A:黄昏の死闘②
今シーナの前にそそり立つ大巨人はアニメとは異なり、ゴツゴツとしたいびつなシルエットだった。まるで、相撲取りの下半身に水泳選手の上半身をのせたようだ。桁外れの大きさのために動きはスローモーだが、拳を振るっただけで山が崩れることは、容易に想像できた。
その大巨人が天空のクラーケンに苦戦していた。
クラーケンは大巨人以上にスローモーだが、長い触腕を大巨人の身体に巻きつけて、たちまちがんじがらめにしてしまった。
「シーナ、見物している暇はないぞ」
ぴしゃりとレンに言われて、シーナは我にかえった。山肌が崩れて舗装路が埋まった場所の手前で、彼女はポカンと口を開けて、異形同士の戦いを見つめていたのだ。
「ご、ごめんなさい」
「グズグズするな。こんなところで、巻き添えを食うわけにはいかない」
そう言って、レンは土砂でできた小山を指さした。
「仲間との合流ポイントに向かうには、これを越える必要がある。行くぞっ」
レンにはレンの使命があり、それを全力で果たそうとしているのだろう。シーナは小さく頷くと、レンの後に続いて、土砂の小山を登り始める。元々、柔らかい土壌なのか、トレッキングシューズがズブズブ沈み、とても歩きにくい。
それでも、シーナはレンに引っ張られながら、必死に小山を登った。後方では異形同士の死闘が続いており、時折、大きな振動が伝わってくる。その度に土砂が崩れるので、シーナは生きた心地がしない。
思わず、土砂の斜面に座り込み、後方を振り返ってしまう。驚いたことに、クラーケンは二本の触腕によって、重量級の異形を吊り上げていた。大巨人の両足が宙に浮いており、むなしく空を蹴っているのだ。
クラーケンの不気味な攻撃は執拗だった。大巨人の身体を締めあげた触腕が、さらに這いまわって首に巻きつこうとしている。
大巨人は両手で触腕を引きはがそうとするが、滑って手をかけることができない。どうやら、ヌメヌメとした体液を分泌しているらしい。
業を煮やした大巨人が首をねじったとたん、ガチンという大きな音が上がった。大巨人が触腕に噛みついたのだ。大きな音は、触腕を貫通した巨大な歯を打ち鳴らしたものらしい。触腕は半分千切れかけ、大量の体液が谷底に落下した。
小山の斜面を登っていたレンにも、体液のしぶきが降りかかる。
「シーナ、早く上がってこい」レンが背後のシーナに手を差し伸べた。
「ごめんなさい。足が土砂に埋まっちゃって」
シーナは必死に足掻くが、足を引っこ抜くことができない。レンが土砂の斜面を下りてきて、シーナの腕を掴む。渾身の力を込めて引き上げる。
「急ぐぞ、ここは危険だ」
レンはシーナの腕をとって、土砂の斜面を登っていく。しかし、土砂が崩れてしまうので、スピードが上がらない。足元が不安定なので、大きく跳躍することも難しかった。
しかも、万が一の場合、ここでは逃げようがない。土砂の小山を越えようとしたのは、致命的な失敗だったかもしれない。
レンの背筋が凍っていた。
それは、もしかしたら、〈境界守〉の異能力から派生した予知能力だったのかもしれない。なぜなら、次の瞬間、レンの嫌な予感が的中してしまったからだ。
突然、レンとシーナの周辺が暗くなった。何か巨大なものが太陽の光を遮っているのだ。それが何なのか自分の眼で確認した時、レンは震え上がった。
大巨人が触腕の拘束を逃れて、空から落ちてくるところだった。しかも、運の悪いことに、レンとシーナのいる場所に向かって落下してくる。今から斜面を駆けのぼるのは無理だし、駆け下りたとしても大巨人は避けられない。
レンは残された手段を即座に決断した。
「シーナ、俺にしがみついて、歯を食いしばれっ」
そう叫ぶと、シーナを抱きかかえたまま宙に身を躍らせた。二人は土砂の斜面を転がり落ちていく。
もし、本物の神がいるならシーナを助けてくれ。レンは切に願った。
〈クラッシュ・ワールド〉における神は、化け物や異形と同義だ。クラーケンもディーダも時が時なら、神と呼ばれているものである。それでもレンは願わずにはいられなかった。
大巨人の落下は、巨大地震に匹敵する振動とミサイルの着弾に匹敵する破壊をもたらした。複数の山は大きくえぐられて、すっかり形を変えていた。爆発的な衝撃波は周囲の森の木々を倒し、巻き上げられた粉塵はキノコ雲をつくりあげている。
真下にいたレンとシーナが無事であるはずがなかった。




