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5ミリ先にある怪物帝国(モンスターワールド)  作者: 坂本光陽


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C:夢みるシーナ①


 シーナは九死に一生を得たものの、放心状態で頭の中が真っ白になっていた。


 仮死状態に陥ったアシュタルを目の当たりにした上に、レンが意識不明の状態から回復しなかったからだ。シーナは自責の念にかられていた。今も、ログハウスの地下室で、ラグマットの上に横たわったレンに付き添っている。


 ミルコがそんなシーナの肩に手を置いて、

「シーナ、気にしないで。これは、あなたのせいじゃない」

「でも、私を助けるために、二人とも、こんなことに……」

 散々泣きぬれたのに、また涙がこぼれてしまう。シーナの視線の先には、タオルでくるんだアシュタルの姿があった。レンの枕元に安置され、依然として蛹の状態にある。


「こんな時に何だけど、シーナ、いくつか確認させて」ミルコはシーナの隣に腰を下ろした。「あなたの説明の中に、〈クラーケン〉の体液を浴びたというのがあったわね」

 空飛ぶ巨大イカ〈クラーケン〉は、触腕を大巨人に噛みつかれて、体液をまき散らした。下にいたレンとシーナは、その体液を浴びてしまったのだ。


「はい、あれは毒だったんですか?」

「毒というより、麻酔薬に近いかな。それも、とびきり強いヤツ。魂が肉体を離れてしまうこともある。レンが眠ったままなのは、そのせいだと考えられるの。あなたは何ともないの?」

「ええ、大丈夫みたいです」

「でも、妙なことはない? 例えば、不思議な夢を見たとか」


 シーナは少し考えてから、

「そういえば、砂漠の夢を見ました。真っ赤な砂漠が延々と、どこまでもどこまでも続いていました。地球全体が砂の惑星になってしまったみたいに」

「その砂漠の中で、誰かと出会わなかったかしら?」

「ええ、オアシスで年配の方と会いました。若い方もいたんですが、その人には私の姿が見えなかったみたいで」

「そう。年配の方とは、どんなことを話したの?」


「不思議なんですけど、明らかに外国人なのに、日本語で話すんですよ。びっくりしました。でも、夢なんですから、それもありですよね」

「それで、どんなことを話したの?」

「何だったかなぁ。どちらにしても、大したことは話していないです」

「シーナ、よく聞いて。それが、エムの力なの。エムはMediumのM」


「メディウム? それって、どういう意味ですか?」

 ミルコはシーナを見つめて、

「中間とか媒介とか、いろいろな意味があるけれど、私たちは霊媒という意味で使っている。別名〈夢遣い〉。独特な夢を見ることができる能力をもっている。ねぇ、元の世界にいる頃、〈クラッシュ・ワールド〉の夢を見なかった?」


 シーナはハッとする。

「見ました。そもそも、〈クラッシュ・ワールド〉の夢の中で、レンくんと出会ったんです。何度も繰り返し同じ夢を見ました」

「決まりだね。それは〈夢遣い〉の資質。あなたの夢は、他の時空とリンクしている。わかりやすく言うと、異世界をつながっているのよ。お願い、力を貸して。レンの窮地を救えるのは、〈夢遣い〉のシーナしかいない」


 ミルコの説明によると、〈夢遣い〉とは文字通り、夢を自由に操るエキスパートで、夢の中では無敵の存在であるらしい。もっとも、当人のシーナには信じられないし、絵空事にしか聞こえないのだが。


「とりあえず、私の言うとおりにしてみて。レンは今、夢の中に閉じ込められているの。〈クラーケン〉の麻酔液がつくりあげた、夢の牢獄にね。レンを助け出せるのは、あなたしかいない」

「でも、そんなこと、私にできるかどうか……」


 ミルコはシーナの手を握りしめ、

「一度だけでいい、挑戦してみて。あなたの能力で、レンを救い出して」

「わかりました。でも、自信は全然ないですよ」


 ミルコはシーナをレンの隣に寝かせると、左手でレンの右手を握らせた。

「いい? あなたは何度も、夢の中でレンに会っている。それだけ、互いに引き合う力が強いということなの。間違いなく、レンの居場所がわかるはず」

「本当かなぁ」


 そう言いつつも、横になって30秒足らずで眠りに落ちた。いつも通りの寝つきの良さである。



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