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勾玉神子物語  作者: 畦道
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第2話 邂逅

 遠くの山の端に日が沈もうとしている。

 その舂く夕陽を眺めながら、確かこういう時間帯にはいろいろお洒落な呼び名があったなぁとぼんやり思う。黄昏時とか入相とか火灯し頃とか。それから、雀色時に逢魔時なんていうのもあったっけ…。

 なんだか、今の状況と重なるなぁと思う。

 「雀」という単語もそうだけれど、「魔に逢う」という言葉もある意味言い得て妙のような気がした。

 目の前をぱたぱたと飛ぶ雀を眺めながら、この生き物は一体なんなのだろうと思う。銀の光沢を帯びたお辞儀をする雀の話なんて、都市伝説にも聞いたことがない。大きさはその辺の電線にとまっている普通の雀となんら変わりはなく、こうして小さな羽をぱたぱたさせて飛んでいる姿は愛らしいのだけれど、ただその体色のみに関しては妙に現実離れした奇怪さを感じる。そういう意味では魔物という表現も過言ではないかもしれない。

 銀の雀は時折こちらの様子を伺いながら、ゆっくりと低空飛行しつつ道案内している。道は住宅街を大きく外れ、周囲に民家はぽつぽつと点在するくらいしか見受けられなくなってきた。

 落水された冬田の広がる長閑な田園地帯の中に伸びた畦道を進むと、山の麓の辺りに差し掛かった。銀の雀は、そのまま山裾に沿うように道を先導していく。

 スギやヒノキの聳える針葉樹林は薄暗く、この時間帯との相乗効果が働いてか一段と不気味な雰囲気を醸し出している。どこからともなく風が立ってざあぁと森が唸るのが聞こえ、背中のあたりにぞわぞわと変な寒気が立ち上った。

 早く通りすぎないかなぁと縋るような目線を銀の雀へ向けると、こともあろうに雀がその森の中へ入っていくのが視界に写った。よく見れば、前方の道の脇から山の斜面に沿って古びた石が段状に敷かれている。

 こんなところに山奥へ続く石段があるだなんて知らなかった。そもそも普段あまり通りかかる機会のない場所だし、もし近くを通ったとしてもこんなにひっそりと森の中に潜んでいる石段に気づくのはそう容易ではないはずだ。

 石段の正面にまわりその先を見上げると、その段数は決して少なくない上に勾配は想像以上に急なよう で、石段の頂上の奥にに何があるのが確認できない程だった。さらに、段となる石は相当昔からあるのかあちこちがひび割れたり欠けたりしていて、この斜面を登る足場としてはなかなか心許ないものだった。

 そして安全面の問題以外にも、いやそれ以上に僕を躊躇させたのは、やはり普通に薄気味悪くて怖いという感情だった。こういう厳かな闇を湛えた森には何か人智を超えた得体の知れないものがいる気がして、無性に畏怖の念のような感覚を覚えてしまう。

 考えてみれば、僕がこの森へ分け入る義理はない。成り行きで銀の雀を追ってきたけれど、第一実際についてきてと言われたわけではないし、先程の雀の仕草の解釈ですら僕の勝手な思い込みに過ぎないかもしれない。

 石段の上空で羽ばたいている雀を目を向けると、僕には構わずに飛んでいくように見えた。

 ほらやっぱり僕の勘違いだ、雀が自分を導いているだなんて幼稚な妄想も甚だしい、と半ば自分に言い聞かせるようにしながら、僕は踵を返した。恐ろしさを纏った山に背を向けて、もと来た道を辿り始める。

 しかし、どうにも後ろ髪を引かれる思いが消えなかった。もう二度とお目にかかれないかもしれない摩訶不思議な銀の雀なの謎を解き明かしたい、という好奇心と、もしも雀が本当に僕を必要としていたのだとしたら裏切ったようで申し訳ない、という罪悪感が僕の足を止めた。

