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困り

 地下都市は閉ざされて青く輝くのみ。日差しは外から差し込む事無く遮られ、未来への希望など一つも見当たらない。

 国の機関の収められた階層と比べて心まで暗くなってしまいそうな乏しい灯りに眉をひそめながらリニはゆったりと歩き続ける。どのような場所であれ身に着けている衣服は戦闘員専用の制服。気温や湿度、環境と体質上の都合といった条件によって幾つかの種類は取り揃えられていたものの、いずれも光沢も華も見られないくすんだ紺色で味気なさだけが突き抜けていた。

 そのような立派な生地は民間の薄い生地の服、分厚さはあっても粗末な質感の上着の数々によって浮いているようにすら見えてしまう。

 地味の塊の中で本来の地味が整った生地によって目立つ存在へと変えてしまい、リニの傍へと人間を引き寄せてしまうのだ。

「酒を恵んでくれ」

「荷車が壊れてしまった、そこの男も国の者だろ、手伝ってくれ」

 頼みごとを持ち込んで来る民間人たちは手伝ったところで特に報酬やお礼を渡すことなく一方的に頼むだけ。そんな態度にメリーはつい大きなため息をついてしまっていた。

「酒を」

 再び投げかけられた頼みに答えるようにリニは鞄を開き透明の液体の詰まった瓶を手渡した。

「ウォッカでいいならあげる」

 爽やかな笑顔からは乙女から連想されるような可憐なる空気が見当たらない。ジェードルの目は相変わらずリニの方へと向いてしまう。メリーは曇った気持ちを抱きながらこの状況を見つめる他なかった。

「いいのか」

「私は酒なんか飲まないからな」

 始まりから終わりまで口にすることのないものだと言ってのけて軽々しく渡してしまう姿勢は果たして民間地の住民のためとなるだろうか。メリーの中に浮かんで来た疑問は溶けることなく残り続け、青い輝きを受け続けていた。

「荷車の修理を頼む、酒より大切な事だろう」

 メリーは無言を貫いていた。酒を渡してしまったリニではこの理由にたてつくことは叶わないだろう。言葉の一つにも敵わない状況を作ってしまった考えなしの女に鋭い眼光を送る。

「いいね、ジェードルも手伝ってくれ」

 切り刻む勢いを持った目に物怖じせず、依頼人に抗う事無く受け入れてしまうリニに対してメリーは再び大きなため息をつき、カバンを下ろすジェードルに目を向けた。

「手伝ったところで無賃労働でしかないけれど、やるつもりかしら」

 ジェードルは工具を取り出し、リニが軽く叩く荷車の観察を始める。繰り返し叩くことで揺れが生じており、観察の妨げになってしまいそう。リニの行動を止めようとしたものの、考えるよりも先に壊れた部位を見出してジェードルは車輪の軸を取り外して担ぎ、その場を立ち去る。

 メリーに手招きしながら連れて行ったそこは主に金属を取り扱う商売人の小屋。鋼鉄に覆われた小さな建物の中で加工が行なわれているのだろう。様々な技術や歴史がその小さな世界の中に納まっているのだというだけで言葉に表しがたい想いが透明七色の虹を描く。

 ドアをノックする。繰り返しノックする。更に繰り返し。そんな行動を経ても返事が来ないのは仕事の音に掻き消されているからだろうか。

「諦めたらいかがな物かしら」

 しかしながら諦めの感情に支配される事無く思いきり叩く。殴り付けに近い叩き方でようやく来客の存在を示すことが出来たのか、ドアが開いて筋骨隆々な褐色肌の男が現れる。目を尖らせて威嚇するように見つめる。その重圧と質量はジェードルたちよりも余程戦闘員に適しているのではないだろうか、そのような想像が飛んで来てしまう。

「国の者がここに用ありとは」

「民間の手伝いだ」

 途端に顔から力が抜け落ち、笑顔が芽生えた。その温度差に寒気を感じてしまう事は一般的な事だろうか。一般という感覚の持ち合わせの無いメリーには分からない事だった。

「民間のか。用を言え」

 国に使える人物の前でも態度を縮めない彼は大層な勇気の持ち主なのかもの知らずの職人なのか、今のままでは見分けも付かない。

「荷車が壊れてしまったようで」

「どの部位だ」

「車輪の軸が曲がってた」

 職人は後ろを向き、異色の輝きを、炎の照り付けを目の彩りに変えて重々しい声で告げる。

「金はお前ら持ちだな」

 条件を飲むという事は仕事をすることで金を減らす事。職人にそれが分からないはずは無い。

――なんて虫のいい話

 その言葉を口にする事が出来ずにただジェードルの動きに任せるのみ。彼の行動で損をするのは彼だけ、そう割り切って接する事で精一杯。

「俺たちも仕事の一環で来たんだけどまあいいか」

 本来の仕事からは完全に逸れていた。民間送りの二人の様子を見つめて終わりのはずの仕事、あまり手が掛からないはずのそれは何故だか手間も金も掛かる仕事へと変貌していた。

