公爵令嬢が婚約破棄されたら、何故かゲームの外に追放される! ~女子高生のあなたがプレイしていたゲームから出て来た金髪のご令嬢。美しき彼女は義理の妹になり、あなたを溺愛する~
ゲームあるある。
おかしな点への指摘を、ついつい、つぶやいてしまう。
『ヴィノテシューズ=エイフィヌ! お前との婚約を破棄するぞ!』
あまり出来の良くない3Dモデリングの王子が、フルボイスで喋っていた。
テレビの画面内に映るのは、王宮の大広間と、こちらを向く青髪の王子だ。ゲームを開始した途端、いきなりこの婚約破棄シーンだった。
『お前の私に対する数々の侮辱! これは絶対に許されないものだ! お前の国外追放も、すでに決まっている! 本来はその命でもって償うべき大犯罪だが、この私の寛大な配慮により、処刑されずに済むことを、最高にありがたく思うんだな!』
声だけはイケてる王子だった。
「寛大な配慮が出来る人なら、婚約破棄なんてしないよねー」
女子高生のあなたが独り画面に向かってつぶやいていると、
『ん? ヴィノテシューズ! どこだ! どこに行ったのだ!』
3D王子は表情を変えずに困惑した声を出し、左右を見回し始めた。
「こちらですわ」
「……えっ?」
座椅子に座ってゲーム用コントローラーを握るあなたは、声が聞こえた後ろを振り向いて、度肝を抜かれる。
公爵令嬢ヴィノテシューズ=エイフィヌ。
ゲームソフトのパッケージに描かれている当人が、実際にそこで立っていた。
「ふふっ。驚かせてしまいましたね。突然のご無礼、お許し下さいませ」
彼女はフルボイスだが、生の声だ。それにどう見ても、本物の貴族令嬢にしか思えない。
長くて美しい金髪はゆったりとした三つ編みにまとめていて、やや幼げな顔は美少女そのものだ。
豪華な装飾で彩られた、深い緑色と白のロングドレス。あまりにも豊満な胸部は、見る者全員が驚くに違いない。
彼女は両手でドレスを優しくつまんで、あなたへとお辞儀をした。自然かつ、見惚れるような動作だった。
「わたくしはエイフィヌ公爵家の一人娘、ヴィノテシューズ=エイフィヌですわ。よろしくお願いしますね」
笑顔も素晴らしい。
「は、はぁ……よろしくお願いします」
あなたは軽く頭を下げた。
「お隣についてもよろしくて?」
「あっ、はい、どうぞ……」
彼女はあなたの横に来ても、その立派なドレスでは座れないようだ。立たせたままで申しわけなかった。
「どうかこちらのほうはお構いなく。そちらの箱? での、不思議なお仕事を続けて下さいませ」
「はい……」
彼女はどうも、ゲームで遊ぶことを仕事だと勘違いしているらしい。
あなたは隣の公爵令嬢のことをすごく気にしながらも、ゲームプレイを続行した。
ゲームのストーリー・パートが終わり、画面は切り替わる。グラフィックは唐突にドット絵になり、見下ろしタイプの迷路が映った。
『制限時間内に公爵令嬢を捕まえて追放しろ!』
そんなクリア条件の表示とともに、制限時間が動き始める。3:00が一秒ずつ減っていく。
「これ王子を操作するのっ?」
先ほどは公爵令嬢が王子に罵倒を浴びせられる視点だったのに、主人公は彼女ではないらしい。
ドット絵になって小さくなった王子は、上下左右に動かせる。3Dのグラフィックとはまるで違う。青髪だから、かろうじて彼だと判別出来る。
王子は上に動いてもグラフィックは上を向かず、絶えず両手両足を動かすだけだった。
そもそも、確保しなければならない公爵令嬢は画面の外、あなたの横にいる。どうやってもゲーム内で捕まえるのは不可能なはず……。
「それ、王子ですよね?」
それとか言われている。
「どうして正面を向いたままで上下左右に動いているんですの? 大変滑稽ですわ」
