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反対

 地下都市の薄明るい青に包まれながら一人の男を二人で担いで歩く。いつものペースは崩れ去り、重みは現実となってのしかかる。ジェードルは一歩の重みと無事である事へのありがたみを噛み締めながら外出調査員たちと過ごしたあの日を思い返していた。

「結局休憩所も地下都市みたいな色だったな」

「どこ行っても変わらねえだけだろうな、何か面白い事無いかな」

 リニの答えを聞きながら応急処置しか取られないまま夜を明かしてしまったケガ人をちらりと見つめてはすぐさま顔を逸らす。

「このおっさん早く運ぼうな、離れたくなってきた」

 重みは過剰。救出する事、戦闘員たちの意向を無視するという事の重みを全く異なる意味合いで噛み砕きながら進む通路はあまりにも無機質。

「ジェードルもどうせこうなるんだろ」

「怪我ならしないように気を付けるって」

 リニは首を左右に振り、肩から滑り落ちかけていたケガ人を背負い直す。一挙一動から伝わる振動に振り回されそうになっていた。

「違う、このおっさんみたいに老けてだな」

「避けられないだろそれ」

 見捨てるような尖った声は当然のことを話しているに過ぎない。そこに宿る感情がジェードルを叩いているのだろうか、リニの力が振動となって伝わる度に痛みを受けてしまうようだった。

「でもそうなった方が頼りになるか」

「そうならいいけどな」

「いや、やっぱりジェードルはずっとそのままで、でもそれじゃ気味悪いか」

 考えがまとまっていないのだろうか。目を白黒させながら語る彼女は声の調子を微かに変えながら言葉を静寂に乗せて目立つ色を捻り出している。

「戦いとかなら考えなくていいのにな」

「戦いこそ考えろよ」

 リニにとって鉱物生命体との戦いは身体を動かす事でしかないようで、ジェードルはリニが観察を苦手としている理由をこの会話の中で汲み取り大きなため息を吐いた。

 そんなジェードルを見つめながらリニは表情をいつもの太陽の輝きに染め上げ話題を塗り替える。

「そういえばあの消毒用アルコール飲み男、医者に行かされたってよ」

「らしいな」

 あの日帰ることの出来なかった戦闘員の帰還とその人数を確かめるべく点呼を取っている間にシーケスは医者へと渡されたとタルスから報告を受けた。

「外出調査の妨げになるしでも団員を抜けるのは嫌だからって言ってたな」

「医者を通したのは方便だろ。追い出すための」

 団員に告げられたところで権限は無く、飽くまでも要請や報告の類いでしかない。伝えたところで証拠が無ければとシーケスは抵抗を見せる事だろう。最大の策としてはその勧告の根拠を与える事。例え偉い人物が大ごとであると認識しなかったとしても専門家、今回の場合は医者の意見が通れば半ば強制的に処理が進められることは間違いなかった。

 ハートが描かれた扉を開き、中へと進む。その先にはジェードルの目によく馴染んだ老医師の姿があった。

「ジェードル、患者を連れて来たか」

「ああ、脚をやって一日以上経ってるけど」

 負傷者を渡してマルクの顔を覗き込む。彼の皴に塗れた顔からは感情が見えて来ない。仕事の際には感情を抑える事、それをジェードルに教え込んでいるようにも見える。

「マルクおじさん、私は元気だ、ジェードルの事もらっていいよな」

「会話は仕事の後だ」

 マルクの表情は迫真と呼ぶには飾りが無く、無と呼ぼうにも姿勢が滲み出ている。真剣以外の言葉では表現できないその表情が彼の仕事との向き合い方なのだろうか。

「じゃあ、仕事終わったら寄るからな」

 リニは言葉だけを残してジェードルを引っ張り立ち去る。

「予定も取り付けたし色々終わらせなきゃな」

「返事すら待たなかったな」

 どのような関係か、別の部署では不透明だろう。本日をもって医務室の中ではジェードルとリニが恋人関係なのだとうわさが飛び交う事は間違いない。

「きっとあいつら勘違いしてるぞ」

「何が」

 リニの素っ頓狂な表情をありがたく拝むための空白を生み落とす事二秒間、熱を感じ、気が付けば止められていた息を大きく吸って凝り固まった声を出す。

「俺たちが恋人だって」

「違うのか」

 ジェードルは思わず言葉にならない声を上げ、目の前の乙女を見つめる。リニにとっては戦場を共に駆ける事がデートとでも言うのだろうか。

「だったら今から本当にするか」

 このままでは実際に付き合う事となるだろう。考えた挙句、ジェードルの思考は流れに薄められて行った。リニとならどこまでも世界の明るい姿を見ていられそうだと感じて受け入れようとしている自分がいた。

「いいや、やっぱやめた。恋人とか気安く言うなよな」

 ジェードルの中に安心が広がり始める。心地よい関係の距離があり、リニは違うのだと気持ちに書き込んで。その一方で落ち込みが生まれた事も事実。二つの気持ちに挟まれて息が詰まっていた。

