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実戦

 太陽が照り付ける空の下、あの青い月のような天体の存在など、深い蒼を纏った薄暗い空の事など忘れてしまったかのように爽やかな青い空が広がっていた。

 日の輝きを跳ね返すように輝きの衣を纏うクラゲたちの姿があまりにも眩しくて目を背けたくなってしまうもののジェードルは堪えながら視線に沿って斧を振り下ろす。

 クラゲにヒビを入れると共に昨日の濃い蒼の世界を作り上げた地下でのマルクの声が蘇って来た。

「外出調査に反対だったなんてな」

 マルクの真剣そのものと言った表情と最低限の動きを取るだけの口からでた言葉はまっさらな本音を感じさせる。

「俺が感情に振り回されてるからって言ってたな」

 それは今に始まった事ではない。戦いの度に、クラゲを叩く度に告げられていると言っても過言ではない事だった。

 駆け抜けてすぐ傍のクラゲに向けて斧を振り下ろす。クラゲに入ったヒビの中に過去を見て心を滾らせる。

「ユーク本人からの推薦だ、台無しには出来ないよな」

 更に駆ける事、流れる景色の中に鉱物製の透き通るクラゲと人の入り乱れる姿を見ながら触手を提げて揺らしている呑気なクラゲを見つけて頭に重い一撃を叩きこむ。

「ユークは確かに言ってたな」

 今回の戦いで感情を乱さないように意識を込めて斧を振り下ろす。タルスを通して告げられた課題は今日の戦いで斧の刃を潰さない事。今のところ問題なく達成できている。

「ここで上手く行けば外出調査員のお墨付きありでの検討」

 その機会を逃す手など無かった。大きな支援が控えているのだ。それに応えなければこの先の戦いも地下都市周辺を守るための討伐で回る景色だけを外の世界とする羽目になるだろう。

 それから少し駆ける事でクラゲが多く集まる場所を目にして身震いしてしまう。

「指導員クラスのところか」

 駆け寄るジェードルの耳に入るノイズ混じりの音声。無線機の通信が起こる事でクラゲが触手を持ち上げながら更に詰め寄る。

 すぐさま外側からクラゲの頭に斧で崩壊の模様を与えて。続けて三体討伐する。

 そんな姿に従うように隣で斧を振る女の姿がそこにあった。力を込めて振る斧と表情に込められた情熱は外出調査員への異動に対する強烈な意欲を見せ、軌跡にもねじ込んでいた。

「リニ」

 隣で瞬きの微笑みを浮かべながら追加でヒビの飾りを新たなクラゲに与えて行く。

「望みがすぐそこまで来てるんだ、やる気でるよな」

 タルスが出した課題は飽くまでも斧の刃を潰してしまわないようにクラゲを討伐する事。感情については触れていなかった。

「武器を大切に、でなきゃ戦えなくなるってことだな」

 空気を流れては耳へと染み込むように入って来るリニの声にジェードルは心地よさを覚えていた。

「ジェードルが隣で話してくれてるだけで耳が熱くなるんだ、なんだろうなこの気持ち」

 リニもまた似た事を感じているようで心のどこかから嬉しさが湧いて身を熱くしていく。この感覚によって支えられているようにすら感じられた。

「リニ、あいつら無線機の電波でも見てるんだと思う」

 鉱物生命体の身体に宿る器官やクラゲたちが持つ感覚は分からない。しかしながら数年間もの時を戦いに費やして来たジェードルの感覚がそう告げていた。

「思うじゃなくて教科書に書いてあるじゃんね」

 つまるところ完全にジェードルの勉強不足だった。座学は真面目に受ける事など無かったものの、実戦からは程遠いそれもまた鍛錬の一つなのだという事を今更ながらに意識してこれまでとは異なる熱さを身体全体で感じていた。

 幾つもの透き通る頭に濁りのようにも見えるヒビを入れながら進む。無線機の通信、電気を導にしているようで、二人の方へと触手が向かう事など一度たりとも無かった。

「人間の電気信号なんて微弱なんだ」

 そう語りながら斧を振り回すリニ。クラゲの意識は果たしてどのような形をしていて命の結末に描く事は如何なるものだろう。想像は容易ではなかった。

 そうして二人で鉱物生命体のクラゲを狩り続け、たどり着いた先に浮かぶものは指導員の慌て顔と冷静さを欠いて素早くも緩い一撃しか入れられない姿。

「人間なんてそんなものだ」

「偉くなってもやっぱ怖いのは怖いよな」

 指導員は頭を下げて無言の礼を挟んだ後、斧を構える手に力を込める。低い姿勢、背中を丸める仕草によって込められた力の量が明るみに出てしまった。

「へっぴり腰じゃんね」

 リニは指導員の背中に手を当てて姿勢を正す。そこからリニが男の耳元で何かを告げる度に男は深呼吸をして目の輝きを取り戻す。

「指導員でも取り乱すことはあるよな」

 それから再び走り出し、飛び込むような濃い蒼の扇の残像を描きながら斧は振り回された。



 クラゲは次第に数を減らして行った。リニは「雨降る度にどれだけクラゲ増えてんだ」と毒づきながら討伐を進めていた。次第に減り行く人の数。ジェードルの目が捉えた老いた男。背筋をしっかりと伸ばして歳を感じさせない走りには見覚えがある。