ヴィノテシューズ嬢は微笑んだ。
あなたはとりあえず、迷路に設置されていた革靴のようなものを取りに向かった。
上を通過したら靴が消え、王子の移動速度が上がった。
「動きが速くなって、より気持ち悪くなりましたわ~っ!」
常に正面を向いている王子が、虫のように見えてしまう。
あいかわらず公爵令嬢はどこにも現れないので、迷路の中をひたすら動き回るだけになる。
迷宮マップは縦長で、上下にスクロールした。ずっと下に進んでいたら、扉があった。
「出口かな?」
あなたがあと十数マスのところまで王子を移動させると、剣を構えた騎士が近くに出現した。
『おっ、お前は! なぜここに!』
急に王子が喋ってびっくりした。どうも騎士は敵キャラらしい。
黒い鎧を着た騎士は王子と違い、ちゃんと上下左右のグラフィックが用意されている。しかも、速度アップした王子より動きが若干速い。王子の下位互換っぷりが切ない。
『あいつが来る! あいつが来る! あいつが来る! あいつが来る!』
ループし続ける声がうるさい。
王子は逃げ切れずに追いつかれ、騎士の剣が王子に触れてしまう!
『ぎゃああおおおおーん!』
叫んだ王子は点滅した後に跡形もなく消滅し、画面が真っ暗になった。
『GAME OVER』
赤字で怖い。
「やりましたっ! 王子が消え去りましたわ!」
喜ぶご令嬢の横で、王子の操作に失敗したあなたは気まずくなる。
『蒼き王子と漆黒の騎士』
タイトル詐欺だと叫びたいぐらいには、タイトルが格好良い。
中世ファンタジー要素の強いタイトル画面に戻ると、コンティニューの文字があった。あなたがコンティニューに合わせて決定ボタンを押すと、迷宮マップから再開する。
「これどうやってクリアするの?」
あなたには分からなかった。
あいかわらず、公爵令嬢は出現しないまま制限時間だけが経過する。
右手でコントローラーの各ボタンを押してみても、王子は剣を出したりも出来ない。
どうにか敵騎士を回避し、扉にたどり着いた。
しかし、上を通過しても、中には入れない。
扉の上を往復している間に、騎士に追いつかれて、
『ぎゃああおおおおーん!』
「また王子がやられましたわ~っ!」
彼女は容赦ない笑顔だ。
「……この王子、騎士から逃げるだけの無能なのかな?」
「そうですわ! わたくしが気に入らないからと適当な理由をつけて追放するような男ですからね!」
お互い仲が悪いらしい。親同士が決めた政略結婚なのは、容易に想像がつく。
再びあなたは挑戦する。
迷宮の探索中、コントローラー中央のスタートボタンを押してみたら、画面が暗転して、静止した。
画面中央には、『公爵令嬢を諦める』の選択肢が存在した。
それを選んだら、『ミニゲームクリア!』と出た。
「えっ、ミニゲームだったんだ……。というか、このクリア条件、普通にプレイしてたら気づかないでしょ……」
画面が王宮の大広間に戻る。
『あいつはどこへ行ったんだ? だが構わん。追放する手間が省けたというものだ。ハハハハハッ!』
3D王子は右を向いて、画面外へと去って行った。歩く動作はあまり滑らかではなかった。立ち絵は3Dではなく2Dにしたほうが良かったとさえ言える出来だった。
「捕まえないで終わりとは……。公爵令嬢を捕まえろってクリア条件、なんだったの?」
あなたは不満げにつぶやく。
「お見事な手腕でした! わたくしを王子から守って下さり、感謝いたします!」
「いや、そういうわけではないんですが……」
テレビのほうは『セーブしますか?』と書かれた画面になっていたので、あなたはとりあえずセ-ブをして、ゲームは中断した。
■
彼女の名は、ヴィノテシューズ=エイフィヌ。公爵令嬢だ。……ゲームの中では。
