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A:危険地帯②


 我慢した。必死に我慢した。だけど、それが裏目に出て、くしゃみとは思えない音になってしまった。


「ぶぁしゃい」


 ウロビトたちが一斉に振り向いた。人間以上に聴覚が鋭いのだろう。怪訝けげんそうな顔つきで、一斉にSUVの方へ近づいてくる。そのうちの一体の伸ばした指先が車体に触れようとした時、レンは一気にアクセルを踏み込んだ。


 砂煙を巻き上げながら、SUVは疾走する。インビジブル・モードを解除して、ぐんぐん速度を上げていく。


「ご、ごめんなさーい」

「バカ黙ってろ。舌を噛むぞ」


 レンは素早く、バックミラーで追手を確認する。小剣竜をいじめていたウロビトどもが、四つん這いで追いかけてくる。ただ、瞬発力はあるが、持久力に欠けているようだ。一体ずつ脱落していく。


 SUVが全速力で続けたので、最後の一体も見えなくなった。


 問題は騒ぎを聞きつけて、襲いかかってくるウロビトである。左右から次々と姿を現してくる。レンはSUVに装備した機銃を連射して、これをやりすごす。


 しかし、ウロビトに痛みに鈍感だ。腕を一本失っても、執拗に追いかけてくる。時速80kmで走っているSUVに前方から飛びかかってくる命知らずもいる。そんな連中に出くわすと、レンは問答無用ではねとばした。


 危険地帯にウロビトの集落があるため、次から次へと湧いて出てくる。集団で襲いかかってこられると、逃げ切ることが難しくなる。数匹なら機銃掃射で血路を開くのだが、この状況ではすぐに弾切れになってしまう。


「レンくん、前、前っ」

「!」


 突然、進路を塞ぐように、巨大な壁が出現していた。レンはブレーキを踏みながら、ステアリングを切る。瞬時に視線を巡らせて、正面の壁と右側の壁の間にわずかな隙間を見つけた。SUVの左側のタイヤを浮かせ、車体を倒しながら滑り込ませる。


 タイヤが巨大な壁に触れると、妙な感触がレンとシーナに伝わってきた。それは弾力があり、確かに動いていた。


「この壁は生きている。こいつの正体は……」


 SUVが無事、壁と壁の隙間を走り抜けると、後方に小山のようなものが現れた。


 全長25mほどの巨大な恐竜である。資料にも記載されていた竜脚類のアパトサウルス。とても長い首が特徴であり、ステゴサウルスと同様に草食性である。


 アパトサウルスは十数体のウロビトたちに襲われていた。長い首をうねらせながら、牛そっくりの鳴き声が上げている。


 ウロビトの眼には、巨大な食糧に見えるのだろう。アパトサウルスの首や胴体にウロビトがとりついて、獰猛な鋭い牙を突き立てていた。


 SUVを追ってきたウロビトたちも、さらにアパトサウルス狩りに加わった。鉄の塊の中にいる人間より、むきだしの肉塊の方が魅力的なのだろう。ウロビトが半数に減った隙を逃さず、レンは全力で逃走に入る。


 十数体のウロビトたちが追いすがってきたが、ひたすら逃げの一手を打つ。全速力を出せば、かなりの確率で逃げ切れるはずだ。その思惑は的中し、しばらくすると飢えた化け物どもは追尾を諦めて、アパトサウルスの方に戻っていった。


 危機は去った。レンは肩の力を抜き、安堵の息を吐く。


「それにしても、あのタイミングでくしゃみが出るか」

「……ご、ごめんなさい」と、シーナは肩をすくめる。

「まるでコメディだな。しかも全然笑えないコメディ」


 あまりの申し訳なさに、シーナは身体を縮めるしかない。何の役にも立たず、レンの足を引っ張ってばかりである。少しでもレンの力にならなければ、と考えて、


「レンくん、よかったらナビをしようか? 地図はないの?」

「〈クラッシュ・ワールド〉に地図がないんだ。不安定な時空がゆらいで、毎日、変化しているからな」


「そうなんだ。でも、レンくんは道に迷わないんだ。すごいね」

「そうでもない。トラブルのせいで、妙なところに迷い込んだ」


 SUVは薄暗い裏通りを走っていた。道幅が狭く、車が一台、どうにか通れるほどしかない。もし、行く手を塞がれてしまったら、立ち往生をするしかない。


「早く、大通りに戻らないといけないんだが……」


 レンの低い声音に危機感をおぼえて、シーナは背筋が寒くなった。厄介事というものは、なぜか立て続けにやってくるものだ。


 シーナは妙な気配を感じてビルを見上げると、いくつかの窓から何かが覗いていた。目を凝らすと、ウロビトどもである。5,6匹のウロビトがビルの窓から身を乗り出し、SUVを見下ろしているのだ。