――今日のマルク医師は軍医か

 彼に向いている仕事はどれだろう、見当もつかない。ジェードルの目には彼は何もかもを滑らかに進めているように見受けられる。

――やはり無感情を当然のように作っているのか

「リニ、マルクおじいが」

「いるのか」

 リニは気が付いていないよう。彼女についてはジェードルの想像のままに進んでいた。しかしながら敵の動きに左右されるリニのこれからは想像どころか目で追う事すら叶わない。

 クラゲの群衆に、透き通る硬質な頭の重なりの中にリニは紛れてやがて消えて行く。慌ててリニを探そうと目を凝らし足を動かそうとするものの我に返って動きを止める。

――追いかけるな、無感情を装え

 蘇るマルクの教え、今だけはと告げる追憶の中のタルスとユーク。

――期待を裏切るな

 タルスとユークは応援している。マルクにしても意地悪で反対しているわけではない、心配の表れだという事はとうに理解していた。

 様々な人々の想いが重なり合って斧を握り締めている腕が動いていく。単独で漂うクラゲには足りないものを抱えて己の身を任務の遂行へと導いていく。

 的確な角度で撃ち込まれた刃が頭を傷つけ、触手を伸ばすクラゲの行動を、訪れる衝撃を受け止めるように斧の腹を向けて防いでいく。

「こいつ」

 消せない衝撃がジェードルの脚を伝って地面へと流れる。荒れ地を裂くように靴底がめり込んで少しずつ後ろへと下がってしまう。

「このやろ」

 周囲を覆って眺めているような姿が窺えるクラゲたちは実のところは感情も無く漂っているだけだろう。ジェードルが受け止めている衝撃を、感情が内側に流す電気信号を欲するように集っては触手を持ち上げる。

――終わる

 その時、身を震わせる音の波が空気を伝って広がった。同時に微かなノイズが、音質の悪さを示す音の歪みが走っていた。触手を持ち上げるクラゲが後ろを振り返り、ゆったりと音の源を目指して泳ぎ始める。

 音が触手の一撃に緩みを生んでいる事を確かめたジェードルは一瞬の隙をついて触手の絡みから逃れて触手の束を断つべく斧を勢いよく振り回した。

 そんなジェードルの動きを見届けてなのか、触手が断ち切られたことを確認したその瞬間、ノイズ混じりの音声が様々な方向から荒れ地を支配する。

「クラゲを引き付けろ、無線の電波に引き寄せられる内に総員叩け」

 声が重なり波紋が連ねられ、人の波が掻き立てられる。斧を振りかざす人々によって様々な向きの青い扇が空に残されていく。

 ジェードルも彼らと同じ動きを取るべく斧を構え、駆け出した。

 一つ、脳天を叩いて刺さった斧。動きを止めて落ちたクラゲから引き抜くために攻撃時よりも強い力を込める。

 二つ、引き抜いた勢いを斧に乗せてクラゲに重みを叩き込む。

 三つ、勢いの果てに斜め下を向いた斧から放たれる横薙ぎの一閃によってクラゲの触手を断った。

 空中をまばらに舞う柔らかな透明の物質。それが太陽の輝きを受けてきらきらと輝いて。

 それを合図に触手の断面から青い液体を零すクラゲの傘に強靭な一撃を与える女の姿が見られた。

「リニ」

 煌びやかな笑みを向けるリニが斧を地に着いてピースサインを向けて。

「ジェードル、アンタのヒロインここに参上だぜ」

 傾けた笑顔がジェードルの顔に彩りを与える。

「この惨状にか」

 その場に現れるだけで笑顔を与えてくれる輝きを携えるリニは紛れもなくジェードルにとっての太陽だった。

「指導員たちが与えてくれたチャンス、しっかり活かそうぜ」

「俺を生かしてくれた恩は絶対に果たす」

 それからの十数分、充分な数の攻撃を加えてクラゲを沈黙に漬け続ける事で敵の数を減らし、息を切らして肩やひじに痛みを蓄えて行く。これから先の運命に望み通りの道を築き上げるために流した汗に心地の悪さを感じながら額に滲む汗を拭って周囲を見回す。

「このくらいか」

 茶色と呼ばれる色の範囲内の細かな差で作られた地面の模様が誰も彼もの活躍を描き、落ちている透き通る金属の塊の数々に人々の活躍を見る。

「凄い数だな」

 地面に転がる金属の殻は宝石のように煌めいて。日差しは濁った線を強調しながら落ちて行く。人々に動く時間が終わりだと伝えながら空に赤いヴェールを掛ける。白んだ上澄みがかつての世界で流行っていたというカクテルや上品なオレンジゼリーを思わせジェードルの目を洗う。

「戦いで荒れても感情を隠してみせても」

 誰にともなく本日の終わりの空に引き続き言葉を掲げた。

「大切な事は忘れないものだ」

「そうだな」

 思いもよらない返事に肩を一瞬だけ跳ね上がらせながら声の方へと顔を向ける。隣に立っているのは紛れもない彼女、最も見慣れた顔にしてジェードルの好きな顔。

「聞いてたのかよ、恥ずかし」

「もちろんだぜ、これからも聞いてたいな」

 外出調査に出る事への許可は下りるだろうか。リニと共にこれからの世界を駆け抜ける事は出来るのだろうか。

 不安が少々、しかしながら期待の大きさは人の身体になど収まらない。それ程までに膨れ上がった想いは空の色を薄っすらと紫色に色付け派手に飾っていた。

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