ゲームショップで買った福袋に入っていたゲームをやり始めたら、登場キャラクターが現実世界に現れた。
こんなあり得ない超常現象が、あなたの身に起こってしまったのである。
結局、あの日はゲームを中断しても彼女は消えなかったので、あなたは両親に相談した。家族会議の結果、行く当てのない彼女をしばらく家に滞在させることになった。
「皆様。よろしくお願いいたします」
彼女は高貴な公爵令嬢のはずだが、一般家庭に上手く溶け込んだ。
美少女で、あなたや両親にも気を遣える有能さをも併せ持つ。むしろ、最初は公爵令嬢のコスプレしていたんじゃないかと疑うぐらい、今の彼女は庶民の生活に馴染んでいた。
すでに彼女を迎え入れてから、一週間以上経つ。
ヴィノと呼ばれるようになった元公爵令嬢は、あの婚約破棄ゲームをあなたの部屋でプレイしていた。座椅子に座る彼女は、今日も金髪を三つ編みにしている。
画面には、出来の悪い3Dモデルの王子が映る。
『出せッ! 早くここから出せ痛ェっ! あいつが来る! 痛ェっ! 早くここから痛ェっ! 痛ェっ! 痛ェっ!』
ヴィノは、王子の頭上に表示されている木製ハンマーで冷静かつ的確に王子を叩く。ハンマーは決定ボタンで一回転し、ポコッというう楽しい効果音とともにダメージを与える。
画面内では、3Dの闘技場が広がっていた。奥のほうにいた漆黒の騎士が大きな斧を持って、だんだんと王子に近づいて来る。
『あいつが来る! 痛ェっ! 出せッ! 早くここから痛ェっ! ぎゃああおおおおーん!』
王子のHPが尽きた。
漆黒の騎士ではなくハンマーにやられた。
画面が暗くなり、赤字で『GAME OVER』と出た。今のステージは、本来なら王子を逃がしつつ、ハンマーで騎士を叩いて倒すのが目的だった。
こんなゲームでも、一応パッケージや説明書ではジャンルが乙女ゲームだと謳っている。
「このクソゲー、本当につまらないですわ。こちらの世界には、ゲームショップという、不要なゲームを売却出来るお店があるのでしょう? このクソゲーを売り払って、もっと楽しいゲームを代わりに買いましょうよ! いいですよね、お姉様!」
ヴィノは説明書に記載された設定によると、女子高生のあなたよりも年下だったため、あなたのことを『お姉様』と呼んで慕ってくれている。
「このゲームを売るのはまずいんじゃない? なんだか呪われそうだし」
「確かにそうですわよね! 中に王子がいますから! あの王子なら、呪術を使ってわたくし達を苦しめてきそうですわ!」
「ヴィノは本当に王子が嫌いだよね」
「ええ! お姉様に比べたら雲泥の差ですわっ!」
ヴィノはあなたに抱き着いた。見た目はそう変わらない年齢だが、彼女のほうが圧倒的に胸部の存在感がすごい。
あなたの義理の妹になったヴィノは今、青いワンピースを着ている。元が優秀だからか、あまり派手ではない服装でも、まるでモデルさんのように美しい。
「こんなクソゲー、お姉様のお部屋にあるだけでも不快ですッ!」
「ヴィノはそこから出て来たんだよ?」
「はい! わたくしはもうこの中の地獄から出られましたので、もはやこのゲームソフトは不要です! 売れないのでしたら、燃えないゴミとして処理しましょうよ!」
「それもマズいような……。まあ、このゲームをどうするのかは置いといて、ゲームショップに今から行ってみる? 他のゲームもやってみたいでしょ?」
「ほ、本当ですか、お姉様! とても嬉しいですっ!」
ということで、あなたとヴィノは出掛けることになった。
金髪の外人の美少女というヴィノの容姿は、明らかに目立つ。その彼女に腕を抱かれ、大きな胸部を当てられているあなたにも、それなりの視線が集まってしまう。
