C:ウロビト攻防戦①
ミルコと岸乃が山道を100mほど駆け上がると木々の開けた高台があり、そこでVTOL機クロバチの整備が行われていた。
ミルコが整備中のスタッフ2名に向かって、
「お願い、完璧に直す必要はないから、大急ぎで10km先まで飛べる状態にしてっ」
「無茶ですよ」と、若手スタッフ。「クロバチを騙し騙し飛ばすなんて、無謀すぎます」
「だが、やらねばならん」と、中年スタッフ。「全員が無事帰還を果たすことが急務だ」
ミルコは頷いて、
「その通りよ。私たちは何が何でも、エムを連れて帰らなければならない。そのためには、ウロビトとの戦闘を避けることが最優先というわけ」
ミルコから5分遅れで、シーナはレンと一緒に高台に向かっていた。
「レンくん、私にできることがあったら、何でも遠慮なく言ってね」
「えっ、シーナは、そんなことを考えなくていいよ」
「でも、私はエムなんでしょ。〈夢遣い〉だって、ミルコさんに聞いたよ」
「大丈夫だ。〈夢遣い〉の出番はない。頼むから、今は何もしないでくれ」と、レンは素っ気ない。
その返事に不満をもったのは、シーナだけではなかった。
「シーナがせっかく言っているんだから、手を貸してもらえよ。何を遠慮しているんだ」と、アシュタルが文句を言う。
掌サイズのアシュタルは居心地がよいのか、またもやシーナの頭の上にのっている。
「まぜっかえすな、アシュタル」と、レンは言った。
「ふん、素直じゃないんだな。私も手を貸してやると言っているのに、さっきの戯言は何だ。『丁重に断らせてもらう』だと? まったく、ふざけた男だ」
「そう思うなら、どこへでも行ってくれ。アシュタル、おまえは無関係なんだから」
「バカ言うな。私がおまえに同行しているのは、〈クラッシュ・ワールド〉の未来を見届けるためだ。おまえはその約束事すら反故にするのか」
「ああ、そうだったな。わかったから、しばらく黙っていてくれ」
レンは改めてシーナに向かって、
「さっきの申し出については、ありがたく気持ちだけもらっておくよ。だけど今は正直、何もしなくていい。シーナは自分の身を守ることだけを考えてくれ」
そう言われては、シーナには頷くしかなかった。
二人がミルコたちに合流した時、ウロビトの群れは6kmの地点まで迫っていた。さらに、岸乃がタブレットを見ながら、大声を上げる。
「ウロビトの移動スピードが上がりました。このままだと、10分足らずでここに来ます」
それは、ウロビトの頭上を飛んでいる自動ドローンからの情報だった。
移動に迷いがなくスピードが増していることから、ウロビトの狙いが〈境界守〉チームとシーナであると思われる。
〈響力〉の回復していないレンは、銃器で応戦する準備を進めている。手にしているのはヘッケラー&コッホの短機関銃,MP5。バナナ型の弾倉をいくつも腰に吊るしていた。
一方、ミルコと岸乃が手にしているのは、シグ・ザウエルP226。多くの国と軍で正式に採用されている拳銃である。男性スタッフも同じ拳銃をもっているが、今は戦闘より整備を優先している。
ウロビト到着予測時間まで、残り5分。レンと岸乃は待ち伏せをするために山道を駆け下りていった。ミルコはクロバチ内の男性スタッフに、整備の進行状況を確認している。
残されたシーナはクロバチの前に座り込み、頭上のアシュタルに向かって、
「アシュタルさん、お願いだから、いざとなったらレンくんたちを助けてね」
「それはどうだろう。レンはあれだったじゃないか」
「あれって何?」
「ほら、あれだ。人間は何と言うんだったかな。そうそう、アリカラメーワク」
「ああ、ありがた迷惑ね。ううん、そうじゃないよ。レンくん、本心では感謝してると思う。あの大巨人が空から降ってきた時、アシュタルさんのおかげで命拾いをしたんだもの」
アシュタルは苦笑しながら、
「シーナは相変わらず、敵味方の区別がアバウトだな。いいか、私は魔物だぞ。ウロビトは嫌いだが、殺してやりたいほど憎んではいない」
「それって、戦えないってこと?」
「まぁな、戦いたくても、戦えない」
「どうして? 人間が嫌いだから?」
「おいおい、忘れたか。私は病み上がりだぞ。無茶な転移をしたせいで、魔力が使えない。大きくもなれない。だから、このサイズのままだし、大した働きはできないというわけだ」
「ああ、私たちを助けるために……だもんね。本当に、ごめんなさい」
「謝ることはない。私が気まぐれにしたことだ」
「じゃ、ログハウスでレンくんに言ったことは? 助けてほしければ、頭を下げて頼め、って言ってなかった?」
「ああ、あれは。私が助けるんじゃない。私の手下が助けるという意味だ」
「手下って誰?」
聞けば、それはSUVを襲った巨大昆虫のことだった。シーナは巨大ゼミと巨大カマキリに襲われた時のことを思い出す。
(アシュタルさんの手下って、『Fate』でいうところのサーヴァント? というより『バビル二世』の三つのしもべ? いやいや、そんなことより、巨大昆虫さんなら、大きな戦力になるんじゃないの!?)