 逡巡しながら後ろを振り向くと、石段の方から銀の雀が飛んでくるのが見えた。先程まで僕の前を飛行していたのとは比べ物にならない速さでこちらへ接近してくる。

 僕の手前で減速すると、今度は右肩にかけていたスクールバッグの上にちょこんと着地した。

 至近距離でまじまじとみる銀の雀は、その艶やかな体を斜陽の光に煌めかせていてとても綺麗だった。

 銀の雀は目に見えて慌てた様子で仕切りに首を傾げながら、僕の顔を窺っている。そして片方の羽を掲げて今さっきまでいた石段の方へ向けたかと思うと、くいっくいっとその方向へ羽の先端を突くように動かした。

 これでもう、銀の雀の意図は明白だった。その仕草は、「なんで帰っちゃうの?向こう行こうよ」という意味を伝えるお手本のようなジェスチャーで、雀の誘われているのを確信した上にその愛らしさに魅かれた僕には、再び山の方へ戻るという選択肢しかなかった。

 一度は怖気付いて逃げ出した山へ雀とともに引き返し、今度は躊躇わずに石段へ足をかける。正直まだ恐怖心を振り払えてはいなかったけれど、ここでもたもたしていたら日が完全に落ちて真っ暗になってしまうし、何やら雀は急いでいる様子だったので、おっかなびっくりしながらではあったが着実に石段を登って行った。

 石段の石は見かけ通りかなり古びていて、踏むたびに崩れそうか心配になる程だった。というか、厳密にはちょっと崩れていた。風化による経年劣化からか石段はところどころ破損していて、重心をかけると欠片がぱらぱらと音を立てて落ちていく段もあった。

 一段一段踏み締めるように慎重に石段を登り続けていく。上には木々が覆っているため雪はあまり積もっておらず、滑る心配がないのがせめてもの救いだった。石段の頂上にも銀の雀にも目を向ける余裕がなく足元にひたすら集中力を注いでいたら、気づかないうちに石段を登り終えていた。

 石段の頂上に現れたのは、小さな神社だった。

 まず手前には錫色の石灯籠が左右に構えていて、その少し向こうにくすんだ臙脂色の鳥居が立っていた。さらにその奥には、木造瓦屋根のこぢんまりとした社が厳かに佇んでいる。

「わぁ…」

 思わず声が漏れる。

 これぞ神秘的、という感じの場所だった。

 と同時になんだかとても荘厳というか崇高な雰囲気に満たされた空間で、これ以上一歩でも近づくのが畏れ多いような気さえした。

 とその時、チュン、チュン、という囀りが聞こえた。

 鳴き声はどうやら社の反対側からしているようだ。数歩だけ横へ移動してそちらを遠目に伺うと、声の主は予想通り銀の雀だった。

 雀は社の裏手から少しはみ出した位置にちょこんと立っていて、自分の居場所を知らせるようにこちらへ羽を振っている。

 どうやら「ここまできて」ということらしい。

 仕方なく意を決して足を前へ踏み出し、鳥居の前で一礼した後、注連縄から垂れた紙垂を避けるようにしながら鳥居をくぐり、雀の方へ歩を進めていく。

 僕はどういう理由でここへ連れてこられたのだろうかと、今更ながら不思議に思う。社の裏に何が待っているのか、不安やら恐怖やら興味やらで緊張感が走る。

 とその時、何やら呻き声のようなものが聞こえてきた。近づいている社の奥からだ。その声は、これくらい距離を縮めないと耳に届かないほどか細いものだったけれど、かなり苦しそうなことがひしひしと感じ取れる声音だった

 雀に促されるようにしながら、恐る恐る社の角を曲がり裏へ回る。

「——え」

 そこには、少年が座っていた。

 体格も年恰好も僕と同じくらいの、坊主の少年だった。

 けれど、その他は不自然なことだらけの少年だった。

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