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決断

 地下都市に戻り、太陽の光から遮断された生活を再び送り始める。日中の青い輝きには人工的に太陽光と同じ成分が配合されているという話を聞いたものの、気分が優れないのは成分だけの問題ではないためか。

「やはり外って大事だよなー」

 リニが伸びをしながら深く考えずに呟いたと思しき言葉、それがジェードルの心を強く深く刺していく。

「同意だな」

 リニという太陽にも似た輝きはそこにあるものの、本物の陽だまりの世界には敵わない。例え風景が荒れ地であったとしても心の上に被るように薄く広がる雲を晴らす日差しとなる。

「マルクおじさん許可出してくれればいいけどな」

 リニの気がかりはジェードルの晴れた心に再び暗雲を広げては安らぎを掻き消してしまう。

「このままだと大空と言うステージに立てずにいつまでも燻ってる女の子の完成だからな」

「それはそれで夢見る乙女みたいじゃないか」

「いやだ、女の子にもっと自由な世界を」

 ただ自身の意見を述べる時に都合よく女という生き物を名乗るリニの口を今すぐテープで塞いでしまいたくなる衝動に駆られるものの、抑え込み、代わりに別の言葉で流れを変えてみる。

「男にもだろ、人類にだろそこは」

 そのような会話を、知性の欠片も感じられない言葉による没個性的な芸術を作り上げたところで一旦指導室に戻り挨拶を済ませる事でジェードルの部屋へとたどり着いた。

 先客、と言うよりも部屋に住まう人物の一人、老医師のマルクは既に粗末な椅子に腰掛けて帰りを待っていた。

「二人とも来たようだな、紅茶でも淹れるとするか」

「私はカフェオレで頼む」

 リニの要望を受けて、更に遅れて差し出されたジェードルの要望によって各々の飲み物は異なる色合いで揃えられた。

「ジェードルはミントティーか、珍しい」

「気分を変えたいからな」

 そのような会話を隣に薄茶色の甘いカフェオレを口にして甘い感情を口にするリニが雰囲気を台無しにしていた。

「この甘みに恋しちゃいそう、ジェードルいるのに浮気かな」

「正式に付き合った覚えはないぞ」

 一度、大きな咳払いが響く。この狭い部屋の中に収める大きさではないそれが二人の耳を叩き、注目を集めて行く。

「今回の戦いを見てだが」

 二人共に固唾を飲む。沈黙の背景の中で目立つ濃い声に反応は揃えられた。恐る恐ると行きたいところだがマルクのペースで語られる。

「初めは感情に飲まれていたな。それに幾つも危うい場面は見られた」

 頭を抱えてしまいそうになるものの、堪えてマルクと目を合わせ続ける。重々しい場面の中での試練の一環かも知れない、そう勘ぐるには環境や戦闘員の思想が充分すぎる程に機能していた。

「しかし、私はいい戦いだったと感じた」

「つまり」

 ジェードルが必要最低限の言葉を用いて訊ねてから生まれる沈黙。続く静寂の中で緊張が走る。マルクの目は鋭く、この場所を支配する空気感は戦場と変わりない。

 しばらくの間、誰も彼もが固まっていた。それぞれの集中がありもしない静電気を生み出してしまっていた。

 やがて口を開いたのは先ほどまでと打って変わって柔らかな視線を用いるマルクだった。

「私の方からも推薦を出すとしよう」

 安心に充ちた。空気が緩やかに開く薄黄色の花となり、ありもしない爽やかな風が吹き込んでいるように感じられた。

「よし、外出調査だ」

 リニの歓喜の言葉が場の空気を換気する。ジェードルは斧の刃を見つめ、微かな歪みを見つけては目標とするべき事を打ち立てた。

「もっと一撃を正確に打たなきゃな」

 マルクは突然一枚の紙を取り出し二人の方へと差し出した。

「これは」

 異動願い、紙に塗り付けるように鉛筆で書かれた文字とその下に連ねられた希望役職と名前。それを目にしてジェードルは素っ頓狂な声を上げてしまった。

「マルクのおじいまで」

 外出調査員への異動願いに申請者の名はマルク。つまり、この老医師も同時に外出調査員になろうといったところ。

「ジェードルは見つけ出す前には破滅の雨に曝されていたに違いない身だ」

 外の世界で拾った子だとマルクによって知らされていたものの、そこまで気にかける必要があるのだろうかと首を傾げる。

「あの雨から生き残った事もおかしな話だがもしかすると身体への取り入れ方が偶然良かったのかも知れない」

 そうして得た生、身体に残っているかも知れないチェムドニウムが近い内にジェードルの身体に影響を及ぼす可能性があるのだと考えると出来る限り近くにいるべきだという意見にただ一度頷く。

「外出調査員の軍医としての枠」

 居なくてはならないだろうという事は初めて外出調査員たちにであった時の出来事一つでジェードルにも分かってしまう程だったにもかかわらず、彼らの中に軍医などいなかった。

「加えて外出調査員ジェードルの親と言う三件の立場、初めてのものを手に入れようというわけだ」

「いいじゃん、やっぱいいよなその革命」

 恐らくリニは深く考えていないのだろう。ジェードルは己の内で疼く不安の片隅に微かな安心感を得た。

 これからいつ訪れるか分からない危機が自身の中に潜んでいる可能性を想うだけで暗闇を無限の深みにまで掘り進めることが出来た。いきなり消え去る可能性だけならまだしも、生きて、意思を残したまま仲間に襲い掛かる鉱物生命体の仲間となるかも知れない。

