表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/47

A:崩壊世界①

 コンビニから10分ほど歩いたところに、古びたマンションが建っていた。外壁にはヒビが入っていないし、傾いてもいない。他の建物よりは比較的安全そうに見える。


「この中に俺の仮住まいがあるんだ」と、レンが言った。


 古びた外観だったが、彼の部屋はメンテナンスがなされていた。フローリングのワンルームだが、広めのキッチンがあり、洗濯機とバストイレ付き。住み心地はよさそうだ。


「おじゃまします」

 シーナがレンに続いて、部屋に入ると、

「遅かったわね。どこで寄り道をしていたの?」と、声が上がった。


 何と、同居の女性がいたのだ。キチンと挨拶しなくっちゃ、と思ったシーナだったが、彼女の顔を見て、「ええっ」と驚いた。


「望先生、何だって、ここにいるの?」


 シーナの担任教師である門元望である。学校で見慣れたスーツ姿ではなく、タンクトップにホットパンツという露出の大きな装い。特に、小玉スイカ並みの豊かなバストは衝撃的だった。はちきれそうな胸元は女性のシーナでもドキドキしてしまう。


「何だ、レンくん、まだ彼女に説明していなかったの?」

「それどころじゃなかったんだよ。ミルコ」


「ミルコ?」と、シーナは首を傾げる。レンは確かに、門元先生をそう呼んだ。


「立ち話も何だから、ほら、山崎さん、遠慮なく中に入って」


 そう彼女から言われて、話の続きは奥の部屋の中に移ってからになった。コンビニで手に入れた飲み物を手に、思い思いに腰を下ろすと、彼女が口火を切った。


「ごめんなさいね。門元望というのは芸名みたいなもので、今の名前はミルコなの。苗字はなし、ただのミルコ。まぁ、これも偽名なんだけど、とりあえず、そう呼んでね」


「は、はい。ミルコ先生?」


「だから、先生じゃないって。高校教師に扮していたのは、世間をあざむくため。意外と楽しかったけど、本当の職業はレンくんと同じキョウカイモリよ」


「キョウカイモリ?」


 ミルコの説明は、意味不明なことばかりである。説明と同じ文字数の質問がしたくなるほどだ。これはもしかして、シーナの理解力が足りないのだろうか?


「レンくん、まだ何も、彼女に教えていないのね」

「ミルコの方が、説明するのは得意だと思ってさ」


「まぁ、そうだけどね」ミルコは苦笑しながら、シーナの方に向き直る。「私たちはちょっと変わった自警団みたいなものなの。山崎さんが暮らしていた平和な世界と、この荒れ果てた世界の境界を守るのが、メインの仕事。文字通り、世界の境界を守っている、というわけ。それが〈境界守きょうかいもり〉。はい、ここまでは理解できた?」


「え、ええ、まぁ」


「よく聞いてね。あなたが見た化け物だけど、クラスメイトが化け物になったがわけじゃないの。化け物がクラスメイトの振りをしていたわけ。山崎椎菜、あなたを手に入れるためにね」


「……えっ」シーナは何を言われたのか、まったく理解できなかった。


 ミルコは続ける。


「だから、私は山崎さんの担任になって、春先からあなたを守ってきたし、そろそろヤバいかなって思ったから、このレンくんを呼び寄せたわけ」


「どうして、私を守るんですか?」


「さっきも言ったように、化け物が狙っているから。狙っている理由は、この崩壊した世界にとって、あなたは重要な存在だから。正直言って、VIPといっても過言じゃないの」


「……」


「ああ、ごめん。今はわからなくていい。おいおい理解してくれれば、それで充分だから。あと、これだけは言っておかないと。山崎さん、あなたの両親もクラスメイトも元の世界では無事だから」


「えっ、そうなんですか? 母も父も、千春もですか?」


「もちろんよ。さっき言ったように、千春さんが化け物になったんじゃなく、化け物が千春さんの振りをしていたわけだからね」


「そうなんだ。よかったぁ」シーナは安堵の溜め息を吐いた。「この世界と元の世界は似ているけれど、まったくの別物なんですね」


「いや、そうとも言い切れない」と、レンが口を開いた。「二つの世界は微妙に影響を与え合っているらしい。例えば、一方でビル火災が発生すれば、もう一方でも同じことが起こる。そういう事象が数多く報告されている」


