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ドラゴンと冒険する異世界ファンタジー 始まり

目が覚めるとそこは森の中だった。

少し湿った土の感触と木の匂いはとてもリアルで、夢ではないと気付くのに多くの時間は必要なかった。

周りをぐるりと見回して、そして私は何もしなかった。

いや、何もする気が起こらなかったのだ。

自分の記憶ではさっきまで一人暮らしのワンルームの布団の上にいた。

目的も無くスマホの画面を眺めては、ただただ過ぎる時間を無駄にしていた。

やる気が起こらない、食欲もわかない、ただ息をしている、仕事を辞めて2か月経った私の日常はそんな感じだった。

その私が何故外にいるのか、考えるのも億劫だった。

土の上に寝転がると、生い茂る木の隙間から青空が見えた。

空を見るの久しぶりだな、と緊張感のない感想しか抱けない。

一応といわんばかりに頬をつねって、引っ張って、痛みがあることは分かった。

耳を澄ますと、風によって揺れる葉の音と、聞いたこともない鳴き声で飛び去る鳥のようなものが上空に見えた。

なにあれ。

さすがにやる気のない私でも起き上がるほど、見たことのない生き物だった。

大きさはカラス程だろうか。翼のようなものを広げて鳥のように羽ばたいていることは間違いない。

しかし、その鳥のようなものはガラス細工で作ったような透明感だったのだ。

そんなものが空を飛んでいるという事実に、ぼんやりとしていた頭は徐々に覚醒した。

ここはどこなの。

周りをもう一度見れば、木の葉っぱも見たことがあるそれとは少し違う気がした。

緑色でギザギザとして、そして泣いている。

いや、泣いているという表現が適切かは分からないが、水がずっと滴っているのだ。

ポタ、ポタ、と落ちる雫は地面へと落ちて、私が座っている地面をしっとりと濡らしている。

もちろん、濡れていない葉もあるがそれはまた別の種類なのだろう。

正直言って、そういう植物が存在するのか否かという知識はない。

もしかしたら水をずっと作り出す植物もあるかもしれないし、私が知らないだけかも。

それでも、さきほどの透明な生き物の異様さを見てしまうと、この植物も異様なもののように映るのだ。

私は先ほどよりも真剣に自分自身に何が起こっているのか考えようとした。

私は部屋にいた、布団の上にいた、外に出ようなんて微塵も思ってなかった。

いや、私はベランダに出た。

鳥の声が聞こえたから。

どこからか逃げ出したような鮮やかな青い鳥がバサバサと羽を散らしてカラスにつつかれているのが見えたから。

その青い鳥を部屋の中へ入れてあげようと手を伸ばし、何かに躓いた私はベランダから外へ。

部屋は3階だった。下はコンクリートだった。

私、死んだのかもしれない。

鮮明になっていく記憶に足先が冷たくなっていくのを感じる。

今の私は裸足で、服装はゆったりとしたTシャツとスウェットで部屋着そのままだ。

そう、ベランダから落ちたときのまま。

深いため息をつきながら震える手で頭を抱え込む。

冷たい足同士を重ね合わせ、身を縮こまらせた。

死んだとしたら、私はどうしてこんなところにいるの。

自分の現状を理解していくにつれ、得も言われぬ不安に苛まれていく。

人はいるのか、何が起こっているのか、私はどうなるのか。

帰りたい、とだけ思わなかった。

帰ったところで何も得られない生活が待っている。

なんのために生きているのだろうと毎日呆然と考えていたそんな日々に戻りたいと本気では言えない。

嫌いだった上司の悪夢で目が覚めるそんな生活は辛かった。

その時、ポツリと雫が顔に当たった。

雫は次第に増えていき、着ていた服が張り付くほどに濡れていく。

それは知っている雨と同じだった。

泥に変わっていく地面に足をとられながら歩き始めた。

せめて屋根があるところに移動しよう。

裸足だから枝を踏んでも痛くて、なるべく草の上を歩くことにした。

野生動物は見当たらない、人の靴跡も見当たらない。

しばらく行くと川があり、その近くに洞窟を発見した。

これで水と屋根だけは見つけられた。

洞窟の中にクマなどの生物がいないことを祈るばかりだ。

洞窟は広くはなかった。7メートルほどの空間しかなく、クマの心配はなくなった。

雨はザーザーと勢いを増して、肌に当たると痛そうな音をたてている。

疲れたな、最近外に出なかったし。

濡れない位置に座って、洞窟の壁によりかかる。

眠れば布団の上だったりしないかな。

そんな薄い期待を裏切るように、目を開けてもそこは洞窟の中だった。

どのくらい寝てしまったかは分からないが、雨はまだ降り続いていた。

外も暗く時間帯もわからない。

ただ、お腹が空いたという感覚は久々だった。

親が送ってくれた袋麺を茹でずにかじりつくほどには料理する気力が失われており、開けるだけで食べられるスナック菓子をネットショップで注文して適当な時間に食べていたそんな日々。

傍から見れば顔をしかめられるかもしれないが、私だってそれが最良の食事と思っていたわけではない。それでも、鍋を出すことも、火にかけることも面倒で動けなかった。

元の生活に戻るメリットは食事だな。

ぼんやりとしながら洞窟の中でじっと雨が止むのを待つ。

このままここにいたら餓死する可能性も否めない。

だってここでは食料を宅配してくれる素晴らしい配達の方々はいないのだから。

そして、時折食料を送ってくれた両親もいない。

元気かな、お母さんお父さん。

親元を離れて一人暮らしを始めた娘は仕事を辞めてベランダから落ちて死んだかもしれません。

じんわりと目に浮かぶ涙は、だんだんと頬を伝い落ちる。

私親不孝で最低だね。

最後に電話したのはいつだった?お母さんはなんて言ってたっけ。

「なんで仕事辞めたの?頑張るって言ってそっちに言ったんでしょ」

私だって頑張ってなかったわけじゃないよ。

「やっぱりあんたには無理だったんじゃない?心療内科?なにそれ、そんなところ行ってるの?」

無理と言われる度に、自信がどんどん無くなって。

私は電話を早々に切ろうとしたんだ。

「ねぇ、戻ってきたら?」

私は電話を切った。お前には何もできないと言われているようで苦しくて電話を切った。

でも、今思い返せばお母さんの声は優しかったのに。

止まらない涙を何度も手で拭って、顔がぐしゃぐしゃになっても気にしなかった。

ここには誰もいない。そう、誰も助けてくれる人なんかいないのだ。

どんなに悲しくともお腹の空腹は待ってくれず、体力を奪っていく。

餓死するのが怖い。

今までそんなことを思ったことは一度もなかったが、今はそうもいかない。

雨が小降りになり、外に出た。

川が流れていた場所まで戻り、手ですくって飲んでみる。

雨水も混ざっているし、土の匂いもする。

それでも口に何か入れられたことは少しの安心材料だった。

周りの植物に目を向けてみる。

食べられる野草の見分け方なんて知るはずもない。

それでも何か食べなければどうしようもない。

草をかきわけて、小さな赤い実を見つけた。

見た目はブルーベリーほどの大きさで、茎は薔薇のようにとげとげしい。

私は勇気をもってその赤い実を口に入れた。

毒があったらそれまでだ。

噛み潰すと中から液体があふれ、鋭いに苦みに襲われて吐き出した。

飲み込むことが出来ないほどのその苦みは、ゴーヤの苦みを何倍にもした味だった。

嗚咽し、せき込んで、川の水を飲みこんだ。

他の植物も試してみたが結果は同じだ。

辛い物、苦い物、不味い物、口が拒否反応を起こすオンパレードで、最終的に川の水で口直しをした。

食べられるものがどれか分からない。

頑張って口に入れても飲み込めない。

神経毒などに当たらなかったことは幸いだが、空腹のままだった。

川の水を何度も飲んで紛らわそうとした。

しかし、空腹は次第に気持ち悪さに変わって水を飲むこともだるくなった。

人間は確か、水があればすぐに死ぬことはなかったはず。

そうだったとして、長時間の苦しみが待っているということだろうか。

移動して人間を探した方が早いか、私が餓死するのが先か。

移動したとして、水も得られなくなってしまったらどうすれば良いのか。

不安は不安を呼び、そうして動けなくなる。

そう考えると元の生活となんら変わらない気さえしてくる。

私は人が怖くなって外に出られなくなった。

次の仕事でも同じようなことが起こるかもしれないと思って、求人を見るたびに吐き気に襲われた。

そうして、繰り返し見る悪夢のせいにして、布団の上で屍のように生きていた。

行動を起こさない、という意味では今と何も変わってない。

私はどんな環境においても変われないのかな。

自分のダメ人間ぶりに嘲笑しながら、洞窟近くに咲いていた花を齧った。

ぴりぴりと舌が痺れ、意識が遠のいていく。

ああ、毒があったのかな。

そんなことをおぼろげに思いながら私は地面に倒れた。

どのくらいの時間倒れていたか分からない。

それでも雨が当たる感触で目を覚ますことが出来た。

そのまま永眠したほうが楽だった気もしないでもない。

目覚めてしまった私は泥だらけの服を気にする余裕もなく、とにかく水を飲みに行った。

私は少なくとも死にたいわけではないからだ。

川の水は相変わらず雨で増水しており、美味しい山水とは言いがたい。

それでも生命を繋いでくれる大切な水だからと手ですくって飲んだ。

そのとき、視界の端に何かが見えた。

それなりに大きめの川の真ん中に岩がひとつ。

その岩に何かが引っ掛かっているのだ。

鳥のようにも見えるし、トカゲのようにも見えるし、角も見えた。

見たことのないその生き物はぐったりとして川に浸かっている。

あれ、生きてるのかな。

真ん中の岩は少し遠く、息をしているのかどうかは見えなかった。

私には関係ない。

川の水を飲んだら洞窟に戻ろう。

そうして立ち上がると、その生物はさきほどよりも流されそうになっている。

このまま流されたら溺れるかもしれない。

いや、そもそももう死んでるかもしれない。

川の深さは分からないし、助からないかもしれない。

さまざまな理由や憶測は私の足を動かなくさせる。

そうして洞窟へと戻ろうとした瞬間。

キュウ・・・。

あまりに小さな声だった。

あの生物が鳴いたかどうかさえも分からない。

川の音がうるさすぎて鳴き声だったかどうかもあやしい。

それなのに私の足は川に入っていた。

川の流れが速く足がもつれる。

流されれば私だって無事じゃすまない。

一歩、また一歩、岩に近づいてようやく生物の全容が明らかになる。

ドラゴンだ。

映画とか物語で見たことがあるような、まさしくそれはドラゴンだった。

曲線の小さな角、鋭い牙、鋭い爪。

己の体よりも大きいであろう翼。

そして、そのドラゴンの大きさは土佐犬の子犬くらいだった。

ということは、ドラゴンのこども?

そう思いながら馬鹿らしいと思う自分もいる。

ドラゴンて。

鼻で笑ってしまうような単語だが、目の前にいる生物は他に形容しがたいほどドラゴンだった。

私はそのドラゴンを抱えて岸に戻ろうとした。

そこそこの重さのドラゴンは冷たく、息をしているかもわからなかった。

それでも私はなんとか川を渡り、洞窟までたどり着いた。

そこでようやくかすかに息をしていることが分かる。

私は体温を分けるためにドラゴンを1日中抱きしめていた。

川にどれほど浸かっていたのか分からないが、氷のように冷たいその体を温めなければ死んでしまう気がした。

タオルとかなにもなくてごめんね。

汚れたTシャツとスウェットしかない私にできることは抱きしめることだけだ。

そのドラゴンを抱きしめながら、助けない方が良かったのではと負の感情が沸き起こる。

私のところには食料も寝床も何もない。

そんなやつに助けられたところで一緒に餓死するだけかもしれない。

それならあのまま川で死んだ方が楽になれたのでは。

腕の中で小さく息をするドラゴンを、私が助けられるとは思えなかった。

何かを考えるとき、リスクの方が何倍にも膨れ上がって私の大半を占めてしまう。

私はそんな自分が嫌いだった。

自己嫌悪に陥りそうになったとき、ドラゴンがふるふる震えだした。

「寒い?ごめんね」

私はドラゴンの体を手で何度も撫でた。

はぁ、と息で温めたり、手でとんとんと子供をあやすように抱きしめた。

そうして一夜が明け、いつの間にか寝ていた私は鳴き声で目が覚めた。

「キュウキュウ」

まさしく川で聞いたその声はやはりドラゴンのものだった。

ぱっちりとした青い瞳は私の顔を見つめていた。

「大丈夫?」

頭を撫でると、その手にすり寄ってきて体調は悪くなさそうだった。

ドラゴンの体は少し乾いてきていて、どこかもふもふとしていた。

もともとは毛に覆われているのかもしれない。それが水に濡れて分からなくなっていたのだ。

「動けるならもう行きな。ここは食べられるものもないしね」

外を指差すとドラゴンは2度鳴いて、外へ出ていった。

死ななくて良かった。

空腹と疲労と、安心。

洞窟の地面に倒れこみ、私は意識を手放そうとした。

「キュウ」

その鳴き声は隣からした。

外に出ていったはずのドラゴンは何故か倒れている私の横で、同じように倒れる仕草をした。

「どうしたの。元居た場所に帰っていいよ」

ドラゴンは私のそばにぴったりくっついて離れなかった。

仲間とか、親とかはどうしたのだろうか。

そもそもこのこは、どうして川にいたのだろうか。

外に出てみて、知らない場所だから戻ってきたのかな。

いろいろなことを考えていると、ぐぅ、という小さな音がした。

私のお腹ではなかった。私はもうそんな時期は通り過ぎた。

「お腹すいた?」

それはどうやらドラゴンのお腹からのようで、私はくすりと笑う。

「食べさせてあげたいけどさ、ここには何もないのよ。自分で狩りとかできないの?」

ドラゴンは首を傾げるばかりで動かない。

仕方ない。

力なく立ち上がり、ドラゴンを抱っこした。

もしかしたら、ドラゴンが食べられるものは分かるかもしれない。

そんな一縷の望みにかけて、外に出た。

いろいろな植物を見せながら食べてくれるか確認する。

口を開けないし、匂いを嗅いでもそれを口にしようとしない。

諦めかけたその時、一枚の葉っぱをドラゴンが食べた。

それは、泣いていた葉っぱだった。

ギザギザでずっと濡れている。私はその得体の知れない液体が怖くて口に出来なかった。

でも、ドラゴンはそれを臆することなく口にした。

もぐもぐと口を動かすドラゴンを見ていたら、消えかけている食欲が戻ってくる。

私も、勇気を出すことにした。

口に入れたそれは、初めて飲み込めた。

味の薄いレタスのような、若干の甘味があるようなそんな味。

食べられるものがあった。

いつの間にか泣いていた私の頬を、ドラゴンが舐めてくれた。

野生の生物なら、食べ物が分かるのかもしれない。

このドラゴンが食べられるものは人間も食べられるのかもしれない。

そんな希望を見出した私は、その日から洞窟の周辺をドラゴンと歩き回ることにした。

カラフルな色合いのアジサイのような花。

黄色と黒の危険標識のようなキノコ。

硬い殻に覆われて私の力だけでは絶対に割れなかった果実。

ドラゴンが食べようとする物はどれもこれも私が絶対に選ばないようなものばかりだった。

幸いなことに人間の私が食べてみても今のところ体に異常は見られない。

しかし、それは絶対ではない。

ドラゴンには分解できる毒が人間には出来ない可能性だってあるのだ。

だがそんな冷静な思考など全く意味がないのだと私はちゃんと理解していた。

だって、食べないと死を待つだけだ。

今私に判断できるのはドラゴンと同じ物が人間も食べられるかもしれないという曖昧なことだけ。

そんな不確定な情報だとしても泣けるほど嬉しかった。

餓死しなくて済む。

それがどんなに喜ばしいことか。

日本で一般家庭に育った私は食べることに困った経験などはない。

勿論、どの国であろうがその日の食事にありつけるかどうかわからない暮らしをしている人達がたくさんいるだろう。

でも、私にとっては他人事で無関係なことだと思っていたのだ。

そんな暮らしがあることを知識では理解していても、実際に体験してるのとしてないのとでは天と地ほどの差がある。

なんでもそうだ。

経験したことがないものは分からない。

本当のところで理解しようと思えない。

だから今の私は食べることの大切さを学んでいる最中だ。

ひとつひとつの食事のありがたみも、重要さも、何ひとつ分かっていなかった。

分かってたら袋麺を丸かじりにはしない。

ということを私は危険信号色なキノコを丸かじりにしながら思った。

キノコって味しないっけ。

しめじとかマイタケとか、そのまま食べたら味するのかな。

そんな意味のないことを考える程度には余裕が出てきた。

ドラゴンはというと、硬い殻を歯で砕いて、中の実を食べている。

その中身を半分こするように、私にもくれるのだ。

「ありがとう」

「キュ!」

言葉が通じているのかは分からないが、今の私の唯一の癒やしだ。

そんなドラゴンと森の中で食事をしていたときだった。

草を踏む音がした。

枝を折り、生い茂る草木をかきわける音。

そうして、話し声が聞こえた。

もしかして人間がいるの?

私は助かるかもしれないと淡い期待に胸を膨らませ、音が聞こえる方に足を向けた。

少し距離があったが、人影がはっきりと見える。

良かった、事情を話して、それから。

距離が近づくにつれ、人間の姿が見え始める。

武装した男が二人。

手には剣、背中には弓。

ゲームやファンタジーで見るようなその格好は、冒険者というよりも山賊に見えた。

見た目で判断するのは良くない。

でも、悪いことをしてきた人の顔だというのは直感で分かった。

初めて会えた人間が悪い人かもしれないなんてどれだけ運が悪いのだろう。

いや、これは物語なんかじゃない。

現実なのだ。

そうして私はさらに絶望することになる。

「◇○□◇○□◇○□!」

「◇○◇○□!」

この男達がなんて言っているのか全く理解出来なかったことだ。

言語が日本語じゃない。

英語でもなく、聞いたことすら無い。

その事実に私は絶望を通り越して笑えてきた。

ここは死後の世界の地獄か何かか。

私に苦痛を味わわせる世界なのか。

とにかく逃げなければと男二人に背中を見せた途端。

足の直ぐ側の地面に矢が刺さった。

殺される!!

無我夢中で走った、走るしか無かった。

元の場所まで戻ってドラゴンを抱き抱えた。

鋭い枝を踏んで足の裏が切れて、それでも走って。

大きな木の裏に隠れた。

声を押し殺して、乱れる息がどれだけ苦しくても我慢して。

それなのに、男二人は直ぐ側まで来ていた。

意味不明な言語が聞こえ、足音が近付いてくる。

どうしたらいい?

どうすれば助かるの?

誰か、誰か、誰か!!


………誰が?