 男が軽々しく手渡した鉄の棒を握り、ジェードルは金を払う。立ち去ろうとした彼に向けて清々しい笑顔を浮かべる男は間違いなく国家を軽く利用しようとしか考えていない。

 荷車の場所へと戻る途中、メリーは一つの疑問を静かな声で放り込む。

「それでいいのかしら、あなたにもあなたの生活がある。あなたも一人の人間だというのに」

 ジェードルはただ首を縦に振るのみ。言葉の無い回答。動きだけで織り成したそれは人間離れした思想のように思えて仕方がなかった。

 懐中時計を取り出し蓋を開く。円盤に刻まれた轍は既に確認する術を失っており、ただ針が示している数字だけが彼らが立っている世界の姿。

「七時は過ぎているわ」

 くたびれたといった様子でメリーは両腕を力なく広げてみせるものの、ジェードルの目には映っていないのだろうか。そのはずは無い、そう言えるだけの大きな仕草はしかし、彼の心の瞳には映されていないよう。

「私とは違った意味でハートの無い人ね」

「何か言ったか」

 ジェードルの表情が曇り空を描き始めている。そんな姿を見て静かに首を左右に振り、動きに遅れて乱れる黄金の髪を整えて歩き始める。

 元の場所へと戻り、ジェードルが荷車の車輪の軸を取り外すべく工具を手にしゃがみ込む。

 リニはその姿をただひたすら眺めているのみ。工具を扱うジェードルが全てをこなしている様にメリーは再びため息を吐いた。

「無給の仕事もらうだけもらってあなたは何もしないのね」

「いやあ、まさかこんな事頼まれるなんて思ってなかったんだ許してくれよ」

 頬を細長い指で掻きながら答えるリニの姿はメリーにとっては情けなさの塊。本来この場に訪れるはずの無かった彼女が本来手元になかった仕事を持ち込み本来あるはずの無かった個人の損失を出して本来過ぎ去るはずの無かった時間の経過を呼んでしまっている。

「迷惑かけるなら帰ってもらうわ」

「ごめんごめん、これ以上は無いから」

 そんな言葉に意見を飛ばすように外野から大きな声が流れて来て空気を揺らす。

「助けてくれ、屋台の壁が歪んでるんだ」

 聞きつけて駆けだすリニはヒーローを気取っているのだろうか。そんな正義の背中を見つめてメリーは再びため息を吐いた。

 この場所に留まっていては次から次へと給与の発生しない仕事が舞い込んで来てしまうだろう。シーケスの居場所を書き留めたメモを確認して早急に立ち去ろうとしたその瞬間、小さな足が視界に映るのを確認した。

 軽く顔を上げたそこに立っている女の子は目を潤ませながらメリーに元気のない声を向ける。

「ギヴミーチョコレート」

 構わずに立ち去ろうと足先を斜めに向けたその時、十歳程度と思しき女の子が力のない声を振り絞って再び言葉にする。

「ギヴミーチョコレート、聞こえなかったのかな」

「聞こえていたわ」

 それだけ残して立ち去ろうと足を踏み出すものの、動きを止めるように女の子は頼みを言葉として作り続ける。

「こんなに貧しい私に何もくれないんだね、死んじゃうよ」

 もらうだけもらおうとしている態度が透けて見えたものの、説教のために開く口の持ち合わせなど無かった。恐らく民間地の住民が国に仕える職の者に対して取る態度を学んでしまったのだろう。修正をかけたところで再び塗り替えられるだけの結末が既にその目に浮かんでいた。

「仕方ないわね」

 メリーの右手がカバンの口へと入り込み、中身を探り始める。動きを一瞬だけ止め、引き抜かれた手の先に続く銀の紙を見つめて女の子は目を星空のキラキラに染めていた。

「ありがとう」

 メリーは銀紙を剥がして半分だけ千切って渡す。ほんのりと寂しそうな顔を浮かべる女の子に向けて長期的な学びにはならないであろう言葉を差し出していく。

「私たちも人間なの、それに国からの支給だって限界がある事、分かってちょうだい」

「うん、わかった」

 見事な即答は間があまりにも詰まっており本当に彼女が理解にまで達したのか不信ではあったものの心の中に仕舞っておくのみだった。

――やはり次に会った時には忘れていそうね

 そんなやり取りの中で状況が一変している事に気が付かなかった。

「出たぞ、暴れ牛をまた抑えきれなかったんだ」

 地面を蹴る音、硬い足を着くと共に微かに舞う土埃は農地から牛が運んだものだろう。

 男たちが束になってかかるものの、牛の頭の一振るいだけで男たちは周囲にまき散らされる。

「威勢が良すぎるぞ、異性に良いとこ見せられないぞ」

 彼らの中に見覚えのある人物を、千鳥足で立ち上がる男の姿を見てメリーは更なるため息を形にした。

――無事ならいいわ

 固い地、都市は室内、材質は金属。床と言って差し支えないそこを靴底で踏み鳴らし、牛の元へと駆けだした。

 再び立ち上がり牛に向かう男たちの内、後方に立って今にも向かおうとしている男たちを跳ね除けて駆ける。

 シーケスの情けなく震える腕をつかんで捻り、悲鳴を零す彼の苦悶に皺を寄せた顔を記憶に収めて地へと叩き落して斧を構え、牛の頭を柄の先で思いきり叩いた。

 二度目の叩き、三度目、四度目。

 繰り返し叩く事でようやく意識を裏側へと飛ばした事を確認して牛を男たちに運ばせて。

 メリーが指示を出している間にも弱々しい千鳥足でその場を去ろうとしている男をつかみ引っ張って行く。

「これも仕事の内よ。逃げようだなんて許さないわ」

 観念したのか、シーケスが抵抗を取る事など無くなり、メリーに導かれるままに他の二人の国に仕える者たちと合流した。

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