第一話:退屈な日々に
熱気に包まれた有名カードゲーム"デュエルオンライン"の世界大会の会場で、司会者の男が声を上げた。
「栄えある第10回世界大会優勝の座を手にしたのは、夜風 蓮だぁぁぁぁぁぁぁ」
そんな声と共にスポットライトが俺に当たり、眩しい。
目の前の席に座っていた対戦相手はテーブルの上に倒れこむようにうなだれている。
観客の熱狂に包まれるその会場で俺は、デッキを握りしめて笑顔を作る。
「優勝賞品として、世界に1枚しかない超レアカード"進化する闇 レミーラ"を贈呈します」
俺は大会主催者から手渡されたそのカードを両手で受け取った。そのカードには、とある少女のイラストが描かれている。
金色の長髪を有し、いやらしくにやにやと笑うとても美形の少女。ハートのイラストのTシャツ、真っ白なミニスカ、そしてその背中に真っ黒なコウモリのような羽。お尻には先端がスペードのような形状になっている尻尾がついたその少女が、ピースしているというイラスト。
俺はそのカードをにやにやした表情で眺める。この時が、俺の人生最高の瞬間だった。
「退屈だなぁ」
それから数年後の俺は、小声でそう呟き、会社の窓から外を眺めていた。
俺はあの世界大会の後、なんとも退屈な生活を送っていた。俺がやっていたカードゲーム"デュエルオンライン"は、俺が優勝した世界大会の直後、理由不明のサービス終了を宣言した。
つまり、俺を最後のチャンピオンとして、それ以降は公式な大会など開かれていない。理由は分からない。少なくとも当時かなりの人間が熱中しており、サービス終了などとは縁のないものだと思っていた。しかし、いきなりのサービス終了の宣言に俺を含めた数多の人間は大きく落胆した。
そしてそれからの俺の人生と言えば、本当に退屈なものだった。
カードゲームしかしてこなかった俺。当時22歳だった俺は今27歳。普通にサラリーマンをしているのだが"デュエルオンライン"が終了してからの俺には、趣味というか、熱中できるものがなかった
カードゲームの世界チャンピオンもそのカードがサービス終了してしまえばただの人。俺は退屈な仕事を続ける。
仕事がまるっきりできないわけではないが、それをとりわけ面白いと感じることもない。
「何か熱中できるものがあれば」
俺は小声でそう口にした。
「おい夜風、頼んでた資料はできたのか?」
俺はプリンターでその資料を印刷する。本来白黒でいいはずのその資料をカラーでコピーしてしまった。
このまま提出すると「カラー印刷なんて経費の無駄をするな」と怒られるのが予測できた俺は、せっかくカラーで印刷したその資料を白黒に印刷しなおすという世界一不毛な作業をしてからそれを上司に持っていった。
上司は「ふん」と嫌味な口調でそれを受け取った。
( 頼まれてたのやってやったんだから、お礼くらい言えよ)
俺はそう思うがそれを口に出さず、なおかつその資料にダメ出しをくらうこともなく、席に戻る。
「ねぇ、知ってる?」
俺の席の横、黒髪で活発な同僚である夢北 茜が小声で話しかけてきた。こやつは愛嬌がよく、天真爛漫な女性。男勝りな性格で浮いた話は聞かないが、とても美人であり、おとなしくしていたらきっと、かなりもてるだろう。
「何が? 今仕事中なんだけど」
俺は小声で返すが、夢北はその俺の言葉を無視した。
「なんかさ、夜風っちがやってたカードゲームあったじゃん? 世界大会優勝したやつ。あれの続編が出るんだって」
「ほんとか!!!!?」
俺は立ち上がった。
「ちょ!!!! 夜風っち、今仕事中だって」
夢北が焦る。
「夜風、お前仕事中に何やってんだ!!!!」
「はい!!!! すいません!!!!」
俺は部長に謝る。仕事中に関係ないことで叫んだのだ。普っ通に俺が悪い。そして仕事が終わり、いつものように21時まで残業した帰り道、職場を出てからすぐ近くにあるコンビニにてスマホで調べもの。
"デュエルオンラインの続編となるダイスデュエルオンライン、堂々サービス開始"
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
俺は叫んでしまった。コンビニの客達が怪訝な顔でこちらを見ていたが、俺は感情を抑えられなかった。
しかも、急遽発表、急遽リリース。リリース日は明日らしい。VRをパソコンにつなぎ、バーチャルの世界でプレイするらしいそのゲーム。俺は仕事の疲れなど忘れて颯爽と帰り、パソコンに"ダイスデュエルオンライン"とやらを事前ダウンロードした。
「早く明日にならないかな」
明日は土曜日。俺は、一日中そのゲームをして過ごす心づもりになった。