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B:老人の風紋


 いつのまにか、風が吹いていた。


 ほとんど気づかない微風でも歩きづらい強風でもない。ほどよいそよ風が赤い砂漠の表面に行き渡っていく。ほんの少し気温が下がり、同時に老人の体温も少し奪う。


「心地よい風だな」と、老人は呟く。


 砂粒が風を受けて転がっていくのが見える。身体にポツポツとあたるのは、風によって跳ね上がった小さな粒だ。小さな粒は跳ねまわり、大きな粒は転がっていくらしい。


 小山のような広大な斜面を見やると、美しい縞模様が浮かび上がっていた、


 いわゆる、風紋ふうもんである。


 砂紋さもん風漣ふうれん砂漣されんともいう。


 波のような縞模様のため、「砂のさざ波」とも呼ばれる。大きな砂粒が集まって峰をつくり、小さな砂粒が集まって谷をつくる。そうして、さざ波に似た模様ができあがるのだ。


 砂漠は膨大な砂粒の集合体だが、5mほどの風さえ吹けば、その表面に美しい風紋が刻まれる。


 もっとも、風紋の発生には、いくつかの条件がある。砂が乾いていること。固まっていないこと。そして、砂粒の大きさ。


 さざ波のような模様は、砂粒の大きさの違いによって起こる。したがって、砂粒の大きさが一定だと起こらない。


 風速も重要な条件だ。風が弱ければ、砂が飛んだり転がったりしないので、風紋はできない。反対に風が強すぎると、砂が模様はすぐに乱されて、風紋はできない。


 蛇足だが、一般に地上1mの高さで、風速4~8mで形成され、最も美しい風紋ができるのは、風速5~6mの時だと言われている。(風速5~7mという説もある)


 老人は考える。


 小山のような広大な斜面に刻まれた風紋を見ながら、老人は風と砂漠の関係性について考えてみる。


 風と砂漠に、人間のような意思はない。当然、風と砂漠の間に、意思の疎通はない。


 風紋は偶発的なアートだ。自然現象なのだから当然の話だが、これほど美しいものはないと老人は思う。


「なぜなら、美しいものを作り上げてやろうという野心や気負いがないし、他者の称賛を期待する打算的な思惑が皆無だからな」


 老人は再び歩き始める。


「私も、こうありたいものだ」


 そう呟いた次の瞬間、風が突然、風が強くなり、あっという間に風紋をかき乱してしまった。自然アートの大部分が強風の影響を受けている。このまま強風が続けば、すべて消え失せてしまうことだろう。


 自然アートの美しさは、偶発的で刹那的だからこそ、心をゆさぶるような輝きを放つのかもしれない。


 老人は振り返らずに、ゆっくりと歩き続けた。

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