助けてくれる人などいないのだ。

ここには私と、小さなドラゴンしかいない。

この子も狙われるかもしれない。

この世界においてドラゴンがどういう存在かは分からないが、そんなものは関係ない。

自分でなんとかするしか無いんだ。

私は抱えていたドラゴンを地面に下ろして、近くに落ちていた太めの木の棒を掴んだ。

男は二人いる。

狙うなら急所しかない。

空手などの武道の類はしたことがない。

殴り合いなんて以ての外。

でも、やらないと私が殺されるなら覚悟を決めないと。

乱れた息は走ったからか、極度の緊張からか。

大きな木の裏から勢いよく飛び出して、男の後頭部目掛けて棒を思い切り振った。

ゴッ!!

という重い音と共に倒れる男。

そうしてもう一人の男も振り返り、剣で切りかかってきた。

棒じゃ防ぎ切れない。

死、という存在をこれほどまでに身近に感じることは無かった。

この世界に来るまでは。

私は砂を掴んで男に浴びせ目眩ましをする。

そうして怯んだその男の首目掛けて棒を振り払った。

どさり、と男が倒れて私は棒を地面に落とした。

止まらない汗と、乱れた呼吸は苦しくて。

震える手が、足が、思うように動かない。

殺してしまった?

それとも、まだ息はあって襲いかかってくる?

動かない男二人を見下ろしたまま固まっていた私の足元に、ドラゴンがトコトコと歩いてきた。

「キュウ」

そうだ、この子を連れて逃げないと。

ドラゴンを見て我を取り戻した私は、倒れた男の剣と弓を体から外し、全部を持っていくことにした。

後から追われたら武器があると面倒だし。

それから靴を脱がし綺麗な方は頂戴し、もう一人の靴は川に流した。

小さな剣一つ。それから弓を頂戴し、残りの武器は川に流した。

以前の私ならこんなこと絶対に出来ない。

人の武器や靴を盗んで、こんなの犯罪だ。

でも、生き残るためにはこうするしか。

震える手で自分を正当化しながら私は立ち上がる。

そうして倒れた男たちを眺め、歩きだす。

生きているか否か、確認することは怖くて出来なかった。

それにここは洞窟が近いから、もうあの場所には住めないな。

トコトコ付いてくるドラゴンと共に私は、ようやくあの場所から離れることにしたのだ。

人間がいるならば街もあるはず。

言語が分からずとも話を聞いてくれようとする人は何処かにはいるはず。

この世界に来て良いことなど本当に無いのだが、変わったことならある。

現状維持はもう辞めだ。

川が近くないと水が手に入らないとか、洞窟がないと雨風しのげなくなるとか、そんなネガティブなことを考えるのはやめる。

森を出よう。

そう決意してから1週間。

まだ森にいた。

というか、進めど進めど森しか無い。

あの男たちは一体何処から来たのだろうか。

幸いなことに泣く植物(味は薄いレタス)のおかげで水は確保できたし、ドラゴンのおかげで果実やキノコは食べることが出来ている。

残念ながら丁度いい洞窟はなく、雨が降ったらとりあえず大きな木の下に入ってやり過ごす。

正直なところ、もう服は泥だらけで原型は思い出せない。

ただ、頂戴した靴は役に立っていて何かを踏んでも痛くないのは本当にありがたい。

彼らは、どうなったのだろう。

そんなことが一瞬よぎって頭を振る。

考え出すとどつぼにはまってしまう。

動けなくなってしまう。

気温が一気に下がる夜はもふもふのドラゴンを抱き締めて眠り、朝になったら森を進むを繰り返す。

そうして着いたひらけた場所には湖があった。

水を飲んで、顔を洗おうとしたその時。

湖の中にある顔と目があった。

「っ!?!」

驚きで声も出ず、尻餅をつく。

その顔は少女のような、成人した女性のようなそんな顔。

湖から徐々に顔を見せ、微笑んできた。

「☆☆☆▽☆▽☆」

先日の男たちとはまた違った聞こえ方だった。

「あの、分からないです」

そう言ってはみたが、相手に伝わってるはずもない。

少女は私の足を掴むと湖に引きずり込んだ。

ゴボゴボと湖の底に物凄い力で引っ張られる。

溺れる!!!

私は必死にもがいて抵抗するが、その少女の手は鱗があって、体の下半身はヒレがあってまるで人魚のようだった。

つまり、水の中で勝ち目がないということだ。

息が持たなくなる前に。

そう思って上を向くと、ドラゴンがバタバタと泳いでこちらに向かおうとしていた。

上手とは言えないその泳ぎ。

いや、この子溺れてない?!

私はそう思った瞬間ドラゴンを助けなければというマインドに切り替わった。

掴まれた手に噛み付いて、ドラゴンを抱えて湖からあがった。

「ケホッケホッ」

咳き込むドラゴンを抱きしめて、こちらを見る人魚を睨み付けた。

「☆☆☆▽☆▽▽」

「もう近寄らないで」

私の言葉は通じてないだろうが、人魚はどこかへと消えていった。

次から次へと問題が起こるのは試練なのかなんなのか。

私にしがみつくドラゴンはきっとまだ子供なのだろう。

泳ぐのも飛ぶのもきっと出来ないはず。

それならば、私が守るしかないじゃない。

守るだなんて大層なこと私に出来るとは思えないのに、私は何故かこの子を守りたいと強く思う。

命を繋げたのがドラゴンのおかげだったからなのか。

この世界に唯一味方がいる心強さか。

どちらにせよ、私が諦めない理由になってくれるのならこの子しかいない。

そう思った。

「助けてくれようとしたんだよね?ありがとう」

ギュッと私の腕を掴むその小さな手。

鋭い爪はあるものの、決して私を傷つけることはない。

それが私に心を許してくれているようで嬉しかった。

もうすぐ日が暮れる。

さっきのように人魚に襲われるのはごめんだが、水が確保できるというのは安心材料だ。

湖の側の大きな木に寄りかかり、ドラゴンをいつものように抱えて眠ろうとした。

だが、ドラゴンは落ち着かない様子で森の奥を何度も見る。

「どうしたの」

「キュ」

真っ暗な森の中。

何故かぼんやりとした灯りが見え始める。

人だろうか?

しかし足音は聞こえず、気配すらない。

ぼんやりとした灯りはやがて、2つ、3つと増えていく。

そうして灯りの中に見えたのは羽の生えた小さな人だ。

山賊、人魚に続いて今度は妖精か?

うんざりしながらもドラゴンを抱えたままゆっくりと立つ。

妖精、らしきその生き物はこちらに気付いたようで向かってくる。

「来ないで!!」

どうせ通じないのにそう言ってしまうのは言葉を持つ者の嵯峨だろうか。

「☆▽▽☆☆☆」

人魚と少し似ているが、また違う音。

分かってはいたが、この世界で言語が通じる相手に出会えるのだろうかと不安だ。

妖精は険しい顔をしていて、小さな手を横に振った。

その瞬間、私の髪に火がついた。

は?なにこれ!?

私は急いで湖へ駆けて行き、火を消した。

湖が近くに無ければどうなっていたか。

チリチリとした髪の一部を見て怖くなる。

あれは、もしかすると魔法というやつだろうか。

私は今の今まで魔法なんて物がこの世界に存在すると想像もつかなかった。

確かにドラゴンはいるし、人魚も見た。

そして、あれが妖精だったとして魔法なんてものが実在するなんてどこの小説の中かと問いたい。

そうだ、ドラゴンを置いてきてしまった。

私は急いで元の場所へと走った。

すると、妖精はドラゴンに何か話しかけていた。

妖精は私の顔を見るなり、もう一度手を横に振った。

また燃やされる!!

そう思って手を構えたが、熱くはない。

すると、先程まで焦げ臭かった髪が元通りの長さに戻っていた。

ドラゴンに目を向けると、既に妖精の姿はなく。

考えられる可能性としては、私がドラゴンの誘拐犯に見えたのかもしれない。

妖精にとってはドラゴンは仲の良い種族、もしくは敬っている存在ということも考えられる。

「妖精に弁解してくれた?」

「キュウ!」

その鳴き声が自信満々に聞こえて私は吹き出した。

「ありがとう、助かったよ」

事実は分からない。

でも、あの妖精はドラゴンを襲わないと分かっただけでも一歩前進と思いたい。

そしてもう一つは、魔法の存在。

いや、妖精しか使えないものかもしれない。

それに、使える人間と使えない人間がいるかもしれない。

そう考えたら望み薄だ。

ありもしない希望を抱くのはやめよう。

そうして私とドラゴンは森の中を歩き続けた。

私がこの世界に来ておそらく一ヶ月は経過しているはずだ。

歩いている途中、ボロボロのマントが枝に引っかかっていた。

その近くには白骨化した仏さんが横たわっていて、もしかしたら山賊や何かの生物にやられたのかもしれない。

私は手を合わせてマントを頂戴した。

道すがら何度か人間が使うような道具が落ちていて、近くに町があるかもと幾度も思いながら森を進んだ。

時々、ドラゴンに妖精が話しかけに来た。

何を言っているのか私には分からないし、妖精は私には興味を示さなかった。

ドラゴンに危害を加えないのならどうでも良いのだろう。

ドラゴンはいつものようにキュ!としか返事をしていないが、妖精とは何故か意思疎通が出来ているように思えた。

そして日に日に何故か、私もドラゴンの言葉を理解できるようになっている気がした。

「この森の中をいつまで歩けばいいんだろうね」

「キュ」

「そりゃあ出たいよ、町に行きたいんだから」

「キュキュ」

「出れるわけ無いって、なんでそんな」

私は目を見開いてドラゴンを見た。

あれ?今会話してなかった?

「森を出られないって言った?」

「キュ!」

その元気の良い返事はまさに肯定だ。

ドラゴンは嬉しそうに両手をこちらに上げた。

抱っこして欲しいってことだ。

私はドラゴンを抱っこして少しよろけた。

「あれ、重くない?」

「キュウ!」

「違う、太ったとかじゃなくて、成長してるってこと」

ドラゴンは明らかに大きくなっていた。

翼も手も足も一回り大きい。

この子、どのくらいの大きさになるんだろう?

そんなことを思いながら歩きだす。

「ところで、出られないってどういうこと?」

「キュ」

「迷いの森?」

「キュキュ」

「決まった順路じゃないと出られないってこと!?」

頷くドラゴンを抱えたまま私はその場に蹲った。

なにそれ、なにそれ、なにそれ。

私は大声で泣き出したかった。

この世界は私を殺したいの?

食べ物も分からない、言語も通じない。

会った人間は山賊で、人魚も妖精も私を殺そうとした。

なんで、こんな目にあってるの?

こんなに歩いたのに無駄だったってこと?

唇を強く噛み締め、鉄の味がした。

まだだ。

私はドラゴンの言葉を一ヶ月経過してようやく分かるようになってきた。

そうでなかったら、もっと長い時間彷徨うことになっていたかもしれない。

まだ大丈夫、まだ正気でいられる。

そう自分に言い聞かせながら、私はドラゴンに話しかける。

「順路はどうやってわかるの」

「キュ」

「きまぐれな妖精次第…貴方は教えてもらえないの?」

「キュウ」

「意味がない?どういうこと。私は森を出たいの、人に会いたいの!!」

私の叫びは静かな森に吸収される。

ドラゴンは少し驚いていて、私は慌てて謝った。

「ごめん、ごめんね。私の事情は貴方には関係のないことなのに」

そもそも、人に会ってどうするのだろう。

話は通じるか分からない。

違う世界から来ただなんて誰が信じてくれる?

変なやつだと捕まって結局殺されるのでは?

何度も死にかけて、これからもそれが続くような気がして怖い。

自分を抱きしめるように蹲ると、ドラゴンは手でぽんぽんと肩を叩いた。

「森から出してあげる」

驚いて私が顔を上げるとドラゴンはすりすりと顔を寄せた。

さっきのはっきりとした声はなんだったのか。

私はドラゴンの頭を撫でて聞いてみた。

「出してくれるの?」

「キュキュ」

「飛べるように、なったら?」

小さな翼を上下するドラゴンを、私は抱き締めた。

「気長に待つよ。だから、私を森から出してね」


そうして私が森から出ることが出来たのは、この世界に来てから1年後のことだった。

ドラゴンはすっかり大きく成長し、私一人を乗せられる大きさになった。例えるのなら大型犬くらい。

ドラゴンの背中に乗って空へと舞い上がった瞬間気付かされる。

迷いの森がいかに小さいか。

そして、物凄く近いところに大きな町があったのだと。

長かった。

結局、私は山賊以外の人間に会うことはなかった。

だからようやく人に会える。

町の手前の道でドラゴンに降ろしてもらい、入口の門のようなものから中に入ることにした。

二人の門番はこちらを見るなり、嫌な顔をした。

当然だ。

川で洗っていたとはいえ薄汚れたマントに身を包み、髪は邪魔になったから短刀で雑に切っていた。

しかし、門番はその私の後ろにいるドラゴンを見て目を見開いた。

「□◇◇○□○!!」

ああ、やっぱり言語は分からない。

門番は慌てた様子で一人が中に走っていき、一人はこちらにやってきた。

「○◇◇□□○?」

「いや、分からないです、すみません」

「○◇◇□□○?」

「いやゆっくり言ってくれても分かんないんですよね」

お互いがはてなを浮かべて、門番が苛々とし始めたときだった。

「日本人、ですか?」

久々に耳にした自分以外の日本語に驚いて振り返る。

そこには黒髪ロングが綺麗な女の子が立っていた。

花の柄のワンピースを着た女の子はにっこりと微笑んだ。

「私以外にも日本人がいるなんて驚きました!ところで、その格好一体どうしたんですか?」

女の子は心配そうに問いかけるが、どうしたもこうしたもない。

「あの、私一年前にこの世界に来て、その間ずっと迷いの森にいたんです」

「ええ!?迷いの森ってあそこの禁忌とされてる森ですよね?私も1年ほど前にこの世界に来て、あの森には入っては駄目だと教えられましたよ。生きて出られる人はいないからって」

おろおろとする彼女は、そういえばと門番を見た。

「門番さんとお話中に割り込んですみません。◇○□◇○?」

「ちょっと待って。この世界の言葉わかるの?」

女の子は首を傾げて私を見た。

「え、分かりますよ?私は日本語を話していますけど、この世界の人達とは多分この世界の言葉を話してるんだと思います。この世界の言葉も日本語に聞こえますよ」

それは至極当然のように言われて私は笑いがこみ上げる。

私とこの子の差は一体なんだろうと。

私は自暴自棄にならないように深呼吸してから、女の子に問いかける。

「貴方は、どうしてこの世界に?」

「多分通学中に交通事故に合ったのが原因だと思います。まさか異世界に来るだなんて夢みたいな話ですよね?気付いたら道に座っていて、王宮の騎士の方が助けてくださったんです」

微笑ましく話す彼女は、そうだ、と思いついたように言った。

「私が通訳になりますよ!この町の人達には良くしてもらっていて、王宮の方々にもたくさん知り合いがいますので!」

とてもありがたい提案だった。

もちろん、お願いしたいと思った。

でも、それと同時にとてつもない虚しさや誰にも言えない怒りが募っていってしまう。

それを押し殺して私は笑顔を作った。

「通訳をお願いします」

女の子は笑顔で頷くと門番と話をして中に入れてくれた。

ドラゴンは私の後ろにぴったりと張り付いて離れない。

「門番さんはそのドラゴンを連れて王宮に来てほしいと言っていたので案内しますね。ところでそのドラゴンさん、契約のドラゴンさんなんですか?」

「契約とは、なんでしょうか」

「この世界、魔法世界で従魔契約ができるんです。えっと、互いの了承によって命を繋げる魔法、つまり一蓮托生な存在になるって先生が言ってました」

「先生?」

女の子は時折、町の住人に手を振りながら説明してくれる。

町の皆に好かれてる娘なんだな、とただ歩いているだけなのにそう感じさせられた。

「私、この世界に来てから自分に魔法の才能があるって言われて学校に通わせて貰ってるんです。衣食住は王宮が保証してくれて、光の魔法の治癒が得意だから聖女にならないかって言われてて」

彼女は彼女なりにこの世界で前向きに生きている。

彼女だって、交通事故で急にこの世界に来て不安だったはずだ。

私よりずっと、歳下だし。

まぁ、それはそれとしてこの子と私は何が違うのかと叫びたい気持ちはあるのだが。

ふと、女の子が振り向いて私の顔を見た。

「そういえば自己紹介まだでしたね。私はヒカルと言います。お姉さんの名前を聞いてもいいですか」

暖かな笑顔、それが眩しすぎて私には辛かった。

そして、私は自分の名前が思い出せないことに気付いた。

私が私であることすら許されないということなのか。

私は動揺しつつも、首を横に振った。

「すみません、名前を思い出せません」

「そう…なんですか。王宮に行ったら何か分かるかもしれませんよ。私も色々助けて頂いたんです」

私を励まそうとしてくれてるのは分かる。

だけど、それを素直に受け取れるほど大人になり切れなかった。

曖昧な笑顔を浮かべるだけで、彼女の話をただ聞いていることしか出来ないでいた。

王宮の中に入っても人々は私を奇異の目で見た。

分かってる、こんな汚い格好で王宮に入ってごめん。

ドラゴンは相変わらず私の裾を掴んでいて後ろを黙ってついてくる。

一番奥の部屋は広い空間になっていて、玉座には王様らしき人が座っていた。

壁際には数十人の騎士のような人が立っている。

ヒカルはスカートの裾を持ち上げ、片足を引いてお辞儀をした。

この世界の教養も教えてもらっているのだろう。

私はそんなものは知らないので頭をとりあえず下げた。

ドラゴンが私を見て同じように頭を下げると、何故か周りがざわついた。

ヒカルは王様の言葉と私の言葉を訳してくれた。

「太陽の国へようこそ。貴方はヒカルと同じ国からいらっしゃったようですね。迷いの森から生きて出られる方がいるとは驚いています。さぞ、大変だったでしょう」

王様はどこか友好的で、それはおそらくヒカルのおかげだ。

人柄やコミュニケーション能力を活かし、この町で生きてきたのだろう。

その同じ国からと聞けば多少はよく見えるといったところだ。

「新しいお召し物を用意します、それから住むところと生活できるように援助を」

「いえ、待って下さい。それをして頂く理由がありません」

私は口を挟んでいた。

とてもありがたいお話で、貰えるものは貰っておけばいいのに。

でも、そんな都合のよい話は私には来ないと思ってしまった。

これまでの生活の中で生きるか死ぬかの瀬戸際だった私にそんな都合の良い話が来るわけがない。

王様は私の言葉を聞くと一瞬、顔を曇らせた。

「実はそのドラゴンはブルームーンドラゴンという稀少種でして、絶滅危惧種なんです。この世界の守り神とされているとても貴重なドラゴンでして。王宮で保護させて貰えないでしょうか。その代わり、貴方の命の保証はこの国がさせて頂きますので」

なるほど、交換条件か。

それなら、不運続きの私も納得だ。

いや、でもドラゴンは元いた場所に戻らなくていいのか?