今日は休日で人が多い。あの謎の福袋が片隅に置いてあった、家に最も近いゲームショップに到着した。
「お姉様! こちらのゲームが欲しいですわ!」
店内で表情を輝かせるヴィノは、『すくみずしまいたい! ~スク水姉妹隊の激戦地~』というゲームソフトを手にしていた。
それは18歳未満の未成年者が遊んではいけない成人向けゲームではなかったものの、美少女二人、恐らく姉妹が胸部をくっつけているというイラストが世界観を物語っている。
彼女達が身に着けている紺色スクール水着の右下には、白い小さなタグがついている。そこはどうでもいいのだが、女子高生のあなたが買うには勇気のいるパッケージだろうか。
ただ、幸運なことに、そのソフトを遊ぶためのゲーム機を持っていないという言いわけが可能だった。
「ごめんね、ヴィノ。うちで遊べるゲーム機のコーナーを先に教えてあげるべきだったね」
「ゲーム機がないならゲーム機を買えばいいじゃないですか!」
そんなことを言われるとは、思わなかった。
「……ごめん。ゲーム機ってけっこう高いんだよ」
あなたが明かすと、彼女は極度に悲しげな雰囲気を漂わせた。
「そうですよね、家にあるゲーム機で、末永く遊ぶべきですわね」
ヴィノが大変かわいそうに見えたものの、あなたは自宅で遊べるゲーム機のコーナーを案内した。今日は福袋は置いていないようだ。
「……あっ」
あなたは見てはいけないものを目に入れてしまう。
『すくみずしまいたい!』
「まあ! こちらにも同じものがあるではありませんか! これで問題解決ですわね、お姉様!」
パッケージの一部が微妙に異なる同名のソフトがあった。
あなたは新品の『すくみずしまいたい!』を購入した。彼女の喜びの顔があったけれども、あなたのお財布的には喜びはなかった。
お店を出て、あなたは嬉しそうなヴィノと自宅に帰ろうとする際、彼女は足を止めて、視線を横に向けた。
彼女の見る先には、大きな石の鳥居がある。
「そっちは神社があるんだけど、行ってみる?」
「……よろしいのですか? お姉様」
「せっかくだしね」
「ありがとうございますっ!」
笑顔のヴィノとともに、あなたは神社へお参りすることにした。
あなたはお手本をヴィノに見せる。お賽銭箱の前でお賽銭を静かに入れて、大きい縄を手にして鈴を鳴らす。二拝、二拍手、合掌をおこなう。
「こんなふうにしてお祈りして、心の中でお願いをするんだよ」
あなたが小声でヴィノに言い、最後に神前で一拝した。
「次はヴィノの番ね」
お賽銭用の小銭を彼女に渡す。
「ありがとうございます、お姉様」
ヴィノは正確に、あなたの真似をした。あなたよりも丁寧にやっているように感じられた。
その後、境内を見て回ってから、通りへと戻った。
「お姉様! わたくしは神様に、お姉様とお会い出来たことを感謝し、もっとお姉様と親密になれるよう、お願いしました! お姉様はどのようなお願い事をしたんですの?」
彼女に聞かれ、あなたは言っていいのか少しためらったものの、
「私は……今度のテストの点が良くなるように、かな」
正直に話した。
「ああ、そうですか……」
若干ヴィノの表情が曇ったものの、すぐに戻ったので、あなたはあまり気に留めなかった。
帰宅後、ヴィノはあなたから見て、調子が悪そうに思えた。
「そちらのゲームは、後日、プレイさせて頂きますね」
彼女は、やりたがっていた恋愛ゲームをすることもなかった。
■
「えっ……」
翌朝、あなたは起きるなり気づく。
ヴィノがいない。
彼女はいつも、あなたのベッドの横で寝ている。彼女は確かに就寝したはず。最近はいつも起こしてもらっていたので、とても違和感があった。
