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 青い輝きに挟まれ微かな明かりにて道を示す廊下を進み、メリーは道の途中に枝分かれした暗い道を、下へと続く段の道を進み始める。

 そんな彼女の後をついて行く形でジェードルは階段へと足を踏み出す。暗い道は角だけが青い光を放っていて転ばないための最低限の処理に心細さを得てしまう。

「国の仕事に就く人が上の階なんだよな、いつも違和感がある」

 世界の過去を保存した資料を見通す限りは重要な機関こそ地下に仕舞っておく印象だったが為に思わず指摘をしていた。

 メリーは振り返り、青く色付いた肌の白みに対して黒く見える唇をはっきりと動かしながら告げる。

「そうね。戦闘員は特に」

 ジェードルは口を閉ざしたまま己の立場と与えられる仕事を確認していた。その思考を読むようにメリーの分厚い唇の動きと艶やかな声によって確認事項が読み上げられる。

「敵が侵入してきたら真っ先に立ち向かう使命は当然知ってるでしょ、攻める事も守る事も私たちの使命よ」

 唇の存在感はあまりにも艶めかしく、ジェードルの心に余計な波風を立てて行くものの、想いは仕舞っておく。感情を隠す事が大切。戦いの為の努力は国やマルクが想像もしない方向で活躍していた。

「今日は何を確認しに行くのか分かるかしら」

 メリーが投げかけた問いの答えをジェードルは自室にいる時から持っていた。リニと共にいる時からその手につかんでいた。

「戦闘員をケガで引退した男と自堕落なシーケスの様子を見るために地下区に行く」

「民間地の事だな」

 階段を降りる度に、段を一つ踏む毎にゴムが金属を擦る音と同時に金属同士が打ち合うような音が響いていく。

「地下区って呼び方はもう古いんだ。ここから下は民間の住まいという事を自覚するために民間地と呼んでる」

 階段を刻む足音が挟まれる中で響く声が心地よい。周囲の静寂も相まって純粋な音を聞いているような気分に染まって行く。

「どうしてかしら、民間地の人たちも地下区と呼んでたわ」

 沈黙が挟まれて階段を降りる音が狭く長く深い通路を充たしていく。ジェードルは理解を記憶から引き出して伝え始める。

「民間地にまで使わなくなった教科書を流す人がいるみたいだがそれでも見たんじゃないのか」

 ジェードルが想定できる意見の中では最も現実に即しているように感じられた。偶然という要素を撤廃して感情を押し出して作った想像。国が求めている態度を全くもって異なる状況で扱っていた。

「マルクのおじいが言うからには流れ物は全員見るわけでもないしどう足掻いても遅れが出るそうだ」

「それは悲しい話じゃないかしら」

 仮に古い教材の方針によって、或いは古い教材から得た知識と今の国家従事者の在り方の差によって彼らの不満を掻き立ててしまう事や誤解を生んでしまうといった事が起きた場合が大変だろう。

 暗い想像を挟みながら階段の出口へとたどりついた。暗い口の向こうに窮屈からの解放が待っていて、しかしながらより一層暗い世界からは民の生活の欠片すらも汲み取ることが出来ない。寒気がするこの場で誰も彼もが浮かない顔をしている事だけは確か。気温すら国に搾取されているのだろうか。民間地を歩いているだけで通りすがる表情のうつろな顔の持ち主たちを同じ生き物だと認めたくなかった。

「まるで地下都市が、命綱が無理やり繋ぎとめてるみたいね」

「ハートの無い発言だな」

 ジェードルの目は地下に広がる無限の暗闇の中でそれを打ち破る明るみの塊に引き付けられた。

「生活生産地がどうかしたのかしら」

「俺たちも相当世話になってるなと」

 寒気を堪えながらジェードルが視線を移したその時、メリーは作業用の分厚いジャケットを羽織り、チャックを引き上げているところだった。

「これ程までに寒いなんてね」

「おれはこの寒い姿で我慢だぞ」

 民間地の住民たちにとっては寒さなど常識なのか、一人で腕を組むようにさすりながら歩く人々の揃ったポーズは統一感を見せてしまう。少なくとも忍耐力は波程度の戦闘員よりは大幅に高いものだろうと感心を得ていた。

 それからしばらく歩いた後に見えて来た違和感の塊。足を引きずりながら歩く男は元気をも失いつつもそれでも生きる事などやめられないといった姿勢を見せつけていた。

 そんな彼の肩に手を置いてジェードルは軽く目を細めながら声を掛け始める。

「民間は大丈夫か」

 男は元気なき姿を表に出しながら左右の動きが不揃いで歪な頷きをしながら声を地に這わせる。

「ああ、何とかやって行けてるよ」

 過去の夢と共に力を置き去りにしてしまった抜け殻に同情を抱いてしまうもののどうにか隠し通す。不自由に押し潰されても生きる事を諦めない相手にそのような感情を向ける事が如何に失礼に当たるか、ジェードルは考えずにはいられなかった。

「ここにもここに相応しい頑張り方があるはずだからそれを目指してくれ」

「ありがとう」

 礼の言葉が軽い弾みを奏でている。男の顔に軽く刻まれた皴が歳を語っているものの、それでも力を残しているように見受けられるのは現役時代の頑張りの名残だろうか。

 魚の雨を思い出し、ジェードルはメリーに対して鋭い視線を向けるも、彼女が原因だとはとてもではないが言い出すことが出来なかった。秘匿しなければならない事だと分かり切っていた。それを破る程の愚か者を演じる度胸など無く、未来の分岐点を恐れて安全に向かって進むのみだから。