「見たところ従魔契約もまだのご様子。それならば、王宮でのびのびとした暮らしをさせてあげるというのはどうでしょう」

王様の問い掛けに私はドラゴンを見た。

「どうする?今の話分かった?王宮で暮らさないかって」

「キュー!!」

「でもさ、私といるよりは元の場所に戻れるかも」

「キュキュ」

「戻らないって、どうして」

ドラゴンと話していると周りがざわざわとうるさい。

ふとヒカルの顔を見るとなんだか青褪めている。

「あの、ヒカルさん?」

「まさかドラゴンと、話してるんですか」

「え、はい」

そう答えると王様も顔面を蒼白させ、側近に何かを命じた。

その側近が持ってきたのは大きな鏡でそこの前に立つように言われた。

ヒカルはすかさず説明してくれる。

「これは魔法を検知する鏡です。私もこれで光魔法があると分かったんですよ」

そうして私が映った鏡は一瞬にして真っ黒になってしまった。

「ヒカルさん、これは」

「わ、分かりません。でも、王様たちはかなり深刻そうな表情をしています」

それは私も見たらわかるよ。

しかし私は正直あまり驚かなかった。

これまでの不幸から考えても、町に着いてもあまり変わらないだろうなと諦めていたからだ。

通訳がいたことは本当に助かったけど。

王様が話し出し、またヒカルが通訳してくれた。

「黒というのは未知の魔法、または闇魔法を持つものを示している可能性が高いです。大変申し訳無いのですが、闇魔法の場合、この国との相性が非常に悪いのです」

「処刑ですか」

「ま、まさか。昔はそういうこともありましたが、もう100年以上前の話です」

あったんかい、とツッコミを入れたいが我慢する。

「この国は太陽の神によって守られる国。ですから、ヒカルさんのように光魔法を持つ者。もしくは自然を司る魔法はより力を発揮できる環境にあります。しかし、闇魔法は逆です。徐々に力を奪われ、魔法の力が無くなってしまう恐れがあります。ですから、長居はしないほうが賢明です」

「魔法を使ったことがないんですが」

「それならば、気付いておられないだけでしょう。あのように黒くなるのは魔力を持っているからに他なりません。そして、ドラゴンと話せることが何よりの証拠です。本当に稀なことですが、それが貴女の魔法の一部ということです」

ヒカルの方を見ると何度も頷いている。

「ドラゴンさんと話せる人を初めて見ました。勿論従魔契約をしている人は見たことありますが、話すって言っても、どんな感情なのか分かるだけで言葉を交わすなんてあり得ません」

なんか、そんな話どこかの本で読んだような。

自分の名前は思い出せないのに、その本の名前は思い出せそうだ。

王様はドラゴンに向かって話しかけた。

「あなたは月の加護を受ける存在。つまり光側の種族です。本当にこの方と共にいるのですか?」

ドラゴンは私の腕にギュッとしがみついた。

「契約もしていないのに随分と絆が深いようですね。分かりました、あなた方を無理やり引き離すなんてことは致しません。ですが、ドラゴンは守り神…この国にいてくれると非常に助かるのですが、しかし」

王様は考えあぐねて結局答えは出なかったようだ。

「ひとまず体を休めて下さい。部屋を用意します。これからのことはもう少し考えさせて下さい」

そう言われて通された部屋には風呂場と新しい衣服が置いてあった。

約一年ぶりの風呂!!

そう考えただけでも泣きそうだった。

「お風呂入ろっか!」

ドラゴンにそう言うと首を傾げられた。

でも絶対に入ったほうが良いよと説得して、ドラゴンを洗い、私もようやく風呂に入る。

お風呂って、こんなに良いものだったんだ。

石鹸て素晴らしいものだったんだ。

風呂場で泣きながら髪を洗い、体を洗い、湯に浸かる。

体中傷だらけで、肋骨が浮いている。

植物やらきのこやらしか食べてないから当たり前か。

でも、今日まで生き延びた。

そう思うと頑張ったなと自分を褒めたかった。

風呂から上がって、ベッドに寝転がる。

ベッドがある!!

ベッドで寝れるなんて夢のようだ。

ドラゴンも真似して横に寝転がる。

今はまだこの大きさだけど、きっともっと大きくなるよね。

横に眠るドラゴンを見ながら私も、目を閉じる。

王様に、山賊のことを言うことが出来なかった。

1年間あの森を彷徨っている間、何度か洞窟の近くを見回ったが山賊の二人はいなかった。

生きていたのか、それとも別の原因で遺体が消えてしまったのか。

それを深く考えることが怖くて、私は口にすることをやめた。

迷いの森に入ったら生きては出られない。

私自身があの男二人を閉じ込めてしまったかもしれない事実を誰にも言うことはできない。

隣に眠るドラゴンを抱きしめて、私は小さく丸くなる。

この世界で初めて部屋の中で夜を過ごした。


朝早く起きてしまった私はドラゴンと共に外に出た。

外とは言っても王宮の庭で、かなりの広さがある。

色とりどりの花が咲いている中私は、あれは食べられるやつだなと考えながら歩いていた。

ふと、ドラゴンが花をパクリと食べてしまって慌てた。

「待って待って、ここ王宮の中だから!人んちの花だから!」

私は迷いの森で取っておいた果実を取り出してドラゴンにあげた。

「食べるならこっちにしよう、ね?」

「キュ!」

もぐもぐと食べるドラゴンの横で私も果実を口に放り込んだ。

「◆■◆◇◇◇!!」

突然聞こえたその声に驚いて振り返るとそこには片手に剣を持ったガタイの良い騎士らしき人が凄い形相でこちらに走ってきていた。

「なになになに!?」

「◆■◆◇◇◇!」

騎士は剣を地面に突き立て、私の口を開かせる。

え、なに、果実が気になるの?

私が持っていた残りの果実を見せると騎士は次第に青褪めて腕を引いて歩きだした。

連れてこられたのはどうやら王宮の医者のところらしく、申し訳ないことに朝っぱらからヒカルを呼び出すことになってしまった。

「すみませんヒカルさん。私はなんとも無いんですけど、騎士の人が」

ヒカルは果実を見て驚いて、医者と話をしている。

「この果実は毒があるんです、死んでしまいますよ普通なら!!」

ヒカルの話によるとこの果実は強い毒性を持っていて、一粒で致死量らしい。

私はこの一年何個食べたか覚えてない。

もちろん、ドラゴンには効かないらしい。

「どうやら、この果実のせいで名前を思い出せない可能性があるそうです。ですが、あなたの持つ魔力によって毒性が薄まっているのではないかということです」

その説明に騎士は深く安堵のため息をついた。

「あの、驚かせてすみませんでした」

騎士は首を横に振ると、颯爽と立ち去っていった。

「今の騎士さんは、ヴィントさんです。いつも寡黙な方で、剣の腕前はかなり優秀だと他の騎士の方に聞きました。どうやら朝練の最中にあなたを見かけたようですね」

なるほど、稽古の最中に毒の果実を食べるおかしな女を目撃してしまったというわけか、かわいそうに。

「ヒカルさんも本当にすみません。せめて、言葉が分かればこんなことにはならなかったんですが」

「いえ、全然いいのですが。でも、不便ですよね言葉が通じないと。そのあたりも含め王様に話してみましょう」

良い子だな。

ヒカルが町の人々に好かれる理由がよく分かる。

そんなヒカルに私はとあるお願いをした。

銀製のはさみ。

私は鏡の前に立ち、はさみをザクザクと入れていく。

剣で切るよりは整えられるはずだ。

「自分で切るんですか!?以前は美容師とかですか」

「いえ、やったことないです。でも、美容院に行くお金も無いですし」

「それは、王様に頼めば美容師さんが来てくれるんじゃ」

「そんなことまで頼る訳にはいかないので」

私がそう言うと、ヒカルははさみを取り上げた。

「じゃあ、せめて後ろは私が切ります。危ないので」

そうして出来上がった髪型はベリーショートでとても涼しくなった。

「いいんですか、こんなにバッサリと」

「短いほうが楽なので」

その髪型を見たドラゴンは少し驚いていたがすぐに慣れたようだった。

また大きな謁見室に呼び出され王様からとある提案を受けることになった。

ふと視線を感じて騎士の方を見ると、今朝お世話になったヴィントが立っていた。

軽く会釈をすると彼も小さく返してくれる。

王様の話はヒカルを通して分かりやすく伝えてくれた。

「貴女の籍をこの太陽の国に置かせていただければ個人の証明書を作ることができます。それがあれば他の国へ行っても入る手続きが簡単にできますし、個人の情報、医療や物を売買するときにも役立つでしょう。その代わり、年に一度更新するためにこの国に訪れ、光の加護の儀式をドラゴンに受けて頂きたいのです」

私はドラゴンに聞いてみる。

「この国で定期的に光の加護の儀式をしてほしいんだって」

「キュ?」

「何をすればいいの?って言ってます」

王様は首を振り、ドラゴンに笑顔を向ける。

「儀式はこちらで行うのでドラゴンの貴方には居てもらうだけでいいのです。ドラゴンが住処に選んでいるというだけで、この国の光の加護が強くなるということです」

なるほど、そんな効果があったのか。

私はずっと居るわけにはいかないけど。

ドラゴンが頷いたので王様は安堵の笑みを浮かべて、手続きをしましょうと小部屋に通された。

おそらく役所の人なのだろう眼鏡の男性が席を引いてくれた。

その男性は私を見ながら紙に何かを書いていく。

もちろん、文字は読めない言語だ。

ヒカルがその紙を見ながら説明してくれる。

「籍を置く国の名前や、魔法に関する情報が今書きこまれています。この方は鑑定士の方で見ただけで相手の魔力や状態異常が分かる人です。この国の役所のトップの人ですね」

ヒカルさん何でも知ってるな。

「登録には名前が必要だと言っています。お名前が思い出せない場合は自分で付けるしかありませんが、どうしますか」

私は改めて自分の名前を思い出そうとしてみた。

両親に呼ばれていたあのとき。

友達に呼ばれたあのとき。

まだ皆の顔は思い出せることに安堵したが、それでも名前は出てこなかった。

そうして何故かポケットの果実を取り出した。

「この果実の名前、なんですか」

「えっとですね、確か“ルリビ”だったと思います。名前をつけた方は綺麗な青い鳥と似ているから付けたのだと、授業で習いました」

「授業で魔法以外も教えてくれるんですね」

「食べては危険なものなので身を守るためにも授業になっているそうです。私は特にこの世界の植物も食べ物も分からないことだらけだったので、助かりました」

ヒカルも私と同じくこの世界のことは何も知らないという訳か。

違うのはスタート地点と言語。それから魔法。

たったそれだけなのに大きな大きな壁だな。

私はルリビを見つめながら、よし、と決めた。

「この果実から取って“リビ”という名前にします」

「いいんですか?毒がある果実からとって」

ヒカルは心配そうにしていたが、私は思ったのだ。

青い鳥を助けようとして死んだこと。

青い鳥にちなんで付けられた果実で名を失ったこと。

果たして偶然か必然かは分からないが、私には何か関係があるのかもしれない。

「ある意味似合う気がするので」

そう答えるとヒカルは分かりましたと頷いてくれた。

「では次にドラゴンさんも家族として登録しましょう。お名前はなんですか」

「あー、ないですね」

「え!?ずっと一緒にいたんですよね?」

私はそもそも、あの森を出たらドラゴンは帰るだろうと思っていたから名付けることはしなかった。

でも、これから共にいるなら名前は必要だ。

「貴方名前ある?」

そういえば、話せるようになってから一度も名前を聞いたことはなかった。

二人だけの生活の中、名前が無くても成り立っていたのだ。

ドラゴンも首を横に振り袖を引っ張った。

「キュ」

「つけていいの?何が良いかな」

もふもふの体、青い瞳、青いつばさ。白い角。

「ソラ」

「キュウ!」

なんとなく呼んでみたが存外しっくりきた。

こうして私の証明書が発行され、手元には硝子のように透明なカードが一枚。

「カードを裏返すと液晶パネルのようなものが出てきて、そこから色々な情報を確認できますよ。ゲームみたいですよね」

ヒカルの言った通り、カードを裏返すと空間にパネルが現れてそこには特殊言語という文字が見えた。

「そこは魔法の種類ですね、ドラゴンと会話できるからだと思います。このパネルはカードの所持者しか見れませんので失くさないように気をつけて下さいね」


そうして私はカードを持って図書館に来ていた。

なんと、このカードがあれば無料で閲覧可能という訳だありがたい。

さて、私が何故図書館に来たのかと言うと言語の勉強だ。

このままずっとヒカルに翻訳してもらう訳にはいかない。

そう思っていくつかの絵本をテーブルに持ってきたのだが、如何せん読み方が分からない。

スマホの翻訳機能欲しい。

日英辞書みたいなこの世界の辞書がほしい。

隣に座るドラゴンにも本を見せる。

「読める?」

「キュー」

「読めないよね、だよね」

そもそもの話、表記してある文字を理解できていない。

書いてある絵が植物であることは分かるが、この世界の植物であるため難しい。

迷いの森で見た植物ならば食べられることは分かるのだが、名前は理解する必要がなかったから知らないわけだ。

私は絵本をパラパラとめくり、とあるページで止まった。

青い果実、ルリビ。

子供に食べてはいけないと教えるならば絶対に載っていると思った。

これでルリビは読めるわけだが、規則性を見つけないと話にならない。

ひらがな、カタカナなどの表やABCなどの文字基準を取り敢えず学ぶ必要があるみたいだ。

絵本よりも先にそっちが必要だと本棚を探していると、ヒカルがとある人を連れてきた。

「こちらは私が通う学校の先生で、レビン先生です。この国の言語についての基礎を教えて頂けることになりました。ただ、リビさんはこの国に滞在することは出来ないのでほとんどは自分で学ぶことになります」

「ありがとうございます、助かります」


こうして私は文字の基礎、簡単な挨拶を教えてもらい今現在国の外にいた。

長時間太陽の国にいられない私は、じわじわと魔法の力を失っていく。

それを回復するには国の外に出るしかない。

魔法なんてと思ったが、魔力がなくなるということはソラと話せなくなるということなのだ。

唯一翻訳のいらないソラと話せなくなるのは避けたかった。

大通りから少し外れ、原っぱに座って文字の基礎の本を繰り返し読んでいる。

私の隣に座ってソラも一緒に本を眺めながら、言語を学んでいく。

「これは?」

「キュ!キュ!」

「うん、それはこんにちはだったよね。こっちは」

「キュウ!」

「さよならだっけ?おはようじゃなかった?」

そんなことを言っているとぽつり、と雨が降ってきた。

せっかく貰った本を濡らすわけにはいかないと、王宮から貰った鞄に本をしまい走り出す。

これから私はまた、魔力が回復するまでは太陽の国に戻るわけにはいかない。

この世界で生きていくために必要なのはまず、通貨だ。

野宿は慣れたものなのだが、せっかく貰った服も鞄も雨に濡れ続ければボロボロになってしまう。

出来れば宿を取りたいがそれにはお金が必要だ。

光魔法を持っていたヒカルはあらゆる援助を受けていたが、私はそういう訳にはいかない。

服も鞄も、学ぶための方法も教えてもらえた。

処刑もされなかった。

それだけでありがたいと思わなければ。

来る時代が違えば殺されていたかと思うとゾッとする。

走っているととても大きな木を見つけてその下に入った。

まるで神社にある樹齢千年の大木のような見た目の木は、緑の葉で生い茂っていて濡れずに済みそうだ。

雨宿りをしながら言語を繰り返し言って覚える。

私の言語にソラが日本語の意味を言って覚える。

言語が通じなければお金を稼ぐのも難しい。

そう思うと、より一層言語の勉強に力が入った。

太陽の国を出てからはまた、果実やキノコの生活に戻った。

むしろ、こっちのほうが手慣れたものだ。

しかし、問題はモンスターらしき生物が出るということだ。

迷いの森は妖精のような生き物の縄張りらしく、ほとんど生物を見ていない。

人魚らしき者にはあったが、聞くところによるとそれは湖の妖精だったらしいのだ。

だから、普通はモンスターのような生物がいることを今現在、身を持って体感している。

さて、その私はというと猪らしき大型の生物に追いかけられている。

隣で必死に走るソラを見て私は叫んでいた。

「ソラ飛べるよね!?!」

「キュ!?」

そうだった、と言わんばかりにソラは私を背に乗せて上に舞い上がった。

さすがの猪も空は飛べないらしくとぼとぼと諦める姿が見える。

「助かった、ありがとうね」

それにしても、私は戦う術がない。

モンスターと対峙したときに逃げるしかないというのはなんと心許ないことか。

もっと色々な情報が欲しかったが、私の魔法の相性が悪いばっかりに国にとどまれない。

戦える魔法があればいいのに。

そんな現実味のないことを考えてため息が出た。

こうなったら体を鍛えて剣の腕を磨くしかないのかな。

そんなことを素人の私が考えても無駄なことは百も承知。

しかし、このままではいずれモンスターに殺されるかもしれない。

何か見つけなければ。

魔法学校が存在するということは、魔法の使い方や強化が出来るということだ。

とはいえ、私に教えてくれる師はいない。

いや、待てよ。

魔法使ってる人いたな。

私はソラの背中をぽんぽんとすると行き先を告げた。

「迷いの森に行こう」


探しものは案外すぐに見つかった。

それはケラケラと笑いながらバタバタと羽を動かしている。

「この森を出ることができて、なおかつまた森に戻ってきた人間は珍しいわね」

ソラが妖精の言葉を訳してくれて、私は妖精と話をすることが出来る。

とはいえ、ソラに対して友好的であったとしても人間には見向きもしない妖精がほとんどで、私からは話しかけたことはなかった。

だが、妖精が魔法を使えることは明らかで。

ソラのおかげでスムーズに話せることも事実だ。

それを利用しない手はない。

「魔法について教えてほしいんです。私は使い方も、自分になんの魔法があるのかも分かりません」

「あら、どうして人間が妖精に教えを請うのかしら。人間のことは人間が解決したらいいじゃない」

「それはごもっともなんですが、こちらの世界の言語が分からないんです」

妖精は態と驚いた様子で微笑んだ。

「まぁ、なんて憐れな子。いきなりこの世界に現れて、異物でいるしか出来ないのね」

「なんでそれを」

「森の入口から貴女は入ってない。突然現れたということは、そういうことだわ」

ふわふわと飛んだ妖精は私のおでこに指をつけた。

「私が魔法を教えたとして貴女は私に何をくれるのかしら?その目?寿命?記憶かしら」

妖精の瞳は真っ直ぐと私を見ていて嘘ではないらしい。

小さな羽を動かしてきらきらふわふわと飛ぶ可愛らしい妖精の要求は可愛くない。

そんな物騒な取り引きはごめんだ。

かと言って私には何もない。

「妖精が欲しがるものってなに…そもそも今あげられるものなんて何もないし」

妖精は少し黙ったあとこう聞いてきた。

「貴女、どこから来たの?言語がわからないということは別の国から来たのよね」

「日本ですけど、分からないですよね」

妖精は一瞬考えて、頷いた。

「それじゃあ取り引きしましょ。貴女の国の言葉を教えなさい。その代わり魔法を教えてあげる」

私からすれば願ってもない提案だ。

何かを欠損することなく魔法を教えてもらえるならば本望だ。

でも、どうして日本語なんか必要なんだ?

