C:ウロビト攻防戦②
敵味方が入り乱れる激しい戦いになっていた。
巨大カマキリがウロビトどもをいくら惨殺しても、柔らかなカマキリの腹を食い破るウロビトは後を絶たない。
数体のウロビトは巨大ゼミの鳴き声で行動不能になっていたが、平気なウロビトは高木の上から巨大ゼミに飛びかかっていく。硬質化した舌を突き出して外骨格の隙間に打ち込むものもいた。
岸乃が脚を負傷して身動きがとれなくなったのを見て、レンはMP5を撃ちながら彼女に駆け寄り救出する。
気づかないうちに、ウロビトの数は増大していた。新手は20体以上。ウロビトの残骸を踏み越えて、次々と襲いかかってくる。
巨大カマキリは噛みつかれたウロビトを鈴なりにして「死の舞踏」を踊っていた。
猛毒を注入された巨大ゼミは落下して、無残にもウロビトどもにたかられている。
騒がしかった鳴き声が止まったかわりに、耳を覆いたくなるような咀嚼音が響き渡った。
手下を失ったアシュタルは、戦場を飛びながら、怒号を上げている。
その時、レンは待ちに待った一報を着信した。ミルコの声が「クロバチの整備完了」と簡潔に伝えてくれたのだ。
「アシュタル、下がれ。退け時だ」
レンは岸乃を左肩にかつぎ上げ、MP5を撃ちながら逃走に入る。大勢のウロビトが追いすがってくるが、的確に頭部を打ち抜き血祭りに上げていく。
しかし、腰に下げていた弾倉を使い果たし、残弾は30発足らずだった。クロバチまで無事たどり着けるのか、微妙な数である。
岸乃がレンの肩の上から、
「レンさん、降ろしてください。私がここで、ウロビトを足止めします」
「いいから、黙ってろ。舌を噛むぞっ」と、レンは一喝する。
背後のウロビトを掃射して、山道を駆け上がる。ログハウスの前を通り過ぎると、行く手にクロバチの機体が見えてきた。
すでにエンジンを始動させて、レンたちの到着を待っている。ミルコが機体から身を乗り出して、「早く、早く」と手を振っているのが見える。
だが、ウロビトどもは執拗に追いすがり、なかなか振り切れない。
ミルコが両手を口に当てて、何か叫んだ。
二人は長い付き合いだ。何も言わなくても、円滑な意思疎通は可能だ。
レンは岸乃を地面に横たえ、彼女の上に覆いかぶさる。
突然、雷鳴に似た銃声が響き渡った。
クロバチの機首下に搭載されたチェーンガンが火を吹いたのだ。
20ミリ弾は容赦なく、ウロビトどもの身体を引き裂いていく。
土煙が巻き上がる中、レンは身を起こす。
「やったか? 全滅か?」
だが、土煙の中から生き残りが現れる。血まみれの十数体が、のろのろと迫ってくる。
レンは悪態をつきながら、ウロビトを掃射していく。しかし、ついに、残弾が尽きてしまった。
レンの背筋が凍る。クロバチの位置まで残り50mが、レンには果てしなく遠くに思われた。
話は5分前に遡る。
ミルコとシーナは歓喜の叫びを上げた。クロバチの整備が完了し、エンジンの起動に成功したのだ。ミルコは直ちに、無線を使ってレンに「整備完了」の一報を伝えた。後は、レンたちが戻るのを待つだけである。
だが、シーナは悪い予感がしていた。レンのことが心配でならない。
「ミルコさん、こっちからレンくんの方に行けないんですか?」
「小回りのきくクロバチでも、離着陸にはそこそこの広さが必要でね。狭い山道では、とても降りられないのよ」
「ホイストを使えば、二人をピックアップできますが」と、中年スタッフがミルコに進言する。
ホイストとは、重いものを吊り上げる巻き上げ機のことだ。救助ヘリはホイストを使って、人命救助を行う。ホバリング状態の機体からワイヤーを下ろし、ホイストを使って要救助者を吊り上げるのだ。
クロバチにも、救助ヘリと同じホイストが搭載されていた。
しかし、ミルコは首を横に振る。
「エンジンが本調子じゃないし、ウロビトの襲撃を受けている現場では、あまりにもリスキーよ。ここは、レンを待ちましょう」
