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A:崩壊世界②


 レンとミルコが打ち合わせをするため、シーナは休んでいるように言われた。ただ、ワンルームなので行き場がない。仕方なく、レンたちから少し離れて、窓際に腰を下ろした。


「これを読んでおいてくれ」レンがフローリングの床に、A4サイズの資料を滑らせてきた。


 シーナがざっと目を通したところ、〈クラッシュ・ワールド〉の概要であるらしい。


 例のゾンビに似た化け物たちは、「ウロビト」というらしい。「空っぽの人」という意味だろうか。ウロビトの恐るべき武器は、硬質化した真っ赤な舌だ。槍のように使う他に、先端からは毒液を分泌する。その毒はシアン化カリウム、つまり青酸カリに匹敵する猛毒である。


 ウロビトは基本的に暗い場所を好む。その点は吸血鬼に似ているが、短時間なら太陽の下でも活動できる。ニンニクや十字架が苦手といったことはない。痛みに鈍感なので、腕や脚を失ったとしても、平気で動き回るらしい。


 資料の内容でもう一つ重要なことは、〈クラッシュ・ワールド〉と密接につながっている世界が、シーナのいた世界だけではないということだ。にわかには信じられないが、他の時空ともつながっているらしい。その根拠として、中生代の翼竜に似た巨大な鳥や竜脚類に似た巨大な獣などの目撃例があげられる。


 不鮮明な写真と全身イラストが添えられていた。恐竜図鑑で見覚えがある。翼竜はプテラノドン、竜脚類はアパトサウルスだ。〈クラッシュ・ワールド〉には化け物だけでなく、恐竜までいるらしい。


 すべてがシーナの理解力を超えていた。『ジュラシック・ワールド』は大好きな映画だけど、本物の恐竜を間近で見てみたいとまでは思わない。アニメ好きの女子高生なんて、いの一番に餌食になってしまうタイプだろう。


 ああ、早く元の世界に戻りたい。コーラとスナックを用意して、ため込んだ録画アニメを堪能したい。あ、そろそろハードディスクがパンパンじゃなかったっけ。来週までに帰れるのかなぁ。せめて今月中には帰りたい。


 レンに言われた通り、資料は最後まで目を通した。とんでもない世界に迷い込んでしまったことを改めて実感する。元の世界に戻れるのだろうか? レンの口振りでは、50%程度の確率にも思えてくる。楽観主義者のつもりだったけど、本当は悲観主義者だったのかもしれない。


「席を外せ」と言われたが、二人とは3mほどしか離れていない。意識しなくとも、会話の断片が耳に入ってくる。それらと渡された資料を総合してみると、〈クラッシュ・ワールド〉は、想像以上に危険な場所らしい。


 救いといえば、〈境界守〉は二人だけでなく、全国に100人以上のメンバーがいるということだ。もっとも、〈クラッシュ・ワールド〉に常駐しているメンバーは、その半数にも満たない。しかも、ハードな仕事であるため、負傷者や犠牲者が絶えないという。


 資料を読み終えて手持ち無沙汰にしていると、レンが手招きをした。


「今後の方針が決定したので伝えておく」レンは噛んで含めるように、ゆっくり話し始めた。「おまえの身を守ることを最優先に考えた。今日はゆっくり休んでもらって、明日の早いうちに、ここを出発する。このマンションはウロビトからの守りに向いていない。早めに別のアジトに移ろうと思う」


 シーナが不安げにミルコを見やると、彼女はにっこり笑った。


「心配いらないわよ。シーナを守るためには、敵に居場所をつかまれる前に、アジトを転々とするのが一番なの。水と食料の確保のためにも、その方がベターだからね」


「……はぁ」


「平凡な日常から一変して、過酷な非日常に迷い込んだわけだから、心細いのはよくわかる。同情もするけれど、ここは気持ちを切り替えて。悲しいけど、これが現実なの」


「でも、どうして私なんですか? 他の人じゃなくて」


「それに関しては、何とも言えない」レンが苦笑して言った。「つきつめれば、シーナの運命だから、といったところだな」


「……」


「シーナ、私たちがあなたを守るけど、あなたも覚悟を決めてほしい」ミルコは真顔で言った。「これは、あなた自身のためなのよ」 

 

「……わかりました。善処ぜんしょします」


 グルグルギューっ。最悪のタイミングで、シーナのお腹が鳴った。腹を決めたら空腹を覚えたなんて、シャレにもなりはしない。シーナは真っ赤になった。レンは顔を背けて笑いを噛み殺しているが、それならいっそ、大笑いをしてもらった方がいい。


 ミルコがクスクス笑いながら、

「じゃあ、汗を流して、食事にしましょうか」


 代わる代わるシャワーを浴びてから、待ちに待った食事の時間になった。しかし、豪勢なディナーというわけにはいかない。コンビニで手に入れてきたカップ麺や缶詰は保存用となり、〈境界守〉の携帯食を食べることになった。


 ミルコによると、この携帯食は米軍のレーションをモデルにしたらしい。ただ、クラッカーはパサパサすぎるし、レトルトパウチの野菜スープはやたらと辛い。シーナの口には全然合わなかった。


 いたって庶民的な舌をしているし、決して贅沢ぜいたくを言うつもりはないのだが、それでもこれは16年間の食事の中で最悪の部類に思えた。


「シーナ、無理して食べることはないぞ」と、レンは言った。「おまえが残して携帯食が節約できるなら、俺たちには願ったり叶ったりだからな」


 そんな風に言われたら、反骨心がムクムクと顔をもたげてくる。


「おあいにく様、私、辛いものに目がないのよね」


 シーナは無理して、激辛スープを飲みほした。たちまち口の中が焼けそうになり、すぐに後悔した。


 食欲が満たされると、シーナは眠気に襲われた。ミルコが寝袋を用意してくれたので、シーナは歯を磨くと、さっさと寝袋に入り込んだ。


 自分が寝た後、レンとミルコはどうするんだろう。もしかすると、キスとかしちゃうのかな。二人の関係が気にならないではなかったが、それよりも睡魔の方が勝った。


 元々、寝つきのよいシーナである。寝袋に入ってから、30秒後には安らかな寝息を立てていた。レンとミルコが顔を見合わせたことは言うまでもない。


「能天気な奴だ。ま、神経質よりはよっぽどましだが」

「もしかしたら彼女、とてつもない大物になるかもね」


 こうして、シーナにとって、〈クラッシュ・ワールド〉初日の夜は更けていった。

 これから先、どれほど過酷で悲惨な運命が待っているとも知らずに……。



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