こちらの世界で日本語なんて使えるところは無いはずだ。

妖精の意図は掴めなかったものの、私はこの世界で魔法の師を見つけることに成功した。

「闇の力が一番強いわね。あの果実を美味しそうに食べられる訳だわ」

妖精は魔力を感じ取れるらしく、やはり私の魔力は闇なのだと分かった。

どうやら闇の魔法を持つものは、場合によって毒が効かなかったり、本来ならばありえない能力を発揮することから人間ではないと恐れられていたらしい。

「闇の魔法を持っている人間がよくこの迷いの森に送り込まれて来たわ。その人間たちは出ることが出来ず死を待つだけだった。妖精に騙されて寿命を取られて死んだ者もいたわ」

妖精は世間話のように淡々と語る。

迷いの森というのは処刑の場所として使われていたという訳だ。

「貴女は体内に取り込んだ毒を魔法として使うことが出来るはずよ」

「それって、危ないんじゃ」

「何を言ってるの。そんなもの火だろうが風だろうが関係ない。相手に攻撃する魔法というものは相手を傷付ける覚悟を持ってするものだわ」

妖精にまともな説教を食らい、確かにそうですが、と言い淀むしかない。

「貴女の魔法は未熟で貧弱。相手を殺せるほどの威力はまだ無いわ。それでもコントロールが上手くなれば相手を長く苦しめることも一瞬で殺すことも出来るようになる。人間の言葉で言えば努力次第ね」

魔法というものを学びながら、コントロールの方法を教えてもらう。

とはいえ、この世に存在するときから魔法を自由自在に扱える妖精は〈魔法の出し方が分からない〉というのが分からないらしい。

「そんなものは自分でなんとかして。私が教えられるのは魔法というものそのものだけだわ。それより、次は言葉を教えて。“あめ”とはなに?」


妖精はほぼ一方的に魔法についてを語り、一時したら言葉の意味を聞いてきた。

何日も何日もそれを繰り返し魔法の知識そのものは理解しつつあった。

「“つき”ってあれのこと?」

妖精が夜空を指差してそこに浮かぶ満月を見た。

「そうです。師匠は色んな日本語を知ってるんですね」

妖精は様々な単語を知っていた。

その意味だけを知らないようだった。

「以前貴女と同じ言葉を話す人間がいたわ、この森に」

その可能性は考えていたものの、実際に妖精の口から聞かされると驚いてしまう。

この森を彷徨う転移した者は私以外にもいたわけだ。

「ねぇ、それより師匠って呼ぶのやめてよ。人間の師匠なんて美しくないもの。“ツキ”って名前にするからそちらで呼んで」

「ツキさんですか。気に入ったんですか」

その問いかけにツキは月を見上げた。

「“きれい”って言ってたから、ツキがいいの」

彷徨っていた人間はツキにとってどんな人間だったのか。

少なくとも、言葉の意味を知りたい程には好いていたのだろう。

その人間は一体どうなったのだろう。

それを聞くのが怖くて、私はずっと聞けないでいた。

ツキに教えてもらって約3ヶ月。

ツキは突然終わりにすると言ってきた。

毒の魔法は出せるようになったもののまだコントロールできる訳でもなく、へなちょこの魔法のままだ。

「なんで急に!?」

「急じゃないわ。知りたかった言葉はもうあと一つしかないの。つまり、貴女は対価を払えなくなるってことよ」

その淡々とした様子はとても冷たかった。

この3ヶ月毎日一緒にいても、距離感は変わらなかったということだ。

「あの人が話していた言葉で聞き取れた言葉だけ知りたかった。ただそれだけだったの。さぁ、“さよなら”の意味をおしえてくれない?」

これで最後という時にその言葉が来るとは、なんとも皮肉だ。

「…その人はどうなったんですか」

最後になるのなら聞いてみようと思った。

もしかして、死ぬ間際の言葉だったんじゃ。

「森を出て行ったわ」

「え!?どうやって」

「私が案内したから」

その人が森を出られたというのは素直に嬉しかったが、妖精の行動としては違和感だった。

「なんでそんなことを?教えなければずっと一緒にいられたのに」

そんな恐ろしい思考になるのは妖精と過ごしたからだろうか。

けれども妖精は眉を顰めて言った。

「そんなことしたら死ぬじゃない。人間は脆いのよ」

随分とまともなことを言うツキは、それだけその人のことを想っていたと分かる。

妖精も人間のような思考をすることがある、というのが三ヶ月での学びだ。

「さよならは、別れの挨拶です」

「ああ、なーんだ。もっと気の利いた言葉かと思ったのに。それじゃあ、“さよなら”」

ツキは少し寂しそうにその場から消えた。

三ヶ月頑張って通訳してくれたソラを撫でて、私は夜空の月を見上げた。

ツキは最後の別れの時に、その人になんて言って貰いたかったのだろう。

気の利いた言葉とは何を示しているのだろう。

ツキが聞きたがった言葉は世間話のような単語だけだった。

おそらくその人は、ツキに何気ないことを話しかけていたのだ。

“雨が降ってきたね”

“寒い夜だ”

“ここは夢の世界なのかな”

“君は小さな神様かい”

お互いに何を言っているか分からなかったのだろう。

だから、お互いが一方的に話していたのだろう。

そうして、伝わらない言葉をお互いが呟いていたのだろう。

“月が綺麗だ”

言葉は通じなくても二人はお互いを想っていたのかもしれない。

「ツキさん、ありがとうございました」

ソラの背に乗って舞い上がる。

見下ろした森には小さな灯りが見えて、きっと月を見上げているのだろうと思った。


迷いの森の入口辺りに降り立つと、凄い形相でこちらに来る騎士がいた。ヴィントさんだ。

「◇□の森から◇□○◇何故だ」

勉強の成果だろうか、所々聞き取ることができた。

「えっと、“魔法”“学ぶ”」

「誰に」

「“妖精”?」

ヴィントは青褪めてまた腕を引いて行こうとする。

「いやいやいやまっ、“待って”」

ヴィントは振り返る。

「妖精◇○□何を□◇◇○△」

やはりまだまだ勉強が足りないようで、でも妖精に関することを聞きたいのは分かった。

「“大丈夫”」

笑ってみせたがヴィントは複雑な表情をしていた。

「3◇△◇○場所不明□どこ△○◇□○◇◇□○」

何を言っているか分からないが若干怒られていることだけは分かる。

ふと、ヴィントはこちらの顔をじっと見る。

「心配した」

はっきりと分かったその言葉にドキリとした。

ヒカルといい、この騎士といい、この世界で優しくされることが少ないからか心臓に悪い。

「◇○◇◇ドラゴンは守り神◇○◇」

ああ、そっちね。

一喜一憂とはまさにそのことか。

大事にされるべきソラが心配されるのは当然のことだ。

「夜◇○□○□」

「え、なに、“なに”」

感傷に浸っていた私はヴィントの言葉を聞き逃した。

「言語の勉強、夜◇○□○□手伝う」

教えてくれるってことかな?

私は少し躊躇って言葉を詰まらせた。

仕事もあるのにそんなことを頼んでも良いのだろうか。

その躊躇いは伝わったらしくヴィントはソラを見た。

「ドラゴンの護衛もある」

ゆっくりと言われたその言葉に納得した。

ソラの護衛も兼ねているから遠慮はいらない、という意味だろう。

おそらく、この近辺にいる間は騎士によって守って貰えるということだ。

迷いの森の外はモンスターに襲われる可能性もある。

そのためにツキに魔法を教わったがまだまだ実践で使うには程遠い。

私はヴィントに頭を下げてお願いすることにした。

「“勉強”“教えて下さい”」

こうして私はヴィントにこの世界の人間の言語を教わることになった。

朝昼はモンスターと戦いながら魔法を覚えていく。

あらゆる植物を食べてみながらどの毒を扱えるか試す。

そのために太陽の国で植物図鑑を借りて、どんな効果の毒があるのか調べてみることにした。

ふと、とある図鑑が目に入る。

何故か引き寄せられたその図鑑を開いてみて驚いた。

所々に日本語が書いてある。

もちろん、ほとんどはこの世界の言葉で書いてあって読めない部分が多いのだが、花の絵の横に小さく日本語が書いてあった。

図鑑の挿し絵を描いた人の名前にはヒバリと書いてある。

絶対にこの人、日本人だ。

そう思ってこれが書かれた年を見る。

夜になってそのことをヴィントに聞いてみた。

頑張ってそれを伝えてみると、どうにか伝わったようだった。ソラが言語の本を頑張って捲ってくれているおかげだ。

「その本が□○◇○100年前だ」

「“作った?”“100年前?”」

「“書かれた”な。ヒバリさんは有名な“植物◇□”」

「“植物の”“なに”」

「“先生”“学者”」

ヴィントの発音を聞きながら、似通った意味を教えてもらいながら学んでいく。

どうやら、その有名な植物学者のヒバリさんは有名な人らしい。

ただ、100年前ということは既に他界しているはずだ。

もし、生きていたら話を聞いてみたかったのだが。

しかしこの植物図鑑は言語の勉強にかなり役に立った。

毒の種類や色などが日本語で書かれていて、同じようにこの国の言語が書かれている。

植物のことについてだけだが、それでも大いに勉強が捗った。

ヴィントと学び始めて3ヶ月。

魔法と言語が上達しつつあった。

「上手くなったな」

「日常会話だったら、なんとかなりそうです」

「そう言えばいつもどこに泊まってるんだ?勉強を終えたらすぐどこかへ行くだろう?」

そう問われた私は固まった。

宿に泊まる金は勿論ない。

泊めてくれる友人も勿論いない。

そうなったら私が寝られるのは一箇所しかなかった。

迷いの森。

ヴィントに以前怒られてから、迷いの森の話はしないようにしていた。

だが、言語を学んだ今なら上手く伝えられるかもしれない。

「私は太陽の国で過ごせません」

「そうだな」

「かと言ってお金もない、この世界に友人もいません」

「…待て、まさか」

「迷いの森は皆さんが思ってるほど危なくないですよ!住んでるのは妖精の類だけですし、モンスターは出ないし。私の魔法に必要な毒の植物も豊富なんです!」

ヴィントは頭を抱えると深いため息をつく。

「その妖精が危ないんだ。対価によっては殺される。ちゃんと分かってるのか?」

「分かってます。私の師匠は対価に私の国の言語を望みました。でも、もう知りたい言語はないからと破門にされましたけど」

「妖精を魔法の師匠になんて聞いたことがない。無事だったのは奇跡のようなものだ。あまり心配させるなよ」

ヴィントが軽く私の肩を叩く。

「安心して下さい、妖精はドラゴンに優しいので」

「リビに言ってるんだが」

私とヴィントの間に沈黙が流れる。

「え、と、気を付けます」

「…そうしてくれ」

ヴィントは私の手を引いて立ち上がらせる。

「仕事を紹介してくれる場所がある。それだけ話せれば問題ないはずだ。というか、今までよく金もなく生きてられたな」

「食べ物と水があれば死なないですから」

「通りで細いわけだな」

ヴィントは手首から手を離し、呆れたように言った。

「言ってくれたら手料理くらい振る舞った」

「いやいやいや、お金ないですし!」

「それに王宮の部屋を貸してもらってただろ?あの部屋使っていいんだぞ。」

「え!?いいんですか!?」

ヴィントは憂いた顔をする。

「この世界を知らないリビに説明が足らなかったのは王様や俺たちの落ち度だと思う。だが、分からないなら聞いてほしかった。毎日太陽の国で過ごせなくても、数日に一度国へ入っても魔力が失われることはないはずだ。寝る数時間だけ国に入ると決めていれば森で暮らさなくても良かったんだ」

確かに、自分の魔力を知らなすぎたとは思う。

それに、住む場所があったというのはありがたい驚きだ。

でも、迷いの森で過ごした時間は必要だったのだ。

妖精に魔法を教えてもらい、植物の勉強も出来た。

モンスターに襲われる心配がないからソラと言語の勉強も出来たし、少しずつだが特殊言語の魔法も強くなっているみたいなのだ。

ベッドがなくても寝れるのは、1年迷いの森で過ごした証だ。

でも、温かいお風呂にはやっぱり入りたい。

いつも湖か川だし。

「屋根のある部屋はありがたいので使わせて貰いますね。迷いの森も、もはや私の家みたいなものですけど」

「そんなこと言うのはリビくらいだ。今日はもう屋根のある部屋に帰って寝ろ。明日にでも役所に行って仕事を聞いてみればいい」

ヴィントに王宮まで送られた私はおそるおそる中へと入った。

本当に入っても大丈夫なのだろうか?

そう思ったが、すんなりと部屋へ通された。

護衛の人に話しかけると敬礼された。

「あの、ここの部屋使っても大丈夫なんでしょうか」

「こちらはドラゴンのソラ様とリビ様のお部屋でございます。ご自由にお使い下さい」

つまり、ソラのついでということか?

理由はどうあれ使わせて頂けるならありがたい。

初めて王宮に入ったあの日のようにお風呂に入り、ベッドにソラと二人でダイブした。

「あれ?またソラ大きくなってない?」

「キュ!」

「え、もっと大きくなるって?部屋には入れるくらいにしてね」

そうして私とソラはギュッとひっついて眠りに落ちた。


役所は太陽の国の中央に建つ大きな建物だった。

中は広く案内窓口がいくつかあって、その中に仕事の窓口も見つけられた。

そこへ向かおうとすると後ろから声をかけられた。

振り返るとそこには王宮で個人証明書の手続きをしてくれた眼鏡の男性が立っていた。

「おはようございます、リビさんソラさん。ヴィントから話は伺っています。仕事の相談でしたら私が承りますのでどうぞ、こちらへ」

通されたのは少し奥の仕切られたテーブル席で、私とソラはざわつく役所の中をおそるおそる歩いて座った。

向かいに座った男性はお辞儀をして四角い眼鏡をくいっとあげた。

「気を悪くなさらないで下さいね。ソラさんは珍しいドラゴンで守り神とされていますから皆が興味津々なのです。それにリビさんもこの町には珍しい魔法の持ち主ですから。落ち着いて話せる場所を確保させて頂きました」

穏やかにゆっくりと話す彼は、私が言語を覚えたてだと分かっているような話し方だった。

「改めまして自己紹介を。この役所の責任者をしておりますエルデと申します。今後お二人の担当をさせて頂きますので何かありましたら私に仰って下さいね」

王宮で会った時には分からなかったが、とても優しい笑顔を向ける人だと感じた。

言語が理解できるというのは、相手のことをもっとよく知れることなのだと思った。

「お仕事はどのようなものをお探しですか?例えば、町の依頼を受けるものであれば、一つ受けるごとに報酬が貰えます。依頼内容によっては長期のものも短期のものも、1日で終了するものも様々です」

エルデはファイルを取り出すとパラパラと捲ってこちらに提示した。

「最初ですので簡単な依頼ですと、薬草収集があります。国の近くに生えているものなので比較的見つけやすいと思います。依頼人はこの国の薬師の方で、忙しくて自分では行けないから代わりに取ってきて欲しいというものですね」

ソラと共にファイルを覗き込むとそこには植物のイラストが描かれている。

「キュ!」

「そうだね、あの大きな木の近くで見たね」

「キュウ!」

「そうだね、エルデさん、この依頼受けさせて下さい」

エルデは頷くとハンコを押して別のファイルへと紙を移す。

「畏まりました、では期限は2日以内。植物が収集出来ましたらまた役所にお越しください」

にこやかに送り出され、私とソラは国の外へと出た。

一度見たことのある植物を見つけるのは簡単で、ソラと一緒に摘むとあっという間に依頼分を収集できた。

この植物は確か、喉を潤す効果があった気がする。

植物図鑑を日々読んでいる私とソラにとって、この植物収集という依頼は向いている気がした。

摘み終わってすぐに役所に戻りエルデに報告をすると、植物を確認して終了のハンコが押された。

「確かに確認致しました。個人証明書のカードを提示して下さい」

エルデが懐中電灯のようなもので光をピカッとさせると、カードに終了した仕事の欄が記載された。

レジのバーコード読み取りみたいなものだろうか。

「カードを確認すれば、受けている仕事内容も確認することが出来ますし、これまでに働いた実績を確認することが可能です。カードの使い方で分からない所があればなんでも聞いて下さいね。それからお金の欄を見て下さい」

カードの液晶パネルには所持金の欄が増えていた。

「報酬のお金もカードに入ります。何かを購入するときにはカードを提示して下さい。…ヴィントから聞きました、今までお金を使わずに生活していたと。それもそのはず、貴女は1年迷いの森で過ごされたと伺っています。お金について、少々お話させて頂いてもよろしいですか」

こうして私とソラはエルデからお金について学んだ。

ものの値段の相場や、物を購入する際の注意点。

値下げ交渉や、ぼったくりに関する情報。

カードを盗まれても本人以外使用出来ないが、脅された本人がお金を相手に渡すことは可能など。

やはり、どこの世界でも犯罪は似たりよったりである。

ソラはうんうんと頷きながらエルデの話を聞いているが、お金という概念が理解できているのだろうか。

「ソラ、お金分かるの?」

「キュキュ」

「うん、そうだね。売られてるものをお金を払わずに食べないように気をつけないとね」

迷いの森ではそんなことを考えてはいられなかったが、もしも誰かが作った畑だった場合はお金を支払わなくてはならない。それ以前に勝手に食べてはいけないのだけど、あの森は自生しているものしかなかったから結果的にはセーフだ。

エルデは何かを察したのか、植物についても話してくれた。

「畑や木を育てて売買している人は勿論いますが、その場合はきちんと表記してありますのでご安心下さい。看板が立っていたり、地面に線や文字が書かれていたりして分かりやすいので、誤って食べてしまうことはほとんど無いと思います」

