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5ミリ先にある怪物帝国(モンスターワールド)  作者: 坂本光陽


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C:シーナ消失①


 シーナが大巨人を意のままに動かしたことは、〈夢遣い〉の力の大きさを知らしめた。


 それは明らかに想像を絶していたし、誰一人、そんなことができるとは思ってもいなかったのだ。目の当たりにしたレンやミルコでさえ、最初は信じられなかった。

 しかし、大巨人はウロビトどもを一掃した後で、上半身を折り曲げて、レンに向かって言ったのだ。


「無事ですかぁ? レンくん、大丈夫ぅ?」

 ノイズ交じりのくぐもった声だったが、それは間違いなくシーナの声だった。

 これはもしかすると、シーナが大巨人と同一化に成功したということなのか?


 レンとミルコにはわからない。そんな能力は〈境界守〉でも耳にしたことがなかった。

 シーナによると、彼女は夢の中で大巨人と交渉し、ウロビトの群れを撃退してもらったらしい。大巨人とコミュニケーションをとった人間は皆無なので、シーナがその第一号ということになる。


 巨大昆虫を使い魔にもつアシュタルでさえ、大巨人を思うように操ることはできない。その意味においては、魔物以上のスキルということである。

 ちなみに、アシュタルは、ウロビトとの乱戦の中で行方をくらまし、レンとシーナの元へは戻ってこなかった。よって、その時点をもって、人間と魔物の呉越同舟は自然消滅したことになる。


 何はともあれ、シーナとレン、ミルコと同行スタッフ3名は、整備を終えたクロバチに搭乗した。その後は順調に飛行して、何者かの襲撃を受けたり厄介なトラブルに陥ったりすることもなく、無事〈境界守〉のアジトに辿り着いた。


 そこは、数あるアジトの中で最も重要な拠点の一つだった。元は市街地にある自動車教習所だったが、広大な敷地面積を誇っており、輸送機や移動車両、武器弾薬を収容するスペースには事欠かない。


 疲れ果てたシーナは食事もとらずに三日三晩眠り続けた。大巨人の一件は、精神的肉体的に相当な負担を強いたらしい。


 レンはシーナのことを心配していた。彼女の身体のことはもちろんだが、それ以上に心配の種があった。〈境界守〉上層部が〈夢遣い〉に強い関心を示しており、嫌な予感を抱いていたのである。


 シーナは戦いに巻き込みたくない。その想いは、レンの中に強くあった。

 だから、シーナが聞き取り調査を受ける際には立ち合いを申し出たのだが、幹部には聞き入れられなかった。その代わり、聞き取り調査の報告書に関しては、ミルコに入手してもらえた。


 シーナに対する質疑応答の一部を抜粋してみると、以下のようになる。

「君は本当に、いわゆる大巨人とコミュニケーションがとれると思っていたのか?」

「いえ、レンくんを助けるために、無我夢中で頼んだだけです。最初はウロビトに頼もうとしたんですが、彼らとは全然、対話ができませんでした。直感的に思ったんですが、彼らは夢を見ないようですね」

「確認させてくれ。君は最初、ウロビトに頼もうとしたのか? 何を頼もうとしたのかね?」

「もちろん、レンくんたちを襲わないように」


「そんなことが実際に、聞き入れられると?」

「冷静に考えれば、虫の良すぎるかもしれませんが、その時は無我夢中だったので」

「なるほど、で、ウロビトとコミュニケーションがとれなかったので、他に誰かいないか捜している時に、偶然、大巨人を見つけたということかね」

「はい、おっしゃり通りです」


「そんな戯言を私たちに信じろと?」

 これには、シーナもカチンときたらしい。

「私はふざけちゃいません。ふざけているのは、この世界の方じゃないですか」

 シーナの言うとおりだった。デタラメなのは、驚異に満ちた〈クラッシュ・ワールド〉の方である。


 聞き取り調査報告書を読んだレンには、シーナの気持ちが手に取るようにわかった。見ず知らずの人間に、無意味で理不尽な尋問を受けているのだ。自分でも何が何だかわからず、まるで答えようがないというのに。


 しかも、シーナは監禁こそされていないが、24時間監視されている軟禁状態にあった。レンとミルコは食事を共にすることはできたが、それ以外に接触することは制限されていた。言葉を交わすこともままならないのだ。


 レンは上層部に疑念を抱き始めていた。

 まさか、洗脳のような非人道的な手段はとらないと思うが、もし、世界崩壊の重大な危機が迫っていれば、一線を越えるかもしれない。シーナを守るために、レンは警戒を強めていた。


 救いといえば、食事を一緒にとるときの、シーナの能天気さである。

「ここでもネット配信は受けられないわけですね。せっかくネットフリックスに入会したばかりなのに、残念無念」

 シーナも不安を感じていると思うが、それを吹き飛ばそうとする空元気は好ましかった。


「そんなにアニメが観たいのか? 誰かが置いていったVHSビデオテープがあったとは思うが、再生するビデオデッキがない」

「今度、〈クラッシュ・ワールド〉に来るときには、それなりの準備をしてこないとだね」

 そう言って、クスクス笑っている。

 その笑顔に、レンは救われていた。


「そういえば、レンくんに訊いたことがなかった。どんなアニメが好きなの?」

「悪いけど、アニメは知らないんだ。ドラマも映画も見ない。フィクションってヤツは苦手でね。おとなしくテレビの前で座っていられない」

「ああ、それは何というか、もったいない」

「アニメを否定しているわけじゃないぜ。純粋に個人の好みだからな。こっちはこっち。そっちはそっち」


「その言い方はちょっとなぁ」シーナは寂し気に笑う。「レンくんと趣味を共有できたら、もっと楽しくなるのに……」

「じゃあ、もし機会があれば、その、観るからさ」レンが思い切って口にした。「教えてくれよ、シーナお勧めのアニメを」


 シーナはパッと顔を輝かせて、

「まず、『シティーハンター』『ドラゴンボール』『ワンピース』の三作品は基本だね。〈友情・努力・勝利〉の神髄がここにあります。続いて、『ガンダム』は押さえておきましょう。とりあえず、「ファーストガンダム」です。興味がわけば、『エヴァンゲリオン』『マクロス』……。ああ、『パトレイバー』を忘れていた。あと、『進撃の巨人』でしょ、『ジョジョの奇妙な冒険』でしょ」


 一気にまくしたてられたレンは、少なからず後悔していた。翌日、シーナは親切にも、お勧めアニメのリストを手渡してくれた。なぜか、計35作品に増えていたのだが、レンが言い出したことなのだから、文句は言えない。



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