 ジェードルの全身に寒気が走っては巡り続けた。



 地下都市と言う密閉された広い空間に、人類を閉じ込める事で生存から生活までの最低限の開けた運命を与える場を音楽が充たす。ジェードルは腕に巻き付いた時計を見つめ、円盤を橋渡しするには少し長さが足りない一本の縦線をみた。

「もう夕方か」

 下が少し見切れた時間に安らぎを得られなくなってしまったのは果たしてどこまで年齢を積み重ねた時の事だろう。心の音には一日の終わりという寂しさだけが残されていた。

 地下の中の狭い世界に生きるジェードル、マルクが申請書の提出に向かったが為にリニと二人きり。

 椅子をジェードルに寄せて腰掛けて隣で斜めの外側を視界に入れる角度を取り、そこから沈黙を保ったままの五秒の後に顔を向けるリニと共に寂しさを埋めるべく、ジェードルは声を空気に乗せて奏でる。

「今日も終わり、夕方って寂しいよな」

 リニは深く頷きながら見えない夕日を瞳の底で思い描いているのだろうか、表情に同意の色が滲んでいた。

「どうかな、まだ終わりじゃないね。夜がある」

「顔は正直だな」

 ジェードルの指摘を受けて顔を逸らすその仕草、顔を赤らめて目を伏していく姿がまさに彼女の本音を表している。

「人の心覗き見るなよな」

 どこか気まずくありながらもずっと味わっていたい、生温いのに涼しいような絶妙な空気が疲れを骨の髄にまで蓄積した身体に程よく染み込む。

 沈黙をしっかりと咀嚼して行くジェードル、俯くように床を見つめてはあくびを挟むリニ。

 変わらない状況の温度を無理に変えてしまうベルの細く響く音がドアを突き抜けて耳にまで届いた。

「マルクのおじいじゃないよな」

「自分の部屋なのにわざわざベルなんか鳴らすなんて思えないな」

 ジェードルは重い身体に力を入れる。疲れとしがみつくように残り続ける痛みが鮮明に散らされるものの、堪えながらドアを開いてみせた。

「マルクのおじいなら用事だ」

 先に飛び出した言葉に遅れて目が追いつきようやく視界に入った姿に思わず目を白黒させてしまった。

「部屋、調べたのか」

 そこに立っているのは身長が高く、黄金の絹の髪を背中まで伸ばした女だった。主張の激しい胸部は恐らくある程度の男を惹き付けるには充分過ぎる装備。軽く流し見ただけで相手の目を釘付けにしてしまいそうな美貌は生物学的本能という才能の内、性に関する事に特化した姿だろうか。

「ジェードルに会いに来たの」

 外出調査の時と比べて幾分か声が柔らかだろうか。メリーの姿は軽く目に止める程度、会話を繋ぐために見る程度でジェードルの心を撃ち抜くための弾は装てんされていない、或いは弾の種類を間違えているのかも知れない。

「名指しとは嬉しいな」

「思っても無い事言ってるなー」

 ジェードルの言葉の端でひっそりと毒づくリニを無視しつつ会話は流れを止める事を知らずに続いていく。

「一緒に民間の方の視察をしたいの」

 寂しさが滲む目を見つめ、今にも涙が滲んでしまいそうな彼女の要求を振り払う事など出来なかった。

「シーケスの事か、確かに仲間だったなら気になるか」

 提案に乗り、ジェードルは鞄を肩に掛け、蒼黒い刃の付いた斧を背負う。リニに謝るように頭を下げてドアに手を掛けて振り返る。

「行って来る、ケガ人が無事ならいいんだけどな」

「分かった、帰って来たらまた一緒にな」

 そうしてドアの向こうへと進むジェードルは異界に身を放り出すような心地を抱きながらメリーの顔を覗き込んだ。形の整えられた顔に収まる黄金の瞳は間違いなく形も色も美しいガラス玉。一級品のようでありながらどこか違和感を抱いてしまうのはなに故だろう。

 考え事をしながら歩くジェードルの進みは遅く、メリーは三歩ほど先を行っていた。それだけ遠ざかる事で更なる違和感がジェードルの中で形作られる。肩から伸びる瑞々しくありながらも少し骨っぽさを感じさせる左腕、そのくっきりとした線に対して右腕からは骨感が見られず豊富な肉感が少し逞しく見える。

 手の甲を見比べてみても骨を感じさせる左手とそこから伸びる五本の細長い指がメリーの全体の印象に似合っている一方で右側に伸びるのは分厚い手の甲と短く可愛らしい指。

 まるで他人の手を繋いだような違いが思考の大半を奪って離れない。

「その手」

 つい呟いてしまった。過去に眠る出来事への感情を呼び起こしてしまうかも知れないという危機感を持ちながらも訊ねずにはいられなかった。

「生まれつき、かしら」

「それにしては」

 異物感が腕のラインから見えてしまう。メリーという人間が分からなくなってしまっていた。

「信じて」

 疑惑の色は濃いのだと見抜かれていたようで、メリーの瞳はいつの間にかジェードルをしっかりと覗き込んでいた。

 これから向かう場所と目的、その二つを想い、妨げとなる今を無理やり他所にやり誤魔化し再び歩みを進めた。

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