今までは文字を読むことすら出来なかったが、さすがに看板が立っていたら食べないかもしれない。

読めないなりに何かの警告や私有地である可能性を日本という国で学んでいる。

この世界が例え日本と全く異なるものだったとしても、人間が暮らす環境というものは応用できるということだ。

そうして私は今文字が読める。

言葉が話せる。

それがとてつもなく大切であることを実感している真っ只中だ。

ヴィントには引き続き言語を教えてもらいながら、日中は魔法の練習や仕事をこなすことにした。

植物収集の仕事を主にして、植物の効果の勉強も合わせて行うことが出来た。

図鑑で読めない所が出てくると夜にヴィントに確認することが出来るこの環境は勉強にとても良いものだった。

分からないことをすぐに確かめられるというのは、とても有り難いことだと思った。

「そういえばなのですが、エルデさんとヴィントさんはお知り合いですか」

なんとなく気になっていたことを聞いてみると、ヴィントは図鑑に視線を落としながら頷いた。

「ああ、幼なじみだ。エルデと俺は別の国の出身でな。体力のあった俺は騎士に、頭が良かったエルデは役所に勤めるためにこの国へ来た」

「そうなんですね、太陽の国は色々な国の方がいらっしゃるということですか?」

「そうだな、大きな国だし医療施設や居住環境も整っている。出稼ぎに来る者も、永住する者もいる。それに…」

ヴィントは言い淀むと顔を上げて私の顔を見た。

「この太陽の国は闇魔法を持つ人間の差別を禁止した数少ない国なんだ」

闇の魔法は処刑されていたこともある。

王宮で聞いたときは処刑されなくて良かったと思いつつも、どこか他人事のように感じていたが、過ごしていると分かってくる。

私に向けられる奇異の視線を。

普段は国の外にいるが、王宮へ行ったり役所に行ったりするときは人の視線が集まるのが分かる。

私が怖いのだろうか。

気持ち悪いのだろうか。

人の心の中は見ることは出来ないし、彼らは決して言葉にはしないのだろう。

それはこの国で差別出来ないからだったんだ。

「俺は、魔法の属性なんて、単なる色違いみたいなもんだと思ってる。花だって、空の色だって、青も赤もある」

ヴィントの言葉にソラも元気よく手を上げた。

ヴィントは、ふふ、と小さく笑うとソラを撫でた。

「ドラゴンも青も赤もいるよな」

「キュ!」

自信満々に答えたソラは、草原の上にごろんと寝転がって目を瞑った。

ヴィントはソラを撫でながら静かな声で言う。

「魔法に善し悪しはない。あるとするならば、どう使うか誰が使うかだ。だから、リビがはじめに来た国がここで良かった。本当に」

その声は真剣で、切実で。

もしかしたら、ヴィントとエルデがこの国に来た理由が関係あるのかもしれないと思った。

そうだとしても聞くことなど出来ずに、私はいつもの日常に戻るだけだった。


植物収集の仕事が10回を越えてきた頃、エルデに奥の個室へと呼び出された。

「そろそろお仕事にも慣れてきましたか?」

「はい、まだ植物収集しかこなせてませんが、仕事の流れは掴めてきました」

「それは良かったです。是非、他の仕事も気になるものがあれば仰って下さいね。ところで本日は、依頼者の方から直接仕事をリビさんにお願いしたいと申し出があり、それを引き受けるかどうかのお話をさせて頂きたいのですが、お時間宜しいでしょうか」

エルデは少し疲れた様子で微笑んでいる。

「はい大丈夫です、どのようなお仕事ですか」

「リビさんが今までなさったお仕事はほとんど、この国の薬師であるアイルさんから依頼されたものなのです。そして、今回の直接の依頼もそのアイルさんからです。仕事の内容は直接話すから店に来て欲しいと言付かっております。アイルさんはその、少々無理難題を仰ることもありまして依頼を受けるかどうかは話を聞いてから判断したほうが良いと思います」

眼鏡をくいっとなおすエルデは力無く微笑んだ。

「ただ、アイルさんが直接依頼するというのはリビさんの仕事を評価してのことだと思います。そのことに関しては喜んでいいと思いますよ」

役所を出て西にあると言われたアイルの店はすぐにわかった。

丸い形の窓がたくさんついていて、清潔感のある綺麗な白い建物はとても目立っている。

硝子の扉を開けて入ると、一人のご老人が店を出るところで、私は扉を開けて待っていた。

「ありがとうね」

「いえ」

そうして中に入ると、白衣を着て赤い髪をポニーテールにした女性が出迎えてくれた。

「ようこそ、薬屋へ。あらま、本当にドラゴン連れてんだねぇ!まぁ、座んな!」

元気ハツラツ、という言葉が似合いそうなその女性に診察室のような部屋に案内して貰い椅子に座らされた。

今から診察でもされる、そんな雰囲気だ。

ソラも隣の椅子に座って翼を小さく畳んでいる。

「エルデに言われて来てくれたんでしょ?あたしはアイル。ここで薬師をしてる。薬師って分かる?薬調合して、怪我とか病気とかを早く治す手助けをしてるのね。光魔法で治癒魔法を使えたら最高なんだけど、あたしは残念ながら持ってないんだよなぁ」

腕を組んで首を横に振るアイルは本当に残念そうだ。

ぱっ、と顔をあげると膝をたたく。

「あ、そうだ。エルデから聞いたけどこの世界に突然来て右も左も分かんないんでしょ?大変だったねぇ、迷いの森で暮らしてたって聞いて耳を疑ったもんさ!よくあの森で生き残った!えらい!君もえらいねぇ!」

アイルはソラの頭を撫で回す。

ソラはくすぐったそうに笑っていて、この人が悪い人では無いことが分かる。

ちょっと、マシンガントークな気はするけど。

「あ、名前聞くの忘れてたねぇ。ごめんね、あたし喋ると止まんなくって、あはは!」

豪快な笑い方だったが、不思議とこの人が薬師で国の人は安心だろうなと感じた。

「私はリビです、この子はソラ。お仕事を依頼したいと伺って参りました」

「リビとソラね!そーなのよ、最近二人があたしの依頼こなしてくれてたんでしょ?速いし、植物を間違えないし大助かり!植物について詳しいのは、魔法に関係してたりするのかい?」

少しだけ今までの雰囲気から変わった気がした。

真面目な空気、それが伝わってくる。

「あの、私は闇魔法を持っていて、植物を食べることでその毒の効果を魔法として使うことが出来るんです。なので、色々な毒を試すために図鑑をよく読んでいます」

「へぇ、それは珍しい魔法だね。今やって見せることはできる?あたしにやってみて」

「え、あの、まだコントロールも不十分で、それに、人に魔法をかけたことは無いんです。効果だって、色んな植物を食べているので、麻痺とか、混乱とか、神経毒で死ぬかもしれないし」

「あたしの魔法はね、水魔法」

そう言うとアイルは手のひらを上に向けた。

テニスボールサイズの丸い形の水が浮かんでいてなんとも不思議だ。

「こうやって空間にとどまらせることができるし、ぶつける速さによっては対象に穴が開く。細長くして人の体内に入れれば詰まった異物を流せるし、逆に内部から穴を開けることも出来るね」

にこっ、と笑顔で言うには物騒なことを言いながら、今度は水が氷に変化していく。

「水の強度を変えれば刃物にも、トンカチにもなる。もっと大きな水を操れば氷の城も建てられる。操る技術やセンスによって様々な姿に形を変える。使い方も千差万別。それが魔法ってもんだよ」

小さくなった氷をアイルは口の中に放り込んでガリガリと噛み砕く。

「水の純度を上げれば食べられるただの氷。自分の魔法は自分が一番信用してやらないといけないのさ」

アイルは手を差し出すと、リビにも手を差し出させた。

「あたしの手だけに魔法をかけてごらん。自分が今取り込んでいる毒の中で比較的安全なものを選べば怖くないでしょ?」

「部分的に、しかも毒を選ぶなんてそんな器用なこと出来ません」

「自分を信じてないからだよ、それは」

そう言われて私はとても怖くなった。

自分を信じたことなど無い。

いつも後ろ向きで臆病で何も進めないでいる自分を何故信じられるだろうか。

ソラを守るために生きなくてはと思えたことは変わったが、根本的な性格はまだ変わってはいないのだ。

「技術を磨くことは己を守ることになる。細かいコントロールが出来るようになれば、相手を殺さずに制圧できるってことさね。リビ、酷なことを言うけど闇魔法持ちはあんたの身が危険だよ。差別も偏見も減ってはいるが少なくないのが現状だ。心無い言葉をかける奴も、物理的に攻撃しようとする奴も必ずいる」

アイルは私の手をギュッと握りしめる。

「相手を殺してしまったらどうしようなんて考えてる内にリビが殺される。そうならないためには相手を殺さずに鎮める技術が必須なんだよ」

アイルのあまりの真剣さに気圧されて頷くことしかできない。

「やってごらん、場所はあたしの手、毒は麻痺。さぁ、覚悟決めな」

アイルの手に手を翳す。

手だけ、手だけに。

麻痺を、麻痺だけを。

背中には冷や汗が流れていき、手は震えている。

黒い光を纏いながら、麻痺だけをと念じるとアイルの手が少し黒く変色する。

「あ、あの、大丈夫ですか!?」

アイルは黒くなった手を見つめて、微笑んだ。

「手に麻痺だけ。良し、合格!!」

「え、合格?」

なにがなんだか分からない私を見て、アイルは笑いながら黒い手を払うように振ると黒い色が抜けていく。

「え、麻痺は」

「あはは、水魔法ですぐ浄化したから平気平気!魔法始めたてのひよっこ魔法があたしに害をなせる訳無いから安心しな。そもそも薬師よ、あたし」

そう言いながらアイルは改めて仕事の話をし始めた。

「さてと、合格したリビにはとある村にお遣いを頼みたいんだよね。そこにしか売ってない麻酔効果のある薬草なんだけど」

その村は2つほど森を抜け、山を登った山間部にあるらしい。

「かなり閉鎖的な村でね、他の村との交流もしない。ただ、山水で作られる薬草の質が良くてね。どうしてもほしいんだけど、誰も行きたがらないんだよねぇ」

頭を抱えるアイルはしかも、と付け足した。

「闇魔法をかなり嫌っているから、おそらく何かされること間違いなし!魔法が上手く使えない子だったら行かせるのやめようと思ってたけど、リビは魔法がちゃんと使えてるから任せられるって思ったんだけど、どう?」

「え、闇魔法嫌われてるなら私が行かないほうがいいのでは」

単純に考えて他の魔法が行ったほうが安全だろう。

「リビに行ってほしい理由は2つある。一つは山が過酷なこと。空を飛べば速いけど、空を飛ぶ従魔を従えてる人間は少ないんだよね。ドラゴンのソラがいれば、行くのは楽勝なのよ。2つ目は可能性の話。部分的に毒を付与することができるなら、植物の治癒の効果を部分的に施せるんじゃないかとあたしは思ってんのよ。傷薬の植物、麻痺直しの花、毒消しの効果。それが可能なら光魔法の治癒魔法に匹敵するって考えてるのよね。だから、麻酔効果のある植物が買えたらリビに食べてほしいの」

「私に、ですか?でも」

「さっきすれ違ったおばあさま、ずっと腰痛で眠れないでいる患者さんなのよ。治療には痛みを伴うから麻酔が必要なの。でも、そこらへんにある麻酔の薬草じゃ足りなくて、どうしてもその村の薬草じゃないと痛みに耐えきれない。薬草の麻酔の効果を抽出するのにはかなりの時間がかかる。でも、リビなら食べたすぐに魔法が使える、でしょ?」

アイルの言う通り、植物を食べた直後に毒の魔法を使うことができるというのは合っている。

でも、私はまだ自分の魔法を信じられていない。

「薬も魔法も万能ではない。でも、使い方で効率も便利さも格段に上がるはず。あたしは薬師としておばあさまの痛みを取ってあげたいの。協力して下さいませんか」

私に頭を下げるアイルは、患者さんに真摯に向き合っているんだと分かる。

ここで首を横に振れるほど私は後ろ向きではいられない。

「分かりました、仕事の依頼をお受けします」

アイルは顔をぱっ、とあげるとリビとソラに抱きついた。

「ありがとう!!村で何かあればあたしの名前を出してくれればいいからね!」

こうして私とソラは薬草のおつかいに行くことになった。

アイルの話を聞いてから私は毒の植物だけではなく、薬になる薬草も食べて試してみることにした。

結果はアイルの言う通り。

痛み止めや喉を潤す薬草、麻痺直しの薬草を付与することが可能だったのだ。

私は食べた植物の効果を魔法として付与できるとたった今知ることが出来た。


休憩をはさみながら森を2つ抜けて、険しい山をソラに乗って運んでもらえば本当にすぐだった。

風上の村。

小さなその村に門番などはおらず、中へ入ると民家がちらほらと見える。

住民らしき人が私とソラを訝しげに眺めては、家の中に急いで入るのが見えた。

閉鎖的、というのはこういうことだろうか。

そんなことを考えていると、ゴンッと頭に何か当たった。

地面を見ればピンポン玉くらいの石がころころと転がっている。

「キュ!」

ソラが慌てたようにするので、痛みのある箇所を触るとぬるっと血の感触がした。

石を投げたのは中年の男性で、こちらを睨みつけている。

「村から出て行け。お前、闇魔法を持ってるだろ。お前のような化け物が来るとこじゃねぇんだよ」

他の住民はそんな男性を止めるでもなく、ただ私を睨んでいるようだった。

闇魔法持っててもさすがに石は避けられなくない?

ズキズキと痛む頭を押さえながら私は泣きそうだった。

人様に石を投げる方がよっぽど化け物でしょ。

そう言ってやりたいが怖くて声なんか出ないし、話が通じるとも思えない。

ソラが心配そうに見つめるから、涙を堪えているだけ。

すると、奥の方から白髪の老婆がこちらに歩いてくるのが見えた。

「闇魔法を持つ者よ、この村に何用じゃ」

歓迎されていないことはひしひしと感じたが、まだあのイカれた男より話は出来そうだ。

「アイル先生から麻酔の薬草を頼まれて買いに来ました」

震えながら答えると老婆は鼻で笑った。

「そうじゃろうな、闇魔法なんてものを受け入れとる国はそう無い。アイル先生は変わりもんじゃて、お主のようなもんでも使いなさる」

バカにされてる事だけは分かる。

「何故私が闇魔法を持っていると思うんですか」

「知らんのか?ドラゴンなんて希少なもんを連れ歩いとる闇魔法の人間がおると有名じゃ。ドラゴンも可哀想じゃの、こんな異物のペットにされてしもうて」

何を言われても反論など出来はしない。

人に悪意を向けられた私は、声を出すので精一杯だからだ。

「麻酔の薬草を売って下さい」

「お主なんぞに勿体ない貴重な薬草じゃ」

「私じゃなくてアイル先生が使うものです」

「お主に売る草は無い。さっさと村を出てもらおう」

「じゃあ、この子に売って下さい」

私はソラにお金を持たせた。

老婆は目を見開いて嘲笑う。

「ほう、それじゃあ」

と金額を提示された。

ソラはお金を数えてぴったりに渡した。

住民はざわついているようだ。

お金を数えられるドラゴンを見たことがないのだろう。

私とソラは言語もお金の勉強も一緒にしてきたんだ。

老婆は少し黙ると後に居た女性に薬草を持ってこさせ、私とソラの前に投げた。

「ほれ、拾ってさっさと帰れ」

だが、私とソラは拾わなかった。

「何しとる、いらんのか」

「麻酔の薬草はこれじゃありません」

「何を馬鹿なことを」

「葉の形が全く違います」

そう言うと、老婆は高笑いした。

「なんじゃ、ただの無知ではないということか。よかろう、チャンスをやろう」

そんなことを言いだすものだから耳を疑った。

もうお金払ったんですけど?

詐欺ですか?この世界の警察はどこですか?

大声で叫びたかったがこの村に警察はいなさそうだ。

老婆の合図で一人の女性が連れてこられた。

その女性は頭に角があり、ぐるぐる巻きに縛られていた。

「竜人族の女じゃ。こいつは村に忍び込んで薬草を盗もうとした。その薬草は竜人族特有の鱗の病を治す薬になる。大方、誰かを治したいんじゃろうが、盗みは大罪。じゃが、闇魔法のお主がこの薬草を正しく使い、病を治せたら罪は不問にしてやる。麻酔の薬も今後、アイル先生に提供すると約束しよう」

老婆の言葉に何故か周りがざわざわとしている。

笑いを堪えるような、そんな嫌な空気を感じた。

これは、罠かもしれない。

それでも私は竜人の女性に話しかけた。

「私はリビ。貴女は誰を助けたいんですか」

その問いに村人達は笑い出した。

え、なに、と周りを見回すと口々に罵られた。

「狂ったのかあんた。人間の言葉なんて通じねぇ」

「逆もしかり、竜人の言葉が人間に分かるわけねぇだろ」

「こりゃあ、傑作だな」

そんな笑い声の中、凛とした声が耳に届いた。

「私はロア。私の子供が病気なんです、盗みをしたことは申し訳ないと思っています。ですがどうか子供の元へ帰らせて下さい」

その声は、私とソラにしか聞こえていないようだった。

もしかすると、特殊言語の能力が上がってる?

「子供はどこですか」

「山を降りたところの洞窟です、急がなくては死んでしまう」

泣き出した竜人の女性の縄をナイフで切ると、私は鱗の病に効くという薬草を手に取った。

「ロア、この薬草で間違いない?」

「はい、絶対にこの薬草です」

「ソラ!山を降りるよ!」

「キュ!」

私達の素早い行動に呆気にとられたのか、村人は飛び立つドラゴンをただ眺めていた。

「何をしてるんじゃ、追いかけろ!」

そんな老婆の声が下から聞こえた。


洞窟に入ると幼稚園に通うぐらいの子供が横たわっている。

ロアは駆け寄って何度も名前を呼ぶが応答はない。

鱗が壊死している?

見えている顔や腕に生えている鱗が黒ずんで、ボロボロと崩れている最中だった。

私は植物図鑑を開き、鱗の病に効くという薬草を見る。

“鱗を新しく再生させる治癒の効果をもたらす薬草”

と書かれている。

ふと、洞窟の入口に村人が息を切らして立っているのに気がついた。

「諦めな、もうそんな黒く変わってしまったら治らねぇ。それにその薬草の量じゃ足りるわけがねぇ」

さすがの村人も死の間際の子供を見て笑えないようだった。

私は薬草を見つめた。

「もっと、この薬草はありませんか」

「それは作るのが難しい薬草だ、だから高価なものなんだぞ。今あるのはそれだけだ」

「他の村や国は?それこそ、竜人がかかる病なら竜神の国に薬草があるんじゃ」

そう言いかけるとロアは首を振った。

「故郷は遠いのです。それに私の国でも貴重な薬でした。高価な手の届かない薬、だから探し回っていたんです」

ロアは長い間子供のために薬草を探していたのだろう。

黒くなっていく我が子を助けられず、とうとう盗むしか無いと考えてしまった。

盗むのは確かに駄目だ。

でも、自分がどうなってもこの子だけは守りたい気持ちは分かってしまう。

なにか救う方法はないのか。

この子の病は進行していて量が足りない。

どこかから探すには時間が足りない。

今ここにある薬草だけでなんとかしなくてはならない。

その時に浮かんだのはアイルの言葉だった。

“操る技術やセンスによって様々な姿に形を変える。使い方も千差万別。それが魔法ってもんだよ”

アイルは何もないところから水を出していた。

体内の水を利用しているなら大きな氷の城も建てられるなんて言わないはず。

魔力の大きさによってそれは変化するのではないか。

“貴女の魔法は未熟で貧弱。相手を殺せるほどの威力はまだ無いわ。それでもコントロールが上手くなれば相手を長く苦しめることも一瞬で殺すことも出来るようになる。人間の言葉で言えば努力次第ね”

師匠であるツキの言葉も思い出した。

同じ毒を食べたとしても私の魔力次第でその効果は変化する。つまり、強い魔法を使えば効果は大きくなるということなのではないか。

薬草が少なくても、魔力さえ強ければ関係ない?