「ジェードルとは名前のない関係でいたいな、でも関係の名が無かったらいつか無くなるものかな」

 リニの手をしっかりと握り締めて歩き続ける。思考を回して必死に言葉を練り込み、ようやく会話を繋いで見せた。

「関係の名前なんて関係ない、大事なのは気持ち、そうだろ」

 声は薄青色の尾びれを持った細い魚のよう。音が泳ぐ姿は目に見えずとも室内の明かりの色に染まっていて、しかしながら異なる色彩による分厚さを見せていた。

「やめろって、むず痒いんだ」

 ジェードルは己の言葉が跳ね除けられた事に首を傾げる。リニの発言に程よく当てはまる想いを告げただけに過ぎない。

「確かにリニが考えるのは良くないな」

「馬鹿にするな」

「さっき自分で言ってただろ」

 ジェードルは大きく目を見開いていた。思わず口からはみ出してしまった言葉を引っ込める真似などせず、ただそのまま。取り下げる事で余計な関係の優位性の認識を植え付けたくなかった。

「人に言われるのは嫌なんだ」

「言って欲しいとか後で言わないよな」

 リニの態度は所々が支離滅裂で、時を経るごとに異なる結末が混ぜられていく。その時に応じて向き合い方を変えて行かなければならないのだと沈黙の中で言い聞かせる。ジェードルにとってあまりにも厄介に思えた。

 すぐさま戦闘員の訓練室へと戻り、タルスと挨拶を交わし合って席に着く。外出調査に出る人物とは言え完全に席を外す事は出来ないものだと思うだけで落胆の気持ちは止められない。

「お疲れだな、外出調査員は空きが一つ出来た」

 やはりシーケスは民間へと送り込まれる事が決定されているようだ。次の勤め先で暴力を振るう事は無いのだろうか、ジェードルの中に暗い想像が生まれる。酒に溺れる事でしか生き甲斐を感じることの出来なくなってしまった彼、民間には一週間に一本、小さなワインのビンが送られて来るのみで、それ以上は我慢の一言を突き付ける以上の努力が通常は通らないのだ。ストレスで社会を崩壊させる巨悪が誕生してしまわないか心配で仕方がなかった。

「このままでは欠員を出したまま次の仕事を請け負う事となってしまう」

 一人空いたからと言ってすぐさま上の決定によって要員が補充されるわけではないようだ。

「どうだ、異動要請を出してみないか」

 あまりにも綺麗になぞられた流れ、もしかするとシーケスが酒に依存している期間はそう短くはないのかも知れない。当時ですら外出調査員としての先は長くないといったところだった。

「マルクのおじいに話さなきゃ」

「マルクおじさんなら大丈夫だろーよ」

 信用しかしていなかった。二人の楽天的な思考を耳にしながらタルスは振り返り、訓練室の出口へと向かって足を踏み出す。

「外出調査員は訓練とか講義とか受けないのかー。だったら羨ましいな」

 リニの言葉に左手を軽く上げるのみ。さようならの挨拶はあまりにも静かで耳では捉えることの出来ないものだった。



 ジェードルとマルクに割り当てられた部屋はあまりにも飾りのない姿を取っている。時計に机にベッド、武器を手入れするための申し訳程度に開けられたスペース。必要最低限の設備しか取り入れていないのは国に使える者の理想をなぞっての事だろうか。

「私の部屋より狭いな」

「女隊員は個室だろ」

「女の子の特権だな、いいだろ」

 本来であれば女同士で組ませるべきだろうと異を唱える者もいたが会議を開くと告げて数か月後、進展が見られなかったことからその流れを外野気分で見つめていたジェードルは確信を持っていた。

 本当に会議は行なわれているのだろうかと懐疑を抱く男たちに今更疑うだけでは手遅れだと告げたくて仕方がなかった。

 それから数年が経過して諦めたのか忘れたのか、同じことを口にする者は誰一人としていなくなってしまったものだった。

「噂によれば他の隊員たちはもっと色々飾るらしいんだけどなー」

 リニの部屋も恐らく無駄なものを置いていないのだろう。花やペットは予定に生活態度を左右される職であれば飼育は現実的でない。すぐさま想像の付く事だった。

 しばらく待ち続ける事でリニはしびれを切らしてジェードルの机を開け始めた。

「勝手に開けるな」

「いいじゃん、私の心が空腹なんだ」

「十分経ったかどうかだな」

 教材の束の中からディスクの纏まりを見つけてリニは即座にディスクプレーヤーの電源ボタンに指を当てる。

「必要以上のシリーズまで持ってんじゃん」

 希望を出す事で手渡されるそれ、ジェードルの気に入りは世界の記録のドラマ部門、過去に放送された世界のドラマの内、幾つかを当時の世界の姿を見るために保存したシリーズだった。

「このドラマだよな。そんなお話、俺は知らない。ってやつ」

「わかる、やっぱあれ好きだよな」

 そうして軽く話を挟みながら待った末、ディスクが次の話を読み込み始めたその時に状況の変化が扉を開く。

「帰ったぞ」

 マルクは日頃の人数と異なる事を確認して軽い微笑みを作り上げた。

「リニ、確かに来ると言っていたな」

 そんな声が、聴き馴染んだ音が流れて来ると共にジェードルは身体を捻じり振り返る。

「マルクのおじい」

「なんだ」

 ジェードルの真剣な表情を見つめ、マルクは顔に人生の深みの証の皴をより濃く刻みながら顔を近付ける。

「外出調査員になりたいんだ」

「なりたいな」

「反対だ」

 流れるように出て来た言葉に二人揃ってひっくり返ってしまいそうになりながらもどうにか姿勢を正して立ち上がった。

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