてしまう。これが大人になる事だと思ってもいいのだろうかと頭の中を過るものの、掠めた思考に嫌気がさして否定をぶつけた。

「帰ろうな、マルクおじさんが仁王立ちで待ってるぜ」

「ありそうだな、嫌な事言うなよ」

 外出調査員になれるという事はマルクの心配も次々と重ねられて老いた身体には重たい荷となる。そんな様子が目に浮かび、ジェードルの口は先ほどとは違った意味で開かなくなってしまった。

 階段を踏む音が静寂を破る度にメリーが手を動かしているのは恐らく遊びなのだろう。音に反応する子どものような動きにジェードルの頬がつい緩んでしまった。

「ジェードル、私以外でそんな幸せな顔するなよな」

 恋人のような発言に頭を抱えながらも何故だか従うことが己の意志、彼女本意が自分の本意のように思えていた。

 階段を抜け、いつもの通り一見すると違いの分からない廊下に出る。

「初めの場所で間違いないかしら」

 メリーの質問にジェードルは壁の下の方に目を向けながら答える。

「間違いはないな」

 壁に張られた小さなステッカーに振られた番号はジェードルが最もよく通る場所の者で間違いない。

「そこに番号があるのね」

「そうなのか、私も知らなかったんだが」

 ジェードルは右手で髪を撫でるように軽く頭を掻きながらメリーの方へと視線を向ける。

「番号が無いと廊下に違いが無いからな」

 構造の致命的欠陥を指摘した後、そのままリニの小さな頭に目を移して軽く息を吸って間を置いた後に言葉を扱う。

「リニはいつもどうやって指導室来てるんだ」

「曲がり方を覚えてだな」

 軽い笑いを声に滲ませながら屈託のない瞳をジェードルの顔いっぱいに広げる愛しい彼女の姿を見つめながら無事に部屋へと戻る。

 ドアを開いた途端、入り口をふさぐように仁王立ちをしている老いた男の姿がそこにあった。

「なぜ外に出た」

 マルクの言葉に滲んだ怒気を削るようにメリーは素早く口を開く。

「私が手伝って欲しくて引きずり出したの、民間送りになった仲間の様子見」

 途端にマルクは怒りを収めて微かに緩くなった目でメリーと視線を合わせ、重々しさの残る声で訊ねた。

「手伝いになどなったのか」

「ええ、もちろんよ」

 艶やかな瞳の収まった目は長いまつ毛によって色気が増している。そんな姿に澱む事無く接し続けたマルクの姿に仕事で必要とされているものの集まりをジェードルは感じていた。

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