私は図鑑を急いで捲った。

魔力を増幅させる植物は?

魔法を強化する植物は!?

その中でも山で自生するものを探して村人に見せた。

「この薬草は山にありますか!?」

「え、なんだい急に」

「いいから、あるかないか教えて!!」

「あ、あるよそれなら」

私はロアに薬草を手渡した。

「持ってて、すぐに戻ります」

私はソラに飛び乗って村人に手を伸ばした。

「どこにあるか教えて下さい!」

「え、しかし」

「子供が死んでもいいんですか!?」

村人は私の勢いに気圧されてソラに飛び乗った。

案内された場所にはたくさんの薬草が生えていた。

出来るだけたくさん食べないと!

出来得る限り口に押し込んで、ソラにも鞄に詰めてもらう。

「あんた、何してんだよ…煎じないと使えない薬草だぞそれ」

一心不乱に薬草を食べる私を見て村人は引いていたが、今はそれどころじゃない。

吐きそうになりながらもなんとか押し込んで、村人と共に洞窟へと戻る。

ロアの元へ駆け寄って薬草を受け取る。

村人は蒼褪めながら私を止めようとするが、それをソラが止めてくれた。

「いやいやいや、その薬草で最後なんだぞ!それは乾燥させてからすり潰して水と混ぜてから体に塗る薬なんだぞ!?」

後ろで騒ぐ村人をソラがドウドウと止め、私はそれをお構いなしに薬草を自分の口へと突っ込んだ。

ロアも村人も青褪めていて、申し訳ない気持ちと今はそれどころではない気持ちがぶつかり合う。

よし、準備は整った。

今高まっている魔力を全て鱗の再生に使う。

子供に手を翳し、強く強く願う。

この子の病を治したい。

黒くなった鱗を新しく生まれ変わらせる。

お願い、お願い、お願い!!

黒い光が子供を包む。

少しずつではあるが、鱗が生え変わっていく。

それを見たロアが口を開ける。

「リビの、魔法なの…?」

「食べた植物の効果を付与する魔法なの、でも魔力の大きさで効果の大きさも変わってしまう。ロア、鞄に入ってる薬草を私に食べさせて」

ロアはもう迷わなかった。

鞄から取った魔力の増幅の薬草を私の口に何度も入れてくれた。

魔法を途切れさせてはいけない。

この一回しかチャンスはない。

鞄の薬草がもう無くなってしまう。

それでも、まだ子供の鱗は黒い所が残っている。

駄目だ、魔力が底をついたら魔法が消える。

その時、後ろで翼の音が聞こえた。

「キュ!」

「まだ足りねぇんだろ、薬草取ってきたから!」

ソラと村人が増幅の薬草をまた取りに行ってくれたのだ。

「ありがとうございます!!」

薬草を食べ続けた私の魔法は1時間、子供に鱗の治癒を施した。

黒かった鱗は生え変わり、水色の鱗が光に反射する。

子供は息をしているようだ。

私は魔力が尽きてその場に座り込む。

ロアが泣きながら子供を撫でて、私に何度もお礼を言った。

「本当に、本当にありがとう…」

飛び続けたソラも、薬草を摘んでくれた村人もへとへとだった。

「ドラゴンさんも、貴方もありがとう」

ロアの言葉にソラは笑顔で答え、言葉が分からない村人も笑顔を返した。


「まさか、助かるとはね」

この嫌味な言い方はと振り返ると洞窟の入口に老婆と他の村人がたくさん集まっていた。

「薬草の量も足りないし、調合するには時間もかかる。絶対に患者は死ぬと思っていたが、まさかそんな魔法を持っているとは驚きだ。どうじゃ、村に留まって薬師にならんか?お主なら調合もいらぬ、量も少しで効果がある。そんな逸材なら村の高価な薬草を使って良いぞ」

その言葉にカチンときた。

どれだけ相手を馬鹿にすれば気が済むのだろうか。

「お断りします」

「なんじゃと」

私の声は今度は震えていなかった。

最高に疲れているせいかもしれない。

こちとら1時間連続で魔法を出し続けてただでさえ疲労困憊なのに、あんたらの戯言に付き合ってやる余裕はない!!

「何故断られるのかご自分の胸に手を当ててよーく考えてみてはいかがですか?」

「な、なにを生意気な!!こちらは化け物のお主を人間として扱ってやると譲歩してやって」

「私は食べた植物の効果を相手に付与することができる」

「そ、そんなことは分かっておる。何をいまさら」

私は老婆とその周りの人間に手を翳す。

「私の今日のおやつはルリビです。効果を知らない人間はまさか、いないですよね?」

ザザッと後ずさる音が聞こえる。

「そんな脅しが通用するとでも」

私はポケットからルリビを取り出して口いっぱいに頬張った。

「ああ、この甘さが染み渡るわ」

「ば、化け物…!!」

「今日を命日にしたくなかったら麻酔の薬草を早く渡して下さい。お金はもう支払ってるんですから」

老婆は震える手で薬草をこちらに投げた。

逃げようとする老婆と村人達を呼び止める。

「あ、そうだ。お婆ちゃん、自分で言ったことくらい守れますよね?アイル先生に麻酔の薬草を提供するって言いましたもんね」

それに対しての返事はなく、老婆たちは走って行ってしまった。

さすがにもう魔法を出すことは出来ないからはったりだったが、通用するものだな。

私は一人残った村人に話しかけた。

「村に帰らないんですか」

「ハハ…帰れねぇよ。あんたらに協力しちまった。それに、あの村はどこかおかしいってちゃんと分かってたんだ。こんなの都合がいいって思われるかもしれんが、太陽の国に連れてってくれんか」

「いいですよ」

「返事早いな!少しは悩んだらどうだ」

私は悩む必要はないと思った。

この人は、この村に影響されていただけだ。

竜人族に話しかけたあの時、笑わっている村人の後ろで愛想笑いを浮かべていたのが彼だった。

環境というのは人の言動に影響する。

周りに同調しようとして、己を曲げなくては生きていけない人もいるのだ。

私もきっとこの村に住んでいたら一日中周りにへこへこしながら、へらへら笑いながら過ごしていたかもしれない。

「どう生きられるかは貴方次第、なのではないですか。太陽の国で楽しく生きるか否かは貴方次第、でしょう?」

私は自分にも言い聞かせるように村人に言った。

村人は、そうだよな、と頷いた。

ソラに竜人の子供とロアを乗せてもらい、先にアイル先生の元へと送り届けてもらった。

治ったとはいえ、ちゃんと専門家に見てもらった方が安全だからだ。

私と村人はソラを待ちながら話をした。

「俺はソルム。村では薬草を育ててたんだ。だから、植物のことは少し詳しかったんだよ」

植物の話に花を咲かせながら、ソラが戻ってくると二人で背中に乗せてもらう。

「ごめんね、ソラ。帰ったらゆっくり休もうね」

「キュウ」

「リビは、ドラゴンとも竜人族とも話せるんだな。俺は今日、自分の知らない世界をたくさん見たよ。世間知らずだったんだよな、俺は」

感慨深そうに嘆くソルムは、ソラを撫でる。

「ドラゴンに乗るのも今日が初めてだ。ソラ、ありがとうな」

「キュ!」

薬草取りで少し仲良くなっているらしい二人は微笑ましくて、私はほっと息をついたのだった。


「麻酔の薬草を買ってきてくれて本当にありがとう。無事、とは言えないみたいだけどね」

アイルに薬草を渡し、石をぶつけられた頭の怪我を治療してもらった。

「竜人族の親子は奥のベッドで休んでるよ。ソラがあんたが書いた手紙を持ってたから状況をすぐに理解できて良かった。自分の魔法を上手く使えるようになってきたみたいだね。あの子供を助けると、勇気を持ってくれてありがとう。薬師のあたしからも礼を言わせてちょうだい」

アイルに頭を下げられて私は手を横に振る。

「魔法を使おうと思えたのはアイル先生のおかげです。あらゆる可能性の話を事前に聞いていたからこそ出来たことです」

「身に付けた知識でどう行動するかが重要さ。リビはあの子供を救えた、それが全てだよ。ところで、そちらさんは風上の村の人かい?」

疲れ切ったソラを撫でていたソルムは姿勢を正すと緊張の面持ちで自己紹介をした。

「は、はい。風上の村で薬草を育てていましたソルムと申します!あの閉鎖的な村では視野が狭くなると思い、この度太陽の国で働きたいと思っています」

「なるほど、行く宛は決まってるのかい?」

「あ、いえ、まずは役所で住民登録をしてから仕事を探そうかと」

「この麻酔の薬草の使い方は知ってる?」

「え、はい。2週間乾燥させてから粉にして飲みます。量によって麻酔の時間が変化しますね」

「よし!合格!」

ぽかん、とするソルムの横で私はデジャブ感を味わっていた。

「ソルム先生、あたしの助手にならないかい?」

「先生!?で、ですが、俺は今まで薬草を育てたことしか」

「何言ってるんだい、立派な経験じゃないか。おまけに薬草の使い方をちゃんと把握してる。逆にどうして薬師じゃないんだ?」

アイルの問いにソルムは言い淀む。

「あの村では長に選ばれた者しか調合を許されていなかったので。俺は知識だけで実際に調合した経験はないんです」

ソルムの話を聞きながら私もアイル先生も苦笑いするしかない。

アイルは膝をトンッと叩くとソルムに鍵を投げ渡す。

「住み込みであたしの助手としてこれからいくらでも調合できる、どう?」

「とても、ありがたいお話です。ですが、助手になさるならもっと未来ある若者の方がいいんじゃないでしょうか。俺はもうすぐ40になる身ですし」

それを聞いたアイルは大声で笑って白衣を翻した。

「あたしからすれば、あんたが未来ある若者だよ。明日から働いてもらうから今日はゆっくり部屋で休みな!」

半ば押し切られたソルムは新しい住まいへたじたじと向かって行った。

展開の早さについていけないのだろう。

私もだ。

「リビ!覚えてるよね、麻酔の薬草での治療のこと。明日の朝、ここに来て欲しい。できる?」

アイルのその問いは自信があるか、ということだ。

子供を助けたい、その一心で使った魔法は成功した。

だから、腰痛に苦しむおばあさまの治療も上手くいってほしい。

「魔力の回復薬があれば、出来ます」

「勿論用意するよ、明日はよろしくね」

私は眠たくてふらふらするソラと王宮の部屋に戻った。

ソラはそのままベッドに寝転がってしまって起きる気配がない。

私はお風呂に入ってから明日に備えて寝ようと、バスタブに浸かる。

…アイル先生、一体いくつなんだ?

ふと浮かんでしまった疑問は眠りに落ちるまで私を悩ませることになった。


私は今、待合室のソファで疲労困憊の最中だった。

というのも腰痛のおばあさまの治療が終わったところなのだ。

麻酔の薬草の効果がなかなか出ず、魔力の回復薬を3本は飲んだ。

アイルは涼しい顔をしながら私に冷たいお茶を出してくれる。

先生も魔法で治療していたはずなのに、この差はなんなのだ。

爽やかな味のするお茶を喉に流し込み、ほっと息をつくとアイルは向かい側に座った。

「治療は無事成功した。リビがいてくれて助かったよありがとうね。それで、とても言いづらいんだけどさ」

そんな言いにくそうに話し始めたアイルはとてもあっけらかんと話し始めた。

「リビ、あんた魔法が弱いね、超弱いね!!魔法の発動は申し分ないんだけど魔力量も少ないし魔法の力が微弱すぎる。鱗の病を治せたのはもはや奇跡と言っても過言ではないね。山の水で育った質のいい魔力増幅の薬草がなければ、あんたも子供も危険だったよ」

「す、すみません」

「いや、悪いって言ってるんじゃないよ。要はリビ自身の力の範囲を知っておいた方が安心できるってことさね。それに、魔法を知ってから日が浅いんだ、なんでもやってみないと分からないってことだよ。子供を救えた事実はある。弱いから出来ないなんて、そんなことはない」

改めて、あの子供を救えて本当に良かったと思った。

助けられないなんて考えてる余裕はなかったのだ。

でも、救えない未来も確かにあったんだ。

「魔力量は人によって様々だからリビがこれから増やせるかどうかは未知数だね。だが、魔法の扱いは練習によって必ず上手くなる。使い方が増える。だから、リビに必要なのはどんどん魔法を使ってみることだね」

「ですが、今までもモンスター相手に魔法を使ったりは毎日してましたよ」

「それは毒を選んでたかい?」

「え」

アイルは魔法を発動させて、氷にして小さいのを量産してお茶にドボドボと入れた。

「どれでも良いから毒が相手に当たればいいと思ってなかった?もしくは、どの植物の効果でも魔法になり得るのか確かめていただけだったとか。はじめはそれで十分なんだよ、でもリビは次の段階に進む必要がある。闇魔法を持っていることが周りに知られているからさね」

確かに風上の村でもドラゴンを連れている闇魔法持ちがいると知られていた。

閉鎖的な村ですら知られているということは、思っていたよりも危険だということだ。

「いいかい、周りにはあまり魔法の効果は話さないほうがいい。下手に便利な魔法は身の危険度が上がるだけだ。人前で使うときは一定の魔法だけに絞るんだ。毒消しができるとか相手を麻痺状態にできるとかね。毒を選ぶ練習にもなる、考えて動かなければいけなくなる。それにうってつけな仕事をエルデに頼んで探しといて貰ったよ!!」

アイルに元気よく送り出され、私は役所に寄ってから太陽の国を出たところでヴィントに会った。

「護衛の仕事、だと?」

「はい、アイル先生が魔法の練習になるからと」

「…あの先生、無茶ばかり言うんだが大丈夫か」

「ええ、魔法を教えて頂けて助かってます。それで、商人の護衛の仕事で宝石山まで向かうのですが、その仕事の間ここへは戻れないので言語の勉強はお休みさせてください」

ヴィントは、もちろんだと頷くと何か言いたげな顔をした。

「その護衛の仕事、どのくらいかかるんだ?秋穫祭までには戻ってこれるか?」

「護衛は約2ヶ月くらいです。所々町に寄って商品を売るらしくて、道中護衛と売り子の手伝いも少し。宝石山も結構遠いらしいので時間がかかるみたいです。秋穫祭ってなんですか」

「秋穫祭は3ヶ月後にある太陽の国のお祭りだ。採れた果物や野菜でデザートや料理を作って屋台で売り出す。町の中をランタンで飾り付けして、夜には花火が上がる。夜は王宮の警備で忙しいが昼間は自由があるから、リビが良ければ祭りを案内する…っていう提案なんだがどうだ?」

ヴィントはいつもあまり表情は動かないが、どこか緊張してるように見えた。

ソラもそれを察してか、いつもならヴィントに撫でてもらおうとするのに大人しくしている。

「お祭りがあるなら是非行きたいです。案内をお願いしてもいいですか」

「ああ、待ってる。仕事気をつけてな」

安心した面持ちのヴィントは私とソラを見送ってくれた。

2ヶ月の護衛、何事もなく終わればいいけど。


「商人のジャーマと申します。これから宜しくお願い致しますね」

優しそうなおじさま、そんな印象を受けるジャーマは荷馬車で移動するというので私とソラは後ろの荷物と一緒に移動させてもらうことになった。

私は仕事が始まる前に懸念点を伺うことにしたのだが、ジャーマは朗らかに笑いながら答えてくれた。

「私は闇魔法を使うのですが、その、大丈夫でしょうか」

「ええ勿論知ってますよ。役所のエルデさんからも聞いてますし、アイル先生のお仕事を手伝ったことも聞きました。魔法とはあらゆる可能性の塊ですよ。得体が知れなくて怖い、なんてものは私の魔法でも貴女の魔法でも同じことなのです。だから、貴方自身の魔法で自信を失う必要はありませんよ」

エルデさんが紹介してくれたとあって、心配事などなにも不要だったようだ。

「ちなみにどのような魔法を使えるか伺っても宜しいでしょうか」

「相手を麻痺状態にすることが出来ます、それから簡単な怪我ならば痛み止めくらいなら可能です」

「ふむ、それは護衛として申し分ないお力ですね。頼りにしていますよ」

そうして私とソラは今荷馬車に揺られている。

麻痺状態と簡単な痛み止めを選んだのは、道端で手に入る植物だからだった。それに、モンスター相手に麻痺状態はよく使っていた魔法だったので効果も分かりやすく発動がしやすい。

相手を殺さずに動きを封じれる麻痺はとても私にとって向いている効果だ。

麻痺をもたらす植物を齧りながら、周りを警戒する。

盗賊に襲われることもモンスターに襲われることも想定しなければならない。

はじめの道中は特に襲われることなく小さな町に着いた。

「この町には野菜や野菜の種を売っています。並べるのを手伝って頂けますか」

ジャーマさんの野菜は人気らしく奥様方がすぐに集まって来た。

野菜に甘みがあって美味しい、とか。

子供も食べやすいとか。

育てやすい種をありがとう、とか様々な声が聞こえてくる。

ジャーマさんは品種改良した野菜をメインに扱っているみたいだ。

あっという間にこの村のために持ってきた箱の中身は空になり、今日はお決まりの宿で休むという。

私とソラも同じ宿を取って貰ったようで、宿のベッドにソラと寝転がる。

「1日目、無事に終わったね」

「キュ!」

「そうだね、ソラも売るの手伝ってくれてありがとう。みんな驚いてたね」

「キュウ?」

「なんでって、お金の計算も出来るし、言葉も分かるからみんなが驚くのは当然だよ。ジャーマさんが一番驚いてたけどね」

うちの子、天才なのでは?