「レンくん、くる」

「ああん、何だ?」

「上から、くるっ」


 シーナの悲鳴とともに、一匹のウロビトが窓枠を蹴って、身を躍らせてきた。


 レンがアクセルを踏み込んだ瞬間、SUVのルーフに衝撃があった。落ちてきたウロビトはルーフに取りつくことはできず、勢いよくどこかに飛んでいく。


 立ち続けに、さらに二匹が落ちてきた。これは衝突というか交通事故に近い。車体のダメージだけでなく、機銃までへし折られてしまった。


 しかも、建物が崩落して、前方がふさがれている。


 レンは悪態をついて、急ブレーキをかけた。前につんのめるように停車すると、即座にギアをバックに入れ、アクセルを踏み込む。SUVは高速で後ろ向きに疾走していく。


 シーナはドア内側の取っ手を握りしめ、歯を食いしばって、悲鳴を押し殺す。


 裏通りを逆走しても、ウロビトの落下攻撃は止まらない。その後も、ルーフやボンネットに落ちてくる。まるで、体当たり爆弾だ。狙いを外して、路上に叩きつけられるものもいた。


 ウロビトの行動が投げやりだった。自殺願望にとりつかれているようだ。ためらいや計画性が全然感じられない。シーナはウロビトに対しゾンビと似た印象を抱いていたが、やはり知性に欠けているらしい。


 5分ほど逆走を続けて、ようやくウロビト爆弾がなくなった。だが、裏通りの出口に近づいてきた時、レンとシーナは同時に驚きの声を上げた。そこに、新たな厄介事が待ち受けていたからだ。


 大通りへの出口を塞ぐように、巨大な茶色の壁が立ちはだかっていた。またもや巨大恐竜の壁である。かすかな救いは、その恐竜が移動中であること。もうしばらくすれば、出口が開きそうである。


「早く行けっ」

「早く通って」


 レンとシーナのユニゾンは、恐竜の素早い通過を願ってのものだ。もたもたしていると、遠ざけたウロビトに追いつかれてしまう。


 目の前を通っている巨大恐竜は、ステゴサウルスだった。小剣竜とは比べ物にならないほど大きい。全長が20m以上ある。その分、歩みがスローモーなので、なかなか出口の前を通り過ぎてくれない。


 ここまで逆走してきたので、フロントグラス越しに、迫りつつあるウロビトの群れが見える。レンは再度、インビジブル・モードを展開させた。こうしておけば、ウロビトの眼にSUVは映らない。


 ただ、ウロビトの中に突然変異なのか、巨大な一匹が混じっていた。通常のウロビトの五倍以上はある。まさに巨人である。


 ウロビトの眼には映らないとはいえ、このままではSUVが踏みつぶされてしまう。


 先頭のウロビトがSUVまで10mに迫った時、ようやくステゴサウルスが通り過ぎ、裏通りの出口が開いた。レンはアクセルを踏み込み、大通りへと一気に飛び出す。


 レンはステアリングを素早く切り、ブレーキを踏み込みながら、ギアをトップに入れる。ウロビトどもが追いつく前に、透明SUVは砂煙を上げながら急発進した。


 進行方向には、二頭のステゴサウルスは並走していた。もしかしたら、例の小剣竜の両親なのかもしれない。


 それにしても、崩壊したビル街と恐竜の組み合わせは、シーナに不思議な感慨を抱かせる。怪獣が都市で暴れまわるCG映像と重なって、これが現実とは到底思えない。

 

 おそらく、シーナの頭は混乱していて、リアルとフィクションの境目があいまいになっているのだろう。


 ステゴサウルスの走る速度がゆっくりなので、SUVはすぐに距離を詰めてしまった。レンは恐竜を刺激しないように注意して、できるだけ距離をとったうえで、一気に二頭を追い抜こうとする。


 しかし、二頭が蛇行しているので、容易に追い抜くことができない。その上、後方からウロビトの群れが迫ってくる。


 一難去って、また一難である。


「シーナ、ハンドルを握っていてくれ」

「えっ、どういうこと?」

「いいから黙って握れ。ハンドルを固定するんだ」


 シーナはおとなしく従った。レンがアクセルから足を離したので、次第にスピードが落ちてくる。その間にレンはサンルーフを開き、上半身を外に出した。


「どうするの、レンくん」


 レンは何も答えない。後方を睨みつけながら、集中力を高めている。やがて、おにぎりをつくるように両手を重ねると、その合わせ目に小さな光が点った。


 それは次第に大きくなり、この世のものとは思えない美しい色をしていた。


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