「アシュタルさん、手下さんの力を貸してください」
「ああ、そういうと思って、近くに待機させていた」
その言葉とともに、森の中から巨大カマキリが姿を現した。
ログハウスから400m、クロバチから500mほど離れた地点。
ウロビトの群れを撃退するため、レンと岸乃はトラップを仕掛けていた。
クレイモア地雷。湾曲した箱型の指向性対人地雷である。遠隔操作によって起爆させると、夥しい数の鉄球を扇形に高速で発射する。広範囲の殺傷能力をもち、世界各国の戦場で用いられてきた。
トラップのセッティングを終えた時、レンは一体のウロビトを認めた。そいつは四つん這いの態勢で、山道を登ってくる。続いて一体、もう一体……、山道を埋め尽くして十数体のウロビトがレンたちに向かってくる。
レンと岸乃は50mほど後退し、ウロビトどもを充分に引きつけてから、クレイモアを起爆させた。爆発音とともに無数の鉄球が高速で弾け飛び、ウロビトどもを血祭りに上げる。
しかし、行動不能になったのは数体だけだ。ほとんどのウロビトは血まみれになっても、進軍を止めない。二発目のクレイモアを受けても、三発目、四発目を受けても、それは変わらない。
新たに出現したウロビトを合わせて、約30体がレンたちに迫ってくる。
レンは最後のクレイモアを起爆させた後、
「援護してくれ」と岸乃に声をかけると、山道の真ん中に立ち、MP5による掃射を開始した。
大半のウロビトは血まみれだが、それでも獰猛さと攻撃力は健在だ。
たちまち弾を打ち尽くし、弾倉を交換していると、右手の森林で大きな物音がした。すぐに木々をへし折りながら、新手の敵が出現した。
大きな緑色の影。それは、巨大カマキリだった。体長が5mほどもある。
レンは反射的に銃口を向けたが、トリガーを引く前に耳元で声がした。
「バカ野郎、私の手下を撃ったら承知しねぇぞ」
聞き覚えのある声は、アシュタルのものだった。掌サイズの妖女は、レンの周囲を飛びながら、拳を振り上げて怒っている。
巨大カマキリはレンには見向きもせず、ウロビトに向かって飛翔した。巨大な鎌を振って、ウロビトどもを切り刻んでいく。
「助けてくれとは誰も言ってないぞ」と、強がるレン。
「ただの気まぐれだ。『恩に着ろ』なんてケチなことは言わないよ。そら、もう一匹だっ」
頭上から騒音が降ってきた。巨大ゼミの鳴き声である。
レンは耳を塞ぎながら、
「おい、アシュタル、あの鳴き声には殺傷力でもあるのか?」
「いいや。だが、ウロビトの不快感を味合わせるには十分だ。連中の鼓膜が破れたり、三半規管に異常をきたしたりして、行動不能に陥れば御の字だがな。レン、とりあえず、くたばるなよ」
「そのつもりはねぇよ」
レンはMP5の掃射を再開した。