なんてことを考えながら、そういえばと聞いてみる。

「ソラは、魔法使えないの?」

「キュキュ」

「まだ?いつか使えるようになるってこと?」

「キュウ!」

「大きくなったら、かぁ」

まだベッドに二人で眠れる大きさではあるが一体どれくらいまで大きくなるのだろうか。

「ねぇ、ソラのお母さんって」

そう言いかけたとき、寝息が聞こえてきた。

体は大きくてもきっとまだ子供だ。

今まで無意識に避けていたソラの家族の話は、まだ当分先になりそうだ。

ソラに掛け布団をかけながら私も眠りについた。


ジャーマは農家を営んでいて、採れた野菜を太陽の国の周辺の町に定期的に売りに行くらしい。

そうして最終目的地である宝石山では鉱石を掘る採掘者の皆さんに日持ちする乾燥野菜のお菓子を頼まれているのだそうだ。

「宝石山の鉱石は魔力を込められる石もあって貴重でしてね。太陽の国の許可を貰って入ることができるんですよ。野菜ももちろんのこと、採掘者さんたちの生活必需品を届けたり、ご家族の手紙を渡したりするのが、最終的なお仕事になりますね」

道中、荷馬車に揺られながらジャーマは私とソラに話をしてくれる。

お客さんとのやり取りを見て思ったが話をするのが好きなようだ。

「魔力を込めた鉱石はどのように使うんですか?」

初めて聞く鉱石に興味を惹かれた私はジャーマに尋ねる。

「魔法によって効果は異なりますね。大きさによって込められる魔力も変わります。例えばですが、光魔法に治癒できる魔法がありますね。それを石に込めてペンダントにして持っておけばある程度の傷は回復できるでしょう。防具や武器に鉱石をつけ魔法を付与したりしますね」

「凄く便利ですね!でも、あまり見かけないような」

「魔力を込める鉱石は高価なものですからね。というのも昔はあらゆる場所で戦争が起こっていてその鉱石はかなり使用されたと聞きます。でも、魔力を込める鉱石は消耗品なのです。壊れる前に手入れしたり修理したりすれば再利用できることもありますが、戦争の最中、再利用などという考えはなかったのではないかと。もちろん、技術的にも今の方が再利用できる鉱石は増えています。ですが、採掘できる場所は限られていますから、希少なのですよ」

なるほど、と頷きながらソラも鉱石の話を興味津々に聞いている。

「キュ!」

「え、前に住んでたところにその鉱石があった?ソラって、もしかして宝石山に住んでたの?」

「キュウ?」

分からない、と首を横に振るソラを見て、ジャーマは笑う。

「ソラさんがいたのはおそらく宝石山ではないと思いますよ。あの山でドラゴンを見たという話は聞いたことがありません。それに、人が立ち入れない山にこそ、ドラゴンは住処を作ると聞きます。ほら、あの向こう側」

ジャーマが指を指した先には深い霧に覆われた山々が幽かにそびえている。

「得体のしれない生き物が彷徨っている。人間は意識を保っていられず、5分と保たない。決して立ち入ってはならないとされる神々の頂と呼ばれるあの山一帯にドラゴンが住んでいるのではないかとの噂です」

ソラは、へぇ、というように神々の頂を眺めている。

「帰りたくないの?」

そんな私の率直な疑問にソラは首を傾げる。

「キュ?」

「なんでって、自分の家に帰りたいって思うものじゃない?」

そんな台詞を元の世界に帰りたくない私が言うなんてちゃんちゃらおかしい。

でも、私だって帰りたくなくてもお母さんとお父さんには会いたい。

友達だって、大切な人たちだった。

ソラは神々の頂とは反対の、太陽の国の方を指差した。

家。

ソラは今、私と過ごすあの国を家だと思ってくれているということだろう。

「そうだね、私とソラの居場所は今、あの国だね」

ソラは、うんうん、と頷いてジャーマの隣に座った。

微笑ましそうに見るジャーマは次の村に着くまで山の話をたくさんしてくれた。

途中大きな毛虫のようなモンスターに襲われたが麻痺の魔法がちゃんと効いて事なきを得た。だが、どんなモンスターも麻痺が効くとは限らない、と思うと開示する魔法はもう少し選ばないとなと考えるきっかけにもなった。


宝石山に登る前にもう一つ村に野菜を売りに行くという道中のことだった。

私とソラ、そしてジャーマの乗る荷馬車が急停車する。

それが何故なのか私は察していた。

前方100m、別の荷馬車が襲われていたのだ。

盗賊らしき黒い被り物をした人間が5人。

そして商人のような男が2人荷馬車を守り、もう一人ガタイの良い男性が盗賊と闘っている。

私は頭にはてなを浮かべた。何故ならそのガタイの良い男性の頭にはふさふさの耳がついていたからだ。

犬、のような銀色の耳だ。

男性は盗賊を掴んで投げ飛ばし、殴り飛ばし、ラリアットを決めた。

商人の護衛ということだろうか。

加勢するまでもなく強そうな男性は盗賊をひとり、またひとり気絶させていく。しかし、手加減しすぎたのか意識のあった盗賊に後ろからナイフで刺されてしまったみたいだ。

その盗賊を振り払って顎に一撃入れると盗賊は動かなくなった。

後方から見ていた私たちは商人たちの荷馬車に近寄った。

「大丈夫ですか?盗賊を縛るのをお手伝い致します」

ジャーマは商人に話しかけ、ロープを用意する。

移動中の荷馬車が襲われるのはよくあることらしく、近くの村の警備隊に引き渡すのが通例とのこと。

ジャーマたちが手際良く盗賊たちを縛る中、私はガタイの良い男性に声をかけた。

顔色がすこぶる悪かったからだ。

「あの、商人さんの護衛の方ですよね?さっき刺されてましたけど、大丈夫ですか」

男性は背が高く、私を見下ろした。

汗が酷く、息も整っていない。

傷口は紫になっていた。

「…ナイフに毒が仕込んであったのだろう、効果はおそらく、痙攣、麻痺、意識、障害…」

そう言いかけて膝をつく。手の震え、そして苦しそうに深呼吸を繰り返す。

まずい、このままだと呼吸困難で命を落とすかもしれない。

そう思った私はジャーマと商人に話しかけていた。

「すみません、護衛の人が毒のナイフで刺されたみたいです!毒消しの薬草をお持ちではないですか?」

商人は頷いて荷馬車からいくつか薬草を出してくれた。

痙攣、麻痺、意識障害を引き起こす毒はいくつかある。

だからそれによって薬草は違うのだが、それを考えてる猶予はない。

見せてもらった薬草の効果は知っていたから、私はその薬草の全てを口に入れた。

ジャーマはもちろんのこと、商人にも驚かれた。

そういえば、魔法のことを詳しく開示していない。

それに、麻痺と傷直しの魔法だと嘘をついている。

でも、それさえも今はどうでもいい、考えてる暇はない。

膝をついたまま動けない男性に私は手を翳す。

薬草の効果を全て彼に付与する。

痙攣改善、麻痺直し、意識回復、睡眠改善、胃腸直し、とにかく、今食べた薬草の効果を選んでいる場合じゃない。

黒い光は男性を包み、紫になっていた肌の色は次第に消えていく。

刺された傷はそのままだが、なんとか毒の症状は抑えることに成功した。

男性は驚いたように瞬きし、口を開く。

「あんた、闇魔法を…」

そうして男性はその場に倒れた。

「え、そんな、大丈夫ですか!?」

魔法は失敗してしまった?

私は慌てて彼の脈を計る。少し速いが問題ない。

口元に手を翳すと呼吸も伺えた。

どうやら、寝てしまったようなのだ。

男性は商人たちの荷馬車に乗せてもらい、ジャーマと私とソラも自分たちの荷馬車に乗る。

商人たちの行き先もどうやら次の村のようで、一緒に移動することになった。

毒は抜けたとはいえナイフの傷はかなり深い。

次の村に急ごうと2台の荷馬車は急ぎ出発した。

私はどこか気まずくて荷馬車に乗ってすぐにジャーマに頭を下げた。

「魔法の効果を偽ってすみませんでした」

そんな私の謝りにジャーマは首を横に振る。

「謝ることなど何もありません。魔法を偽ることは悪いことではないのです。身を守り、他者を守ることに繋がるのなら些末なことなのです」

まぁ、ちょっと驚きましたけどね。と指二本で“ちょっと”とジェスチャーするジャーマはお茶目に笑って見せる。

「あ、商人の方に薬草のお金を払わないと」

「それなら必要ないとのことでしたよ。あの護衛の彼が動けない今、道中護衛ができるのはリビさんだけですから。それだけで十分だと仰っていました」

私が魔法を使っている間、ジャーマは商人たちと話をしてくれたのだろう。

スムーズな出発はジャーマのおかげだ。


村に着くと盗賊を警備隊に引き渡し、男性を病院へと連れて行った。

傷口を縫っている間も彼は目を覚ますことなくよく眠っていたらしい。

どうやら、薬草の効果である睡眠改善が彼に効果抜群だったらしく、医者にも驚かれてしまった。

今日は一晩入院とのことで、病院の外で商人の2人にお礼を言われた。

「彼を助けて頂きありがとうございます。彼は本当によく働いてくれて、今日も命を張ってくれてとても良い人なんですよ。だから、命を落とすことがなくて本当に良かった」

そんな心からの感謝に、私は助けることを躊躇わなくて良かったと思えた。

私に助けられるか?

そんな疑問は常に持っている。

それでもやらないと目の前の命が失われてしまうとき、昔の私ならきっと躊躇していた。

自分に力がないことももちろんだが、自信のなさは人一倍だったから。

魔法は万能ではない。

でも可能性を広げられるなら私は頑張ってみたい。

この仕事の目的である魔法の練習にもっと身が入る。

そんな実感を得られた彼との出会いはきっと、私にとって大きな変化になる。そんな気がした。


「本当に助かった、ありがとう」

病院のベッドの上で頭を下げる男性は、ふさふさの耳がぴこっと動く。

耳、かわいいな。

次の日の朝、病院にお見舞いにきた私は、彼のお礼を聞きながらそんなことを思った。

この耳、本物、だよね。

長い銀色の髪を後ろで縛っているから、本来人間の耳があるところに耳がないのは見えていた。

後ろには耳と同じ色のふさふさのしっぽも見えている。

ただ如何せん、初めて見る種族なので不思議だ。

鋭い黄金の瞳や口の隙間から見える鋭い牙。

顔は正直なところ強面なのだが、耳が、可愛いのである。

その視線を察してしまったようで男性は居心地悪そうに目を伏せた。

「…そんなに珍しいか」

「あ、すみません。私この世界に来たばかりで、色々と初めてで」

そんなことをうっかり言ってしまい、首を傾げられてしまった。

「ここらへんの人間じゃないってことか?まぁ、俺も見ての通り地元の人間じゃねぇが」

男性は姿勢を正すと、私の方に向き直る。

「俺はフブキという。狼の獣人だ」

「そうなんですね」

私の世間話のような返事に拍子抜けしたのか、フブキはどこか緊張を解いたように見えた。

「本当に何も知らねぇんだな。本来、狼の獣人は恐れられていてな。いつもは犬の獣人だと偽っているんだが、命を救ってくれたあんたに嘘をつくのは気が引けたんだ」

そんな事を言うフブキは、商人たちの言う通り良い人のオーラを感じた。

…あれ?フブキって、日本っぽい。

「あ、あの、日本って国知ってますか」

「いや、聞いたことないが」

フブキは首を横に振るが、その名前は絶対に日本語だ。

日本人が他にもいるのかもしれない。

「その名前の由来はなんですか?ご両親がつけてくれました?」

名前に何故そんなに食いつく?という顔をしながら、フブキは話してくれた。

「俺のいた国では神が名を授けてくれるんだ。とはいってもそれを伝えてくれるのは神官様だが」

つまり、神様が日本語を知ってる?

それを聞いてわけが分からなくなる。

神が日本語を話すなら、どうしてこの世界は知らない言語なのだろう。

いや、待てよ。

神官は日本語が分かるってこと?

神官は日本人ってことだろうか。

「あの、神官様はどうやったら会えますか?フブキさんの国に行けば会えるってことでしょうか」

フブキは驚いたあと、苦い顔をして目を伏せた。

「神官様は別の国から来てた人だった。今もいるかは分からない。それに、人間なんかが入れる国じゃねぇんだ」

ベッドのシーツを握りしめ、フブキは深いため息をついた。

「白銀の国、そこは狼の獣人しか暮らせない大きな国で、要塞だ。軍隊を作り、他の国とは関わらず、言わば独裁政権のもと国が成り立っている。俺は10歳になる前に国を追い出され、両親は処刑された」

その言葉に息を飲んだ。

なんで、どうして。そんなことは声に出さずとも顔に出ていた。

フブキは息を吸って言葉を続けた。

「狼の獣人は闇魔法を持って生まれるのが当然なんだ。白銀の国は闇の加護を受ける国だから、誰しもがそれを疑わない。だから」

拳を強く握りしめ、そうして綺麗な白い光を苦しそうに見せたフブキは泣きたくても泣けない、そんな顔をした。

「闇の加護を受ける国で、光魔法を持つものは暮らせない。それ以前に、闇の加護を与える神への冒涜だと言われ殺されてしまう。だから、両親は俺を国から隠してくれた。生まれてから約10年、人前で魔法を見せず、時折国を抜け出して光魔法を消失させないようにした」

闇の加護の中では光魔法は暮らせない。

それはまるで、太陽の国では暮らせない私のようだ。

「だが、バレてしまった。俺にとって大切な人が怪我して、助けられるのが治癒の魔法を使える俺だけだったから。それによって、俺を匿った両親は処刑され、俺は国を追放された。二度と国に戻らないことを条件に、俺はこの15年生き永らえているってことだ」

その言い方はまるで、生きていてはいけないと言っているみたいだった。

「そんな顔をするな、俺はあんたに助けてもらって本当に感謝している。命を粗末にする気はないんだ、ただ、誰かを守って死ねたなら、少しは向こうに行ったとき両親に顔向け出来る気がするだけなんだ」

フブキは自分が辛いはずなのに、私の顔色を伺ってフォローまでして。

こんなに良い人なのに光魔法ってだけで差別されることが悔しかった。

「あんたにこの話をしたのは命の恩人だからでもあるが、闇魔法を持ってるからだ。あんたも、人間で闇魔法を持っていたら大変だっただろ」

慈愛に満ちた瞳に、少し泣きそうになる。

でも、私なんてフブキの苦しみに比べたら全然だ。

だって私はまだ、本当の差別に出会ってない。

太陽の国という法に守られた場所で、私が出会う人たちは良い人ばかりで。

そりゃあ、風上の村は酷かったけどそれも1日の出来事だ。

だから私はフブキに共感してもらえるようなそんな人間ではないのだ。

私はフブキの言葉に首を横に振ることしか出来ないでいた。

フブキは困ったように少しだけ眉を下げると私の顔を覗き込んだ。

「俺の命の恩人の名を知りたいんだが教えてくれないか」

私が名乗るとフブキは不器用に笑顔を作って名前を呼んだ。

「リビ、ありがとう」


フブキはその日のうちに退院して、商人の荷物を下ろすのを手伝っていた。

「休んでていいんだよ!?この村までの護衛でフブキ君の仕事は終了だったんだから!」

「いえ、俺は最後寝てしまったので荷下ろしくらいはさせて下さい」

「君刺されたんだよ!?動いて傷開いたらどうするんだい!」

「獣人は頑丈なんで、大丈夫ですよ」

商人2人が心配するなか、フブキは重たい荷物を家の中に全て運び込んでしまった。

表で見ていた私のところにフブキは駆け寄ってきた。

「リビ、来てたのか」

「はい、私達は宝石山に向かうので別れの挨拶をと思いまして」

するとフブキは少し屈んで私と視線を合わせた。

「そのことなんだが、俺も宝石山に用があるんだ。商人の護衛はここまでで別の仕事の件なんだが、リビたちと一緒に行ってもいいか?」


こうして私とソラとジャーマ、そこに加わったフブキは宝石山に登ることになった。

「腕の立つフブキさんも一緒というのは心強いですね」

そう言ってジャーマは快く同行を許可した。

おそらくジャーマはフブキが怪我をしているから、一人で登山するよりも人数が居たほうが安全だと思ったのだろう。

山は思っていたよりも緩やかで登りにくくはなかった。

人が出入りする山だから道が補整されているのがありがたい。

ソラはわりとフブキに懐いていて、フブキもソラを可愛がってくれている。

もしかして、光属性の2人だから相性が良いのだろうか。

途中ソラの言葉が分かることをフブキに驚かれながら、半分まで登ってきたところで昼食をとった。

「もう間もなく採掘場なのですが、おかしいですね。いつもなら採掘者の方を見かけたりするのですが」

ジャーマはそう言って周りを見回すが人の気配はない。

「皆さん採掘場の中にいらっしゃる、ということでしょうか」

私の質問に対し、ジャーマは顎に手を置いて考え込む。

「可能性はあると思いますが、採掘は交代制です。朝昼夜と分かれているはずなので、いつもは休憩中の方とお会いして話したり手紙を渡したりしていたのですよ」

「何か緊急事態が起こったのかも知れません」

フブキの一言に私もソラもジャーマも頷いた。

「事故が起きたのかもしれませんし、急いで採掘場に行ったほうがいいかもしれませんね」

動く準備をし始めるジャーマをソラも片付けを手伝っている。

私も片付けようと立ち上がると、フブキに肩を掴まれて耳打ちされた。

「可能性の話だが、リビ。戦えるか」

フブキの表情は真剣で何かを感じ取っているらしかった。

「今使える魔法は麻痺とルリビの効果ちょっと、というところですかね」

私がポケットに入れていたルリビを見せるとフブキは驚き半分呆れ半分のような顔をした。

「ルリビ持ち歩いてるやつ初めて見たな。一応魔法を使う準備をしておいてくれ。嫌な予感がするんだ」

フブキの言葉に頷いて私達は採掘場へと急いで向かった。

その嫌な予感というものは的中したらしく、採掘場の洞窟の入口には人が倒れていた。

ジャーマは直ぐ様駆け寄って採掘者の人だと確認した。

「大丈夫ですか!?一体何が…」

鋭い切り傷が胸に3本入っていて、血が絶え間なく流れていく。

その傷を見て息を飲んだフブキを私は見逃さなかった。

でもそのことについて聞いている場合でない。

「フブキさん、光魔法の治癒が使えるはずですよね!?やってみてくれませんか」

「無理だ」

私の言葉に有無を言わさず即答したフブキは険しい表情をしている。

「俺の魔法は弱すぎる、彼の傷を治すことは出来ない」

地面に広がっていく赤い血が水溜りのようになっていく。

呼吸がどんどん浅くなって、そうして死んでしまう。

私は鞄から魔力を増幅する薬草を取り出した。

風上の村でソラとソルムが取ってきてくれていた残りだ。

乾燥させてドライ植物にしていても効果は変わらないから、持ち歩いていたのだ。

「フブキさんに魔力増幅の効果を付与します、時間がありません、やりましょう」

「しかし」

「私も魔法はめっちゃくちゃ弱いです!!でも魔力の増幅が出来るのは私だけ、治癒の魔法を使えるのはフブキさんだけです」

止まらない血に視線を落とし、フブキは頷いて男性の傷に触れた。

白い光はぼんやりと男性を照らす。

私も薬草を口に押し込んで、フブキの背に手を翳す。

増幅だけをフブキに付与する。

止まらない血、次第に消えていく命の灯火。

淡い黒い光と淡い白い光。

私とフブキの魔法は本当に弱い。

すると、ジャーマも倒れている男性に手を翳した。

「傷口を焼いて止血を試みます、その方があなた方の魔法も効果を発揮するでしょう。人に向けたことは、ありませんが」

ジャーマの手は震えていたが、ここにいる誰よりも魔力があった。

赤い炎で傷口を焼きつつ、フブキの治癒で内臓の破損を修復する。

ジャーマの火のおかげで血が止まり、フブキの治癒でどうにか一命を取り留めた男性をソラに乗せてもらい、ジャーマと共に村に降りてもらうことになった。

「ソラ、村までお願いね」

「キュ!」

自信満々のソラの体はふわりと浮かび上がる。

ジャーマは心配そうにソラから身を乗り出した。

「本当に二人で洞窟の中を確認するおつもりですか?私達が警備隊を連れてくるまで待っていては」

「他にも怪我人がいるかもしれません。状況を把握するためにも私とフブキさんで中に入ります。警備隊や救護できる方を連れてきてもらえると助かります」

「分かりました、太陽の国にも連絡を取って出来るだけ早く戻ってくるので無茶はしないで下さい」

ソラが飛び立ち、私とフブキは洞窟を進む。

採掘の道具や人がいたであろう形跡はあるものの気配はしない。

半分まで来たところでフブキが血痕を見つけ、静かに、と人差し指を口許に当てた。

声がする。

ゆっくりと歩を進めるとそこには、血をしたたらせ怪我した腕を押さえる男性一人。

そして、それを囲む三人の男の頭には黒いふさふさの耳があった。

「だからぁ、宝石山を明け渡してくれたら殺さないって言ってんだろ」

「で、できません。この山は太陽の国の王から直々の名で採掘されている場所なのです。あなた方、白銀の国に渡すなどもってのほか」

私とフブキは岩陰に隠れ会話を聞いていたが、私はその国の名前に覚えがあった。

フブキの顔を見れば、怒りに震え歯を噛み締めている。

白銀の国はフブキの故郷、そしてフブキを追放した最悪の過去だ。

黒い耳を持った三人は鋭い爪を男性に向けた。

「人間が鉱石持ったところで正しく使えねぇだろうが!まさに宝の持ち腐れ、闇の王も泣いてるだろうな」

闇の王?