「ミルコさん、私なりに考えてみたんですが、Mの力で、レンくんを助けられませんか? 〈夢遣い〉は夢のエキスパートで、夢の中では無敵の存在、とおっしゃいましたよね」
シーナが思いつめた表情で、自分の考えを伝える。
「なるほどね。夢の中でレンを助け出した方法の応用、というわけか」
素人ならではの無謀な作戦だったが、もしかしたら、レンの窮地を救う一手になるかもしれない。
「わかった。やってみて。でも、シーナ、この爆音の中で眠れるの?」
クロバチの回転翼のつくりだす爆音は、日常生活における騒音の比ではない。
しかし、シーナの寝つきの良さも、常人の比ではない。クロバチの後部シートに身体を預けると、ものの数秒で眠りに落ちてしまった。まさに、異能レベルである。
*
シーナは願った。夢の世界へ……。目指す夢の対象者は……、ウロビトだった。
戦闘によって意識を失ったウロビトは数十体に上る。仮に、その半分が夢を見ているとして、それらを〈夢遣い〉シーナの支配下におくことができれば、ウロビト攻防戦の局面は大きく変わる。
つまり、ウロビト同士の戦闘にもちこめば、レンたちが無事帰還を果たす確率が高くなるはず。それがシーナの目論見である。(もっとも、ここまで理路整然とミルコに説明したわけではなかったが)
夢の中でレンの居場所を突き止めたように、山道で意識を失ったウロビトの上空に行くことはできた。空中を漂いながら、ウロビトの気配を感じることもできた。
だが、いくら〈夢遣い〉といえでも、ことは容易には進まなかった。
ウロビトの姿は透けており、まるで存在感がない。直感的にわかった。ウロビトは夢を見ないのだ。これでは〈夢遣い〉であっても、意思の疎通はおろか、声をかけることすらままならない。
完全に見込みが外れてしまい、シーナは途方に暮れた。
レンたちの戦闘は切羽詰まっている。もはや、一刻の猶予はない。
シーナは夢を見ているウロビトをさがすため、急上昇をして、山道を俯瞰してみた。
すると、幸運なことに、一体の見ている夢があったのだ。しかも、その夢の本体は巨大だった。ゴーストタウンで巨体のウロビトを目撃したが、それよりもはるかに大きい。今、シーナが見ているそれは、まるで山のように巨大だった。
シーナには、それが何なのか、すぐに想像がついた。迷ったのは一瞬だけ。レンたちを救うために、今は手段を選んでいられる状況ではない。
夢を見ている巨大な本体に、シーナはコンタクトを試みた。
*
レンの背筋は凍りついた。岸乃を肩にかついで、迫りくるウロビトどもをMP5で掃射していたが、ついに銃弾が尽きてしまったのだ。
まさに絶体絶命である。
しかし、絶望はしない。
レンは最後の最後まで、生に執着する。何が何でも生き延びてみせる。
消耗した身体に鞭うって、レンは走る。シーナと仲間の待つ場所に向かって。
あと30m、25m……、20m手前まで来たところで、ウロビトが数体、背後から飛びかかってきた。
レンはMP5の銃身を振って、そいつらの攻撃を受け流すが、いかんせん多勢に無勢である。転倒したところへ、ウロビトどもが殺到する。
その時、突如、大地が揺れた。突き上げるような震動とともに山が崩れて、大量の土砂が津波のように降りかかってきた。
ログハウスは模型のように押しつぶされ、山道は広範囲に渡って埋め尽くされてしまう。
レンと岸乃は生き埋めになってしまったが、すぐに、身体の上の土砂は払いのけられた。
文字通り、払いのけられたのだ。パワーショベルより十倍も大きな手によって。
巨大な手の持ち主を見上げて、レンは呆然としていた。
それが、ディーダと呼ばれる大巨人だったからである。しかも、土砂から這い出してきたウロビトを摘まみ上げ、山の向こうに放り投げてくれたのだ。
なぜ自分を助けてくれるのか、レンには想像もつかない。
実は、その仕掛け人は〈夢遣い〉のシーナだったのだが、その事実を知れば、レンはさらに驚愕していたことだろう。