あなたは白い寝間着姿で部屋を出て、母親を見つけた。
「お母さんっ! ヴィノがいないのっ! どこに行ったのか知らないっ?」
切羽詰まった声で、あなたは問いただす。
「ええと……あなたはヴィノちゃんのこと、どう思っているのかな?」
対する母親は、落ち着いた声で質問してきた。
「――大切な妹だよ! 血は繋がってないけど、私は本当の妹だと思ってる!」
あなたは大声で主張した。
「でも、昨日……神社に行ってお祈りした時は、ヴィノちゃんのことじゃなくて、テストのことをお願いしたそうじゃないの」
ヴィノから聞いたらしいことを、母親は指摘した。
「だって、お願いってそういうものじゃないのっ? 今度のテストが近いから、そう願っただけだよ!」
「ヴィノちゃんよりも、テストのほうが大事ってわけではないのね?」
母親は念を押してくるように聞いてくる。
「もちろんそうに決まってるでしょ!」
「――だそうよ、ヴィノちゃん」
振り向いて母親は言い、あなたはその方向へと早足で進んだ。
ヴィノがいた。
開いたドアに胸部を凹ませて、聞き耳を立てていた。あなたとはお揃いで色違いの、ライトグリーンの寝間着を着ている。
彼女の姿を発見したことで、あなたはとても冷静になる。
「ええっと……何をしているの?」
あなたの問いかけを受けて、彼女はドアから離れ、背筋を伸ばしてあなたに応じた。
「……すみませんでした、お姉様。昨日の神社で、お姉様がわたくしのことよりもテストのほうが大事なのかと思い、もしかしたら、わたくしはお姉様にとってご迷惑をかけているだけなのかと気に病んでおりました。そこで、お義母様にお手伝いをして頂いて、お姉様の本心を聞きたかったのです」
「それなら直接聞いてくれれば良かったのに」
「お姉様は優しいですから、それではわたくしに配慮したことをおっしゃると思いました。実の家族ではないわたくしよりも、お義母様のほうが聞き上手でしょうから……」
良く出来た子だと、あなたは彼女を評価した。けれども、彼女のほうが遠慮をし過ぎている。
誤解を解くため、あなたは直接伝える。
「ヴィノのことは大事だよ。でも、願わなくても、大事にすることは出来るでしょ? 私、そんなに勉強が出来るわけじゃないから、神社でテストの点数のことを願ったんだよ」
あなたの返答に、ヴィノは大きな目を見開いた。
「お勉強が出来ない? そんなはずはありません! お姉様は、全知全能の神様に最も近いお方ではっ?」
大変な誤解があったもよう。
「変な冗談やめてよ……。でも、ヴィノが消えたんじゃなくて、良かった……」
あなたは安堵する。ゲームの世界から来た不安定な存在がいなくなったら、当然消えてしまうことを想像する。
そうではなかったことが、純粋に嬉しい。
「ご迷惑をおかけいたしました、お姉様。それに、お義母様も」
ヴィノは深々と頭を下げた。
「全然気にしなくていいのよ、ヴィノちゃん。私にそれをいじくらせてくれるのなら」
「えっ?」
驚いたあなたが――、怖い光景を見た。
普段着プラス・エプロン姿の母親は、自分以上に巨大なヴィノの胸部を、両手で縦横無尽に踊らせ始める。
「ああっ、お、お義母様……っ」
嫌そうで、けれど誠実に受け入れているヴィノの、なんとも言えない表情。頬も染めており、お色気たっぷりだった。
対する、いやらしい顔をした大人の女性。と言っても、女子高生のあなたを十歳ほど上にしたような、若く見える容姿だ。長めの黒髪はゴムで一つにしている。幸薄そうな見た目に反して、やっていることは派手だった。
寝間着姿の美少女に密着して、好きなように遊んでいる。この母親があの婚約破棄ゲームの登場キャラクターだったなら、王子や漆黒の騎士に処刑されてしまうだろうか?