闇の加護を授けている方のことだろうか。

血を流す男性は近づいてくる三人から離れようとして尻餅をつく。

「な、なんと言われようと渡せません!我々は光の神のもと、鉱石の悪用を許すことは」

「あー、うっせぇ。じゃあ体3等分な」

振りかぶった腕には鋭い爪が3本。

勢いよく下ろされたその瞬間フブキは既に走り出していた。

私は速すぎて見えなかった。

鋭い3本の爪を受け止めたのも、鋭い銀色の3本の爪だった。

「お前ら、王の命令か」

「!銀色の毛並み、はっ、お前、生きてたのかよ」

勢いよく後ろに下がった黒い耳の男に、二人の黒い耳も駆け寄った。

「兄貴、知り合いですか」

「あ?お前らは知らねぇのか。こいつ、国を追放されたフブキだよ」

「え、フブキって、あの?」

三人の口振りはフブキのことを知っているらしい。

国からの追放だったから有名だったのかな。

「喧嘩負け無し豪腕の?」

「絶対零度の眼差しで有名な?」

「そうそう、鉄仮面銀狼のフブキな」

散々な言われようだが、フブキの表情は動かない。

「俺の話はどうでもいい。要塞の鉱石が壊れそうなんだろ、だからって今度は別の国から強奪すんのか」

「話が早えな、そうだよ。そろそろ国を囲んでる鉱石の寿命が来る。余所者を入れないようにしてあるあの鉱石が壊れたらどうなるか。国を追い出されたお前にだって想像出来るよな」

「他の国が攻め込んでくる、って言いたいのか。そんなもの好き勝手に生きてきた報いだろう」

「お前それ、中で生きてる一般の国民に言えんのか?何も知らない女も子供も、平和に暮らす家族が何万と住んでるその国の連中に言えんのかよ」

どの国も、ただ暮らしている人がいる。

何も知らない子どもたちが遊び、何も知らない大人たちが働いている。

報いを受けるべき人がいたとしても、それ以外が被害を被ることになるのは目に見えている。

「国民が大切だからといって、他所の国の、この人たちを傷つけていい理由にはならない」

「わかってねぇなぁぁ!!」

男は洞窟の中に響くほど大声を上げた。

「俺にはあの国の中に家族がいる。こいつら2人にも親や兄弟が、あの国にいんだよ。王の命令は絶対に守らなければならない。例え何人殺すことになっても、俺が死ぬことになったとしても。あの国に生きてる家族を守るためにはそれしかない。今までそうやって生き抜いてきた。あの国から解放され、家族もいないお前には分からねぇだろうがな!!」

振り下ろされた爪は先程よりもずっと重い。

でも、爪よりももっと、言われた言葉のほうがずっしりと重い痛みを伴っていたはずだ。

明らかに押されているフブキを横目に、私は採掘者の男性に駆け寄った。

「走れるならこの洞窟を出て下さい」

「で、ですがあなた方は」

「警備隊を呼んでます、貴方は彼らと合流して。私達は三人をなんとかします」

そうして走り出した採掘者を守るように私は洞窟の真ん中に立った。

麻痺の効果を三人に付与する。

そう思って手を翳したが、動きが速くて定まらない。

一人に絞って麻痺魔法を当ててみたが、笑われてしまった。

「お姉さん魔法弱いねぇ。そうじゃなくても俺ら獣人はそういう魔法に強いのさ」

フブキがリーダーらしき人と戦っている中、私は残りの二人をなんとか足止めしたかった。

ルリビを取り出して、どうするか迷う。

もはや、これを投げつけたほうが効果があるのでは?

「げ、お前それルリビじゃん。でも残念、食わせなければ効果なしだよ」

「うん、そうなんだよね」

私は肯定しながらルリビを口に入れてもぐもぐと飲み込んだ。

二人はぽかん、としたアホ面で私を見てる。

効果は下がるけど食べさせることが出来ないならこれしかない。

本来は致死だけど、魔力の無さのせいで腹痛くらいかもしれない。

でも、やらないよりまし!

私の致死の魔法は二人にあたったが、勿論死ななかった。

「なんか、吐き気する」

「俺は目眩する」

やった、効果はあった!

喜びも束の間、体調が悪くても私を追いかける元気はあるようで走ってこちらに向かってきた。

「待てやこらぁ!!」

「嫌です」

私が洞窟の出口に向かって走っていると光が見えてきた。

ようやく出れると思ったとき、襟を掴まれて後ろに倒された。

顔が青ざめた二人が私に鋭い爪を向けている。

振り下ろされる、そう思ったとき出口の光から冷たい冷気が入ってきた。

それは次第に強まって、轟轟と音を立て二人に襲いかかる吹雪のようだった。

「うおっ、なんだこれ凍っていく!」

「足が、動かねぇ!」

カチコチになっていく二人を見上げる私に聞こえたのは聞き慣れた声だった。

「キュウ!」

「ソラ!?」

走ってこちらに向かってくるソラは警備隊を引き連れている。

「ソラが、やったの」

私が問いかけると、ソラは口から雪の結晶をフッと出して見せた。

魔法が使えるようになったってこと?!

そんな驚きは今はおいといて、私達は警備隊と共に奥へと戻った。

そこにはジャーマンスープレックスを決めるフブキと、気絶する黒耳の男がいた。


獣人族の三人は縛られ警備隊に引き渡された。

今回の怪我人は数名で救護の人に手当してもらい命に別状のある者はいなかった。

獣人が現れた時いち早く気づいた採掘者がおり、皆隠れていたらしい。

私も倒れたときの擦り傷を治してもらい、フブキも軽い切り傷で済んだようだ。

「獣人族がこのようなことを、申し訳ありません」

フブキが皆に頭を下げていたが、助けられた男性が首を横に振った。

「貴方は悪くないです。私を助けて下さってありがとうございます」

皆もフブキを責めることはなく、むしろ居てくれて助かったと口々に言った。

フブキは照れるような申し訳ないようなそんな複雑そうな顔で、私の隣に座った。

「リビ、一緒に戦ってくれてありがとうな。さすがに三人を相手にするのは骨が折れる」

フブキなら勝てそうだけど、という言葉は飲み込んで、こちらこそ、と笑った。

「フブキがいなかったら怪我人も救えてないし、あの場で切られていただろうし、本当に一緒に来てくれて良かったです」

「そのことなんだが実は、村に居たときから獣人の気配がしていて嫌な予感がしていたんだ。昔から同族の気配には敏感な方でな。だから、リビたちについていくことにしたんだ。仕事があるなんて、嘘言ってすまない」

「謝らないで下さい、そのおかげで助かりました」

「キュウ!」

話を聞いていたソラもフブキの背中抱きついている。

「ソラ、怪我人を運んでくれてありがとう。それに魔法でリビを助けたんだろ、すごいな」

「キュキュ!」

「また一つ成長した!って、言ってます」

私の通訳にフブキは少し微笑むとソラを撫でた。

「俺も、成長しないとな」


私とソラとフブキは一度警備隊と共に山を下りることになった。

ジャーマも怪我人に付き添っているようで、合流するために宝石山を下りきったとき。

大きな声が上から聞こえてきた。

「その獣人の移送、しばし待ってもらおう」

崖の上には黒髪を靡かせた黒いふさふさの耳を持った男が立っていた。

漆黒の騎士のような制服をはためかせ、いかにも高貴な雰囲気を漂わせている。

「ヒサメ様…!」

縛られた獣人の三人は驚いた顔をして崖を見上げている。

私は聞き逃さなかった。

フブキも、ヒサメ様、と呟いたことを。

高い崖の上から飛び降りて綺麗に着地したその男は、涼し気な瞳を一瞬だけフブキに向けてから、警備隊の元へ歩みを進めた。

フブキとすれ違うとき、何かを言ったように見えたが私には聞こえなかった。

胸に右手を当て丁寧にお辞儀をした男は警備隊に謝罪をした。

「私は白銀の国の王、ヒサメと申す者。この度、我が国の兵が太陽の国の宝石山に無断で侵入したことを詫びに参った」

「ヒサメ様!?一体何を言って」

「口を閉じろ」

ヒサメの一喝で獣人は怯えたように黙ってしまった。

警備隊からは緊張が伺えて、白銀の国が恐れられていることがなんとなく分かる。

警備隊のリーダーは、意を決してヒサメと話をしようと前に出た。

「こちらは採掘者に怪我人も出ています、それに鉱石の強奪とあっては国際問題にもなりましょう。王として責任を取る、ということで参られたのであれば太陽の国の王に謁見すべきかと存じます」

他国とはいえ王の前では、リーダーの声も震えている。

ヒサメは申し訳無さそうに眉を下げると自分の首に手のひらを並行に当ててみせた。

「そのことなのだが、王としての責任は王の命と引き換えに取って頂いた。というのも、宝石山の強奪は前王であるザラ王の命令で行われたこと。私は昨晩ザラ王を殺し、その足で詫びに参ったという話だ」

さらりと言われた言葉に警備隊も三人の獣人も、フブキまでも言葉を失っていた。

「この度我が国の兵によって被った被害について、我が国にある治癒の鉱石を提供する。他国と比較してもより強力な力を持つ鉱石だ。傷痕も残らないほどに回復することを約束しよう。その代わり、兵の裁きは我が国に任せていただきたい」

「し、しかし、一警備隊の我々の一存で決められることでは」

リーダーが戸惑いの声を発した瞬間、獣人三人のけたたましい叫び声が響いた。

「ああ…ああ…っ!!」

「ぐっ!!ヒサメ…様…どうして」

「うう…うう…」

苦しむ彼らの手からは大量の血が流れていく。

鋭かった爪が切られ、そこから血が滴っていたのだ。

「私達狼の獣人にとって武器となる爪を無くすことは、兵としての誇りを失うことと同義。それに彼らは前王ザラに家族を人質に取られ、そうするしかなかったことをご理解頂きたい。もちろん、許しを請いている訳では無い。だが、彼らも死ぬのなら家族のいる国が良いだろう」

あの一瞬のうちに三人の手を切ったんだ。

恐ろしく強い相手を目の前に、誰も動くことが出来ない。

「た、太陽の国に処刑は無いのです。ですから、やはり太陽の国の王と話すのが一番かと存じます。一度国にお越し頂けないでしょうか」

リーダーの言葉にヒサメは頷いた。

「それならば、こちらも治療の鉱石を準備させる。その間兵はそちらに預けることとしよう」

するとヒサメは、フブキと私を指差して指名した。

「鉱石の運搬にこいつらを連れて行く。力のある者と、ドラゴンを従える者ならうってつけだ。かまわないか?」

警備隊のリーダーは私の顔を伺いながら頷くしかないようだった。

フブキはヒサメの顔を見つめたまま、うんともすんとも言わない。

こうして警備隊や救護の人々は村や太陽の国へと向かった。


周りに誰もいなくなるまで、ヒサメとフブキは見つめ合ったまま一言も発さなかった。

私もソラも顔を見合わせてその場から動けない。

ようやく口を開いたのはヒサメの方だった。

「久しいなフブキ。まだ持っていたなんて驚いたよ」

ヒサメはフブキの髪結いの紐を指差した。

赤が交じる綺麗なその紐は頑丈そうだ。

「…なかなか切れないので使っているだけです。15年ぶりですね、ヒサメ様」

「15年と9ヶ月。オレはこの日をずっと待っていた。本当にずっと」

ヒサメがフブキを見る銀色の瞳は優しくて、先程話していた時よりもずっと人間味があるような気がする。

ヒサメは右手をフブキに差し伸べて優しい声で言った。

「帰っておいでフブキ」

愛情に満ちているその言葉に、何故か私のほうが泣きそうになって。

フブキにも帰れる場所があったんだって思って。

でも、フブキの表情はあまり動かなかった。

「嫌ですよ、あんな寒いとこ」

そんな台詞に出そうだった涙は引っ込んで、私は思わずフブキを見た。

ヒサメを見れば、くくっ、と笑っている。

「変わってねぇなフブキ。でもオレ言ったよな、大人になったら迎えに行くって」

「そうですね。でも、まさか前王を殺すとは思ってませんでした」

フブキにそう言われ、あははっ、と歯をむき出しにして笑ったヒサメにどこか恐怖を覚えた。

「フブキのご両親が処刑された日に決めてたんだよ。オレも親父を殺してやろうって。時間かかってごめんなぁ。王の兵士をオレ側に付かせるのに結構手間取っちまった。でもまぁ、国民の大半は親父の横暴さに不満があったし、国民がオレ側に付くのは時間の問題だった。だから、フブキが戻ってきても何も心配いらねぇよ。なにか言うやついたら黙らせるし」

ニコッと笑うヒサメの顔は美しくて余計に怖い。

フブキはため息をつくと嗜めるように言葉を紡ぐ。

「お忘れですか、俺の魔法を」

「忘れるわけねぇだろ」

食い気味に返したヒサメは服を捲りあげ腹を見せた。

そこには大きな傷痕が斜めに入っていて、痛々しい。

「オレを助けたせいで、フブキの家族を壊しちまった。今でも処刑の日を夢に見る」

「ヒサメ様のせいではありません。助ける選択をしたのは俺です、俺のせいで母さんと父さんは…」

息を詰まらせるフブキの頬に手を添えて、ヒサメは肩をとんとんと叩く。

「助けてくれてありがとうフブキ。オレはお前の為なら何でもする。それこそ、お前のために闇の加護を消してやろうと思ってる」

フブキはぎょっとしてヒサメの顔を見る。

「やめてください、何を考えているんですか」

「何ってフブキのこと。フブキがあの国に居続けるには闇の加護邪魔だろ?」

至極当然、そんなことを思ってそうな顔で平然と言う。

フブキは呆れたように苦笑いする。

「本当にやりそうで怖いんですよ、あんた」

「あはは、やるよ。お前がオレの側にいてくれるためなら」

この人、やばい人です。

私とソラは少しずつ、少しずつ、二人から距離を取っていた。

いざとなったら飛ぼうね、とソラに言いながら耳を澄ます。

「なぁ、フブキ。オレはお前に右腕になって欲しい。オレが信用出来るのはこの世にお前だけだ」

「…ヒサメ様を慕う奴は昔からたくさんいたでしょう。俺である必要はないはずです」

「お前もその一人だった?」

フブキは答えなかった。それでも、ヒサメは微笑んだ。

「素直じゃねぇな、昔から」

そんな和やかな空気が一変したのは、私の目の前にヒサメが立っていたからだ。

喉がひゅっとなるくらい、恐怖を覚えた。

「フブキが国に戻りたくないのは、キミのせいじゃないよね?」

「…え?」

「フブキの恋人じゃないよね、って聞いてるんだよ。返答次第では殺すね」

私は全力で首を横に振った。首がもげるかと思うくらい全力で。

「は?フブキ良い男だろ、不満なの?」

うわ、面倒くさいこと言ってるこの人!!

でも私は何も言えずに首を振り続けた。

「やめろ、リビは俺の命の恩人です」

私の前にフブキが来てくれて助かったけど、正直ヤキモチ妬かれそうだから命の恩人とか言わないでほしい。

ヒサメは目を細めて口角を上げ、私の顔を覗き込むように屈んだ。

彼はフブキよりも少し背が高くて、余計に威圧感があった。

「へぇ、俺のフブキのこと助けてくれたのか。褒美を取らせようか?何が欲しい?山?」

「い、いらないです」

「そんなこと言わずに言ってごらん。フブキ以外ならなんでもあげるよ」

急にそんなこと言われても浮かばない。

何かを願うのも怖い。

するとソラが手をあげた。

「キュ!」

「はい、そこのドラゴンのキミ」

「キュキュ!」

ヒサメが私を見るので恐る恐る翻訳した。

「白銀の国が持っている山への入山許可が欲しい、と言ってます」

「いいよ、許可証作らせるね」

あまりにあっさりとした会話にあっけに取られていると、ヒサメがフブキの肩に腕を回して歩き出していた。

「とりあえずは鉱石を取りに一緒に行ってもらうよ。それからいくらでも話し合おうなフブキ」

「俺は自由に旅をしている方が向いています。あんたの右腕はもっと役に立つ奴が良いでしょう」

「オレの側にいるの嫌か?」

そんな問いにフブキはまた黙る。そうしてまたヒサメは微笑むのだ。

「フブキは、素直じゃないな」

そんなもどかしい二人を後ろから眺めてついていく私は、この焦れったい青春漫画の1ページのような二人を置いて行きたかった。

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