A:エピローグ
山崎シーナはベッドに横たわると、30秒もたたないうちに眠りに落ちる。
物心がついた頃から、いつも眠りは深い。ぐっすりと眠りこみ、朝まで目覚めることはない。そのせいか、夢を見ることはほとんどなかった。
以前読んだ本によると、夢は見ない人はいないらしい。実際には夢を見ているのに、目覚めると同時に忘れてしまうだけだとか。
もしかしたら、ただ忘れているだけで、シーナもアニメみたいに荒唐無稽な夢やトラウマ必至な悪夢を見ていたのかもしれない。
とにもかくにも、今朝も気分爽快な目覚め。
見上げれば、雲一つない快晴だ。家から高校まで徒歩10分。いつもの三差路で、親友の千春と合流するや、
「ねぇ、今度の三連休、どこかに遠出しない? 秘境の温泉とかグルメ旅とかさ」
「どこにそんなおカネがある? うちらはせいぜい、スーパー銭湯どまりっしょ」
非日常を夢見つつ、元気に登校すると、いつもと変わらぬ日常が待っている。
しかし、それでも、たぶん、今日も良い一日になるはずだ。
8時30分ぴったりに席に着くと、後ろの席から、アシュタルが声をかけてきた。
「おい、シーナ。俺たちのクラスに転校生がくるらしいぜ」
アシュタルは帰国子女だ。アシュタル・総士郎。イタリア系アメリカ人の三世である。
「どうして、あんたがそんなことを知ってるのよ」
シーナが問いただすと、アシュタルはケタケタと笑った。
「望ちゃんから聞いた。昨夜、雀荘にいるところを見つかっちまってさぁ。まぁ、望ちゃんも同罪だから、ウィンウィンの精神で無罪放免ってわけ」
「相変わらず、バカね」
当の望ちゃんが、ちょうどその時、教室に入ってきた。担任の門元望教諭である。
「はいはい、早く席に着く。毎朝、同じことを言わせない」
朗らかな口調で言い放つと、教え子たちを満面の笑顔で見回す。美人でスタイルも抜群なのに、少しも飾り気がなく、男女ともに生徒に人気が高い。
「喜べ、女子。新しい級友は、なかなかのイケメンくんだ」
入ってきた長身の男子を見るや、シーナは自然と背筋が伸びた。
「じゃあ、とりあえず、自己紹介をよろしく」
「西牟田レンといいます。レンは清廉潔白の廉。わからない方は後で辞書を引いてください」
さばけた調子で言ってのけ、男女を問わず、好感度は二割増し。転校生は万雷の拍手で迎えられた。
ただ一人、シーナだけ除いて。
あれ、どこかで会ったことある? 肩幅も広くて、妙に大人っぽい男子。そうか、リョウちゃんに似ているんだ。大好きなアニメ『シティーハンター』の主人公,冴羽獠の高校生バージョン。
そんな思いが顔に出ていたのか、バチンと転校生と眼があった。向こうが逸らさないので、シーナは照れてうつむいた。
ボーイ・ミーツ・ガール。
この瞬間、日常は非日常に転換した。いわゆる、一目惚れである。
まさに運命の出会い。しかも、レンとは隣同士の席になったのだ。
「教科書が届くのは明日なんだよ。一緒に見せてね、ええっと……」
「ああ、私の名前は、山崎椎菜。シーナって呼んで。その方が慣れているから」
机と机をくっつけながら、無難に挨拶した。
しかし、おそらく、ライバルは多い。彼女たちの視線を感じつつ、シーナは思い切って、レンに笑いかける
「後で、学校を案内してあげる。早く学校に慣れるようにね」
「ああ、それは助かる。サンキュ、よろしく頼むよ、シーナ」
レンの笑顔にキュンときて、シーナの胸はドクンと跳ねるのだった。
了




