B:老人の無意識
老人と青年の〈自問自答〉は、それなりに効果を上げていた。
一つの議題を青年が提案し、老人が反論する。青年が進言し、老人が却下する。しかし、青年の意見がすべて否定されているわけではない。老人の巧みな舵取りによって、〈自問自答〉の中で取捨選択がなされている。
老人と青年は元々、同一人物ということもあり、ぴたりと息があっていた。まさに、阿吽の呼吸である。二人の〈自問自答〉は、少しの停滞も見せない。時に青年がテーマをまぜっかえしても、老人が的確な突っ込みを入れて、一呼吸おいてから議題に引き戻す。
〈自問自答〉は、速やかに進んでいく。
最適な決断を下すためには、一つひとつの問題を複数の角度から分析しなければならない。それを行うためには、二人の〈自問自答〉は理想的と言えた。
それが途切れたのは、新たな来訪者があったからだ。
いつのまにか、一人の若い女性が水辺に佇んでいたのだ。超感覚をもっている老人に気取られることなく、これほどの接近を許すことなど、ありえないことだった。
その女性は民族衣装を身に着けているが、漆黒の髪と健康的な肌をもっていた。顔つきは東洋人のそれである。東洋人の年齢はわかりにくいが、おそらくハイティーンだろう。
「あ、どうも、こんにちは」
日本語だった。老人はすかさず、日本語で話しかける。
「こんにちは。君は日本の方ですね」
彼女はペコリと頭を下げてから、
「とても日本語がお上手ですね。ここはどこなんですか? あ、夢の中であることはわかっているんですけどね。あなた方は一体……」
隣の青年が辺りを見回しているが、彼の目は彼女の姿をとらえていないらしい。
しかし、老人の頭を占めているのは、一つのことだった。
(私が彼女を招いたのか? 彼女に来てほしい、助けてほしいと願ったのか?)
老人は立ち上がって、シーナの方に歩み寄る。
「君は、まさか……」
「えっ、何ですか?」
その言葉を最後に、彼女の姿は消えた。現れた時と同じように、一瞬で消えてしまった。
「どうしたんですか? 誰か、いたんですか?」
青年の問いかけに対し、老人は独り言のように呟いた。
「……エムだ。すぐそこに、エムがいた」
「ええっ、エムって、あのエムですか?」
さらに青年が興奮して何事か言っていたが、それらは老人の耳には届かなかった。
(この私が、エムに助けを求めたのか? 無意識のうちに?)
老人は自分が信じられない想いだった。