母親の手が止まる。
「あなたもやりたい?」
「お姉様も……いかがですか?」
「いいよ」
あなたは二人の申し出に対して拒否権を行使した。
「えー、気持ちいいのにぃ……」
「では、いずれまたのご機会に、どうぞ。お待ちしていますわ……」
ちょっともったいない、とは……、あなたも思ってはいけない気がした。
■
あなたはヴィノと自分の部屋にいる。
私服のかわいいヴィノにコントローラーを託し、彼女が恋愛ゲーム『すくみずしまいたい!』をプレイする様子を見守っていた。
『お姉ちゃんが悪いんだからねッ!』
ゲーム中のこのセリフだけを聞いたら、演じている声優さんいい声出してるね、ぐらいの感想で済むような話だろう。
しかし、画面内では想像を絶するような修羅場があったのだ。
妹キャラが、とても美少女には見えないぐらいに顔を歪ませて、鋭いナイフを手にしている。
ここにいたるまでの、あらすじ。
愛情があまりにも強過ぎた妹から距離を置いた姉。彼女は同級生の親友と親密な仲になって妹の怒りを買ってしまう。しかも、妹から勝手に借用したスクール水着を親友の制服の下に着せて、自身もスクール水着を下に着て、放課後デートを敢行。二人ドキドキしながら、人のいる公園内のベンチで内側のスクール水着を触れ合う。妹はずっと姉達を監視していた。
何事も無かったように装う姉が帰宅した後、事件は起きた。
『妹「お姉ちゃん、友達とどこへ行ってたの?」』
『姉「ショッピングモールでお買い物だよ」』
『妹「公園にいたじゃん」』
『姉「帰りに寄ったんだよ」』
『妹「帰りに寄って、私から盗んだスク水を着させた友達とお楽しみだったんだ」』
『姉「……なんで知ってるの?」』
『妹「お姉ちゃんのことなら、なんでも知ってるよ」』
『姉「へー、そうなんだ、すごーい」』
『妹「うわああああああああああああっ!」』
『姉「ちょっ! 落ち着いて! なんて危険なことを!」』
『妹「うるさいッ! 地獄に落ちろッ! お姉ちゃんが悪いんだからねッ!」』
ここで先ほどのセリフと繋がる。
悪魔と化した妹キャラの姿は、何枚かの立ち絵が順々に映されることで、激しくナイフを動かす様が表現されていた。
「……お姉様。どうしてこちらのゲームの妹さんは、ここまで怖い表情で刃物を振り回せるんですの?」
衝撃からか、ヴィノは恐ろしく狼狽した顔をあなたに向けている。
「これは、いわゆるバッドエンドだよ。この手のゲームだと、現実には起こり得ないような、悲劇的な展開もあるんだよね……」
まさか、最初にバッドエンドを迎えるとは、あなたも予想していなかった。妹キャラの溺愛振りを尊重し過ぎる行動を、ヴィノが選択し続けた結果だろう。
「同じ妹として、いくら姉に裏切られたからと言って、刃物を振り回したりする気持ちが到底理解出来ませんわ」
かの3D王子をハンマーで無慈悲に何度も叩きつけていた令嬢とは思えない。
「わたくし、こちらのゲームがこのようなものだったなんて、とても信じられません。……彼女達には、このような破滅しか訪れないのでしょうか?」
ヴィノはコントローラーを膝に置き、横に座るあなたへと巨乳を密着させて来る。その圧倒的な感触を与えてくれる彼女は、無自覚らしかった。
「じゃあもう一回、最初からやろうか。今度は分岐を間違えずに、ハッピーエンドを目指そう。パッケージを見る限り、きっと幸せな未来が二人には待っているはずだから……」
「はい、お姉様。わたくし、頑張ります!」
こうやって、平和かつ過激に過ごせる環境が素晴らしい。
あなたにとって、ゲームの中から出て来た元公爵令嬢は、かけがえのない妹だ。
(ハッピーエンド!)
本作は、2023年7月14日投稿の『公爵令嬢は悪霊ではありません!』と同じぐらいに書き始めていて、方向性の異なる令嬢作品でどのぐらい差が出るのか試したかったのですが、本作は放置することになり、投稿がすごく遅れました。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。