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破滅の雨

 端末を操る人々、アスファルトと呼ばれる死んだ土地を踏み込む生きた者、影が蔓延る表情は果たして生きていると言えるものだろうか。

 申し訳程度に茂った緑は無機質を誤魔化してみせようとするも上手くは行かない。

 世界の文明とは、人類の築き上げた技術とは、人を腐らせるために育ったものなのだろうか。

 昨日は何事も起きなかった、今日も何事も起きていない、明日も何事も起きない事だろう。呑気な面持ちで同族の作り上げた退屈に身を置きながら青い空を見上げる人々。

 一つの違和感を誰もが見てしまった。

 美しき青い空の中に一点の闇、強く優しい青の中に禍々しく蒼黒い粒が一滴、涙となってコンクリートに着いた。濡れた、ただそれだけの事でしかなかった、そのはずだった。

 突然湯気が上がり、人々は慌てて飛び退く。黒々としたアスファルトの逞しい身体、時代の結晶は蒼い水によっていとも容易く溶けてしまう。

 騒ぐ人々、取り乱して行き場も無く叫び散らす彼らを嘲笑うように空から再び蒼黒い水が降り注いだ。

 それからは大騒動の祭りだった。人が人を押し倒してまで駆け抜け、時にはもつれて共倒れする者もいて更なる怒号を生み出して。

 次から次へと注がれる雨は瞬く間に建物は朽ちていき、遅れて出て来た人の波は一つの街の人口をゼロに近付けて。

 遂には破滅の雨の支配権は広がり草木をも飲み込んでしまう。

 絶望の襲来を遠目から眺めていた人々は深く薄暗い青の空と太陽と並んだ青白い月の姿を目にして脅威に驚異していた。



 数十年後の事。十数人の男たちが文明の亡霊の中へと足を運んでいた。未だに進まない調査に苛立ちをぶつける人々を他所にある一隊が黙々と調査を進めていた。土砂崩れや都会の跡形、所々が溶けた街、それを形作る蒼黒く透き通った物質は常温に息づく氷のよう。

「これは」

 分厚い服を纏い、全身を覆っていた人物が頭部を守る部位を外して蒼黒い結晶に覆われた世界を見つめる。皴だらけの男がその生涯で背負い続けて来た生き様を以てしても驚きを隠せないようだ。

「結晶化している、結びついているようだな」

 誰も彼もが奥へと足を進めて行く。初めての調査の中で青空は揺らめき続け、風は未だに埃を撒き散らし続けている。

「出て来ないだろうな」

 こそりと呟く何者かに向けて分厚い被り物を外して浅い皴を顔に走らせ年季を主張する男は声を荒らげた。

「不謹慎な事を言うな、これからは無感情が美しい時代だ」

 老いかけた男、マルクは過去の現象を追いかけるように山の方へと進んで行く。木々を掻き分けて爽やかな空気を吸いながら山の中へと入ろうとした時、異質な物体を目にした。

 透き通る深い青の身体は鉱物だろうか。目に見えて硬質な傘のような頭を持つそれは幾つもの触手を滑らかな動きで揺らしながら浮いていた。光景からも地面からも浮いていた。

「出たぞ、迎え撃て」

 マルクの叫びと共に三人の男が蒼黒い斧を構えて駆けだす。斧を振りかざしてクラゲに向けて勢いよく打ち付けて、クラゲの固い頭に微かな凹みを生み出す。

 しかしながらその程度でクラゲの活動が止まるはずもなかった。

 一人の男の胸ポケットに収まる無線機が通信を拾い上げる。その瞬間の事だった。

 クラゲは頭と対極の質感にも思える触手を勢いよく伸ばし、一人のわき腹を貫いた。

「構うな、討て」

 マルクは指示を出して負傷者へと目を向ける。クラゲの攻撃は止まる事を知らず、ただ触手が頭から突き出て命を奪い終えた様を見てしまっただけ。

 残りの二人の内の片方が斧で触手を切り落としながらもう片方には頭への攻撃を頷き一つで促していた。

 何度も勢いよくクラゲの頭を叩く。繰り返し、殺意を込めて。

「仇を、敵討ちを」

 三度、四度、頭に鋭い一撃を加え続けて荒々しい声で続ける。

「お前らのせいで何人死んだと思ってる」

 きっとクラゲには理解の及ばぬ音の連続だったことだろう。音にこもった人間の感情という機能もあのクラゲからすれば異次元だったかもしれない。

 やがてヒビが生え、浮いていた身体が重力に従うように地に落ち、軽い震えと大量の土埃を舞わせる。

「マルク医師」

 先程クラゲに貫かれ倒れた人物を前にマルクは首をゆっくりと左右に振るのみ。

「そんな、まただ、こいつらの所為で」

「兵よ、静まれ」

 マルクの怒声によって騒いでいた兵は怒りに震える身体に冷製の感情を注いで冷静さを取り戻した。

「不要な感情は抱くな」

 仲間意識すら許されないという思想について行く事が出来ていない。このままでは未熟者だと嘲笑われるという結末が訪れてしまうだろう。

 マルクは死者を地に埋めて山の方を見つめる。木々の茶色や若い緑に紛れてそれらの色を反射する硬質なガラス質の色を見て振り返る。

「今回は討伐体制ではない、出来る限り放っておけ」

 戦闘要員の生き残りはマルクを挟むように並ぶ二人だけ。積極的な戦闘を行なうにはあまりにも心許ない。

 現状を整理しているマルクに向けて一つの声がかかる。

「マルク医師、子どもが、子どもがいます」

「待ってろ」

 すぐさま駆け寄った先は蒼黒い結晶に包まれた都市の大きな欠けの一つ。そこで小さな男の子を介抱するのは物質のサンプルを手に入れるという目的を果たした老人の姿。

「その子は……生きているのか」

 浅い息遣い、仄かに温かな体温は生きているというサインを必死に掲げているよう。

 マルクはすぐさま連れ帰り、自分の部屋に入れて数日の時を溶かした。

 それから目を覚ました少年にマルクはジェードルという名を与えた。

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