 こちらの世界ではイケメンで逞しいレンだけど、話し方は荒っぽくて堅苦しい。


「……そうなんだ。こっちの世界が化け物だらけになれば、元の世界でもそうなる可能性が高い、ということ?」

「何だ、にぶい性格だと思っていたんだが、意外と飲み込みが早いんだな」


 おまけに口が悪い、とシーナは思った。


「どこで境界を越えてしまったのか、シーナにわかるか?」


「世界と世界の境界? それはやっぱり、学校の中じゃないの? 元の世界の学校で、レンくんが転校してきて、授業を受けて、昼休みに校内を案内してから教室に戻ってきたら、あら不思議、いつのまにか境界を越えていた、みたいな」


「境界を越えた自覚はないわけだな」

「ないよ。全然ない」


 レンはミルコに向き直り、

「ミルコ、やっぱり人違いじゃないのか? 彼女が目的の人物だとは、どうしても思えない。こいつのどこがVIPなんだよ」


「こら、本人の前で、そんなことを言わないの」


 ミルコとレンが言い争っている間、レンの言葉を反芻はんすうしていた。どうやら、特別な能力の持ち主と思われていたらしい。『ジョジョの奇妙な冒険』に登場するスタンド使いの類だろうか? そんなもの、ありふれた女子高生のシーナは持ち合わせていない。


「先生」シーナは律儀に右手を上げた。「あの、質問してもいいですか?」


「先生じゃないんだけどね。学校では教師と生徒だったけど、今はタメ口でいいわよ。そんなに歳は離れていないし、その方が私も話しやすいから」


「いやいや、離れているでしょ、ミルコ姉さん」と、突っ込むレン。

「ほら、こんな奴もいるわけだから、山崎さんも気にしないで」


「あ、それなら私のことも『シーナ』と呼んでください。その方が言われ慣れているので」

「OK、シーナ。で、質問は何?」


「あ、そうでした。あの、できるだけ早く、元の世界に戻りたいんですが……」


 ミルコとレンは顔を見合わせた。


「元の世界は近くにあるんだが、戻るとなると、なかなか難しいんだ」と、レン。「手を精一杯伸ばした地点から、ほんの5ミリ先にあるだけなんだが、普通の人間には決して手が届かない」


「たった5ミリだけなのに?」


「試してみるといい。精一杯伸ばした地点から、5ミリ先だ」


 シーナは前方に手を伸ばしてみるが、そこにあるのは空気だけなので、指先が何かに触れるような感触はまったくない。


「シーナ、悪いんだけど、元の世界に戻るのは、しばらく待ってもらえるかしら」と、ミルコが言った。


「でも、私がいなくなると両親が心配するし、また化け物に襲われたりしたら……」


 マンションの窓から下を見下ろすと、例のゾンビもどきがうろついているのが見えた。どうやら、この世界では野良猫と同じぐらい見慣れたものらしい。


「境界を越えるには複数の条件が必要だ。現時点ではまだ一つもクリアしていない。無能力のおまえなら尚更だ」


 つっけんどんな言い方に、シーナは今度こそカチンときた。


「言ってみなさいよ。それって、どんな条件よ」


「誤解するな。おまえが無能だと言ったわけじゃない。俺たちはこの世界を〈クラッシュ・ワールド〉と呼んでいる。文字通り、崩壊した世界だからな。元の世界、つまり現世から〈クラッシュ・ワールド〉に来るのは、比較的簡単だ。自動ドアを抜けてデパートに入るのと何ら変わらない。もっとも、デパート側が出入り禁止にしていれば、話は別だがな」


「そうそう、逆の見方をすれば、シーナが入ってこられたのは、化け物サイドがそれを望んだから」と、ミルコが口添えをする。「化け物サイドが特定の人物に狙いをつけ、強い力で引き込もうとすれば、否応なしに〈クラッシュ・ワールド〉に招かれてしまう。ほら、〈神隠し〉ってあるじゃない。毎年8万人以上の人間が行方不明になっているけど、その一部はこっちに来ているんじゃないかな」 


「……あの、話半分だとしても、私には信じられません」シーナは呆気にとられていた。


「ああ、そうだろうな。俺たちの話を初めて聞く奴は皆、おまえと同じこと言うよ。信じられないなら信じなくてもいい。ただ、思考と行動を放棄して、投げやりになるのだけはやめてくれ。〈クラッシュ・ワールド〉は言ってみれば、戦場だ。警察も自衛隊もいない。孤立無援で、誰も頼れない。おまえを守るのは俺たち〈境界守〉だけだ。わかったか?」


「……わかった」


 レンとミルコの表情が真剣なので、シーナはそういうしかなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