 ジェードルとメリーの中では大きな心配を抱かなかった相手の無事を確認して次の人物に会いに進む。民間の中では恐らくシーケスの欲望を満たす液体はそう多く手に入るはずもない。かといって我慢が効くような人物とも思えない。

「どこにいると思うか」

 ジェードルはカフェに入り、運ばれてきたカップから湯気を漂わせながら先ほどの男への支援申請書を綴りつつ訊ねる。

「そうね、やっぱり酒屋かもしかしたらバーにいるかも知れないわ」

 落ち着いた声を音楽の代わりにする。心地よく聞き取りやすい声を耳にしつつ申請書の記入を進めて行く。

「酒の醸造所の可能性もあるかもな」

 あの男には罪など無く、これからの生きづらい環境に耐え抜くためにも必要な事を、そんな想いと会う前から現状が推測できてしまう人物への実体無き実態の想いが同居していた。恐らくこのまま会いに行ったところでシーケスには冷たい声で接してしまう事だろう。

「シーケスにそんな頭はと思ったけど飲むことになら執念を見せつけるかも知れないわ」

「はた迷惑な執念だな」

 彼にだけは酒に関わる仕事を与えてはならないと強く心に決めながら真面目な男に対する支援のプランを完成させてカバンに仕舞う。

 温かさの残る白い陶器を持ち上げて回し、湯気を放つ黒い液体を揺らす。

「コーヒー、高いんだな」

 戦闘員の給与でも毎日飲むことは叶わない、そんな貴重な飲み物を軽く啜り水と比べてぬめりのある飲み心地と強めの酸味が舌に絡む感覚を心行くまで堪能する。

「そうね、国の仕事優先だから民間にはあまり出回らないわ」

 そんな会話を耳にしたエプロン姿の男が一度咳払いをして目を向けて、加えて三度の咳払いを経てようやく喉の奥に引っ込んでいた心を声にした。

「コーヒー、ワイン、ココア、チョコレート。四区の中でも国家の区画以外では中々手に入らない贅沢品だ」

 ジェードルはマルクが常に多くの飲み物を棚に仕舞っている姿を思い返してどれだけ恵まれた生活を送って居るのか思い知らされた。

「あなたは日頃どのようなものを」

 パルプを思わせる薄茶色のエプロンを纏ったマスターは店に積もった埃に中てられて更なる咳払いを挟み込んで音の余韻を響かせる。ひげは雑に剃ったのか綺麗に剃ることが出来なかったのか不揃いで、苦労の滲んだ顔によく似あっていた。

 軽い返事のはずが言葉にしたのは更なる咳払いの繰り返しを経ての事。体質で環境を選ぶことの出来ない民間人の不自由を知った。

「緑茶や抹茶、玄米茶と紅茶だろうか」

 恐らく国の労働者からの人気から零れ落ちたものだろう。特に緑茶は繊細な味を見るために神経を研ぎ澄ましながら優雅な香りと雅な雰囲気に身を包めて落ち着くにはもってこいだと語られた。

 それから外に出た途端、ジェードルは目を見開く。目の前に立っていた女の姿に驚きを包み隠すことが出来ずに思わず声を上ずらせた。

「リニ、ついて来たのか」

 軽く上品な声で溌溂な笑いを浮かべて周囲の小さくありながらも大きな元気に囲まれながらジェードルの方へと歩み寄る。

「バレちゃったか、仕方ないよな」

 会話を続けている間にもリニを囲む子どもたちはそれぞれの声で揃えられた言葉を不揃いなテンポで各々に告げる。

「ギヴミーチョコレート、ギヴミーチョコレート」

 求める声に困ったような笑顔を浮かべつつ小麦の生地をつなぎとしてしっかりと練られて焼かれたチョコレートを手渡す。

「暑い所でも溶けないように工夫されてるから安心しな」

 戦闘員に所属している人物には必ずと言っていいほど渡される携行品の一つ。手ごろな量で大きなエネルギーを補給できるその菓子は莫大な力の詰め合わせと認識されていた。

「みんなで仲良く分け合ってな」

 そんなやり取りを経て子どもの波を置き去りにしてジェードルの肩に手を置き顔を傾け屈託のない笑みを咲かせる。

「ついてきちまったぜ」

「改めて言わなくてもさっきバレたなとか言ってただろ、それで充分」

 リニはコーヒーを飲む機会を一つ失った。そんな事を思いつつも飲み込んで消化し、話題を塗り変える。

「ここにいても暇だろ」

「部屋はもっと暇だな」

 きっと落ち着く事が出来ずに飛び出してしまったのだろう。ジェードルも同じ行動に出た可能性を否定できないながらもこれで外出調査員になれるのか、素行調査でもかけられていないか心配しつつもそのまま話題を繋ぐ。

「で、他に誰と話した」

 顎に細い指を当てながら微かに上を向き、ひねり出した言葉が彼女の記憶の中の世界だろう。

「民間地の癒しの野良猫を探したり壊れた柱の修繕だったり運搬の手伝いとか」

「優しいんだな」

 ジェードルの言葉を受けてより一層笑顔を輝かせつつこめかみの辺りを人差し指で掻きながら答えてみせる。

「そういうわけでもないけど、ジェードルに言われたら悪い気しないな」

「褒めてるんだ、もっと誇っていいぞ」

「そんな事で誇ってたら自堕落一直線じゃん、そんなの私は嫌で仕方ないな」

 そうして予定外の人物が加わりシーケスを探すべく再び歩き出す。いつも以上に暗く感じられる空間は心を静めるには、気分を沈めるには最適だった。

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